attention!
元々セフレだった獅子兎の話。











「よう、はじめまして」
アポロンメディアのコンビヒーロー復活記者発表の後、正式に相棒として紹介された時のライアン・ゴールドスミスの第一声が、コレで。不遜な態度で握手まで差し出してきた。
「………はじめまして」
一応返事はしたが、それでも軽く無視するように今それは余念という態度をありありとだしてバーナビーは、ライアンの横をすり抜け目下の悩みである新オーナー、シュナイダーの後を追いかけていった。自分が望んでいない新しい相棒が出来たという衝撃。しかもその相手がこのオトコということにバーナビーはまだ頭の整理がついていなかった。そうして後から示された、いけしゃあしゃあとしたライアンの資料でのいくつかの納得があったとしても、その先に進むことなどあるわけがないと思っていたのだ。



「んじゃ、俺はお先に」
念願だった筈の一部に上がってから数日は、事件続き。どうやら不確定な敵がいるようで、どこかずっと落ち着かない。そんな中でもライアンは、仕事をきっちりとこなして帰宅の合図を一つでひらひらと後ろ手に送る。
「おつかれさま」
呼応するように小さく重なるのは経理女史とバーナビーの同じ言葉で、二人とも特に不満はもらさないし、事実ありようがない。ライアンは事務仕事も優秀な人間だった。
「じゃあ、私も上がるわね」
程なくすると経理女史もきりがついたのか、デスクの上の帳面を几帳面に整理して立ち上がった。また、バーナビーは先ほどと全く同じ受け答えで言葉を返す。ヒーロー事業部のオフィスに一人きりという…よくある状況が実現する。ここから繋がっている上司の部屋のロイズさんも用があると今日は社外に出かけたままだ。別にバーナビーは、事務仕事がとかく苦手というではなかったはずが、やはり最近は進みが遅い気がする。…雑念だ。しかしとりあえず良かった筈なのだ。今日も差し当たりは終わったのだから。外ではややこしい事件は起きているし、二部の事も頭にひっかかるし平穏などはないのだが、それ以上に−−−これ以上の悩み事をバーナビーは抱え込むわけにもいかなかった。
「手、止まってるぜ?」
突然背後から声をかけられて、驚きを隠す余裕もなくバーナビーの肩が震えた。なんとか動揺を示さないように首だけ少し後ろに向けた。そうして。
「貴方、さきほど帰ったのでは…忘れ物ですか?」
そのありきたりな言葉を拾い上げて、何気ないように返す。
「んーそんなもんかなぁ…」
そうは言いつつもライアンは自分のデスクへは向かわず、手持ち無沙汰でもあるように、いつまで経ってもそこから動こうとはしない。そうしてこちらを見ながら無駄に、にやにやしている。
「………忘れ物ではなかったのですか?」
思わずバーナビーも身を離すために椅子を深く引くが、デスクがあるのでせいぜいこの程度が限界だ。
「だから、ジュニア君を忘れていたんだよ。今までなっかなか隙がなかったからな」
ここで一番の警戒心。自分が一人になるのを待っていたと宣言する男に心を開けという土台無理な話なのは当然だった。
「そう…ですか。何か僕に用でも?」
それでも不信感は出さないようにして、少し視線を外して答える。どこか後ろめたい気持ちは隠しきれた自信はないが、こちらもそんなに余裕はないから仕方ない。もちろん立ち上がって対応するつもりなどあるわけもない。
「用があるのはジュニア君も一緒だと思っていたんだけどなぁ」
にんまりと笑いながらも抽象的な言葉だけが二人の間を何度か漂う。
「なんのことだが…僕は別に貴方になんて用はありません」
ふいっと視線を外し、バーナビーはライアンがやってくる前と同じようにデスクに向かう。スリープ状態にしていたパソコン画面を解除し、少し溜まってしまった稟議書のタブに目を通し始める。
「なぁ、ジュニア君って俺の名前呼んでくれないの?いっつも、『貴方』だとか他人行儀ばっかじゃん」
ここで少しばかりの方向転換をかけてきたようで、上辺だけ他愛のないような疑問を投げかけられた。
「それを言うならまず自分を振り返って見てください。貴方こそ僕の事をきちんと名前で呼ばないじゃないですか。それに、ジュニア君って呼ぶのやめてくださいって言いましたよね」
後ろから話しかけられて、むっとしたので振り返らずにバーナビーは事実を的確に述べた。あちらが名前で呼んでいないならこちらも呼ぶ義理を感じないという建前があり続けるのだから、自分に非があるはずもない。
「へーじゃあ名前呼んでもいいんだ…まあ最初は名前教えてくんなかったしな。それとも俺と対等な立場でいたい?あの時みたいに…」
どこまでも意味深にライアンの言葉は続く。
「はい?」
「半年前」
ここで、バーナビーがこの無駄話中でもタッチし続けていたキーボードのタイプ音がピタリと止まった。反応するつもりなどはなかったが、感情というものはそう簡単にコントロールできるものではなくて。
「………人違いでは?」
一拍の後、なんとか前々から用意していた答えをなんとか返した。
「あれ、まだとぼけちゃう?やっぱり写真撮ってたの気が付かなかったんだな」
そこまで言われてバーナビーは一度だけこめかみを押さえた。ただ単純に頭が痛いのだ。その原因はもちろんこの男で…そもそもしらを切り通そうとしたこと事態が最初から無駄だったのかもしれない。
観念してくるりと椅子を回して後ろを向く。本当にこの男は半年前から何も変わっていない。
「初めから、気が付いていたんですね…」
それでもまだどこか嫌という気持ちがあるので、ぽつりぽつりとバーナビーはつぶやくように言葉を吐き出す。
「つか、わかんねー筈ねーじゃん。あんなにセックスしていたわけだしぃ?」
わざと大ぶりのリアクションを入れてくれるから、鬱陶しいほどにその存在が視界に入ってくる。一番思い出したくないことを容赦なく投下してくれて、より頭が痛くなりそうだが、なんとか耐える。
「茶化さないで下さい。だったら、よくも『はじめまして』とかずうずうしく挨拶してきましたね」
そう…バーナビーが一番怒りに打ち震えているのはその部分だった。こちらは外野のすったもんだがあったのと同時に唖然としすぎて声が出なかったというのに、周りにそれほど人がいなかったのに白々しい、そのセリフだ。もちろん一番驚いたのは、ステージ上でフェイスオープンしたその顔を見た瞬間だったが、少なくともあちらから始まりの挨拶をわざわざして来たことに変わりはないもので、腹が立ったことに間違いはなかった。
「ヒーローとしてのジュニア君に会うのは初めてだったし、あながち間違ってないだろ」
独自の理論をぶつけながらも、ようやく感情を露わにしたバーナビーをどこか楽しんでいるかのような物言いをされる。
「じゃあどうして、もっと早く言わなかったんですか」
今更…今更だという認識があり続ける。既にヒーローとして対面して数日経っているが、今までライアンはただの相棒というスタンスを崩さなかった。たしかにバーナビーは仕事でもなるべく二人きりにならないように努めてきたわけだが、そのチャンスがなかったとは言わせない。
「いつジュニア君の方から言い出すかな…って様子見ていたわけよ。もしかしてわからないかなーって」
どこまでも軽く様子見を口にしてくるが、確かにそれまでのライアンの様子は完璧だった。だからこそ、まさかこのタイミングで過去を持ちだされるとは思っていなかったから油断していたという事もあった。
「そんな訳ある筈が…」
あだ名もそうだが、どこか人を小馬鹿にするように人差し指をぐるぐると回されて少し言葉に詰まりながらも答える。本当に一時期だが、ただの他人ではなかった人間の人相を簡単に忘れてしまうほどこちらも物覚えが悪いわけがない。
「なら、お互い様だろ?ジュニア君だって俺に言えば良かったんじゃね?」
「そ、それは………」
たしかにその通り…かもしれないから、口をわずかにつむぐ。正直、ほっとしていたのだ。自分の中では半年前の出来事は過去と精算して割り切っていたつもりだった。だからと言っても的確に射抜かれることに良い気はしないからこそ不満もあって、そんな全てを伝えるつもりはないけども。
「それとも俺の事、忘れたかった?」
たたみかけられるライアンの言葉に促されるかのように、急速にバーナビーの記憶が半年前に遡る。あの…どこかで自由ではなかった日々に。



念願だった両親の敵であるマーベリックを追及した後、バーナビーはヒーローという職を一時的に辞めていた。全てが終わったという認識があるわけではなかった。マーベリックの結末は簡単に納得できるものではなく、追求をしたくともルナティックの手にかかってしまった為、もう自分がこの地で出来ることは何もないのではないかと、そう思うようになっていた。だからこそ、今までウロボロスを探しシュテルンビルトから出たことがなかった為、初めて海の向こうへ足を運んだ。外の世界の広さは十分に学んでいた筈だったが、実際に体験しなければ知った気でいるだけだと思い知ることとなるのだが、オリエンタル方面は言葉の壁があるので、まずはコンチネンタルエリアへというのはごく自然な流れで、それでも旅行をしていれば簡単な会話くらいは出来るようになって、少し珍しい街へ足を伸ばした時の出来事。
そこは人口1400人余りの小さな街だった。街と言ってもいくつかの生活をするのに必要な施設以外は農地が広がっている。のどかという形容詞がどこまでも似合うその街にわざわざバーナビーが訪れたのは、ここが四方八方を違う国に囲まれているから…つまり飛び地というもの珍しさ。それは周辺のさまざまな歴史により、そうなったのだった。一面の自然豊かさは、シュテルンビルトでは作られていた人工物とはあまりにも違いすぎて、ただそのあたりの農道に立ち尽くすだけでも晴れ晴れとするほどだった。
「えっ、部屋空いていないんですか?」
「申し訳ありません。急な予約が入ってしまい…全室その方がお使いになるそうで」
この街に入る前に一応電話で確認をしたが、入国できる正確な時間がわからなかったので予約まで取らなかったのが失敗した。バーナビーはこの街唯一のホテルのフロントで窮地に追い込まれていた。残念なことにもう夜に差し掛かっている。飛び地ということで、出国するのにはルートに色々と制限があるので非常に面倒を要するのに土地勘も全くないという悪条件が重なる。もともとホテルといっても観光客がそれほどたくさん訪れるわけでもないから四部屋しかないとはいえ、まさかの満室。このままフロントにつっかかっていても仕方ないが、どうしようかとバーナビーはそのままの状態でしばし悩んでいた。
「なに、アンタ泊まりたいの?」
突然後ろから割合と大きな声をかけられたので、瞬時にバーナビーは後ろを向くこととなる。そこには大ぶりな黒いサングラスをした自分と同年代と思われる、でもゴージャスな服装に身を纏った男がこちらを見ていた。それが、本当の意味でのライアンとの初めての出会いだった。

「なんで、あの街にいたんですか…」
昔話はこれ以上思い出したくもないので、断ち切るようにバーナビーは今のライアンに尋ねた。そういう質問は本当ならばあの時にするべきだったのだろうが、互いにどこかわけあり的な雰囲気をまとっていた為、素性はもちろんのこと名前さえも一切口にしなかったのだ。それが二人の暗黙のルールだったのだ。あの時は、それでいいと思っていたけど、こうやってわざと再会したのなら話は別だ。
「だってあの時はジュニア君と違って俺あそこのヒーローだったし。自分の所属する都市から出られないけど、あそこ飛び地だからギリギリセーフ的な?」
そんなことは昨今ライアンの正体に気が付いて調べて知ったことだった。だが、少なくともバーナビーと一緒にいた間は、どう思い出しても仕事していないバカンス気分にしか見えなかったのだが。なにかやることがあるというわけではなく、ホテルや外でのんびりしていた記憶しかない。
「最初から…僕の正体も知っていたんですね」
暗黙のルールだと思っていたのはバーナビーだけだったと知り、酷く癪にさわったが仕方ない。まさか他国のヒーローがあんな田舎街でだらだらしていると思う筈もないのだから。だが、こちらはさっぱり気が付かなかったし、こうやってライアンが目の前に現れるまで可能性さえ示唆していなかった。
「そりゃあ俺みたいに渡り歩いていると他の都市の話は小耳に挟むもんさ。シュテルンビルトのヒーローと言えば、ピカイチの知名度だしな」
正直、バーナビーもあんな小さな街なら自分の顔も知れていないと思って油断していたという事実はあった。旅先でもよほど大きい観光地でなければ隠れる必要性を感じない程であったし、気が抜けていた自覚もある。だからこそ、あの時わざわざ全室予約していたライアンから、寝る場所としてのベッドを貸してやると提案されたときに素直に着いて行ってしまったわけだが。
「あの時は受け取ってくれませんでしたが、今度こそ滞在費を請求してください」
別に全く望んだわけでもなかったが、せっかくまたこうして話をする機会を得たならと、バーナビーは二番目に気がかりだったその貸しを何とか精算しようと迫った。どうみてもライアンが金銭的に困っているようには見えないが、それでバーナビーの気が済むわけもなく、利子でもつけて払い出したかったのだ。
「そーいえば、あの時のジュニア君の慌てようは見ものだったなぁ。ほらっ、初日のディナーの時さ」
余程おもしろおかしかったらしく、ライアンは盛大に思い出し笑い始めた。
ああ…またろくでもない記憶がバーナビーの脳裏に蘇る−−−
見知らぬ男に借りを作ってしまったとはいえ、なんとか寝るためのベッドが確保できたから、ほっと一息ついたようやくのディナー。ホテル自慢の家庭料理という名のなかなか味わい深い郷土料理をふるまわれの満足。食後、とりあえず会計というのは自然の流れだったのだが、まさかのコンチネンタルエリア共通通貨を使えなくてバーナビーはレジ前であたふたしたのだった。そもそもここ一体は連合加盟国で共通通貨を採用しているというのが前提なのだが、唯一の例外が世界一の中立国と名高いこの隣国で、飛び地とはいえ経済の殆どを隣国と共にしている為、共通通貨が浸透していなかった。片田舎の小さなホテルだ。もちろんカードも使えなくて、結局ライアンが全部立替て支払ったという屈辱を思い出した。当然の如くそれも未清算だったが…
「ホテル代もですよ」
思わず思い出してかっとして、その懸念をバーナビーは大きく口に出した。あの時、最初こそは金銭の話をするなんて野暮とは思ったが、それでもバーナビーの性格上そこはきっちりしておきたかったので顔をつき合わす度に支払おうとしたが、毎回はぐらかされていた。そしてあろうことにか。
「十分貰ったじゃん。その身体で…毎日」
人差し指で軽くちょいちょいとこちらを示しながら、ライアンはわざと色めいた声で言ってきた。
ぐっと言葉に詰まるものの、忘れられるものでもないので言葉は返さない。だが、あれは一生の不覚と言っても過言ではないと思う。あの時はバーナビーも平常時ではなかったからこそライアンに流されてしまったのも事実だが、確かに数日間を二人は同じベッドで過ごした…ライアンがホテルをまるごと借りていたからこそ、それはとても…とても穏やかな日々だった。正直、バーナビーは憔悴しきっていたのだ。目的もなくシュテルンビルトを出たものの何かを得られるわけでもなく宛てもなく、復讐の為に踏み潰してきた時間を無駄だとは思っていないけども、それでも虚無があるから。だからこそ、人の温かさに執着してしまったのかもしれない。それでも恋人同士というほどの甘いものではなく、見返りとしてのFuck Buddy。ライアンはどう思っていたか知らないが、少なくともバーナビーはそう思うことにして過ごしていたのだ。そうしてバーナビーは再びシュテルンビルトに帰ってきてヒーローをやっている。だから、わざわざそんなにも思い出したくもなかったのに、ライアンという存在は容赦なくやってきた。あの時は年齢なんて気にしなかったが、年上だとわかっていたくせにわざと、いつも子供扱いして、今もバーナビーをジュニア君と呼ぶ。行きずりだったからそれでもいいやと思って黙っていたけど、どうしても一つだけバーナビーには確認したいことがあった。
「どうして…いなくなったんですか?」
特別に何かきっかけがあったとはバーナビーは思わなかった。その日の朝、目覚めるのは小鳥のさえずりなのも普段のこととなり始めていた。申し訳ないが毎日取り替えられる真新しいシーツがぐちゃぐちゃでここまではいつものことだったが、伸ばした手の先もなにもかもが冷たいままだった。ライアンは姿を消した。後にフロントで確認すれば、部屋は随分と先の日まで料金を支払い済で借りっぱなしのままだが、ライアンが持っていた分のルームキーは返してしまったらしい。あれは、全て夢だったのかと思えと言われているようだった。だから、嫌われたのかと思っていた。何も言わずにいなくなって、身体に残った痕もしばらくすれば消えてしまうのだから。
あの後、もちろん彼の素性を調べようとしたけど…ホテルに連絡しても教えてもらうことは出来なかった。自分が素性を語らなかったのだから他人に聞けるわけもないと気が付いたのはその時で、結局は自業自得だ。互いに名前も知らないまま…と思っていたのは実はバーナビーだけだったわけだが。
「俺がいなくなって、寂しかった?」
ほとんどやり逃げした男のセリフとは思えないぐらいに軽く問いかけられた。相変わらず人の質問に答える気はないらしい。
「あの状況なら、一言ぐらい声をかけるべきです」
こちらもライアンの質問には答えはせずに、自分の質問を続ける。
「あー、ごめんな。あのままあそこにいるとさ。アンタとのセックス依存症になりそうだったから」
そうして冗談か本気かわかるわけもない返事を返して来た。正直、くだらないとしか言いようがない。大体自分たちはそんな甘い関係ではなかった。たしかに一応は同意の上での行為ではあったが、バーナビーとしては仕方なくという気持ちが残り続けている。
「だから…今、嫌がらせですか?わざわざ、僕の相棒になって」
ヒーローとして一部に復帰するのはかねてからのバーナビーの望みであった。確かにそれは叶ったともいえるが、その隣に居るのが昔に身体の関係を持った男というのは想定外すぎた。それでもライアンはこの状況を楽しんでいるように見えるのが釈然としていない。
「まあ、せっかく相棒になるなら見知った奴の方がいいじゃん。なに、俺と相棒はやなの?」
まるで同意を求めるかのように提言されるが、こちらと同じにしないでもらいたかった。それを見透かされるように続く質問。
「………どちらかというと遠慮したいです」
正直、ややためらいながらもバーナビーは口にする。それにはっきり言わないと本当の意味ではライアンに伝わらないだろうから。それでもどこか後に残る言い方になってしまったのは仕方ないだろうが。
「それって、俺と昔セックスしたから?」
明確に指摘されて、少し身体が震える。ライアンはある意味ストレートな物言いをするが、裏の真意まで読み取れるわけでもない。だから、本当のことを言ったことがきっといい。
「それも…もしかしたら一理あるかもしれませんが、でも、貴方以外でも同じことです。僕には、一緒にヒーローをやりたい人がいますから」
直ぐにはライアンを直視することはできず、バーナビーは少し視線を外して横を見た。今はそこにはライアンの席があるが、かつては違ったのだから。
「そりゃま、羨ましいことで」
ここで一つ観念したかのように肩をすくめてのポーズを入れられる。
「貴方こそ、別に今更僕に固執する必要ないですよね。どうせ、今でも遊び歩いているんでしょう?」
バーナビーを始めて誘った時もとても慣れた感じだったのを覚えている。同僚として隣にいる普段からも女性には不自由していない発言も目立つからこそ、なんでわざわざ面倒くさい男の自分の相棒になろうとしたのか理解出来ないのだ。
「えージュニア君、自分がはじめてだったの根に持ってんの?」
またしてもどこまでもバーナビーをからかう口調をやめるつもりはないらしい。嫌なことばかり聞いてくる。
「そんなことは言っていません。ただ、以前のような関係を求められても困るので、それだけは伝えようと」
とにかくそれだ。勘違いしてもらっては困るので、一番伝えたかった事をようやくバーナビーは口に出すことが出来て、ようやくすっきりした。バーナビーが何を言ってもライアンの心には一切響いていないようにのらりくらりとかわされていたが、やっと言えたのだからもうこの話はおしまいにしようと思ったくらいだったのだが。
「なんで?」
突然きょとんとするようにライアンは小首を傾げて、心底不思議そうに尋ね返してきた。
「なんでって、今の僕はあの時とは違う。僕はヒーローですから………」
なにか…自分がおかしいことでも言ったかと逆に疑うほどだった。ともかくあんなことが出来たのは、あの旅の時のバーナビーはヒーローではなかったからという大前提があって、そんなことは当たり前すぎたのだ。
「俺もヒーローだけど?」
自身を親指で自信満々に指しながらライアンの疑問は続く。厚顔は変わりないらしい。
「貴方と僕とではスタンスが違うんです」
また少し頭が痛くなるようだった。もし問題の男が目の前にいなければ、本当は頭を抱えたかったぐらいだ。一度の誤り…という程度ではなかったが、ともかく今の自分にあんな関係が築ける余裕はないのだ。
「んじゃ、ジュニア君がヒーローじゃなければ、誰とでもセックスすんの?別に遊び歩いていたわけじゃないだろうし、気まぐれ持ち?」
「あれは、ただのお礼です。だって貴方…頑としてお金受けとらなかったじゃないですか」
なんだかようやく終息を得たと思ったのに、また同じ話を蒸し返えされてイラだったのではっきり伝える。あれはあの場限りで今後に続くことはないという事をしっかりとだ。
「だって困ってないからな。ジュニア君の身体は上等だったなぁ。あ、逆に釣り払おうか?」
ここでまた思い出したかのように勝手に相性最高と伝えてきてくれる。そんなこと頼んでいない。
「全力で結構です」
間違いなく間髪入れずの即答が出来た。そういう問題ではないのだ。
「なに、今のお相手はあのアライグマなの?」
ここで、どこかで思い当ったのか、とんでもない発言を飛んでくる。新オーナーも呼称していたが、ライアンがそう呼ぶのは一人しか思い当らないからこそ、頭に血が上った。
「失礼な事を言わないで下さい!そもそも虎徹さんには、年頃のお嬢さんもいらっしゃいますし。貴方みたいな人と一緒にする方がおかしいです!」
どんどんと変な方向へ話が進んでいき、頭痛が進攻する気がする。なぜ己の常識が他人にも通用するのと勘違いするのか理解できないのだ。
「あー悪かったよ。ただ思わぬ収穫かな」
ここで一つにんまりと笑いながら、ライアンは頭の後ろで腕を組んで斜めの方向を見た。きっとよからぬことを考えているのだろうが、悟れるはずもない。
「なんのことですか?」
ライアンの考えていることなんて最初に会った時からずっとわかるはずもないから、理解したいとは思わないが、自分一人で勝手に納得している様子は見ていて有意義なものでもない。
「んじゃ、今相手いないの?」
確信にも似た改めての確認が直球で投げかけられるから、飾り気なくバーナビーに伝わる。
「…そう…ですが」
別に答える義務はなかったが、はぐらかしても話がまた延々と続くだけと思ったので仕方なく答える。ライアンのいうその相手が一体どこからどこまで該当するのかは知らないが、少なくともヒーロー業忙しいバーナビーに余裕はないのだから、それは事実で。だが、どこまでも歯切れが悪い。断言するのもなにか支障があるかのような気は、答えた後に感じた。その立ち込める不穏な空気を汲み取ってバーナビーは動く。
「…貴方が帰らないなら、僕が帰りますよ」
少し顔を引きつらせながらも高々と宣言する。目の前のパソコン作業はきりが良いとはお世辞にも言えなかったが、どうせこれでは集中などではないのだからと、強制的に途中保存して落とす。眺めていた書類もデスクの端に伏せながら寄せて、いつもの帰宅準備。本当は仕事が終わっていないが、それどころではないからという言い訳。そうしてライアンが立ちふさがっていない方向へ椅子を出して身をあげようとしたが、そのまま立ち上がることは許されずに、中途半端な状態で両肩に深く手を置かれる。次の瞬間にはガタンッと座っていた椅子が乱暴に蹴られて、デスクから遠ざかった。
「ちょ…聞いているんですか?」
こちらは帰ると言っているのにかかわらずのライアンの横暴な行為に、バーナビーの口調が強くなる。だが、そんな言葉は素通りされるかのように直に返事はされずに、迫われて覆いかぶさろうとしてくる。瞬間、ずしりとライアンの重さを感じたことに不味さを感じたので、両肩に乗った手を払いつけようとすると、右肩から手が離された。だが、次には左肩を強く押されて、バランスを崩しバーナビーはデスクに軽く腰かけることとなる。
「なに、やなの?」
そうして当然顔を押し付けてくるように厚かましくそんな言葉を口にするのだ。この男は、前もそうだった…でも今回は半年前とは状況が違う。だいたいここは職場だし、身体で思い出すなんて幻想だ。だが、片方の手でバーナビーの手首を掴んだライアンは、立ち上がりを抑制したまま、座った状態のバーナビーのシャツの裾をめくり始めた。
「嫌に決まっているでしょ。能力使いますよ」
今までの話の流れでなぜバーナビーが拒否するのかわからないのか不思議だが、とにかく言う。バーナビーは自分の力に自信がないというわけではないが、さすがにこの態勢だと単純な力比べでは勝てないのはわかる。だが、あまりにも勝手を押し付けてくるから、留めるのを目的として拘束されていない右手にぐっと押し返す力を入れる。バーナビーの能力制限的にハンドレッドパワーの片鱗を見せる余裕はないけど、その気になれば使えないというわけでもない。
「別に使ってもかまわねぇけど、能力使わないと俺を止められない?」
説得してみせろよ…と、故意に近づいた耳元でささやかれる。単純な力量差ではなく挑戦的な物言いだった。しかしたしかにこの場で能力を使ったとしても、この先ライアンが何をするかわからない。
そうやって悩んでいると了承と勝手に捉えたのか、そのままの流れでこちらにキスしようとしてきたから思わずバーナビーは思わず顔を横へと背ける。これは全く本心ではないと示すようにだ。ただ、そのせいでバーナビーの頬に軽く唇が当たる。ライアンはそれでも満足のようだった。そうしてわざと一枚目の黒いシャツだけめくりあげるのは、これから先の順序を意識されられるかのようだった。そして次の瞬間には、割り開かれた足の間にライアンの膝が入ってきた。意図的に強く押し付けられる圧迫感がバーナビーの下半身を襲う。
「……っ、や…めっ、」
バーナビーが身動きし抵抗した為、斜めから押される形となったせいで、オーバーオールから垂れたサスペンダーが不規則に股間をぐりぐりと刺激を加えられる。
「てか、そんなんで普段処理どうしてんの?」
続いて慣れた手つきで今度はこちらのベルトに手をかけられる。急いで、伸びてきたライアンの手首を掴むが、後先遅かった。
「っ、そういう貴方こそ…」
それでも何かしゃべっていないとまるで順応しているみたいなのが嫌だった。それをあざ笑うかのように、一枚のシャツ越しで胸元を狙ってとんとんとつつかれて、上半身がびくんと震える。
「別に…俺、女には困ってないからな」
一通り胸をまさぐるのを楽しんだところで最後のシャツを捲られ、素肌が露出する。あの時はベッドの上ばかりで、デスクの上でなんてしたことはなかったけど、これは相当屈辱的に組み敷かれているのを感じさせられた。
「じゃあ、なんでわざわざ僕にかまうんです…」
なぜ自分に手を出すのか…これでもまだバーナビーは理解出来なかった。あの時ならともかく、遊びにしてもヒーローでなかった時はともかく今では面倒くさいことがいっぱいだ。近くにいるからいいとかそういう問題ではない。
「女には…って言っただろ?」
ライアンの、こういう明け透けないところがやはり苦手だ。合わないと確信するほどで。
「結局、身体目当てですか」
自然と、つんと冷めた言い方になることも仕方ないことだと思う。
「うわっ、ジュニア君の言い方酷いなー。愛もあるって」
対してライアンはとても軽く返して来た。どこまでも自分たちは対照的だ。それは一緒に仕事をするようになってそのことが顕著にわかった。ライアンは優秀な男であることには違いないけど、それでも仕事でもプライベートでもきっと合わない。それは考え方が違いすぎるから。どの言葉も全く本気に聞こえないのだ。
だから、ここにきてバーナビーはなぜかひどく冷静になった。そのまま甘い空間に浸れるわけもなく、すっと頭が痛いというより、急激に冷めたのだ。きっとバーナビーの言葉はライアンには通じない。結局はバーナビーのことなんてどうでもいいのだ。
「いい加減にして下さい!前々からそうでしたけど、貴方はすぐに身体で解決しようとしましたけど、僕はそうじゃない。きちんと心の整理をつけて話をしたいんです」
以前は身体が流されて気持ちの整理までつかなかったけど、今は違うから。さっきまでも手加減していたわけではなかったが、それでも完全に手を払いのけてライアンを押しのけるとその場に立ち上がった。無様にめくりあがったシャツを戻すと、下がっていたベルトを上げた。不格好だとはわかったが、なんとか体裁だけはとりなす。想像よりも簡単にライアンはバーナビーから離れた。
「やっぱりジュニア君の、その簡単には落ちない感じがいいね」
ひゅうっと口笛を吹くように、離れるのを許した。こうなるとわかっていたのか。でもそんなことを長々考える余裕はないから結論だけ。
「無理です。別に僕は貴方を好きなわけじゃない」
今回のことでこの男には、はっきりといわないと駄目だと核心したので言い切る。
「んじゃ、これからはただの同僚ってこと?また初めましてって対応ですませろって?」
わざとらしく他人行儀らしい口調を作り出しての、またの疑問が飛び交う。仕事上の相棒である事は間違いないから、じゃあ今後どうするよ?的な話だろう。
「と、友達ならいいですよ」
仕方ないから譲歩しての提案がそれだった。友達というものは宣言してなるのではないとは思うが、仕事上の相棒なら友達くらいにならばなれるとは思った。そもそもが全く見知らぬ仲だったわけではない。大きなカテゴリーでいえば知人から友人くらいへ上がっても差し支えはないだろう。
「セフレ?」
またろくでもない単語が飛び出す。
「そうじゃなくて。普通の友達です。普通の」
重ねてそれをバーナビーは強調した。世間一般の友達の定義なんて詳しくは知らないけど、ともかくこれは通常の友達同士がする行為でないことだけは確かなのだから。
「あー駄目駄目。俺それ無理。友達でいたら、したくなるもん」
だが、ライアンは左右に大きく手を振って不可能を強調してくる。
「なんですか、それ。選択肢少なすぎませんか?」
一体今までのライアンの友達認定はどうなっていたのだろうか。自分より少し若いってだけでこんなにも違うのか、それともライアンの元からの気質かわかりたくもないが。この分だと、もし流されて了承したとしてもろくな結果になっていなかったということだけはわかる。危なかった。
「んじゃ、ジュニア君って…友達いるの?」
そうした中で、単純な疑問という様子での質問が投げかけられる。
「………たまたま同年代の友達がいないだけです」
自分でも少し苦しいとはわかっていたが、それでも言い訳のように答える。正直、ウロボロスを追ってそれが一番で友達作っている余裕がなかったのだからというのが理由の一つではあるが、それでも見透かされていたとは思うけれども、そのあたりをまだライアンは深く突っ込んでこないからマシなのかもしれない。
「んじゃ、他のヒーローとも友達関係してんの?」
ここでライアンにはまだまだなじみの薄い他のヒーローの面々の名前が続けられた。いろいろと事件が立て続けに起きているせいか、ライアンはまだ他のヒーローと交流らしきものをする時間がとれていない。そんな中でも同じヒーローとして意識はしているのであろう。一口にヒーローと言っても他の面々は、一番年上はワイルドタイガーかもしれないが下はドラゴンキットまでと老若男女とさまざまな顔が浮かぶ。
「皆、先輩になります…かね」
彼らを友達と言っていいのかどうか。別に仲が悪いというわけではないが、そんな簡単には口に出来ない単語だと思った。特にヒーローはライバルというのが前提だ。大体向こうが友達と思っていないのならば勝手に認定するものでもないと感じた。だからと言って、僕たち友達ですよね?と改めて確認するのが友達関係だとは思いたくもないが。
「俺もアンタよりはヒーロー歴長いんだけどな」
その定義でいうと、自分たち二人も友達になるのは難しいんじゃないか?とでも言いたそうな口ぶりだ。
「だいたい貴方には友達いるんですか?」
なんだかんだとすべて否定されたことが癪にさわったので、少しにらみながらも問いかける。それに他人の事ばかり聞いてずるいではないか。今まで単身でやってきた感がバリバリあるライアンこそ謎としか思えなかった。
「あーそう言われるといるっていっていいのか」
ここで少し明後日の方向見たライアンは、左右の指を折ったり戻したりと色々考えている。顔はバーナビーなんかよりよほど広そうだし、壁を作らないタイプだから友達も出来やすいとは思うが、その友達と言っても色々ろくでもないことに違いはない。
「ともかく、今は貴方との事を考えている余裕ないんです。今追っている事件もまだ解決の糸口さえありませんし」
それというのもライアンと組んでからというものの、つかみどころのない不気味な暗躍に振り回され、色々混乱していてゆっくり考える余裕がないのは確かだった。そんな仕事が忙しい中でプライベートのしかもこんなことに時間を割くことは出来なかった。
「んじゃ、一先ずこの事件が終わったらさ。じっくり俺との関係考えてみてくれよ。それぐらいは待つ余裕、俺には全然あるぜ?」
余裕綽々とした中で出されたライアンからの提案。理に適っているというわけではなかったが、確かに色々と時間が足りないことは確かで、別段悪いものには感じられなかった。それでもバーナビーは特に変化を望んでいるわけではなかったので、どこか後ろめたさもあったが…
「絶対に貴方とセックスフレンドに戻ることはないと思いますけど…」
それだけは断言できるから、最初に言っておいた。



翌日。いつもより少し早い時間に出社したバーナビーの足取りが重いのは当然の事で、だがライアンは仕事上の相棒であるからして顔を合わせないわけにもいかないのは当然。だからせめてものバッタリ行き会うという最悪の事態だけは避けるべく、気持ち早めの出社したわけだったが。
「バーナビーさん。少しよろしいでしょうか?」
ヒーロー事業部へと続く廊下を闊歩している最中、思わぬ人物から声をかけられた。
「何か僕に用事でしょうか?」
バーナビーを呼び止めたのは、新オーナーであるシュナイダーの秘書。確か名前はヴィルギルと言っただろうか。一部ヒーローとして契約した際にオーナーとは色々と揉めたわけだが、常にシュナイダーの傍に控える忠実な部下という印象しかない彼が自分に声をかけてきたということはもちろんのこと…
「はい。オーナーがお呼びですので、CEO室へ来て下さい」



「やぁ、待ってたよ」
ヴィルギルも一緒に向かったためSPによるチェックも顔パスを受けて、CEO室にしては独特の雰囲気を醸し出す部屋に入ると、待ちかねていたかのようにシュナイダーが立ち上がったのだが、予想外にバーナビーが驚いたのがその場に既にライアンがいたことだった。いつもどおりの尊大な態度で同じくシュナイダーのデスクの前に横並びになることとなる。直接的に目は合わせないが、昨日のこともあり、どこか気まずい。
「それで、ご用件はなんでしょうか」
簡単に挨拶をするとバーナビーは早速話を切り出す。シュナイダーは雇用主であるから最も敬意を払う人物だと頭では理解できているが、一部ヒーローへ昇格するさいのわだかまりが消えたわけでもない。そしてそれ以上にバーナビーが気になったのは隣にいるライアンで、先に何か聞いているのか、にやにやと笑っているように思えるのだ。出来ることなら早く済ませて退室したい願望がある。
「ああ、そうだったね。じゃあ、業者は手配してあるから、次の休日に引越しお願いね」
さらりと用件だけ言われた…が、突然すぎて理解できるはずもない。早急にしてもらいたいという気持ちはあったがいくらなんでも完結すぎた。
「引越し…ですか?」
思わず呟きのようにその単語が口から漏れる。脈絡がなさ過ぎてそれ以外が頭に浮かばなかったのだ。
「そう。アポロンの傘下の完全子会社で運営するホテルあるでしょ?ほら、あそこ」
そう言いながらシュナイダーは広く取られた窓の外を、手のひらを開いて大きく示す。
「あのホテルが…何か関係あるのですか?」
アポロンメディア社のCEO室はかなり高層である為、眺めは抜群なのだがその先にあるのはビルの数々という情景。快晴な空下その中でも広い意味で言うと隣の高層建物なのが、シュナイダーが口にするホテルだった。アポロンメディアは主にメディア業を主体としているのだが、出資している子会社では様々な事業を営んでいる。それは知っているが、その一つのホテルが指差されたとしても謎は残ったままだ。
「実はあそこのホテル、赤字続きでね。正直、売却も考えたんだけど、それじゃあつまらないし。なーにか面白い解決策ないかなぁと思って、閃いたんだよ。だったらヒーローを住まわせて安心度をあげよう。ヒーローが住むホテルって斬新じゃない?」
意気揚々とその素晴らしい解決策とやらを口にするのだが、逆にバーナビーの気分は下降するようで。
「まさか…僕たちにあのホテル住むように?と」
これまでのシュナイダーの口ぶりから行き当たる結論はそれしかなかったが、それでもそう簡単に確信したいものではなかったので、改めての確認としての疑問を口に出した。ライアンもこの場に呼びつけられているということは、バーナビーだけではなく同様ということだろう。
「僕は、アポロンを建て直すためにきたんだよ。不良債権は有効利用しないと」
それはまるで当然の事だとでも言わんばかりに自己納得しながら、理由を押し付けてくる。
「そんな突然………というか、貴方からも何か言って下さいよ。もしかして納得しているんですか?」
既に聞いていた余裕か、特に二人の話に口を出さずに突っ立っているライアンに向き直り、少しにらみつけながらバーナビーは促した。
「俺は元々ホテル生活だから、別に構わないぜ」
と、こちらも支障はないという納得顔を向けてくる。むしろバーナビーの反応を眺めるのが面白いかのようだ。それにしても、ホテル住まいをしていると小耳に挟んではいたが、もともとアポロンにスカウトされたライアンが住まいも用意されたとしたら…と連想するとこの結論に行き当たるのは時既に遅しということか。
「何か問題でもあるの?大体立地は、アポロンの隣のビルなわけだし、緊急時にも直ぐ出勤出来るんだよ。便利ー。それに元スウィートだから設備も十分でしょ。ヴィルギル、資料を」
いつものように秘書を呼びつけると、手馴れた様子でヴィルギルは書類の挟まったクリップボードをライアンにも渡している。仕方なくざっくりと目を通すようにパラパラとめくると、ホテルの最上階にはお決まり以上の設備の充実感がうたわれている。
「もう社宅として買い上げてコンドミニアムに改装命令だしちゃったから。これは決定事項だよ。二人とも顔出しヒーローだからプライベート大変でしょ。僕なりの配慮。やっさしーい」
パチパチという無駄な効果音付きでその決定打は落とされた。一人楽しんでいるシュナイダーの横で無表情でヴィルギルも拍手しているのが余計にこの場の無常観を誘っているようで、もはや反論する余地はなかった。シュナイダーにとっての独断はきっといつものことで、もう僕が決めちゃったからという鶴の一声で、結局バーナビーとライアンは新しい生活へと放り込まれたのだった。



そうして貴重な休日は、瞬く間に引っ越し日へと成り代わった。正直、事件も忙しいしライアンとの関係もこじれているからそれどころじゃないのに会社命令だ…しかたない。こう…何度心の中で呟いただろうか。元々バーナビーがシュテルンビルトの元のマンションに戻ってきたのもそんなに日が経っていないので、荷物が大量にあるというわけではないので短から言えば身軽という状況ではあったが、それでもやってきた引越し業者の手配は素早いものだった。さすがプロなのだから当然なのかもしれないが、聞かれた必要な指示をすると手早く荷物を包み上げて引越し先へと運ばれて行ったのだった。
一応フロントで部屋を確認し、専用エレベーターで最上階へ。渡された鍵を使って中へと入れば。
「ようっ、ジュニア君。遅かったな」
なぜか自信たっぷりな態度で、革張りソファに腰掛けて足を組んで座るライアンがいた。すぐさま頭が痛い。最近厄日が続いているような気がする。
「なぜ…貴方がここに?」
頭を抱える仕草など見せたくもないから、なんとか直ぐに思考を切り替えて、目下一番の問題の解決にあたる。
「なんでって言われても、ここ俺の部屋だし」
親指で絨毯を示しながらの強烈な主張も、ライアンのような豪快な男がすれば様になるものだったが、そんなことに嘆声の声をあげる趣味はない。
「それは失礼しました。鍵を間違えて貰ったようです」
答えは至極単純だったと、早くフロントに戻ろうときびすを返そうとしたのだが。
「は?間違ってねーよ。資料読んでねーの?」
資料…?とここでバーナビーは少し頭の矛先を変えてヴィルギルから手渡された書類の数々を横に持っていた鞄から取り出す。正直…引っ越しを命令されてからも仕事はずっと忙しかったし、そもそも色々と火急すぎてきちんと読んでいないのはライアンの指摘の通りだった。引越しの手続き関係はヴィルギルが済ませたと言っていたので落ち着いたら後で確認すればいいと思っていた程度の書類を、ここで初めてきちんとめくることになる。……………段々と手が震える。
「この間取り図…僕の目が相当悪いのでなければ、エントランスが一つしかないように見えるのですが。もしかしなくても、僕と貴方…同じ部屋というのは冗談ですよね。一体、どういうことですか?」
つまり自分がいるこの場所。最上階のスウィートはエントランス一つのみで部屋の数は多くともキッチンなどの共用スペースも一つしかない。平たく言えばバーナビーとライアンは同じ部屋で生活するということになる事実を簡単には認めたくはなかった。
「俺に文句言うなよ。元々この最上階はスウィートで一つの部屋扱いだから、そこに水廻りのコンドミニアム設備をぶっこんだだけだと、こうなるのは仕方ないだろ」
確かにスウィートルームのファミリータイプ仕様は見かけるが、こんな危険な男と同じ部屋だなんて、ふらふらして倒れそうだ。
「貴方、知っていて何もいわなかったんですか?」
全く新オーナーは何を考えて…意外性しか考えていないのだろうか。肝心なところが抜けているとしか思えない。
「別にいーじゃん。前だってホテルで一緒に住んでたわけだし、前より断然部屋広いから満足だろ。それに俺はジュニア君とまた一緒で嬉しいぜ」
「はい?」
「仕事モードのジュニア君は、ガードが固いからなぁ。早速、してみる?」
そう言いながら颯爽とソファから立ち上がり、エントランス少し先で立っていたバーナビーに近寄ってきた。これは、ベッドへと向かういつものサインのようで、半年前の流れが忠実に再現される。
「結構です」
伸びてきた手を一瞥してから、払いのける。
「あ、今少し思い出しちゃった?」
二言目にはコレか。なんともデリカシーのない。だから、スルーするのに限る。それにても、幸先から前途多難すぎるような気がしてならない。
「会社命令ですから仕方ない…我慢しますけど、くれぐれも女性を連れ込まないで下さいよ」
もう正直、嫌味の一つでも口にしないとやっていられないぐらいバーナビーはやさぐれていた。
「んなことすっかよ。せっかくジュニア君を眺めていられるんだしさ」
しゃべりながらもわざと意図するようにこちらを、じっとり見てくる。視線を払いのけるかのようにバーナビーは言葉を続けることとなる。
「そんなことしなくていいですから。だいたい貴方、一緒に生活するなら多少なりとも家事できるんですか?」
ここで二番目の懸念材料を口にする。一番目はライアンという男自体の危険性全部だから今更どうにかこうにか出来るものではないので諦めているが、せめて嫌々ばかりの日々にならないように生活能力に僅かながらも希望を見出したかった、しかし。
「できるわけないだろ。だからホテル暮らししてんだよ」
ここは期待したバーナビーの方が無駄だったようだ。というか、前もそうだった。年下ながら人生を謳歌しているライアンは見るからに生活能力がなさそうだ。それも、完全に出来ないわけではなくきっと出来てもやらないというタイプだろうから余計に性質が悪い。
「そうだと思いました。それで、荷物はそれだけですか?」
ライアンのソファの隅におかれたのは大ぶりのボストンバックとギラギラとゴールドに光るスーツケースが一つと、それしか見当たらない。
「ま、一応は。奥に運んだものもあるけど」
チラリと自分の部屋と思われる方へと視界を一度向けはしたが、それだけだ。
「随分と少ないですね」
なんか勝手に荷物が多そうなイメージがあったので、それだけは意外だ。半年前一緒に住んでいたときは、互いに旅行中だったから荷物なんて気にしなかったけど。
「俺、基本的にホテル転々としてるからな。寝るトコとは別に衣装部屋借りてるからこれでも不便してないし」
身軽でいたいという理由はわかったが、そのバックグラウンドもさすがライアンらしいものであった。
「そう…ですか。では、僕は自分の部屋の整理をしますから、くれぐれも邪魔しないでくださいね」
暗にこちらテリトリーには入るなと啓示して、バーナビーはライアンの横をすたすたと通り抜けてようやく与えられた部屋へと向かった。
部屋に一応鍵はついているが、ライアン相手では所詮気休め程度だろう。確かに今まで住んでいたマンションよりも圧倒的に広いフロアは悪くない。ホテルの設備らしい豪華絢爛な調度品は、少し自分の趣味とは違うので後で考え直そうと思った。引越し業者には、とりあえず前のマンションと同じようにクローゼットに収納するように頼んだので、細かいところを移動して直せばいい。
「へー。ジュニア君の部屋も、俺の部屋とレイアウト一緒なんだなぁ」
そんな忙しい最中に我が物顔で入ってきたのはもちろんライアンで、興味深そうに部屋を見渡しにやってきたようだった。こちらは絶賛、靴箱の整理をしている最中。しばらくバーナビーも特に反応を返さずに無視していたが、やがてライアンはドスンとベッドに座りこんだようで、なにやらこちらの様子を眺めているという視線がささる。正直、迷惑だ。
「なんでわざわざ僕の部屋にいるんですか。貴方、自分の部屋は?」
中腰でクローゼットに向かっていたのから立ち上がって、バーナビーはようやく一言入れる。ずかずかと踏み込んできて、直ぐに出て行くかと思えば一向にその気配がない。いくら荷物が少なく整理が終わっていたとしても、バーナビーの部屋にいる理由なんてろくでもないことに違いないから、追っ払うに限る。
「俺の部屋はもう寝るスペースないから、ここで寝るしかないかなって」
それはもう決まっていることのように告げられて、そのままライアンは勝手にベッドの上でごろごろ転がってまるで寝心地を確認しているかのようだった。
「ちょっと待ってください。貴方の部屋もここと同じ広さがある筈ですが?」
確かにこの部屋だってフロア一つ分が一人の部屋としては十分すぎるスペースではあるが、それはライアンも同様で、まるで理由になっていない。
「俺の部屋はマイスウィートペットが占拠してっからな。さすがの俺様も、常時26℃の部屋で心地よく寝るのは無理無理」
再び寝返りをうつように転がってこちらを見ながら話して来た。ライアンがペットを飼っている事は仕事場のデスクの写真から察してはいたが、そんなデリケートな理由があるとは知らなかった。自分よりペットを優先するこの心意気は買うが、この状況では素直に賛辞の言葉を送れる筈もなく。
「だったら別の部屋でも…」
別に部屋は各自一つずつというわけではない。一番広いフロアが両サイドに二つあるので各々にという話になっただけで、ゲストルームはまだ他にもある。
「ベッドがでかすぎて動かせないんだよ」
それはここと同じキングサイズだと指差して主張する。スウィートルームのキングサイズともなるといくら扉が広いとはいえ、中吊りして窓から入れたんじゃないかという大きさだ。
「じゃあ、予備のエキストラベッドかソファーベッドを連絡して入れればいいんじゃないですか」
「んな小さいベッドで寝れっかよ。消去法で、俺がマトモに寝れるのこの部屋しかないの」
結局はこれしか方法はないという一点張り。ライアンの平均以上の身長と体格を考えれば当然の主張かもしれないが、全部バーナビーに降りかかってくることに違いはないからして。
「貴方が良くても僕は困るんです」
いくらライアンにさえ広すぎるベッドとはいえ、同じベッドに横たわるという事実は変わらないのだ。
「何で困るんだ?なあ、ジュニア君。いい加減、一緒に寝たい口実だってわかんねーの?」
そこまで言わないとわからないのかと諦め半分含んだ口調だったようにも思える。だからと言ってバーナビーが手放しに賛同するわけでもないとわかっていても、こう言って来るのだ。
「………もう、好きにしてください」
マトモに反論しても結果は変わらないような気がしたのでしぶしぶの納得と諦めを言葉に表し、バーナビーは後ろを向いて再びクローゼットの整理を続ける。またライアンの調子に流されてしまった。おかしい。いつもの自分のスマートなペースには全くならないのがもどかしくあった。それでも自分は几帳面なはずなのに手がうまく進まなく、結局は考え事ばかり。それは後ろにライアンがいるせいだ。やはり落ち着かない。時間だけがどんどん進むようで、集中できない。
「ジュニア君。そんなに急いで片付けなくてもよくね?もっとゆるーく行こうぜ。少しはこの俺様にかまうとかさ」
このライアンと言う男は、めげたことが人生で一度でもあるのだろうかと本当に不思議に思うくらいの野次が続けて飛んでくる。
「だったら少しは手伝うつもりないんですか?」
正直なところ荷物の整理と共に、簡単な掃除も一緒にしている。先に業者が入っているが、気になるところはあるのは性格だから仕方ないとはいえ、そこまでするのを見てライアンも一言口にしたくなったのだろう。
「手伝ってもいいけど、なんか邪魔になりそうだからな」
そのあたりは一応わきまえているらしく、積極的に動く気はないらしい。ただ本当に面倒くさいだけかもしれないが、そこまでの真意が読み取れるわけもなかった。
「暇なんですよね?」
ここで一つバーナビーは事態を打破するべく、くるりと改めてライアンに向き直って問いかけた。
「暇、暇。だからジュニア君もベッドに来なよ」
来い来いとまるで手招きするかのような仕草をベッドの上でしている楽天的なライアンには、正攻法は通じないと何度も痛感したからこそ言うべきことがある。
「では、買い物に行って来て下さい」
きっとペットの世話以外するつもりがないだろうと思われるからこそ、この生活はバーナビーが仕切るしかないという確信の言葉。
「は、何を?」
珍しく心底驚いた顔をこちらに見せてくれた。色よい返事が戻ってくるとは端から思っていなかっただろうが、買い物という選択肢はあまりにもライアンの脳内には想定していなかった事態なのだろうに違いない。
「ぼやぼやしているとお昼になってしまいますから、食料品を」
過剰な装飾の施されたアンティーク時計を指差しながら今を告げる。確かにまだまだ昼まで数時間あるが、これから出かける手間を考えればそれほど余裕があるわけでもない。
「どこで?」
5W1H全てを解説する事態になるとは思わなかったが、こういうことは初めが肝心だと思ったので根気よく説明することを選んだ。
「もちろんスーパーで」
「俺が?スーパー………」
もしかして、ださいとでも思っているのだろうか。ライアンはきょとんと少し悩んでいるような顔つきをする。
「行ったことないんですか?」
ちょっと有り得そうだから警戒含めての軽い質問を入れる。
「ないわけじゃねぇけど。ていうか、ハウスキーパー呼ばねぇの?」
きっとライアンのいつもの調子ならそれが当たり前なのだろう。
「自分の身の回りのことぐらいは自分でやるのが僕の信念なので」
バーナビーは別に買い物をする時間を無駄とは思っていない。確かに買うものはだいたい予め決めて行くし、わざわざ安い生鮮食品を求めてスーパーを梯子などはしたことないが、常識の範囲内での買い物は人間として生きるために当然必要という認識で成り立っているのだから。
「あーもしかしてジュニア君の節約生活に俺も合わせないといけないわけ?」
ここでぽんっと何かに行き当ったらしく、ようやくライアンは一緒に生活をするのなら何もかも自分の好き勝手には出来ないのだということを理解したのかもしれない。半年前一緒に生活していたといっても所詮あれはライアンが予約したホテルで衣食住自由にやっていただけなのである。今回は状況が違う。もうバーナビーもライアンにすべて付き合う義理も義務もないのだから。
「嫌だったら、今すぐこの部屋から出て行ってください。いえ、僕が出て行っても構いませんが」
口実が出来てよかったとでも言いたいくらいにしっかり告げた。いくらオーナー命令とはいえ、無理なものは無理とするつもりだった。大体、ここで駄目なようならこれから先はきっともっと駄目だろうから。
「はいはい、わかりましたよ。行ってくるわ」
仕方ないという雰囲気ありありでライアンはようやくベッドから起きあがった。
「デリバリーではなく、食材をきちんと買うんですよ」
心配事項としての釘を刺す。買い物を任せるのだから、とやかく細かく指定食材など言うつもりはないが変に偏ってしまったら生ものなだけに困るから。
「はあ?俺、料理なんてできねぇぞ」
またもやふいをつかれたかのような言葉を飛ばされる。
「出来る範囲で僕がやりますよ。僕たちはヒーローなんですからきちんとした食生活をしないと」
出来合いではどうしても自分の好きなものを食べがちになり偏ってしまう。体調管理はしているが、食べ物というものは意識しないとなかなかコントロールできないものだから、だったら自分で作った方が手っ取り早い。
「相変わらずの真面目だなぁ。とりあえず俺の好きなもん買ってくるわ」
そういいながらもライアンは特にキッチンには寄らずに、エントランスからさっさと外へ出て行った。まだバーナビーも冷蔵庫と冷凍庫の中身は見ていないが、この調子では恐らく空っぽだろう。
だが料理をすると宣言をしたのだから、一応一通りのキッチン用具を見ておかなければいけないと思いの確認に入る。幸いコンドミニアム仕様で家電も必要最低限の食器類も備わっているから、それほど手間のかからない料理なら道具もあった。いわゆる基本的な調理用具とバーナビーが個人的に使用していたもので持ち込んだものあるが、やはり物足りないと覚えるので、今度買い足さなくてはとは感じたが。あと絶対的に油や香辛料などの調味料がない。ライアンは買ってきてくれるだろうか。メールをしようかとも思ったが、買い物に出かけるというだけでも結構億劫そうだったのにこれ以上のやる気を削がれても困るから我慢をする。どうせライアンは料理などやらないだろうし、やる気もないのだから今後も何度か買い物に行かせれば学習するだろうと決める。
共用スペースまで来たついでに他の水廻りも確認する。さすが元スウィート。ホテルの中では最高級品が備え付けられているから不便はないし、使い勝手はさすがに良いだろう。しかしせっかくの風呂やトイレが複数あっても結局ライアンと同じ部屋で寝るのでは意味が薄いような。今それを考えても仕方ない。
大まかな共用スペースの確認を終えると、また自分の部屋に戻ってくる。荷物整理の続きだ。ライアンがいなくなってようやく少しははかどるようになった。元々きちんと分けてあるので場所の問題しかない。それも前のマンションより収納スペースが広いので些細な問題だった。位置を覚えるまでには少し時間がかかりそうだが。
ふと、時計に目をやるとライアンが出かけてからもう随分と時間が経過しており正午へと差し掛かっていた。一体どこまで行ったやら。出かけた時間からしてああもしかしたらまだ店が開いていなかったかもしれないが、そういえばスーパーの場所なんてわかるのだろうかという今更の心配。いや、わからなかったら容赦なく電話が鳴るだろうから大丈夫だろうという少しの安堵。
ともかく最近気が張っていて疲れた。この状況では気疲れしないほうがおかしいのかもしれないが、ようやくの休憩がてらにバーナビーはベッドサイドに腰掛けて、ペリエを少し口に運んだ。そうしてそのままベッドに軽く倒れこむ。一気に蓄積されていた疲労が染み渡ったかのように思わずベッドにどさりと横たわったのだ。ああ…時間があるなら少しシャワーでも浴びたいという欲求がやってくる。それにしてもライアンに振り回されてまくって心休まるときがないというか、よく考える全部ライアンが悪いような…仕事はともかくとしても、あのマイペースが初めて羨ましいと思った。さっきスーパーに行くようにと言った時は多少驚いていたが、最後にはいつもペースだったし。きっとライアンは幸せな人間なんだろう。それが自分とはあまりにも違って現実を突きつけられているかのようだった。避けようとしているのにバーナビーのプライベートが勝手にライアン色に染まっていく。どうしてだろう。うまくやっていけるだろうかと不安でいっぱいだ。確かに少しは一緒に生活していたけど、今は状況がまるで違うし。ただ少しだけバーナビーは瞳を閉じた−−−

勝手に意識が飛んでいたということは直ぐにわかった。頭は朦朧とはっきりとはせずにけだるさにまどろむかのように虚ろなままで、瞼が少しの重みで開かなくて、それでも昼間だからこその明るさは捉えていて、きっと少し寝ていた。でもすぐには身体が動かないけど、まだ沈んではいない筈。体感的にそんなに時間は経っていないと思いつつも、そんな状態でバーナビーはしばらくベッドにいたのだった。
「ジュニアくーん?」
がさごそと買い物袋のざわざわした音と一緒にそんな声が入り混じる。ライアンが帰ってきたようだ。ああ起きなくてはわかってはいたけど、そんな余裕もなくライアンが部屋に入ってくる足音が聞こえる。そうして入り口からバーナビーが横たわるベッドまで一直線に伝わる振動。どかりとライアンが自分の横に座ったのがわかったのは、二人分の重さでベッドのスプリングが沈んだからだった。
正直、このタイミングで起きるのもどこか気まずい。早く出ていってくれないかなと瞼を閉じたまま様子を覗う。いったいどういう表情をしているのか直接目には見えないが、早速寝ている人の髪をいじられる。ライアンに比べてやわらかな毛質のカールにくるくると指を絡めているところからして、おそらくバーナビーにとって良い顔をしているとはとても思えない。他人の髪をさわって何が面白いのだろう。やがて頬にかかる髪から頬を撫でられる。多少のくすぐったさにも何とか我慢する。ゆるやかに頬の上を指の動作を受けて、困ったことに完全に起きるタイミングを失った。やがて指は唇の下を掴み、顔をそちらに向けられる。視界が暗くなったと感じるほどの覆い被さる影。いつもの流れだと、このまま…。これは不味い…キスされると思った次の瞬間には、耳に息をかけられ、たまらず肩がびくりと揺れた。そうして耳元でささやかれる。
「おはよう、ジュニア君。寝たふり下手だなぁ」
そこまで受けて、しぶしぶ嫌々という様子を見せてバーナビーは瞳をさっさと開けた。ほんの僅かな距離に顔を近づけられているライアンの顔が想像通りのドアップで迎えてくれる。
「わかっているのなら、早く起こせばいいじゃないですか」
動揺を微動さに表さないように努めながら、皮肉を一つ入れる。
「期待してもらって悪いけど、眉間にしわ寄せるジュニア君が可愛かったからな」
そう言いながら、その唇をバーナビーの眉間に一度寄せて、わざと音を立ててキスを一つお見舞いされる。
「なっ」
慌ててキスされたところを片方の手で覆うが、もちろん後の祭りだった。
「さ、起きた起きた。寝込みを襲うのは後でな。とりあえずメシ作ってくれよ」
そのまま、先ほどのことは何でもなかったかのように、軽快にキッチンへと促された。

常々ライアンのことを豪快な男という認識でいたが、買い物の量も凄かった。よく一人でホテルの最上階まで持ってこられたなと逆に感心するほどで、ちょっと多すぎる気もしたが最初の買い物だから調味料もきちんと含まれていることだし、バーナビーは特に文句はいわず、食材をまず冷凍庫と冷蔵庫と貯蔵庫に分ける作業から入った。本当に食べたいものを好きに買ってきたという割に意外と野菜関係も多いしさすがにセンスもいい。一応出来うる範囲の料理のリクエストも聞いてみたが、任せると言われたからバーナビーも好きに料理することにした。ただもう昼も差し迫っているしライアンもお腹減ったという様子がありありだったので、そんなに手間のかかる料理をする時間もない。付き合いがそれほど長いわけでもないから好き嫌いなど熟知していないが、そんなことをいちいち聞くのも面倒なのでとりあえず朝食のメニューとかぶらないようにだけして手早く作れるようにした。あのときライアンがよく食べていた物をなんとか思いだしといっても小さなホテルだったので定番のカフェテリアのような感じだったが、結局はフル・ブレックファストのようなブリオッシュロールと簡単な卵料理や燻製と季節野菜のソテーとカットフルーツ程度に落ち着いた。
「どうぞ」
とりあえず出来上がった皿から順にテーブルに並べていく。配膳に気を配るほどまだここのキッチンに慣れないのだから手早くを心がける。
「うおっ、マジで料理できたんだな」
どこか半信半疑でもあったのだろうが、こちらを率直な目で見張る声が飛ぶ。その言い方も悪い意味というわけでもないようで、バーナビーだって数年前まで料理なんてする気はそれほどなかったのだから別に気にしてはいない。
「料理…というほどのものではないと思いますが。あ、コーヒーは自分でいれてください。僕は使用済みの調理器具を付け込みますから、先にどうぞ」
ボタンを押すだけのコーヒーメーカーを指差しながらバーナビーは再びシンクへと向かう。全く料理できない人間から見るとこれでも料理に見えるのかと少しの苦笑を隠しながらだ。ハウスワイフから見れば家庭料理レベル以下だと思うが、評価が悪くないなら今はそれでいい。それにしても料理は後片付けの方が大変だったりする。食べるのは数十分しないで済むというのに、これからの洗い物を考えると確かに時間だけの効率を見れば出来合いやデリバリーをライアンが上げるのは納得できる部分もあった。それに今は、ライアンが張り切ってだかわからないが大量に食材もあるので、大分冷凍庫にしまった。平日はともかくとしても、今日はせっかくの休日だから時間がある夜なら少し手の込んだ料理が出来るかもしれないなと思う。掃除は終わったし、夕食の下ごしらえでもしようかと思ったがバーナビーもさすがに若干の空腹を覚えたので、とりあえず料理が冷める前にテーブルに着こうとした。
「…まだ食べていなかったんですか?」
生憎、突貫で入れられた間取りのせいか、対面式のキッチンではないのでここで初めて気が付く。空腹にコーヒーだけで腹を満たしているかのようなライアンが、こちらを眺めていた。
「一緒に食おうぜ」
特に質問には答えず、こちらに座るように指で指示しながら、待っているのが少し意外だった。
「そう…ですね」
了承の言葉を口にしてからエプロンを外し、どっかりと座っているライアンの向かいの椅子に腰掛ける。やはりライアンの行動はよくわからない。
リモコンは見えたが、特にテレビを付けたわけでもないので、広いダイニングテーブルとはいえ二人の空間。そんな中で「うん、うまいな」「あ、これもいける。案外料理の才能あるんだな」と、とても素直な感想を言われる。余程バーナビーが最低限の料理でも出来ることが意外だったのだろうか。世辞を言うタイプではないだろうから本心なのだろうが、こそばゆいことは確かで結局バーナビーは「どうも」という上辺の言葉しか返せない。自慢できるほどの腕前ではないのであまり人に振舞ったこともなかったので、ストレートな言葉は結構響くものなのだと感じた。
「あ、そういえば生野菜残ってる?」
ライアンが付け合わせのザワークラウトを突っついている最中、そんな質問が飛んできた。
「ええ。随分と買い込んできたのでたくさんありますよ。直ぐに必要ない分は茹でて冷凍しようかなと思っていましたが」
買ってきた野菜の中でも特に葉物が多かったことをバーナビーは思い出した。
「俺のペット用にいくつか残しといて。ついでに果物も。あとこの辺でハイビスカスの花を売ってる店知らね?シュテルンビルトに来てから一応探してるんだけど、なかなか見つからなくてなー」
ここでようやくの買い物量の合致がついた。今まで何を食べているか知らなかったが、ようやくライアンのペットの食事を理解したのだ。
「季節的に少し難しいかもしれませんが、僕がいつもお世話になっているフラワーアレンジのお店で見かけたことがありますけど」
少し記憶をたどりながらも不確定過ぎないその情報を提示することとなる。
「マジで?後で住所教えてくれよ。最悪、ネットで買ってもいいと思ってたけどな。出来れば実物を確認したいし」
「わかりました」
今までヒーロー以外の共通点などきっとないから、それ以外の話題なんてないかと思ったが、案外色々と話すことがあるものだと、バーナビーは正直驚いていた。確かにライアンは悪い人間ではないが、バーナビーにはついていけないと思っていたし、事実半年前は他愛のない話ばかりだったような気がする。それは互いに正体を隠していたせいもあったが、日々とても些細な事を話していて、でもそれでもつまらないだとか退屈だとは思わなかった。それはきっとライアンが楽しい人間だからだ。対して自分は楽しい人間…だととても思えない。今はライアンが色々しゃべってくれるから話は続いているけど、もちろんバーナビーだって昔から仕事上の上辺だけの会話は得意だ。そうやって自分を良い人間に見せて、それは両親を殺したウロボロスの情報を引き出すために必要で、全部…そうだった。打算を何も必要とせずにただのバーナビーとして誰かと接したのはヒーローをやめてふらついていた時が初めてで、その中でライアンは一番親しくなった人間だったのだ。でもそのライアンもバーナビーの目の前からいなくなってしまった。影が落ちる。そのことをバーナビーはまだきっと引きずっている。
「なあ。この後、デートしない?」
食事もそこそこ終わり、食後の二杯目のコーヒーを飲んでいる最中でのプロポーザル。
「………デートというのは付きっている人間同士がする行為だと思いますけど」
呆れ半分含めて、そもそも自分たちは付き合っていない前提を知らしめた。
「まーまー細かい事はいいじゃんかよ。大体、さっきスーパーに辿り着くのだってスゲー迷ったんだぜ。何もシュテルンビルト丸ごと観光案内しろって言ってるわけじゃないんだし、この辺でいいから案内してくれよ」
確かにバーナビーは生まれも育ちもシュテルンビルトで、特にゴールドステージならば大体把握していると言っても過言ではなかったが、ライアンの意図がつかめずにいた。
「案内って…言っても………だいたい貴方。この街に来てスカイハイさんや他のヒーローが街の様子や七大企業や女神伝説をわざわざ解説して下さったのに、途中寝ていましたよね?」
そうだ。ライアンには軽い前科がある。新しいヒーローを熱烈歓迎して、率先してスカイハイが説明の為にジャスティスタワー内をあれこれ連れ回していたのをバーナビーは見ていたのだ。同時に、その態度のなかなかの悪さも。
「だって興味なかったからな」
悪びれもしれず、けろりと答えられる。少しは人様の好意に報いるという気持ちは微塵も感じない。
「僕の解説も興味がなかったと?」
もちろんスカイハイが紹介した説明相手の中にバーナビーも入っていたから、促されるように必要な場所をかいつまんでわかりやすく話したつもりだった。しかし、結局誰がしゃべっても結果は同じだったことを忘れてはいない。恨みつらみ半分持っているわけではないが、寝ていた事は多少なりとも根に持っている。
「あれは、心地よいからつい寝ちまったんだよ。これはジュニア君限定な」
そうして調子がいい言葉が飛び出てくる。
「またそうやってごまかして」
どうして軽い言葉がぽんぽんと飛び出てくるのか正直理解出来ない。
「今日は寝ないようにするからさ。外、行こうぜっ」
当然のように促されるというか、椅子から立ち上がってもう行く気満々だった。
「そうは言っても…僕たち二人とも顔出しヒーローだってわかっているんですか?」
一人で歩いていても周囲の奇特な目に晒されて厄介なのに、それも二人だとか傍から見れば異様な光景だ。別にプライベートまでそこまで注目されたい願望はバーナビーにはなかった。
「だからだよ。逆にアンタ以外の誰かと歩いてるとか色々面倒だろ。二人ならジュニア君の大好きなパトロールでもしているってことで通るじゃん」
人目を避けようと労作するよりも正々堂々としているほうが余程楽だとライアンは言いたいらしい。それは自分より長く顔出しヒーローをしているからこその経験かもしれないが。
「仕方ないですね…」
それでも理屈は通ったので頷くこととなる。
「まあ、完全に二人っきりってわけでもないから、安心しろよ」
そうしてその言葉を理解するには、数十分の時間を要する事になる。









車さえ使わず性急に、徒歩で二人が訪れたのはゴールドステージ最大の公園であるセントラルパークだった。あくまで緑を求めて設計されただけなので人工物であることに違いはないが、急速な都市化が進む中の唯一のオアシスと言っても過言ではないその場所は、下手な場所に連れて行けと言われたら困るので場所自体にはなんら問題なかったのだが。
「初めから言って下さいよ」
「何、そんなにデート期待してたの?」
そう言いながらもライアンは右手のハーネスを少し伸ばした。今、二人はとてもゆっくりとした速度で整備された石畳の上を歩いていた。ライアンのハーネスの先にいるのは彼が愛するペットで、求められたのは非常にのんびりとした散歩。そう…バーナビーはライアンのペットの公園デビューに付き合うこととなったのだった。
別に仲の良い会話など二人の間では飛び交わない。もはやメインはペットの散歩であるし、完全に美化された公園とはいえ静寂の方がお似合いだ。そんな中でもまれに混ざるのがパシャリとしたシャッター音で。
「どうして僕ばっかり撮るんですか?」
ライアンが外に出かけると言い、本来の自分の部屋からエントランスにやってきた際に持っていたのはこの大きな金属製ゲージの中のこのペットと一眼レフカメラだった。折角の外でカメラを使いたい気持ちもわかるし、最初は公園デビューしたペットでも撮るのだろうと気に留めなかったのだが、だんだんとそのカメラの向かう先が自分に向いているのを感じて、苦言の一つでも入れたくなるのは当然だ。
「え、もしかして有料?」
茶化すようにレンズを向けながら聞いてくる。この不満そうな顔ももちろん切り取られた。
「そうじゃなくて…………というか、いつからカメラが趣味になったんですか?」
少なくとも半年前はそんな素振りはなかった。もちろんバーナビーは旅行中だったのでカメラを持ってはいたが、特にライアンも感心が深かったわけではなかったような気がする。だからこそ、今回再会して恐らくベッドで撮ったとされるバーナビーの写真(どんな姿だかは知りたくもないが)をちらつかされて驚いたというのもあるが、結構固執しているように見えたのだから。
「ここの来る前、実家に戻った時にたまたまな。俺、あんまり過去には生きないつもりだったけどな。少し、振り返りたくなる時もあるじゃん?」
まるでバーナビーに同調を求めるかのような口調。どこの過去を示しているのかありありとわかるが、結局貧相な発想しか思いつかない。まあ確かに少しはわかるような気もする。バーナビーが思い描くのは、ライアンが示唆するような下衆な過去ではないが。ただバーナビーが本当に心から幸せだったと断言できるのは、両親が亡くなる前のほんの数年間だった。それでも復讐を遂げるまではその思い出にすがって生きていたといっても過言ではないほどで、目標を失い、またヒーローとして市民を守ることになって恵まれない孤児院に足を運んで毎日忙しくて…それが最善だと思ってきたけど、やっぱり与えられていたばかりのあの過去を懐かしくも感じるのだ。火災によって焼失した為、子どものころの写真はとても少ないからこそ、あまり写真というものを信用していなかった。仕事ではシャッターを向けられる機会が多かったが、それは機械的なもので…本当に自分が望んで手元に残っている写真は一体何枚あるのだろうか。そんなこと考えたこともなかった。
ゆらゆらとした散歩。さすがに少し疲れたのか、ライアンのペットは日光浴のように歩いていた日向を少し外れて止まった。ようやく二人と一匹が歩みを止めたところで入り混じる声。
「うおーすげーーー怪獣だ!」
「ホントだ!でけー」
「触ってもいい?コイツ、噛まない?」
やってきたのは近所の子供たちと思しき好奇心旺盛な少年少女で、犬や猫とは違う滅多に見ることのないペットの散歩に大変驚いて、素直な言葉が飛び交う。それはもちろん賛同するものばかりではなかったが、それさえもライアンは慣れているようでの自慢交じりの見せびらかし。
「今なら触っても平気だぞ。そう…優しくな。こいつはメスなんだ。レディとして扱ってやってくれ」
早速わらわらと集まる子供たちの中心でペットのレクチャーをし始めた。注目されるのは嫌いではないのはプライベートでも健在みたいだ。瞬く間に大人気となり、ひょいっとペットを持ち上げて自転車のかごに乗せたり、ハーネスのリードを子どもに持たせてあげたり、肝心要のペットもライアンのいう事を聞いて、あまり動かない良い子だ。ただたまに舌を出したり引っこめたりと、頭をなでられるとわずかに目を細める。
そうして子供たちがやってきてからすでに蚊帳の外にいたバーナビーは、近くのベンチに座りながらその様子を眺めていた。天気はすこぶるよかったが、ちょうど大木の木陰に当たる位置なので暑すぎず寒すぎずついでに心地よい風がほのかにやってくる絶好の位置だ。やっぱり外の空気いいから、少しののびをする。ここはシュテルンビルトの中心部なのに、非日常と日常が混在するかのような不思議な気持ちになった。輪の中心はどこまでもライアンのペット。純粋な子供は、ヒーローより珍しい動物を散歩している方が目をひくのは当然なのだが二人ともヒーローなのに自分たちの方がかすんでいるようで、正直こんな時間久しぶりだった。バーナビーの周りにはいつも人がいて注目されてそれが当たり前で仕方なくて、別に嫌なわけではないけど、どこか疲れていたのかもしれない。
やがて子供たちも満足したのか一通り撫で終わると軽い礼を言いながらその場を去って行った。またライアンに散歩に来るのか?と尋ねていたから次も期待しているのだろう。子供たちがいなくなるとペットの方も少し疲れたのか、近くの大木によじ登った。意外と素早い。葉っぱが生い茂る中腹まで登り終えると、その幹の上にどしりと居座った。
「あーありゃしばらく動かねぇな」
別に不安そうにもならずライアンが大木を見上げてつぶやいた。きっといつものことなのだろう。確かにこちらもしばらく観察してみたが、びっくりするほど動かなかった。生態にそれほど詳しくないバーナビーが見てもあれが寝ているのか起きているのかさえもわからない。ライアンもペットが手持ち無沙汰となると、もちろんのごとくバーナビーが座っているベンチの隣に座り込む。二人とものんびりと景色を眺めるという格好になった。
「本当はデートする気なんてなかったんですね。ペットの為ならそうと言えば良かったのに」
きちんとした理由があるなら行く行かないという無駄な抵抗なんてしなかったというのに、やはりどこか天邪鬼を演じる気持ちがわからない。
「してるじゃん。今、デート」
ここを指で示しながら、根拠もないだろうに自信満々に言ってくる。
「だったら貴方、少しは僕にアプローチするとかそういう努力、するつもりないんですか?」
どこがデートだ?とバーナビーは大いに疑問を口にする。正直、自分でも馬鹿な質問をしている自覚はあったが、あまりにもライアンの意図が掴めないので勘ぐるぐらいしかできないのだ。
「下手な小細工してどうすんの。別にわざわざ俺がジュニア君のためにどうこう努力するつもりないし」
ただライアンはのんびりしている。結局どこまでも自分のペースを崩すことはしないのだ。だからありのままを見ろって言っているのかどうか、そこまではわからないが。
「僕と一緒に居て楽しいですか?」
とてもそうは思えないからこその問いかけで、大体今はライアンの目的であろう肉体関係を別に結んでいるわけではない。昔はそれがあったからこそ逆に割り切れたけど、今は理解できないのだ。きっとライアンは今まで順風満帆な人生を生きてきた。わざわざ面倒な自分に付き合う必要はないだろう。
「今ここには、俺の愛するペットにジュニア君までいんだから楽しいデートに決まってるだろ。まあ、ジュニア君は楽しくないみたいだけど」
明け透けなく言葉はどこまでも通るようだった。
「別に楽しくないわけじゃありませんけど…僕は別に特別何かしているわけではありませんし」
だってバーナビーにはライアンのように心から楽しむ趣味もない。孤児院で少しは免疫ができたとはいえ、子供と接するのもまだそんなに得意じゃない。大人には良いヒーローとしてどこまでも接してしまうから結局それは仕事の一貫という認識。こう並び立てると自分はつまらない人間なんじゃないかと錯覚してしまう。それはあまりにもライアンの存在が眩しいから。
「別に無理に何かしなくてもいいんじゃね。それに、ここのとこ疲れているみたいだし、たまにはゆっくりすれば?」
「そう…ですね。僕はヒーローですから健康管理もしっかりしなくては…」
無理にせかせかと生きているつもりはなかったが、もしかしたら無意識に無理に何かをしていなければ生きていてはいけないと思ってしまったのかもしれない。早くに亡くした両親に負い目があるなどと感じたくはないけれども、確かに一部に上がってから特に忙しいのは事実で、そんな中でも顔出しヒーローだから心休まるときなんて一時もなかったのだから。
「あーだから。それがダメなんだよ。わかる?」
間髪入れずに、オーバーリアクションでダメ出しを食らう。
「…何がいけないんですか?」
バーナビーの認識では、至極当然なことを口に出しただけでなぜ否定されるのか、だ。
「だから、俺はオンオフの切り替えないけど、ジュニア君はヒーロー用に顔作ってるよな。そんなに周りから良い子に思われたいのかって」
「他人からの評価を気にするのは当たり前です」
図星を指されたことに、バーナビーは少しムっとして答える。顔出しヒーローを選んだ時からそれは当然付きまとうとわかっていた。それでもバーナビーはそれを選んだのだから、今更の後悔などするつもりはなかった。
「でも、それで疲れてるんじゃさあ。駄目だろ。人間なんだから完璧を求めるのもほどほどにしろよ。誰かのためではなく自分の為に少しは生きれば?」
「貴方は自分の為だけに生きていて…僕とは考え方がどこまでも違う」
そこまで言われて、少し素直な気持ちを吐露する。きっと自分はライアンみたいにはなれないだろうけど、本当は少しだけ羨ましいのかもしれない。同じ顔出しヒーローでも、揺ぎ無い信念を持って有りのまま楽しく生きている。自分はヒーローだからをいつも言い訳にしていたのかもしれない。
「それでいいんじゃね?俺は俺、ジュニア君はジュニア君なんだし。現場で活躍しているジュニア君も格好良くて好きだぜ。でもさ、初めて会ったのがヒーロー出なかった時のジュニア君だったからさ。案外あの時のも気に入ってるから、たまには思い出してみてくれよ」
きっと何も得るものはなかったと思っていたあの旅路。他人から指摘されて初めて…何かを認められたような気がした。ヒーローとしてのバーナビーではなく、本当の有りのままを。
ああ…こんな時だからかもしれないけど、心地よい風が通り抜ける。方々を巡った時に感じた風とはまた違うけども、しみじみと感じた。外で穏やかに時間を過ごすなんて、今までだったらなんて無駄な時間なんだと言っていたかもしれない。何もしていない。それはどこまでも余裕のない人間の言葉だと。

春のうらら。開花し始めた季節の花々。気の向くままの風々。それに誘われるように公園内をウォーキングする人々。無邪気な家族連れの和気藹々とした声。
その悠然とした空間の中、バーナビーは健やかに瞳を開くことが出来た。
「今、何時ですか!?」
ここで意識がようやくはっとして、バーナビーは自分が居眠りをしていたということに気が付く。また寝ていたしかも人に寝るなと釘を指しておいてのこの体たらくとは、有り得ない。
「心配しなくても一時間くらいしか経ってないって。ほらっメガネ」
隣には相変わらずのライアンで、いつの間にかメガネを取られていたらしく、改めて手渡される。ぼやけた視界から立ち上がる。時間感覚がないのが不安で、視界に入る公園の時計を見れば確かに一時間程度経過している。だが、周りの情景にあまり違いはなく相変わらず遠くでは老夫婦が散歩している様子などが映る。そしてこの散歩の主役であるライアンのペットも同じく大木の全く同じ場所に君臨している。
「起こして下さいよ」
ここでライアンに怒るのはお門違いとわかっていても、平常心などでいられるわけもなく、抗議の声を入れる。
「起こせるわけないだろ。幸せそうな顔して寝ているんだから」
そしてライアンも心外感ありありの返しをしてくるのだ。だが、その理由はやはり彼なりの方向性でまとまっていた。
「そんな…自分の寝顔なんて知りません」
そんなの他人にわかるはずもないと、ライアンの無理やりな理由づけを素直に受け止められるわけもない。
「そうだな…じゃあ、今のジュニア君はキス待ち顔してる」
だが、そんなバーナビーの困惑は予想斜め上から吹き飛ばされるかのように、今までにない自信に満ち溢れた冗談を口にされるのだった。
「してませんよ。なんで僕がそんなことを望むんですか!?」
かつてここまでの猛抗議をしたことはなかったかもしれない。本当に勝手だ。勝手すぎる。
「なんだ…じゃあ俺ばっかりジュニア君を好きみたいじゃん」
バーナビーの怒りの矛先など軽く促されるかのように、続いてやってきたライアンの言葉はあまりにも想定外だった。
「は?貴方…僕の事好きだったんですか?だったら最初から言って下さいよ」
記憶違いでなければ、こうやって面と向かってそんなことを言われたのは初めてだった。大体、ライアンといると直ぐにベッドを求められていたから、その前段階の話だなんてピロートークでさえふざけたと思う事しか言われなかった気がする。
「いや、わかるだろ」
何をいまさら的な返しを貰っても、困る。だって、そんなことを考えたこともなかったのだから。
「たった数回関係持っただけで執着されるなんて思わないじゃないですか」
愛だとか恋だとか真っ当にライアンの口から飛び出るだなんて、雑誌の取材だとしてもあまり似合わないと思っていた。何より自分たちは出会いからマトモではないから、もうそれを変えることなど出来ないと思っていた。
「十分すぎる理由だろ。こっちはジュニア君が復帰するのを待って、数多の誘いを蹴ってわざわざアポロンに来たんだぜ」
そうだから自分は今ここに居る的な絶対的ジェスチャーが組み込まれる。
「別に僕にそんな価値があるとは思いません…てっきり同じ顔出しヒーローだから興味がわいたのかと」
ずっとそう思っていた。ライアンが自分に興味を持つ点なんてそれぐらいしかないんだと。
「なんで自分のこと卑下してんだよ。俺はアンタが好きなんだから、悪く言うなよ」
どこまでも自分の意見を主張して言われる。きっとライアンは自分の言葉を折り曲げることはない。変わらない信念が率直にバーナビーに放たれる、どこまでも。でも。
「もう…僕は帰ります」
駄目だった。ライアンと話をしていると何がなんだかよくわからなくなってしまう。それはライアンの言葉を頭では理解しているからかもしれないが、気持ちはそんなに簡単に切り替えられるわけもないのだから。だから案の定また、顔を背けてしまう。
「ちょっと、待った。俺、鍵持ってきてないから先に行かれると入れなくなるだろ」
ほらっ、ライアンは別に答えの続きを無理強いはしない。半年前だって結局あの関係を受け入れたのはバーナビーで、返事も待ってもらっていて、我が儘なのは自分の方だとわかっているけど。
とりあえずの今くらいは切り替えよう。そして始めようと思う事が出来た。
「そうですね。貴方はともかく、散歩に満足したのか彼女に聞かないと」
別に本当に置いて行くつもりではなかったけど、すべてを肯定する言葉を出せなかっただけだ。だから今は、ライアン以外の存在を有り難く思った。今日の散歩の主役は彼女なのだから。
こちらの空気を察したのか大木の上のライアンのペットを見上げると、そろりそろりと器用に降りてきた。そのまま来た時のように飼い主の身体をよじ登り肩へと寄りかかった。ライアンのような大柄の男でなければその重量感もかなりのものだっただろう。
「久しぶりの散歩は楽しかったってさ。また散歩しような」
えらを撫でながらペットのご機嫌をとり、ライアンは先ほどの言い争いなどなかったかのように気さくに話しかけてくる。
「………仕方ないですね」
バーナビーとて別にいつまでも引きずりたいわけではない。だからきっとわざとそういう対応をしてくれたとわかった。心の隅に思いがけないライアンの告白は残ってしまっているけれども。ただ、いつも通りの了承の声だけを口にする。
二人は並んで帰路への歩みを進める。それでもやはり最初にここに来た時よりはいくぶんとおだやかになれたような気がしたのだった。

ビービービービー
突然鳴り響くのは機械的なコール音。二人分ともなるとかなり大きい音なのだが、外なのでそれほどもでもない。すかさずライアンが空いた右手で応答ボタンを押す。
「なんだ?」
「事件ですか?事故ですか?」
横から割り入るようにバーナビーも声を出す。
「バーナビー?そういえば同じホテルに住み始めたらしいわね。コンビ二人が揃っていると話が早くて助かるわ。そう…大事故よ。シュテルンブリッジでトラックの大規模玉突き事故が起きたの。とにかく二人とも、直ぐに現場に向かって」
アニエスの甲高い声が周囲一帯に響く。急ぎの度合いがわかりやすく明確だ。
「「了解」」
それは、バーナビーは鋭く、ライアンはいつものように、仕事モードに切り替わるサイン。
「さ、お仕事の時間だ。まったくのんびりできない街で、良いやら。悪いやら…」
たまの休日はあっという間に終了を告げて、二人はまた忙しい事件に身を戻すのだった。





あれこれと想定外があったとはいえ、ライアンと一緒に生活をするようになって、なんとか余裕ができたと思っていた。結局は全てを後伸ばしにしましまったけど、時間があればどうにかなると希望的観測もあったのは事実で、とりあえず今は事件に集中して…と。だが、バーナビーが思った以上に事態は急展開を迎えた。
女神伝説になぞらえた事件はジャスティスデーを境目にすぐさま訪れた解決。遺恨を全く残さなかったというわけではなかったが、犯人は捕まり…そしてバーナビーもライアンの立場も大きく変わった。いつもなら直ぐに事件が解決することは喜ばしいことだけど、今回ばかりは単純にはそれは響かなくて、周囲の期待通りと言えばよい言葉にも聞こえるが、結局二人の関係は何一つ解決などしていないまま円満に終わったようだった。離れてみると確かに考える時間は出来たけど、考えれば考えるほどドツボにハマるようになってしまった。そうして心の整理もできずにいて、でもライアンはバーナビーに何も言わなかった。元々厄介を嫌ってプライベートでも親交を持とうとしなかったのはバーナビーの方で、バディではなくなったせいか雑談を交わす合間さえなくなってしまったのだ。立場が変わればすれ違いばかり。詰まる所は、本当の意味で並び立つことはなかったのだ。
結局ヒーローだから、を何よりも言い訳にしていたのはバーナビーの方だった。逃げて逃げてずるずると…何だかんだと結論を出さずにいた。時間がない、余裕がない、と思い続けて、変わってしまうとこの関係さえ終わってしまいそうで、嫌だ嫌だと逃げていて、本当は何から逃げていた?すべてを伝えなくとも、どこかでうまくいっていると思っていたかったのだ。自分はいったいどうしたいんだろう。自分の気持ちなのにわからなかったから、ただ職場の同僚としてあり続けた。だからこそきっと終わりも早かったのだろう。
半年前も一緒にいた時間はとても短かったけど、それ以上に短い共同生活も瞬く間に終わりを告げることとなる。

「僕に答えを聞かないで、行くつもりですか?」
きっとそれは旅立つ最後の時。足早に自分の荷物を片付けにやってきたライアンに、待ちかねていたバーナビーが声をかける形となる。ご丁寧にも予め整理してあったのか、後はざっくりバックとスーツケースにつめるだけという状態で、己の部屋から出てきたところを見計らうかのようにエントランスの先をふさいだのだった。
「今日、スケジュール入ってなかったけ?」
それほど驚いた仕草は微塵もみせなかったが、結局質問には特には答えず、ライアンはこの状況の判断だけを口に出してきた。
「今はこちらの方を優先すべきと判断したんですよ」
確かに一つこちらの都合で仕事を延期してもらったが、今となってはそれも些細な事。やはりバーナビーが不在な時間を狙っていたのかと疑惑は着実な核心へと変わる。
「そりゃまた光栄なことで」
そんな指摘でも最後までライアンの軽口は変わらない。きっとこの先も変わらない。だから言ってやる。
「質問に答えて下さい」
このままのらりくらりとかわさせるつもりはないことを意図として容赦なく言い近づき、詰め寄った。
「イヤだなぁ。ジュニア君に、立ち聞きなんて似合わないぜ」
タイミング的にも悟ったのだろう。ちょうどライアンが上司であるロイズの部屋で契約書を見せびらかし、この街を出る宣言したばかりだったから。その場で声をかけるとそのまま逃げられそうだったので、バーナビーは絶対に立ち寄ると踏んでいたこのホテルに急ぐこととしたのだ。そうしての対峙も決して良いものだとは思っていないけれども。
「貴方のことだから、また勝手にいなくなると思っていたんですよ」
最初からライアンの荷物がこのホテルに少なかったのも、普段からわざと身軽にしていたに違いない。いつでもどこにでも自由に行けるようにと。それはライアンにとってはいつものことで無意識かもしれないけども、あまりにも執着がなさすぎた。
「なに、いつから俺がどっかに行くの許可制になったの?大体、もうバディ解消したんだから、いちいちアンタに言う必要性ないだろ」
半分呆れたように溜息を一つ入れながらもほざき。きっとライアンは何者にも束縛されない。命令されるのも嫌っているからこその当然の言葉かもしれなかった。
「そういう問題じゃないです。今更僕の前に現れたくせに、かき乱してそれでいなくなるなんて…身勝手すぎますよ」
きっとバーナビーがとやかく言ってもライアンの信念はゆるがない。だからといってこのままさようならと認められるものでもなかった。本当にずるい人間だ。
「また元の関係に戻るだけ…だろ。それとも他になんかあるの?」
そうだ。顔見知り程度よりは親しいけど友達でもなんでもない間柄に…そこに元相棒という仕事上のオマケが付く程度で、それ以上でもそれ以下でもない。
「前と同じではないです。今度は互いに顔も名前もわかっている。僕は貴方を知ることが出来た」
お互いの本当を知りつつもライアンが選んだのは、また突然の別れ。でもバーナビーは違った。ライアンという男を近くで見たからこそ今度はそのまま行かせるつもりはなかった。
「そうだな。まあ、俺も…最初は、同じヒーローなのにこの俺様の顔を知らないなんて軽くショックだったわけだけど」
ここで初めて邪な理由以外で、初めて会った時を語られたような気がする。
「そんなこと初めて聞きました。でも…相変わらずの自信ですね。だから、僕と組んだことを…後悔しているんですか?」
ライアンはきちんと根拠のある自信を持っている。それを今まで認めたくなかったのはバーナビーで、だからこそずっと聞けなかったことを最後かもしれないから聞くのだ。ライアンが積極的にバディ解消を申し入れたのは、もっと別な理由があったのではないかと思っていたから。
「いや、それは全然。いざ組んでみれば想像以上に仕事でのコンビプレイも順調で、軽く言い合うのも悪くなかった。ただパートナーだとやらしてくんないし。昼間は仕事。夜はパトロールで、いつプライベートあるんだよ?って感じ。それは一緒に暮らして痛感したな」
相変わらずの下世話は最後まで健在だった。
「僕も貴方のようなヒーローになった方がいいってことですか?」
今までも何度かちょいちょいと忠告はされていたけど、それはなかなか素直に聞き入れることは出来なかった。
「いや、俺とはプライドの高さの方向性違うヒーローだなと思ってな。認めているよ、ジュニア君を。だから…ほら。握手」
再会したときに振り払ってしまったからこそ、促されるかのように手を差し出される。それはまるで初めての結びつきのような、しっかりとした握手の筈なのに、二人の関係はどこまでも平行線のままを示すかのように、いつかは離されるものという啓示のようだった。別れるからこそ最後に交わされるという辛辣。結局のところ握手も永遠ではないのだ。ライアンはきっとそれだけでいいと思ったのだろう。あれだけ積極的に迫っていたくせに、終わりはいつもあっけない。でもバーナビーにはそれでは駄目だとどこかでわかっていた。これで、ここで手を離したら、もう二度と会えないような予感がしていた。バディを組んでいた時は一緒に暮らしていてとても近くにいたというのに、たったこれだけで未来は途切れる気がする。どんなことでも繋がりを、望んだ―――今までと同じではきっと思いは伝わらないのだから、なによりこの気持ちを具現化してなくてはいけないと思った。ライアンに流されるのが本当は嫌ではなかったのだから。
「そういえば、あの時の写真返すわ。それしか現像してないから、持ってて」
そう言いながらライアンは、床においていたボストンバックから一枚の写真を取り出した。流れるような仕草でバーナビーも受け取る。それが少し色あせているように感じるのは、半年という歳月を重ねているからだろうか。
「これは…いつ撮ったんですか?」
それは、お世辞にもいつものスマート顔ではないバーナビーの寝顔だった。自分の寝顔なんて見たことはないけどそれでもわかる安心しきったかのような、少しの後悔。あの時のことをバーナビーは写真という形では明確に残していなかったから、後ろに懐かしいホテルのベッドが写っている。
「ホテルを出るちょっと前だったかな。安心しろよ。他の写真なんて撮ってないから。記念に一枚だけだよ」
「こんなもので、僕はかまをかけられただなんて」
ライアンのいう半年前の写真がどんなものであろうと今更動揺するつもりはなかったが、これは反則だ。しかもこれだけだなんて、でもそれをわざわざ渡して来たということは、本当に手切れのような終わりを告げられている宣告のようだった。
「上出来だろ?でさ………そろそろ裾を離してくれねぇかなぁ」
初めての深い溜息一つ。ライアンが、自慢のブランドシャツが伸びる懸念を口にしたのは、バーナビーが指を立てるくらい強く握っているからだった。
「嫌です」
もう子どもではないだからこの期に及んで嫌嫌と言う日がやってくるとは思わなかった。今更未練だなんて都合がよすぎるとわかっているけど、最初にかき乱してきたのはライアンの方だ。
「色々あったけど、全部ジュニア君の望みどおりになっただろ。わざわざお膳立てしてやったんだからさ」
困惑の声交じりに、それはまるで他に何が必要なんだと聞いてくるようで、困ってはいるが今度こそは未練は残さずに行こうとしているかのようだった。
「それで…貴方はどうなるんです?」
きっとライアンはライアンのやりたいようにやるだろう、これからもこの先も。バーナビーに出来る事はとても少ないと思う、それでも。
「ま、邪魔だろ?」
別に何とでもないというように自分を傷つける言葉を出すことが出来るみたいだった。本当に深刻なことでもきっとライアンはこのスタンスを崩さないのだろう。今までバーナビーはライアンの事を傷つかない人間だと思っていた。でもすべてを知っているわけでもないのに、勝手に決めつけていたのだ。
「別にそこまで言った覚えはないです」
それでも今まで冷たい事や酷い事をたくさん言ったのに、きちんと謝罪できずいなくなるなんて後悔しかない。でも、まるでそれさえも全てを受け止めるかのように明るく、前もそうだった。
「俺はジュニア君に幸せになってもらいたくて来たんだよ。その幸せに俺自身は含まれていないの。あの時だって別に捨てたわけじゃないんだぜ?あれが一番だと思ったんだよ。ジュニア君はヒーローなんだから前に進まなきゃダメだろ」
半年前。あのままあの生活をいつまで続けていたのだろうかと、今となってはバーナビーにもわからない。だが、確かに時間にも流されてしまっていたかのように、もはや正確な日数など覚えていなかったから。無駄な時間だと思ったわけではなかったが、あのまままどろみ続けていたら確かに今よりも後悔していたかもしれない。そうしてバーナビーは再びシュテルンビルトの地でヒーローとして戻ってきた。今までそれをキッカケの一つだとは思ってはいなかったが、全く影響を与えなかったとも言えないのかもしれない。
「確かに僕は今幸せです。みんな僕にヒーローを求めていて、きっとヒーローだから今の僕が存在している。もちろんこれからも僕はヒーローであり続けたいと思っていますけど」
最後までは簡単に言葉が続かない。違うんだ。本当に伝えたいのはそれではなくて。バーナビーは多分自分は我が侭になってしまったと思った。だから決めなければいけない。空いた右手で自身の胸を抑えながらも次を、いや未来を求めて。
「でもそれはヒーローとしてだけです。だから、ライアン。貴方にはヒーローでない僕のパートナーになってください。恋人になりましょう」
バーナビーは押しに弱くペースをいつも乱れていたけども、これまでずっとライアンに流されたのは、きっと流されてもいいと心の中では望んでいたからだ。それでも流されても良いと思った相手なのだから、きっとこの結末でいい。これが勇気を振り絞って気持ちを伝える方法だったのだ。
「すげー告白。でも、引き止めの言葉としてはサイコーだな。それ」
流石に少し驚いたのか、面を食らったかのような表情をして、それでも少し笑っているかのような顔を見せてくれた。
「貴方は一度僕を選んでくれた。だから、今度は僕が貴方を選ぶ番だと思うから。僕に流されて下さい」
「…誰かに流されるだなんて、あんまり考えたことなかったが、悪くないかもな。それが他ならぬアンタなら。ったく、ジュニア君の表情は読み取れるつもりだったんだけどな。今まで全力でセックス拒否られてるし」
こんな時でもライアンは変わらず言葉を返してくる。
「別に貴方とのセックスが嫌いだったわけじゃないです。でも、またしてしまったらそれで、それだけの関係になりそうでそれが嫌だったんです」
そう…ベッドの上でまどろむのは決して嫌いじゃなかった。割り切った関係は楽かもしれないけど、それだけしか求められないし与えることも出来ないだろう。
「それでも俺は…この街を去るぜ。俺は一定の場所にずっと居るのは無理だから、ずっとアンタの傍にはいられない」
そう言うだろうと思っていた。一瞬でした決意から出たバーナビーの言葉でそう簡単にライアンの意志が変わるわけがない。縛ることは出来ないままの、さすらいの二つ名でいいと思っている。それがライアンらしいし、好きなところなのだから。
「構いません。だから僕は貴方のセックスフレンドにはなりませんから、また好きになってください」
きちんと愛し合えるように、もう一度恋をしようと思った。始まりが違いすぎたからこその、今度こそは最高のパートナーに。後腐れない関係はこういう始まりからも進められると思うから。
「そこは安心しろよ。俺は、ヒーローのジュニア君も素のジュニア君も丸ごと愛してるからな」
強引ではなく引き寄せられるかのように抱き留められた。半年振りのキスはその年月をも埋めるかのごとく甘く、互いにずっと待ち焦がれていた瞬間でもあった。



バーナビーも色々避けていたので、このベッドで二人一緒に寝ることは今までとても少なかったけども、今日ようやく両者の同意の元で上がることとなる。二人分の負荷も一つに集中するのは初めてで、さすがのスプリングもキシリと音を鳴らす。しかしそんな音は二人の耳に止まるはずもなく、ただベッドへ倒れ込むと折り重なるようなキスが、どこか必死に続く。こんなに激しいキスは今までしたことなかったと思う。半年前とは比べ物にならないほど圧倒的な勢いにバーナビー呼吸もままならないほどの息苦しさを感じるが、それでも舌を絡め取られて吸われて吸い返してともう止まらない。
「ちょっ…と、………待って…ください」
角度を変えるために頭を押さえつけられていた腕がふいに緩んだ瞬間に静止の声を出して、覆いかぶさるライアンの胸を軽く押した。あくまでライアンは余裕顔だが、バーナビーにはそんな余地はない。それでも。
「ここまで来て、やっぱり清い関係で、とか俺、ちょっと無理だけど?」
やはり少し懸念が残っていたという言葉をかけられる。今まで何度もアプローチを突っぱねて撥ね付けていたわけだから仕方ないのかもしれないが。
「それはわかっています。別にするのが嫌なわけじゃありません」
そうは言いながらも、バーナビーは互いにベッドの上に向き合って座り込むような体勢まで何とか戻す。そういえば今まで座った状態できちんと話なんてしたことがなかったからこそ、少し向き直るようだった。
「なら、問題ないだろ?」
一つ軽いWinkを入れられるとそのまま手を伸ばして来て、バーナビーの服の裾を掴み始めた。
「ダメです。これじゃ、今までと一緒です………から」
伸びてきた腕を離させるように柔らかく掴んでから押すと、ライアンは軽く流されてくれてその背をベッドに落とす。そうして打ち震えるようなキスを今度は自分から一つ。でもそんなにうまくはいかなかった。
「なーに。ジュニア君からしてくれんの?」
ベッドに優雅に身を沈めながらもにやりとした優越の声がかかる。
「…嫌ですか?」
押し倒しながらの質問は初めてだったが、覗き込むように尋ねた。
「いや、これ以上ない餞別だよ。しっかし半年ぶりだけど、出来るの?」
倒れこんだ状態の中でも、さりげなくバーナビーの太ももをさすりながらの確認が成される。
「頑張りますから、とりあえず手を出さないで下さい」
ライアンに手を出されるときっと流されてばかりになってしまうから太ももの手を外させると、バーナビーも意を決して下へとずり寄る。正直、こんなことを積極的にやったことはないが、やると決めたからには取り組む姿勢は変えられない。クッションへと沈んだライアンの表情は変わらないが、そのまま足の間へと入ってベルトを外して前をくつろげた。あまりメガネ越しでマジマジと見るものでもないので、仕方なく外してベッドサイドに置く。視界は多少悪くなったが、さして支障はないと思う。半分脱げたライアンの性器を恐る恐る手に取ると手でしごくことになる。正直な話、以前これを強要されたことがあり嫌々しぶしぶつつやったことはあったが、自分から決然として申し入れたことはもちろんなかった。それでもなんとか勃ち上げないとお話にならないからとして、必死に向かうのだ。自分のよりいくぶん太いその性器に指をいくつか絡める。だが、いくらか揉み上げるかのように触っても特に反応を見せず尊大な態度なので、仕方なくバーナビーもベルトを外し自分の前をくつろげて局部だけ露出すし、一緒にこすり合わせた。二人分の性器も握り合わせるには片手では足りず、両の手で懸命に対処することとなる。
「っ、…どうですか?」
一応場をコントロールしているのはバーナビーの方だから、あまり自分の性器に過敏に刺激を与えないように努めているとはいえ、そうは簡単にもいかず端々に漏れそうな声を耐えつつも尋ねることとなる。反応はしているとはいえ、これで全く見込みがないとしたら前途多難という次元ではない。それでもこれから挿れなくてはいけないからライアンの性器を勃ち上げるのが目的だというのに、意識が少し朦朧とする。場に酔い始めてしまったのだろうか。
「悪くない…特に視界的にな。別に先にイってもいいんだぜ?」
こちらは一心不乱に努めているとはいえ、寝転がっているライアンからすれば、こちらを余裕綽々に眺められるということだろうか。目線だけはじっと注がれるが、続けるしかない。
「……駄目です…そしたら、きっと動けなくなるから」
はあはあと少し息を切らしながらも答える。確かにこのままでは先にこちらが限界来てしまうが、一度気を抜けば身体がだるくて多分足腰辛くなる。もう先は無理だろうと今までの経験から知っているから、ライアンからのありがたい言葉も跳ね除ける。そうしてようやく重ねていたライアンの性器もなんとかなると、次の段階だ。今度はこっちを慣らさないと。バーナビーはずるずるとズボンを脱ぐと、今度は後ろを触る為にと手を回す。ベッドサイドからローションを取り出して使ったのだが、それでもかなり抵抗がある。なんとかローションの助けを借りて滑り挿れるわけだが、指一本でも違和感を覚えて、そして自分でほぐしているという羞恥心は、やはり辛い。でも自分でやると決めた以上、もう進むしかなくて、息を何度か詰まらせながらも押し進めると、段々とろとろとしたたる。
「わーお、積極的だな。同時に俺の忍耐も試されちゃってる?」
ライアンの足の間でコレをしていたわけで、たまたま角度的に見せ付けるかのようになってしまっただけだが、今更隠す余裕もない。それにまだ全然駄目な気がする。それでもじんじんと奥もうずいているようで欲しているから耐えないと。仕方なく開いた手で自身のシャツをたくしあげて、端を八重歯で噛んだ。それでも指を増やしてなんとか維持する。それを続けるとだいぶ力の抜き具合を昔のように思い出してきて…まだそんなには広がってもいないようだけど、どうだろう。挿れられるかな…とここで少しバーナビーの思考に余地が出来たので、視線を前に向けると愕然した。
「ちょっ、どうして大きくなってるんですか?」
あろうことにか、目の前のライアンの性器はバーナビーの想定外となっていた。
「仕方ないだろ…ジュニア君のあんな痴態を見せ付けられたらさ」
先ほどコレを勃ち上げたのはバーナビーとはいえ、引かざるを得なかった。
「こんなんじゃ入りませんよ」
そりゃあ前はあまりライアンの性器をマジマジと見たいと思って見ていたわけではなったし、そんな余裕もなかったわけだが、今の問題はそれではない。もっとこちら広げるか…でもそうするとこれ以上は辛いから、どうしようかと悩む。
「そうだなぁ。ジュニア君の中、いいんだけど狭いからなぁ。んじゃ、そのお口貸してくれる?一回俺の抜かないと無理だろ」
そうしてライアンの提案も想定外のところへ落ちたもので、差し出された手がバーナビーの唇を拭うようになぞり指し示すのだ。
「ちょ、まって下さい」
さすがに口でしたことはないし、そこまでの心の準備も持ちえていなかったからこそ、慌てる。確かにライアン自身に静止を求めている以上、バーナビーがどうにかしなくてはならないとはいえ、気持ちは別問題だった。
「早くしねえとまた入らなくなるぞ」
眩暈がした。だが、確かに手でやっても今のバーナビーにはそれほど無理だったわけで、このまま挿れることはまず無理なのだから。あーもう。選択権がないではないか。
「………わかりました。そのかわり、変に動かないで下さい」
しばし考えた後の決断だった。あくまで主導権はバーナビーが持っている構図とはいえ、結局はライアンに転がされているような気もするが、それも仕方ない。彼がベッドの上では自分より何枚か上なことは多少なりとも認めてはいるから。一つ溜め息を入れた後に観念すると、再び膝をついてライアンの性器へと向き直ることとなる。口に含まなくてはいけないとわかっているが、もうかなり大きくなっているから、それさえも全ては無理だった。フェラチオのやり方なんて勉強したわけではないから、こちらがされたときの見よう見まねでしかなかったが、それでもバーナビーの意志を尊重し好きにさせてくれたのが幸いか。口いっぱいの中では舌も自由に動かせる気がしない。それに集中したいのに、先ほどほぐしたばかりの後ろが、すーすーと空気に触れてその冷たさにひくつくのがわかる。口の中が熱くて仕方ないのと連動するように身体も火照る。ひざまずくような格好になっていた為、バーナビーの性器もシーツにこすりつける形となってしまう。しかしとりあえず今は目の前のをどうにかしなくてはいけないというのに、早くイって欲しい。頬張り続けるのさえ限界を感じて。
「ったく、ジュニア君に窒息死されたらかなわねぇからな。ほらっ」
そう言いながらライアンが腰を若干揺らがせると、何度かゆるく喉の奥まで深く付かれて、射精が成された。ずるりと腰を引かれて抜かれた後、バーナビーがげほげほと咳き込むのは仕方ないことで、それでも口元と涙目を何とか拭う。イった後だというのにライアンはいつもの楽勝顔はやや不満だったが、でもこれで何とかなりそうだ。
「…ライアン。貴方、スキン持ってますよね?」
少しの心を落ち着けての次への言葉。
「持ってるけど、どうすんのコレ?」
心なしか意外だったらしく神妙な顔をしながら、ライアンは自身のポケットを探り当てて四角い個包装を指でつまんで見せた。
「余裕がないので貴方のにつけます」
苦肉の策というか、やらないよりマシかもしれないという程度かもしれないが。
「ふーん。ま、いいけど。んじゃどうぞ」
あまり納得していないようだが、それでもライアンはスキンの包みの四隅を八重歯で軽く噛んで示した。そのまま渡してくれるのかと、バーナビーは指を伸ばしてとろうとしたが、離さない。離れない。
「嫌…なんですか?」
確かに今まで避妊具をつけてしたことはなかったけど、そういうこだわりの話を聞いたことはなかったからの確認だ。
「そうじゃなくて、ほらココ」
違うとバーナビーにリアクションし、ライアンはスキンを噛んだまま自身の口元をとんとんと示してくる。嫌なことに互いの唇を指し示していると気が付き、止むを得ずバーナビーは顔を近づけた。唇を這わせるかのようにでも決して接触はせずに、空いているスキンの四隅を噛んだ。吐息が合わさるように受けると、唇は触れないままの受け渡しが成されたのだ。
「いいねぇ…」
そのやりとりを凝視していたライアンから、僅かに歓声があがる。
「やっぱりときどき貴方の考えることはわからないです」
普通に手渡しすればいいものを、わざわざ一つ踏んだ段階はバーナビーの範疇では不可解に当たった。
「ジュニア君には少しロマンが足りないこともあるよなぁ」
どうせこれも要望されると思ったので、わざと口でスキンの包みを噛み切ってから言う。
「なくて結構。そのまま少し萎えていてください」
そうしてまたライアンの性器に向かうこととなる。手のひらで包み込むように密着させながら装着させる。あまり刺激を与えるとまたろくでもないことになりそうなので極力手早く。多分これで少しはマシだろうと思う。そのままの状態で自分の後ろを確認する。萎縮したわけではないが、もう少し広げないと駄目かもしれない。だがそれ以上に熱い。バーナビーは、中途半端になっていたシャツを全部脱いでベッドの下へ落とした。
「ジュニア君、こっちも」
自らをちょいちょいと指差してライアンに注目させられる。確かに動くなと言ったから、仕方なくシャツとズボンを脱がせ同じく無造作に放り投げる。最後に髪の上に乗るサングラスをきちんと折りたたんで、ベッドサイドに置いた。そうして空いた厚い胸板に手をついて、その腰の上に本当の意味で乗っかった。ライアンの性器を後ろに持って行き、大丈夫かと確認する。それでいてあまり平気だと思わなくとも、もうさすがに後戻りは出来ない。やれるだけのことはやったと思うから。軽くすりつけてみて心の準備もかけるが、結局は不安そうに後ろを少し見る。もう感覚的に進むしかない。バーナビーは腰を持ち上げて膝立ちをし、片手で少し手を付きながら、自身の後ろの入り口にライアンの先端をぐっとあてがう。これだけでも無理を感じるが、何度か付けたり離したりと繰り返して少しずつ馴染ませる。
「……はっ…………んぅ、」
なるべく息をつめないようにしているが、そう心と身体を連動はしてくれない。それでも、少し強引に押し進めると、なんとかおざなりにも少し先端が入った。ようやくだ。まだまだ先があるというのに、たったこれだけのことでも大変苦労をした。でも苦労の末に挿れたということで今までの緊張の糸がぷつりと緩んでしまった。この先、進むことも戻ることも出来なくなる。繋がっている場所を支えている膝と腕ががくがく震えてきた。どうしようもない。
「おいおい…大丈夫か?」
見かねたライアンが下から声をかけてくる。
「………つ、っ、……」
あまりどころか全然平気ではない。でもそれを訴える余裕さえないバーナビーは硬直するかのように小刻みに身震いしていた。
「ったく、しょうがないな……じゃ。どどーん」
仕事中に何度も聞いたことがあるその掛け声と共にバーナビーに訪れたのはゆるい重力から伝わる圧迫で、思わぬ負荷に膝が震えそのままがくりと垂直にライアンの腰元までずどんと落ちる。まるで内部をえぐられたかのように深く根元まで挿入されることになった。
「っ、あ…あぁ!……んっ………ん」
逆毛が立つ打ち震えるその衝撃に、バーナビーはそのまま射精した。垂直に飛び散った精液が何度かに分けて周囲に散乱する。がくりと今までせき止めていた力が抜けて、頭が下がる。そうして少し射精の余韻に浸った後に、ライアンにNEXT能力を使われたのだとようやくここで理解した。
「…手を出さないでくださいって………言ってたのに…」
全部自分でやるつもりだったというのに、やはり肝心なところではライアンに主導権を持っていかれ恨み言の一つでも言いたくなるのも仕方ないことで。
「手は使ってないけど?」
ここでとぼけた顔で両手が空いているんだぜアピールをされる。半年前は互いに正体を隠していたわけだから、もちろんのことNEXT能力を使うことはなかったし、まさかこんな場で発揮されるとも思わず油断していた。
「屁理屈すぎます」
ここは怒ってもいいだろうとさすがに思った。一応助けてもらったわけだが素直にはなれないから。
「んじゃ、この先出来んの?」
悪びれた顔もせず優越は増すばかりのように問われる。確かに足腰がもう言うことをきかない。それはライアンの能力という不測の事態のせいでもあるが。
「………仕方ないですけど、任せます」
もうバーナビーに出来ることはせいぜい掴まることぐらいしかないから、負け惜しみ含めての了承の言葉だった。
「了解っ。天国…期待してもいいぜ?」
ようやくお許しが出たという待望感を口に出したライアンだったが、でも直ぐには腰は動かさなかった。確かにこの状態でいきなり律動されたら辛すぎるのだが、まずはゆっくりと手が伸びてきてバーナビーの腹を脇をとまさぐりながらの上昇。ただ撫でているだけではなく確かな意志を持ったライアンの手は、胸の突起にまでやってきた。そうして態勢を変えるように身を上げると、先ほどのバーナビーの射精で飛んだ白濁を舌で舐め取った。
「…っあ………」
ただでさえ熱いのに触れられたことで内からも外からも熱さが滲み出るかのようで、それがわかっているようなライアンは片方の突起を口の中で転がして遊ぶ。敏感な箇所にかぶりつくように舐め上げたのだ。
「ジュニア君は直ぐ色づくから、楽しいな。ほら、見比べてみろよ」
そう言いながら全く触れていなかったもう片方の乳首と、ぽってり赤く立った乳首を指し示される。
「っ、趣味が悪いですよ…」
「こっちも触って欲しいくせに」
そう言いながら、綺麗なままだった乳首に手をかけ、少しキツいくらい強くつねられた。あまりの事に息が詰まり、下半身は繋がったまま動きたくないのに身体が揺れてしまう。同時に中がひくひく収縮しているのがわかり、それに促されるかのように二人の間に入ることになったバーナビーの性器がゆるく勃ち上がり腹でつぶされた。
「そういや悪いけど、締りが悪いから外させてもらうぜ。ほらっ、半分脱げてる」
ようやく胸を遊ぶのに満足したのか、バーナビーはベッドに押し倒されて、そのまま一回抜かれた。ずるりと見せ付けるかのようにゆっくりとライアンの性器が取り出される。そうして慣れた手つきでついでのようにスキンを外した。そもそもバーナビーの付け方が下手だとは直には言わないが暗にわかる。やはりお気に召さなかったらしい。
「折角入れたのに…」
あんなに苦労したというのに、抜くのは本当に一瞬だった。
「大丈夫だって。もうジュニア君の中は…俺の形、覚えただろ?」
そうして体勢を変えるようにクッションに沈められて、再びライアンの性器がバーナビーに宛がわれるとそのまま割り挿れるかのように静止なしで入ってきた。ずんっと刺激が一気に中に伝わる。
「は、…ぁっ……うっ」
また根元まで入って来て落ち着かず、思わず眉間にしわが寄る。濃い繋がりを示すかのようにライアンは、結合している部分の輪郭ぐるりと指でなぞった。なにもかもがじれったかったが、最初の衝動が治まったところで、一度先端ギリギリまで抜かれてまた挿入の繰り返しが始まる。
「やっぱりアンタの中いいよ。おっかけてきた甲斐があるってもんだ」
「――ひっ、――っく…ぅ、あ…っン…は、ぁっう、」
えぐるように何度も差し込みと腰の動きがリピートされて、汗ばむ以外にはもう嘆声をあげることしかできなくなってしまったかのようだった。
「もういい加減つらいだろ?ほらっ、イけよ。何度でもいいから」
さらに追い詰めるかのように、より深く強くイイところばかりを突かれる。半年ぶりだろうが、容赦など全くなかった。
「ンぁっ、――やっ…だ。っく…ぅ」
泡立つくらい二人の間がぐちょぐちょになろうとも、まだバーナビーは耐えていた。こんなに無理に我慢したことはない。それでも、今回だけはどうしても。
「ったく、こんなに強情だったけ?まあ、いいぜ。一緒に」
「んんっ! あ…………ふわっっ も、やめ… あ、…っぅあっ、―――っ!」
バーナビーの足が今までで一番高く持ち上げられた。重力なんてまるで存在していないかのような二人だけの世界で、ようやくライアンの少しの引きつった声と共に同時に達したのだった。








シーツの中でのまどろみはいつものことだったけど、これが本当の意味での最初かもしれなくて。疲れ果てて半分寝ているようなバーナビーに、寝返りのようにこちらを向いたライアンはそのままの勢いで軽いキスをする。
「全く。貴方って人は…いつまで経っても変わりませんね」
別にこれで起こされたというわけではなかったが、今はこの時間も大切にしたくて、苦笑しながらも声を出した。
「わかってるじゃん。俺は、これからも変わんないからさ。あんま不安がるなよ。」
ついでのごとく、髪の毛を撫でられる。毛質が違うせいか、ライアンはこれをよくする。
「浮気…しないでくださいね」
これからの未来。絶対と言う言葉は存在しないにしよ、やはり一抹の不安がないというわけではない。別に問題は浮気に限ったことではないが、この場では一番に思いつくのも仕方ないことで。
「今までの分から釣りがもらえるくらい抱き潰したからな。満足してるし、それは安心しろよ」
「なんですか、それ………」
相変わらずライアンの行動原理全ては理解出来ないが、不要な嘘をつく男ではないことぐらいバーナビーもわかっている。だから本当は信じている。
「寂しいんだろ?」
それでも心のどこかを救い上げるかのようにライアンは尋ねてくる。
「ええ、やっぱり少し寂しいです」
今までライアンの言葉に素直に賛同したことなど殆どなかったと思うが、ここだけは正直に告げた。
「そんなこと言われるとなーちょいちょい戻って来ちゃうかも」
そんな冗談だか本気だかわからない言葉に翻弄されるのも、もうバーナビーは嫌ではなかった。
「仕事は…きちんとして下さい」
それでも注意喚起は忘れない。二人は共にヒーローなのだから。
「はいはい」
不敵な笑みも変わらず、バーナビーもつられて笑う。今度の別れは笑顔でいたいから。その別れも全て受け止められるときっと思う。それは以前とは違い、形には出来ない確かなものが二人に胸の内に宿ったのだから。











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