attention!
全てが捏造。








「リオセスリ殿、私と同衾をしてくれないか?」

直前まで、完全に仕事モードであった。
自律機械であるクロックワーク・マシナリーを今までは、はんだ付けしていたが新型機は銀ロウ加工にしようとリオセスリは提案し。だか、最近の銀価格の高騰は自国内のみならず、特にスネージナヤで需要が上がっているとヌヴィレットは答える。今後の需要を見越して先行仕入れをするか、様子を見てスクラップ回収を試みるかとか色々と二人で思案する。そんな真面目な話。何とか事前に準備した資料で結論が出たので、本日の会合は終いとなった。じゃあ、図面と仕切り書が準備できたら送ると言付けて、リオセスリは執務室を後にしようとしたら……
真に迫った顔をしたヌヴィレットから、「極めて個人的な相談がある」と重々しく声をかけられた。この国、一番の重鎮からそんな圧を受けて、何事かと身構えたが……もたらされた言葉は冒頭のソレである。

「悪い……ヌヴィレットさん。俺の聞き間違いだと思うから、もう一度言ってくれないか?」
「わかりにくかっただろうか?私と共寝をして欲しいと言ったのだが……」

ほとんど意味が変わっていないと、やはり認識違いでなかったことをリオセスリは強制的に再確認させられた。同衾だろうか共寝だろうか、結論はほぼ同じだ。おかしい……自分たちはただの仕事相手同士でそのような関係性ではなかった筈だが。
先ほどまでのお堅い会話内容と落差が激しすぎないか?いや、そんなことより相手が相手である。ここは審議を慎重に見極める必要があると思った。

「一応確認したいんだが、どうして俺と共寝とやらをしたいと思ったんだ?」
「先日、フリーナと話をしたときに、話題に出たのだ。彼女はつい最近、親しい友人たちと初めて共寝をしたと」

ああ、やっぱりそっちか。と、ここでようやくヌヴィレットに知られぬように勝手に高鳴っていた心臓が、ようやく終息方向へと赴いてくれた。
神の座を降りたフリーナは市井へと下り、肩の荷が下りたようで、以前よりは朗らかに微笑むようになったと聞いている。あまり積極的にかつての居住地であったパレ・メルモニアへは足を運ばないとは聞くが、ヌヴィレットが心配してあれこれと手配しているらしい。戸惑っている部分もあるだろうか、それでもかつてと同じく茶を嗜む場をもうけているようで、先ほどの話はきっとそこから飛び出たものであろう。
フリーナのような少女が友人と共寝をしたとそのような歓談の場で口にしたとなれば、どう考えても真っ当な意味であろう。しょっぱなから色々と勘繰ってしまう性質を持っているリオセスリの方が余程、不健全である。ここは素直に反省しよう。

「それでヌヴィレットさんも、誰かと共寝をしたくなったと?」
「そうだ。私にはそのような経験がないと伝えたら、フリーナに自慢されてしまってな。どれだけその寝巻会?が楽しかったかと語られて、興味が沸いた。リオセスリ殿は、経験があるのだろうか?」
「生憎、俺もない。そういう体験をするような、真っ当な人生を送ってこなかったからな」

経験はないが、小耳くらいには挟んだ事はある。それは、概ねティーンが誕生日会だとかイベント事で行う事が多いと聞く。
フリーナは綿密に言えばそのような年ごろではないのだろうが、おおよそ集まった面々から察するに若い女性陣がそのような催しを行っても別に違和感はない。恐らく、当人が語ったようにとてつもなく微笑ましく終始楽しく繰り広げられたのだろうと想像できる。だが。

「リオセスリ殿も経験がないというのならば、初めて同士で丁度良いな」

うんうんとヌヴィレットはもはや決定事項のように、ひとりでに頷いていた。
あれ、こちらは肯定なんて一言もしていないのだが。

「あー、ヌヴィレットさん。恐らくそういうのは、複数人でワイワイやるものでは?」
「そうかもしれないが、私と君で他に共通の友人はいただろうか?」
「うーん。知人なら、かろうじて」

知り合いレベルというのならば、いなくはないという程度。だが、その寝巻会?に誘うほどの間柄では絶対ないと思う。
というか、会話の流れ的にヌヴィレットとリオセスリとは友人同士のような認識をしているように、聞き取れるのだが。なかなかに悩ましい。百歩譲ってフリーナのような少女が再確認するかのように「ボクたち友達だよね?」と聞くのはアリなのかもしれないが、それなりの大人のしかも男性同士の自分たちの改めて互いの関係性など話したことは、まるでない。はじまりこそもちろん、お互いの仕事上の立場から話をするようになったという事は間違いない。茶を一緒に呑んだり、メリュジーヌ関係でプライベートが噛み合った事もある。正直、リオセスリ自身も明確に友と呼べる相手が存在しないため、改めてヌヴィレットの関係に形容詞を付けるのは確かに難しく感じた。

「ふむ、人数が必要だというのならば、共律官に声をかけてみるが……」
「は?いや、それトンデモないことになると思うんだが」
「……そうだな。確かに、個人的な時間に強要する命令をするのは芳しくない」

そうじゃなくて、あんたが大人気すぎて聞きつけた奴らが殺到して、収拾がつかなくなるに決まっていると説明しようかと思ったが辞めた。どうもヌヴィレットは外野から見られる自分自身に疎い面があり、最高審判官としての威厳を保つためのあれこれが全て神域にも近い人気につながっていることを知らない。
リオセスリがこうやってフレンドリーに近く話せるのも、自分の元々の性と普段は水の下にいるからこそ周りに流されるようなことがないからだ。普段ヌヴィレットへの羨望を遠巻きに見ている面々は多く、そんな奴らを喜ばせるような事を言えばここぞとばかりに取り返しがつかなくなるに決まっていた。絶対、面倒だ。

「リオセスリ殿。二人きりとなってしまうが、やはり駄目だろうか?私と床入りをして欲しい」

だからその言い方……と真っ当に指摘することも出来ず、リオセスリは懇願するヌヴィレットに承諾の意を伝える事しかできなかった。





◇ ◇ ◇





じゃあ早速今晩とかいう急速を丁寧に断れば、改めてお互いの日程調整をすることとなった。やろうとすればある程度は神経は図太くなれる方だが、さすがに心の準備をさせてくれと思った。
そんなこんなで、約束の日はあっという間に来た。
メロピデ要塞での仕事をあらかた片付け、水の上に上がる。よく考えれば、完全に私用の為にわざわざ足を運ぶのは初めてかもしれない。もちろん、特にフォンテーヌ廷には個人的に贔屓にしている店や軽く挨拶をする程度に見知った知人等はいるが、その大抵はパレ・メルモニアに行く次いでだとか、取引業者との隙間時間にこなすルーティーンのようなものだった。



「こんばんは、ヌヴィレットさん」
「よく来てくれた、リオセスリ殿。さあ、こちらだ」

ヌヴィレットが住まうのは公邸ではあるが、神であったフリーナのようにパレ・メルモニア内ではなかった。有事の際に居住を分けて置くという分散化を当初は想定したのかもしれないが、今となっては全権力がヌヴィレットに集約してしまったので国家元首が住まうにしては控えめな屋敷であった。リオセスリはフリーナが住まう居住区に立ち入ったことはないが、そこには華美なサロンが設けられていると聞く。それから比べればこの公邸は、パレ・メルモニアへのアクセスが良い事を重要視しているほかは、控えめと言っても良いだろう。
まあそれでもある程度は予想していた範囲よりは余程広い玄関で、ヌヴィレットから歓迎の言葉を賜る。

「まさかあんたが直々に出迎えてくれるとはな。使用人はいないのか?」
「私の生活が不規則な故、泊まり込みの使用人は雇い入れていない」

もちろん一般人が住むには広すぎる屋敷なので、掃除やら庭の手入れやら何やらで頼んではいるのだろうが、ヌヴィレットは公務に忙しく広間なども来客用として使用していないのだろう。置かれている調度品などから鑑みても生活感はとても薄く感じた。本当に最低限の寝食や休息の場として利用している、その程度の認識なのだろう。

「ああ、そうだ。手ぶらじゃ悪いと思って、軽食を持ってきた」
「それは……ホテル・ドゥボールのロゴが見えるが」
「アフタヌーンティーのテイクアウトだ。茶葉もあるから、ポットを貸してもらえると助かる」

ヌヴィレットに招かれたのだからと、事前に予約したそのままテーブルに飾ることができるホテルのロゴ入りのテイクアウトボックスを片手に示す。
行きがけに立ち寄り引き取って来たのだが、正直アフタヌーンティーの時間とはかけ離れているので少々骨が折れた。定期的に購入しているおかげで融通が利いた面もあるので、助かった。



「ここが、私の寝室だ。準備をしてくるから、中で待っていてくれ」

出来たら応接か何かで軽く食事と茶をし、そこでお仕舞お開きとなってほしかったが、もちろんヌヴィレットはそのような気持ちを汲み取ってくれはせず、玄関前の大階段を登りそのまま奥の寝室へと招かれてしまった。仕方ない。最初からコレが目的なのだからと諦めてリオセスリは入室する。
寝室というだけあって、部屋の三分の一は天蓋付きのベッドが占めていた。衣装室は別にあるのだろうかわからないが、国章のモチーフで彫刻された壮大な白い柱で支える部屋の天井だけは高かったが、それ以外の調度品は壁に掛けられたフォンテーヌの風景画に留まっていた。部屋のバランスを考えれば細かい装飾のエレガントさは見て取れたものの、そこら部屋の貴族ならばもっとゴテゴテしていそうだなと思った。防犯上の関係か張り出したバルコニーはないようだったが、レースカーテン越しに見える月明かりの前に、ガラステーブルとイスが二脚用意されてあったので、リオセスリはテイクアウト品を置いた。

「リオセスリ殿、準備が整った。浴室は、寝室を出て一階に戻って、玄関から見て右奥手にある」
「は……浴室?」

てっきり紅茶の準備の為に湯を沸かしているのだろうと思ったが、控えめに寝室にやってきたヌヴィレットは、違う湯の話をした。だから戻ってくるのが遅かったのだなと合致はしたが。

「一般的に寝巻会は、リラックスした状態の寝巻で行うと聞いている。客人を先にもてなすのが、相応だ」
「いや……だが、な」
「安心していい。君が湯を使っている間に、紅茶の準備をしておこう」

それだけだと要件を伝えると、またヌヴィレットは退室をして廊下に戻ってしまった。
他人様の屋敷でドタバタすることも出来ず、それを追いかけるのは困難であった。下手に歩き回っても失礼にあたるし、なによりヌヴィレットからするともはやそれは決定事項なのだろう。仕方ない。ここまで来たら、目的を果たすまで帰れない事を察知することとなった。





「湯の温度は適切だっただろうか?」
「ああ、丁度良かったぜ。ところでヌヴィレットさん、本当にこれを着てここに居なくちゃダメなのか?」

めっちゃ良い風呂だった―――
寝室に戻ったヌヴィレットに心からそう答える事になる。
人様の個人宅(この場合個人と言っていいかは謎だが)で風呂を借りるなんて機会早々ないので新鮮だったが、これが広すぎてお化けが出そうと言われる風呂場かと全てを納得した。バスタブ、風呂場床、水道設備、脱衣所、洗面台など歴史を感じはするものの、あらゆる場面でこだわりを感じた。絶対この寝室より熱が入っていると感じるのは、浴室が水に関する場所だろうか。バスタブの広さは言うまでもなかったが、何よりも水質が違うと思った。そもそもメロピデ要塞では昔ほどではないがそれでもまだ水は貴重で管理者という立場であろうが、湯水のように自由に使うという気持ちにはなれなかった。水も明確に飲料用に値するものはひと手間かけていることもあり、普段風呂に使う水は飲料には耐えられない水質だ。もちろん身だしなみには気を付けているが、恐らくフォンテーヌ人にはやはり水の上の水質の方が肌に合っているのだろう。その最上位を浴びて、リオセスリは久々に感動した。
そうして風呂からあがったは良いが、今のリオセスリは自身が身に着けている衣服に少々の確認作業を要した。

「サイズが合っていたようで、安心した。では、私も入浴してくる。しばらく寛いでいて欲しい」

どうしてか会話のキャッチボールは不成立となってしまった。どうやら今のヌヴィレットは、フリーナが行った寝巻会を忠実に再現することを最重要視しているらしい。だから、こちらの疑問など当然の如くなかったものとなっている。
そんなわけで、今のリオセスリはヌヴィレットが用意したビスコース生地のシンプルな寝巻を身に着けていた。配色に関しては灰色がベースとなっているので違和感は薄いが、見た目より他人が用意した衣服を身に着けるというプロセスに多少の頭を悩ませた。正直、ヌヴィレットがどこまで本気かわかりかねていた部分もあって、油断していた。寝巻会とやらも、ちょっとお茶してそれがヌヴィレットの私邸だったというだけで、眠くなったらじゃあ夜も遅いからとお開きにして早々に退散しようと思っていたのだ。だからこそ、もちろん寝巻など持参するわけもない。その穴をついて、ヌヴィレットは最初から全部用意していて、こうやってお膳立てもしていた。完璧だ、抜け目ない。



「待たせてしまった、申し訳ない」
「いや、ゆっくりして貰って、良かったんだが」

そうこう色々と悩んで考えている間に、ヌヴィレットも湯を使ったようで、少し火照った印象を残したまま寝室に戻って来た。
なんとなく察していたが、ヌヴィレットも既に寝巻に着替えている。リオセスリは必要ないからと用意はされてあったが羽織らなかったが、薄いガウンをかけているものの、その寝巻の色合いは白を基調としており、紛れもなく現在リオセスリが身に着けている色違いであろう。寝巻会の衣服を統一する必要性があるかどうかまでは知らないが、それでもお揃いである事には間違いがないだろう。

「リオセスリ殿。テーブルをベッドサイドに移動してもらえるだろうか?」
「ん?ああ、これで良いのか」

珍しい事を要求されるなと思いつつも、元々窓枠に寄せられていたガラス張りテーブルを、卓上のテイクアウト品が崩れないようにリオセスリはスライドさせて動かした。
部屋に相応するほどの大きさではなかったので、両手で移動させるのはあまり難しい事ではなかった。大人が四人は余裕で寝転がれるベッドに近寄らせると、ヌヴィレットは持ってきたポットと茶器をトレーからテーブルに移し置いた。ベッドに反比例して元々広いテーブルというわけではなかったので、それだけでもう卓上はいっぱいとなっていた。

「これで準備は整った。では、リオセスリ殿。こちらに来て欲しい」

平素、そうしているのだろう。淀みなくベッドに上がったヌヴィレットは、明確に誘って右手をリオセスリへと伸ばした。
ヌヴィレットの寝室で、ベッドの上で、揃いの寝巻で、促されて、どう見ても床入りにしか見えないが、他意はない……筈だ。仕方なくリオセスリは、一緒にベッドに上がるのは一先ず置いて、それでも腰かけるにとどめた。

「話をして茶をするなら、椅子でも構わないと思うんだがね」
「む……それでは寝巻会にならない」

他人から得た知識だがヌヴィレットのこだわりは強かった。確かにこのように形容しがたい事柄は、一般的にヌヴィレットが目を通すような書物に詳細が記載されてはおらず、人々の共通認識で成り立っている。明確なマニュアルがないからこそ、知り得た事柄を忠実に再現しようという取り組みの努力しているようだった。
とりあえず腰を落ち着けたことには違いないので、ようやく二人は用意したティーカップを口にした。色々とリオセスリが渋ってしまったため、少々茶葉は蒸らしすぎてしまったかもしれない。しかしホテル・ドゥボールはテイクアウトだからこそのトラブルにも対応しているらしく、選ばれた茶葉はそれでも十分に良い風味を醸し出していた。本来のメニュー上のアフタヌーンティーのセレクトは決まりがあるのだが、リオセスリは特別に依頼をしてスイーツ系よりセイボリーを多めに頼んでいた。リオセスリが紅茶の合間にプティキッシュに手を伸ばせば、ヌヴィレットもシューサレを少し口にしていた。

「さて、ヌヴィレットさん。後は何をすれば、お望みの寝巻会になるんだい?」
「ふむ。枕を投げ合うことは必須と聞いている」
「俺とあんたが枕を投げる?本気で、やるのか?」
「確かに……全力でそのような事をしたら、寝巻会どころではなくなる気がするな」

そう言いながら、ヌヴィレットは羽のように軽い枕をリオセスリの胸元目がけて多少の力を込めて投げつけた。枕は大きく素材は非常に柔らかく滑らかである。そのような物質を用いて相手を攻撃するには些か力不足を感じた。
だが、一応投げつけられたので、ぽとりと落ちたその枕を拾って一応軽く返すようにヌヴィレットへとリオセスリも片手で投げる事となる。またもや、衝撃も力なく落ちる枕がベッドに落ちてしばし二人の視線は、はたりと考える事となる。

「ヌヴィレットさん。これはたぶん、複数人が複数の枕を使ってやるもんじゃないか?」
「そのようだな。だが、この場には枕が一つしかないのだ。準備不足で申し訳ない。次回の為に複数の枕を発注しよう」
「いや、次回って……まあ、いい。あと、フリーナ様は何をしていたって言ってた?」
「そうだな……メイクやヘアアレンジをして遊んだと聞いたが」
「それは、俺達には無理だな」

いかにも女子が好みそうな選択肢が発言して、申し訳ないが即座に切り捨てる言葉を出す。
そもそも枕投げ自体だって、大人になってやるようなことではないとは思うが、とりあえず一ローテはしたのだから、やったことには違いないだろう。うん。

「あとは、ベッドの上でカードゲームをしたと聞いた」
「二人でやるのか?七星召喚なら、二人でもできそうだが。俺はデッキ持って来てないぞ」
「確かに。もしそのような勝負をするのであれば、万全の状態で挑みたい」
「そこまで本気に考えてもらわなくてもいいんだが、まあじゃあそれはいつかってことで」

確かにこのベッドは広いので、カードゲームに向いている?かもしれないが、行儀が少々悪い事には違いない。
ありがたい事に色々とヌヴィレットは聞きかじった寝巻会の内容を色々と披露してくれたものの、噛み合うものがあまりなかった。そもそも、この二人で行うということに限界を感じる事が問題なのだが。

「まあ、そうだな。そんなに世間一般の寝巻会に拘らなくてもいいんじゃないか?」
「君の言う事には、一理ある。私たちは寝巻会初心者なのだから、出来る事をすれば良いだろう」
「そうそう、初心者。初心者。とりあえずいつものように会話すればいいだろう」
「それでは代わり映えがないような気がするが」
「じゃあ、そうだな。折角だから、ここでしか話せないような話題はあるかい?」
「ここでしか?」

ふむ……と少し顎に手をやったヌヴィレットは少々思い至る事があるようだ。
さすがにここまで来て意見交換でもある仕事の話は禁止にしたかったが、思わぬ収穫があったようだ。別にヌヴィレットと秘密を共有したいというわけではないが、何を語るのか気になった。

「―――この屋敷は、私がフォンテーヌに招かれた時は未だなかった。100年くらい経った頃だろうか、最高審判官に公邸がないとは他国に示しが付かず、また宿舎の一般職員と格を付ける必要があるとの意見が出た」
「ちょっと待って欲しい、ヌヴィレットさん。ここでしか話せない話題っていうのは、もしかしてこの屋敷の事なのか?」
「そうだが……駄目だろうか?」
「……いや、まあ興味がないわけじゃないから、続けてくれ」




まさかこのままありがたい歴史建造物の話が永遠に続くのかと気が遠くなりそうになったが、そうではなかったらしく、黙々とではあったが少しずつヌヴィレットが話そうとしている本題が迫って来た。

「えーと、つまり。妖精?幽霊?が出る屋敷って事で有名になったんだな、ここは」
「そうだ。公務に追われて私はあまり寝泊りしない事もあったせいか、使用人たちがそのような噂をするようになった。時には、肝試しに民衆が立ち入ろうとして騒ぎも起きた」

まさかの怪談話がヌヴィレットからもたらされるとは、意外であった。寝巻会?の趣旨とは少し逸れるが、確かに夜集まって話す話題としては定番中の定番で、ちゃんと身があってリオセスリは少し感動した。
フォンテーヌ人は、だいたい総じて妖精や幽霊の存在をある程度は信じている。幽霊屋敷があると聞けば、中古家屋の価格はいわくある幽霊込みで跳ね上がるというのが定番だ。幽霊屋敷ってだけで、ロマン価値。他国では幽霊と言えば、害を成すものとされているようだが、我が国ではおおむねいたずら好きで好意的だという認識である。本当にいるかいないかは別問題として、そういったスリルを楽しむ文化があるのだ。

「私は幽霊と共寝をするのは気にしないが、民衆にまで影響があるのは本意ではない。その為、幽霊と交渉して申し訳ないが出て行って貰うように依頼をした」
「……もしかして、ヌヴィレットさんは幽霊と会話できるのか?」

焚きつけたのに申し訳ないが、今の今までリオセスリは一切そういった霊的類を別に信じていなかった。
正直、水の上の生活ではそれどころではなかったし、メロピデ要塞でそのような話題を耳にしても、場所柄そういうものだしとスルーしていたからだ。しかし、今ヌヴィレットは当たり前のように幽霊を認識し、会話をしたと言ったような気がして、少々混乱をきした。

「使用人たちが幽霊だと認識したのは、迷子の純粋精霊だったのだ。話しかけてきた彼女に、私が新たな住処を提供すると礼を述べて屋敷を出て行ってくれた」
「あーー、そういうオチ?」

思わず盛り上がってしまったが、最後まできちんと聞いてすごく納得した。一瞬本当に怖い話かと思ったが、違った。
その正体が純粋精霊ならば妖精のようで幽霊のようでもあるし、ヌヴィレットと会話できるし万々歳だ。最初から最後まで一貫としてまとまっていた。すごい。

「私からの話は以上だ。面白かっただろうか?」
「ああ、意外に良かった。楽しめたよ」

ヌヴィレットが語ると本物っぽいっていうのが良かったのかもしれない。案外、向いているのか?こういう事にと、予想外な一面を見た気がする。

「では、次はリオセスリ殿の番だな」
「悪いが、俺には人様に披露できるような、怪談話のストックはないぞ?」
「では、コイバナを所望しよう」

少し状況を傍観する抜けた声を出していたところに、ヌヴィレットはすかさず問題発言を投下した。このような話題に無理やり変換したくせに、当の本人であるヌヴィレットは至って真面目顔である。
確かにリラックスをして本音を言う場というのが、本来の趣旨であろうか、ここは他愛のない会話で盛り上がるという流れではなかったのだろうか。だからリオセスリだって少々砕けた感じで流したのに、一番厄介な話題を突きつけられた。

「ヌヴィレットさん、それ意味わかって言ってるのか?」
「当然、理解している。コイバナというのは、特定の相手に特定の感情を持った経験を話すことで、寝巻会で一番盛り上がる話題と聞いている」
「確かにそうかもしれないが…………悪い。あんたに話せるような恋愛話はちょっとないな」

珍しく語尾を少し下げてリオセスリはバッサリと切った。寝巻会で話せるような恋愛話の話題提供なんて、どう考えてもリオセスリは向いてなかったし、それを差し置いても相手はヌヴィレットである。こういった話題と真逆なタイプに上手く話せるわけがない。

「なぜだ?別に今のリオセスリの交際関係でなくても良い。初恋話でも話せないのだろうか?」
「あー初恋ね。なら、言えるな。そんなものはしたことがないって」
「本当に?」
「本当だ」

別にこの場をやりきるためにヌヴィレットを騙すための嘘をついているわけではない。それは、伝わったようだったが、リオセスリに真に迫るヌヴィレットは少々前のめりとなった。
怪談話中に、色々とあって話を聞くために二人は揃ってベッドの上に座っていた。
それが、いつの間にかずいっと肩を近づけられて、随分と顔も近いなとリオセスリは思ったが、ここで身を避けると真実性が薄れると判断して、何とか留まった。普段ならあり得ない距離の近さで、ベッドの上でリオセスリは審判を受けた。

「そうか。リオセスリ殿も初恋をしたことがないのか。それならば、私と一緒だな。良かった。私も、寝巻会ではコイバナをしなくてはいけないと思って困っていたんだ」

そんな近さなのに、ふわっとヌヴィレットは隠しもせずに微笑んだような気がする。
時間は深夜に差し迫り、部屋の明かりはそれほどでもない。
月明かりの主張が一番激しいと言っても過言ではない中で、その微笑みの美しさはしんと澄み渡るように響いた。

そうして、リオセスリは初恋をした―――





「む?もう、このような時間か。明日も審判がある。そろそろ寝なければ」

一瞬微動だに出来なかったリオセスリに気が付くことはなく、壁時計に目をやったヌヴィレットは、一旦ベッドを降りてガラステーブルを少し片づけて除けた。そのまま既に暗めにしてあったが部屋の大きな照明を本格的に落として、月明かりの注ぎ込むカーテンを閉める。そうなると一気に間接照明だけが小さく照らすだけの部屋となった。

「リオセスリ殿?どうかしたのだろうか」
「……いや、ああ。そうだったな。お開きか、じゃあ俺は帰る」
「何を言っている?寝巻会は、共寝をしないと成立しない。当然君にもここで寝てもらう」
「無理だ」
「だが、もうメロピデ要塞に戻る為のポート・マルコットへ向かう巡水船は運航していない。どうやって戻るつもりなのだ?」
「じゃあ、ホテル・ドゥボールに泊まる」
「このような時間に空き部屋があるとは思えない」
「せめて、この部屋じゃなくて別の客室で……」
「リオセスリ殿、そんなに嫌なのだろうか。私が」

思わずリオセスリが自分の感情の整理が上手くいかず、うっかりベッドの上のままで考えこんでいたのが、悪かった。
そのまま先ほどと同じようにベッドに乗り上げたヌヴィレットは、懇願するように迫って来た。もちろんそれは、念願である寝巻会を成立させる為であって、リオセスリの想いとは違う。わかっている。だからこそ、自覚した直ぐでこの状況は芳しくなかった。そうして、拒否を出来るほどでもなかった。
今思えば、そうだ。リオセスリは昔からヌヴィレットに弱かったのだ。全てが気が付くのが遅すぎたのだと、思い知る。
だから―――最初の約束通り、共寝の遂行を決意するしかなかった。





「、、、ヌヴィレットさん、ちょっと待った!ここで一緒に寝るのは仕方なく了承したが、なんで服を脱ごうとしてるんだ?」
「私は、寝るときは衣服を身に着けない。何か問題があるだろうか?」

さすがにリオセスリの衣服を剥ぎ取ろうとはしなかったが、それでもヌヴィレットはさらりと纏っていた寝巻を脱ぎ生まれたままの姿でベッドに入って来た。ついでに、二人でベッドに入っているから隙間が出来て寒いと言って、リオセスリに寄り添ってきた。ひっついて離れない。

そうして。たった一つしかない枕をリオセスリに譲ったヌヴィレットは、満足そうに共寝を謳歌したのだった―――





◇ ◇ ◇





「えっ!ヌヴィレット。キミが共寝をしたって、本当に!?」
「ああ」

麗らかな昼下がり。久しぶりにパレ・メルモニアに足を運んだフリーナと茶会を催すことになったので、ヌヴィレットはきちんと報告することとした。
だが、予想していた雲行きとは少し違い、フリーナはどこまでも困惑しているような驚いた声を出した。

「いやいや、キミに限ってまさか」
「そう言われると思って、写真を撮った。朝方ようやく一枚だけしか撮れなかったが……これが証拠だ」

寝巻会では仲の良い証拠として、写真を撮る。色々とフリーナから定番を聞いてはいてある程度は準備したが、写真機の存在をすっかり忘れていて、リオセスリに伝え忘れていたのだ。最後に叶って良かった。
すっと、ヌヴィレットがテーブルの上に差し出した現像した写真には、当然の如くリオセスリが写っていた。全然眠る事の出来なかったリオセスリは完全に寝不足でうつろで、ヌヴィレットが写真を撮っていいかと聞いても生返事で元気がなかったからこその、パシャリとした一枚。
自撮り?というものは上手くいかなかったので、構図的にベッドに寝転がる二人という様子になってしまったが、まあいいだろう。



「は、破廉恥だーーー!!!」

パレ・メルモニアに響き渡る赤面したフリーナの声は、何事かと駆け付けたメリュジーヌや共律官たちに届き、駆け込んだ彼らにもその写真が赤裸々に公開されてしまうのだった。
























は じ め て の ツ ー シ ョ ッ ト は 、 公 開 処 刑