attention!
全てが捏造。
『夕刻、ルキナの泉にコインを持って来て欲しい』
定時連絡しているヌヴィレットとやりとりしている書簡に、期日と待ち合わせ場所が記載された指定がされており、リオセスリは待ち合わせよりやや早い時間にルキナの泉に到着した。
フォンテーヌ廷のヴァザーリ回廊をはじめとしてこの国には様々な観光場所があるが、その中でもルキナの泉は指折りの名所である。しかしながら、大抵は隣接するエピクレシス歌劇場とセットで訪れる者が多い。本日の歌劇場の演目は夜の部の公演も終えてしまったようで、草木も眠り始める今の時間帯では人通りも疎らとなりつつあり、たまに巡回する警察隊員とすれ違うくらいであった。
水の上で目立つのは好きじゃないので、リオセスリはルキナの泉のはす向かいの小さな噴水の縁に軽く腰を当て、手持ち無沙汰に指先で何回かコインを転がしていた。ここは待ち合わせとしては定番の場所ではあるし、願い事をするという場所でもある。だからこそ、リオセスリは自分にはなかなか場違いだなとも思っていた。
「ごきげんよう、リオセスリ殿。待たせたようで、すまない」
「いや、時間はぴったりだぜ」
しばらくすると青白い月明かりを背にしたヌヴィレットが、ゆっくりとこちらへやってきた。
相変わらずただ歩いているだけでも様になるなと、リオセスリは再確認する。現在の時刻だからこそ、人通りは皆無だが昼間にこのようにヌヴィレットが現れたのならば、海を割って渡るように人々が道を開け譲るであろう。本人はそれを好いていないようではあるが、立場上仕方なく許容しているという遠巻きにも慣れたと言っていたのを聞いたことがある。
「正直、まさかこんな場所で待ち合わせるとは思わなかったな。手紙には書いてなかったが、一体何の用なんだ?」
「疑問は最もだ。君に少々依頼したいことがあるのだが、手間取らせないように最短の手順を踏むこととした」
「最短?ここで、何かするのか。時間をかけないように配慮してくれるのはありがたいが、説明を頼む」
「そうだな。一先ず、これを読んで欲しい」
そうして、ヌヴィレットが手渡してきたのは、フォンテーヌ規格である1:√2の比率が守られた公文書の束であった。
渡された相手が相手なのでまるでパレ・メルモニア機密文書であるかのごとくの佇まいではあったが、表紙の概要にそのような記載はなく、ともかくリオセスリは手元の書類をしばし、そのまま立ったまま読み込むこととなった。
「ヌヴィレットさん。俺にはこれが、至って普通なフォンテーヌ民にも広く公示されている文書に思えるんだが」
「確かに、これは毎月1日に発行しているフォンテーヌ広報紙の集約に過ぎない」
「で、なんで。人口推計を抜粋して見せてくれたんだ?」
それが一番の謎であった。まぎれもなく、最初から最後まで記載されていたのは、国勢調査による人口を基に、出生・死亡の自然動態、そして出国・出国などの社会動態、各種人口関連資料からの人口推計であった。
もちろん広報されているのは簡易版だが、こちらには人口分析・経済分析の基礎資料も付随されていた。統計局による真面目な資料なので、前年同月の推移がグラフ表示され、5歳階級ごとの男女別人口も百人単位であるが、概算値で事細かに記載されている。
あまり水の上の人口など瞠目したことはなかったが、もちろんメロピデ要塞も公表はしていないものの近しい文書を毎月作成している。無論、人数の規模は水の上とは比べ物にならないとはいえ。だから、リオセスリからすれば見慣れていると言っても過言ではなかった。
「フォンテーヌに古くから伝わる予言の通り、洪水によって一度はこの国は苛まれた」
「だが、最大の起因であった原始胎海の水は、あんたの力のおかげでどうにかなって、フォンテーヌ人が滅ぶことはなかった。それがこの人口統計にも表れているだろ?何が問題なんだ」
「死亡数に関しては、私だけではなく君の関わった飛行船ウィンガレット号の助力などもあり、洪水による死者も免れた者もいるからこその結果だ」
「そいつは、過分なお言葉だな」
「しかし、残念ながら推移を見てわかる通り、予言の危機後は出生率が異様に下がっている」
やや重苦しい言葉を落としたヌヴィレットは、該当ページを指示した。確かに、出生数の総数も男女比も目に見えて目減りしていた。女子を100として試算した出生性比も合計特殊出生率も比例して減少しているので、これは全体的に減少していると言っても過言ではないだろう。
予言の危機が原因で、出生率が明らかに下がった。こうヌヴィレットは考えているのだろう。なぜ…と深く考える間もなく、リオセスリの目の前には答えであるルキナの泉が大きく飛び込んできた。
フォンテーヌ人は、元々が純粋精霊であったことが、エピクレシス歌劇場にてヌヴィレットから明かされた。そうして生まれて来る子も、ここルキナの泉で子宝祈願という風習だと思っていた事項によって、授かっていたという事をだ。純粋精霊の人になりたいという強い願いと、子どもが欲しいというフォンテーヌ人の強い願いが折り重なって生まれた者、それがフォンテーヌ人の起源だ。だから、本当の人間のように女性の胎内に宿り、全く違和感なく出産に至っていた。今まではそれで良かった。なんの問題もなかった。
だが、フォンテーヌ人がそういう前提があったということを認知してしまった。その瞬間、どうなったのかという事が、結局は出生率という結果として目の前に現れてしまった。
つまり、性を自覚して生々しく感じ、意識的に下がってしまったのだろう。
「出生率減少の原因は、私が担っているようだ。だが起因となった私に、直接相談する共律官はいない。メリュジーヌは人の出生に関わらないし、そもそも人の女性にこのような事を話せるわけがない。だから君に助力を願う事とした」
「これに関しては、あんたのせいってわけじゃあないだろう。正直あまり俺に協力できることがあるとも思えないが……」
確かに、いまやこの国の統治者となったヌヴィレットからすると出生率の減少は深刻な問題であろう。フォンテーヌ人を守る為に、かりそめではなく本当の人間になったからこそ、命は助かった。だが、さすがにその後のフォンテーヌ人の意識まで配慮しろというのは無理な話だ。そうして部下である女性たちへこういった提案するのはセクハラという認識も十分あるが、そもそもヌヴィレットは人でもないし女性でもないし当事者から最も離れているのに、この国をどうにかしなくてはいけないというのが、そもそもの無理難題なのだ。水神フリーナが座を降りて、やはりあまりにもこの国はヌヴィレットに頼りすぎだという認識がリオセスリにもあった。だからこそ、助力を求められることはとても良い傾向とは思う。だが、生憎リオセスリの性認識も男であるし、あまり力になれる気がしなかった。
ただ、ヌヴィレットがどこまで認識しているかは知らないいが、性に関することのいざこざは、水の下の方がよっぽど耳にすることが多いので、無駄に妙な知識がある事だけは認めよう。そういった下世話な事を直接、このお綺麗な審判官に伝えるつもりはないが、ヌヴィレットだって審判官としてエグい男女交際に関するいざこざに立ち会ってきたのだから、ここは腹を割って話すべきかと。ただ、その話をするのが、寄りにもよってフォンテーヌの清らかな水の象徴である、ルキナの泉の前だという事だけは頂けなかったが仕方ない。
さて、どんな話がヌヴィレットから飛び出してくるのか。既に出生率の具体的な減少月から鑑みて、妊娠期間が十月十日だから親の誕生日から自分の誕生日を逆算するとか。季節性でイベントがある祝日だとかクリスマスから逆算する前後の出生月の多さとか、露骨に言われても怯まない様にと少しリオセスリは身構えていたのだが。
「周知の事だが、我が国は他国に比べて事実婚を選択する者が多い」
「うちの国は審判が活発だからな。法律婚をするだけでも役所でセレモニーが必要だし、経てからの協議離婚となると、必ず審判官にお伺いを立てる必要がある。それが面倒だと思う奴は一定数いるだろう」
「最高審判官の地位にある私が、審判を否定するのは難しくあるが……その認識で間違いはないだろう」
「そいつは失礼した」
「故に、まだ検討段階ではあるが、民法を改正して民事連帯契約を取り入れる事を考えている」
「民事連帯契約?聞きなれないが、具体的には法律婚と何が違うんだ?」
「税控除や社会保障や財産の共有など公的な婚姻の権利を、法律婚よりは多少緩やかに設定するつもりだが概ねは同等の権利を確保する。もちろん君が言った通り、契約の締結や解消は公的機関の承認を必要とせず、文書一枚で済ませるつもりだ」
そう言いながら、先ほどの人口推計よりもっともっと分厚い公文書の束が、ヌヴィレットから齎された。生憎こっちは随分と小難しそうだから、あまり読み込む気がしない。もはや一種の本である。民法なんて御大層なもの、そもそもが本一冊でまとめられるわけではないだろうから、それでもこれはその端くれにすぎないのだろうが、ヌヴィレットの伝えたいことは大体わかった。
出生率が低下するのならば、新たな法律でより婚姻や出産を促そうというのだろう。それは正しい政策だとリオセスリも思うし、ヌヴィレットらしい方法だとも思った。複雑な人的控除に関する細かい調整も、ヌヴィレットが思慮してくれるとなれば、良いものが出来上がると感じた。
「つまり同棲以上、結婚未満って感じか。いいんじゃないか?いずれは、その契約から法律婚に切り替える奴もいるだろうし。それで出生率が大幅に上昇するかっていうトコまでは、わからないが」
「元々この案は、予言の危機以前からあったもので当初の目的は出生率の増加ではなかった」
「最初は何がキッカケだったんだ?」
「当初は、同性婚の権利確保の為に制定を想定していた。だが、たとえこの法を施行しても、同性婚を選択した者が子を望むのは難しくあり、長らく留められていたのだ」
「あーまあ養子に関しては、俺も色々と思うところがあるから。親が異性間だろうと同性だろうと、そう簡単ではないっていうのはわかる」
リオセスリは、養子になる側としてあまりにも色々と闇ばかりを見てしまった。
もちろん捨て子だった自分がたまたまあのような状況に置かれてしまっただけで、本当に最初から最後まで幸せに養子縁組をしている者が居る事も知っている。だが、とても払拭出来ないようなビジネスの場であったことも確かであった。実際、自らの育ての親はそれで手にかけて今に至るし、それ以後もリオセスリは特に子どもに関する不快なビジネスを耳にすれば、水の下からも容赦なく干渉している。
「私は、今後。同性婚者が、子を望む場合は。それを授けても良いと考えている」
「は?って、まあ。あんたは神様じゃないけど、それに近いんだっけ?でも、そんなことができるのか」
「現在のフォンテーヌ人はかりそめではなく、受肉をして本当の人間になったが。ルキナの泉の純粋精霊すべてが消えたわけではない。未だ人間になることを望んでいる純粋精霊は存在する。同性婚同士の子どもが人の営みから逸脱している事は私も理解している。だが、双方が望むのならば叶えたいと私は思った」
「確かに利害は一致してるな。しかし、そんな大層な事をすれば、あんたの責任や負担もより増すが、いいのかい?」
「無論、このような節理を捻じ曲げる事を、私一人で大成するつもりない。広く国民の意見を聞き入れ、慎重に取り組むべきだとも感じている」
「ああ、わかった。俺で協力できることがあるならば、力を貸したい」
数百年をかけてこの国の審判制度をここまで制定してきたヌヴィレットの発言は、重みがあった。フォンテーヌ人を、本当の人間にしてしまったという責任も全て背負うつもりで、かつては複雑な関係であった純粋精霊も全ての願いも取り入れて、賄おうとしている。人々の認識はそうは変えられないから、きっとこれも数百年かけて本腰を入れて取り組もうとしているのだろう。
フォンテーヌにはルキナの泉に子宝祈願をするという風習がある。そして、幼児に洗礼を受けさせるという儀式もある。ヌヴィレットがその一連の受肉を担うとしたら、風習である銀のスプーンは真実に近づくのであろう。
「リオセスリ殿の助力が快く得られるようで、感謝する。新しい法というものは、人々に直ぐには馴染まないことが多い。だから、第一人者が必要だ」
「ん?まあ、そうだな」
「それ故、君のコインを貰いたい」
ここでようやくヌヴィレットは、ずっとリオセスリが無意識に右手の中で転がしていたコインを指さした。
あまりにも話が壮大すぎて、指摘されるまでちょっとこのコインの存在を忘れていたくらいだった。そうして、ヌヴィレットの言う意図も何のことだかわかりかねずにいた。
「コインくらい、別に構わないが」
「感謝する」
ヌヴィレットに持ってくるようにと指示されたので、一応手持ちのモラであまり流通していなさそうな綺麗なコインを選択し、一応軽く拭いてきたのだが。ただのコインである。それ以上でもそれ以下でもない変哲。
指で軽く挟んで、ヌヴィレットの手袋の上にぽんっと置く。
「では、これを君に」
「これもコインか?」
「ああ。立場的に無償でコインを貰うわけにはいかないゆえ、同じものを」
子どもの駄賃ほどの金額であるモラ一枚を渡しただけなのに、真面目なヌヴィレットは、同じコインをリオセスリに返してきた。こちらこそ、本当に国庫に厳重に管理されていたかのような輝きを見せるコインなので、希少価値がありそうだ。ヌヴィレットから手渡されたコインの方がよほど勘繰る必要を感じる。
対するヌヴィレットは、リオセスリから渡された手元のコインを少し眺めた後。ルキナの泉の真正面に向き直った。ありがたい言われの記載されている石碑を改めて読み、その端正な顔を噴水の少し上へと向けた。そうして差し伸べるように右手を軽く振ると、綺麗な弧を描いてその手元からコインが泉に投下された。ぽちゃんっと小さな水音が一度だけ響いたが、それ以降は粛々と流れる水音にすべてがかき消された。
ルキナの泉の前で切れ長の瞳をゆっくりと閉じたヌヴィレットは、両手の指先を胸の前で合わせて、祈る―――
あまりにも厳かなその様子を隣で見る事になったリオセスリは、しばし声も出せずにいた。
「ヌヴィレットさん……あんた、一体、何を」
「……願い事をしていた」
「願いを叶えるのは、神の仕事では?いや、今だとあんたの仕事か」
ようやくぱちりと目を開いたヌヴィレットは、少し満足したかのように一人で頷く仕草をした。
リオセスリとしてはややマッチポンプみたいなことになっていると指摘したかったが、本人は非常に真面目に見えたので、その言葉に留める事とした。なんだか少々循環がおかしい事になっているような気がする。
「フォンテーヌにとって、風習や儀式は重んじる必要があるものだ。だから、たとえ最終的には私自身が叶える事項とはいえ手順は踏ませて貰った」
「そいつは随分と丁寧なことだが。なんで俺が持ってたコインをわざわざ使って?」
「それは……君と私の子を願うのに必要だったからだ」
「…………は?今、なんて……」
聞き間違いかと一瞬、リオセスリの意識は飛んだ。だが、直ぐに舞い戻り一連を頭の中で整理できた。よくよく考えれば最初から最後まで、ヌヴィレットは少子化を嘆きどうにかしようと彼なりに躍起になっていた様子を見せていた。その背景に関しても極めて詳しく説明され、このような分厚い本までこちらに提示してくれた。だからこそ、リオセスリも出来る事なら協力すると伝えたのだ。その結果が、これとは予想外にも程があったが。
「本当に、俺とあんたの子が……?」
「人間を習い、十月十日後に誕生する」
驚愕するリオセスリを前に、ヌヴィレットは間違いがあるのかとこてりと首をかしげて見せた。
これは本物である―――
ヌヴィレットがここまで言うのだから、本当に子どもが成ったことに間違いないだろう。そうやって産まれる日まで宣言されて、生々しいにも程がある。ここでようやくリオセスリは、少子化の要因となってしまった事項を自ら体感した。これは確かに意識すると少々気恥ずかしい。
だが、目下の一番の問題はそれだけではなかった。
「ヌヴィレットさん、そういう大切な事は事前にもう少し詳細に説明をして欲しかったんだが」
「すまない。だが、君の遺伝子を欲しいと直接要望したら困るだろうし、だからすぐに儀式が出来る泉の前に来て貰ったのだが」
「えーと、つまりだ。新しい法の為に同性の子どもっていう先導者がいると、みんな受け入れやすいっていう理由で、あんたは俺との子を望んだわけか?」
「その通りだ」
「自己犠牲が過ぎる……」
いくら上から示せば模倣しやすいとはいえ、それさえもヌヴィレットが担うとはあまりにも何でもかんでも、背負いすぎている。
確かにいくら丁寧に説明されようが、遺伝子が欲しいとか言われて髪やら涙でいいならまだしも、直接的にヌヴィレットの口から発して欲しくない単語を連発されたら無理だとリオセスリは断っていたに違いない。だから、すんなり受けて入れさせるために手順を色々と省略した結果がコレだったのであろう。おかげさまであまりにも呆気なさ過ぎて、実感がまるでない、が。
「さすがに私一人では子づくりは出来なかったから、今回は助力を申し入れたが。安心していい。子育てに関しては、君の手を煩わせない。君が父親であることも他言しない」
「なんだが、それだと。遺伝子だけ提供した、最悪な奴になるんだが、俺が」
まるで手切れのように言われて、リオセスリは少々立腹した。
色々と言葉が足りないヌヴィレットではあったが、それでもこちらを重んじて負担がないようにと、最初から最後まで取り計らったから、こうなってしまったのだろう。いくらヌヴィレットからするとお手軽?とはいえ、子どもという大それた出来事に対してあまりにも、淡泊なように見受けられた。だから少し口調も強くなってしまうのは仕方ない。
「気を悪くさせてしまったようで、申し訳ない……だが、私もずっと誰かとの子をと考えていた。そうしてようやく、見つけたのがリオセスリ殿なのだ。君との子なら、私も育てたい。だが、迷惑はかけたくなくて……このような手段となってしまった」
流石のヌヴィレットも色々と伏せていた事は認識していたようで、恐縮する声色となりつつも改めて謝りの言葉を入れた。しかしその内容は、謝罪だけではなく積年のヌヴィレットの想いも同時に暴露しているようでもあった。
なんだって?ずっと、というのはどれくらいだとか。色々と問い詰めたい事が出てくるが、とっさにまとまった声は出せなくあった。
ただ夜も遅く、月夜もかなりの輝きを見せる、とんと深い時間帯だ。だからこそ、その言葉はしんと響くようにリオセスリにも伝わった。
「あー、ヌヴィレットさん。俺は正直、まだこの感情を明確化出来ない。だが、聞きたいことが一つある。あんたが欲しいのは、俺との子どもだけ……なのか?」
「…………私は、多くを望んではいけない立場だと、この地位に就いた瞬間から理解している。だが、君が許してくれるならこの子だけは認めて欲しい」
未だ何も育まれていない二人の子は、姿かたちさえリオセスリには何も掴めない。実感だってそれほどない。それなのに、目の前にいるヌヴィレットの美しさだけは、変わらずそこにあった。
だから―――こういう始まりでも悪くないと感じた。
「俺は捨て子だったが、孤児院では兄弟がたくさんいたんだ。だから、子どもは一人じゃない方が好みだ」
そう言い放ったリオセスリは、ヌヴィレットから渡されたコインをルキナの泉に背を向けて右手で後ろへと放り投げた。
ぽちゃんという落下音はしたから、場所はわからないが着実に泉には落ちただろう。そのまま、ヌヴィレットに向かい目を閉じて同じようにあの祈りのポーズをした。こうすれば、願い事を言わずとも、きっと伝わるだろうから。
この国の神に代わる何者かが、この願いを叶えてくれるだろう―――
そうして、同じ願いによって十月十日後には、望まれた者が二人同時に迎え入れて、一気に賑やかとなった。
そのエピソードは堂々と公言したわけではなかったが、後に人々によって言い伝えられる。
元々子宝祈願の場所であったルキナの泉は、より若い恋人同士のデートスポットにもなり、ちょっとした恋愛ブームにもなった。
泉に投げ入れられるたくさんのコインは定期的に回収され、恵まれない子どもたちへの支援金になり、純粋な養子縁組を望む人たちも幸せに導かれるだろう。