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リオセスリ誕生日話。








「リオセスリ殿は、ペットを飼いたいのか?」
「ん?まあ、そう考えたこともあるんだが。要塞内でペットを飼うのは、犬や猫は太陽も浴びれないから酷だなと。それに他の看守や囚人からの目もある」
「そうか?君は要塞の管理者なのだから、威厳を示すために………例えばリシュボラン虎を飼っていても不思議ではないような気がするが」
「ははは。そいつは面白そうだが、あまり現実的ではないな。そうだな……もっともっと小さいペットなら、執務室の端っこに置けるんだが」

いつの事だったか、そんな会話をヌヴィレットとした記憶がリオセスリにあった。
だが、その時はそれ以上会話は発展せずに、この後また他の話題に直ぐに切り替わっていたと思う。だから、今目の前に問題のブツがなければ思い出さなかった程度くらいで。公爵の執務室に届けられた荷主の名はヌヴィレットであった。そうしてそもそもの言付けで。

『誕生日おめでとう。いつも茶葉などを貰っている礼として、君にペットを贈与する。気に入って貰えると僥倖だ』

天地無用・水濡注意・割れ物注意・折曲厳禁・下積み注意・取扱注意など……ありとあらゆるシールがべたべたと貼り付けられ、狛荷屋のペット輸送サービスで送られてきた。完全に密封されているのだが、これは本当に生体なのだろうかとリオセスリは不思議がる。
そもそも茶葉を送るのはリオセスリの趣味みたいなものなので、返礼を期待しての事ではなかった。無論、ヌヴィレットからは平素から茶葉の返礼を貰っていないわけでもない。そしてこの誕生日という文字だ。リオセスリは自身の誕生日を公言していないのだが、さすがに立場的にヌヴィレットは知っているのだろう。自分で設定した割に忘れかけていたので、少なくともこれを見るまで自分が今日誕生日という事は完全に失念していたと言っても過言ではない。出生もあやふやな為、年齢も±2歳くらいはあるだろうと感じているし。
そんな完全にかこつけられたかのようなプレゼントは、リオセスリの横幅くらいの大きさはあった。さすが最高審判官はスケールが大きいらしい。しかも、軽く受け取った限りかなりの重さで。運搬員二人かがりで搬入された程だ。リオセスリも見た目以上のずっしりとした重量感に軽く驚いたくらいだった。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

あのヌヴィレットからのプレゼントだ。良い意味でも警戒して間違いないだろう。ここにリシュボラン虎の幼体が入っているとは思いたくはないが、外装の包みを外すときちんとプレゼントらしく、地味ながらも青い包装布で梱包されていた。良く見るとかなり上質な厚い布地らしく、同じく青いリボンも滑り通るような触り心地であった。それらのラッピングを慎重に外した。

「これは……観賞魚、か?」

恐る恐る全容を明らかにすると、角ばった硬質から何かしらの動物の檻だと勝手に勘違いしていたそれは、観賞用の水槽であった。分厚いガラスの水槽が、隠された状況だと妙な重厚感を与えていたらしい。無論の事、重さの原因はその水槽に満たれさている水のせいであった。慎重に運搬されたらしく、軽く水槽を覗くと観賞魚と思しきリオセスリの小指の半分ほどしかない魚が一匹だけいた。
なるほど。人間が最初に思いつくペットと言えば、犬や猫などが主流だが、ヌヴィレットの答えは観賞魚だったらしい。確かに、少しだけ話したメロピデ要塞という環境に適する条件を満たしているペットである。そこは流石だ。ただ、一つとても重要な問題点があった。

『プレゼントありがとう。執務室の新しい住人を快く歓迎する。だが、生憎俺は今までペットを飼育したことがないんだ。出来ればアドバイスが欲しい』

そうして……リオセスリとヌヴィレットの間で、定期的な手紙のやり取りが始まったのだった。





◇ ◇ ◇





メロピデ要塞執務室に新たに加わった飼育水槽の住人は、その大きさに反比例して、一匹のみであった。
リオセスリの観賞魚に関する知識は一般人レベルだ。確かに傍目グッピーくらいと言っても過言ではないだろう。小指の半分ほどの大きさではかなりの凝視が必要だが。最初は、あまりに小さすぎてアンジェリックアプリシアとの違いもわからないくらいだったが、よくよく見ると白銀の体色に、美しく伸びるヒレは腰部から尾ビレにかけて淡いブルーをしていた。淡水魚だか海水魚だかも判断しかねるが、とりあえず魚類であろう。今まで見たことが無いけど。
無論の事ヌヴィレットは抜かりなく、梱包にきちんと飼育に関する注意点の記載メモを入れてくれていた。餌の事、水温の事、掃除の事など。だが、リオセスリは今までの人生で残念ながらペットを飼うという機会に一度たりとも恵まれなかった。これが人間の成人男性なら、どこをどの程度殴ればノックアウトするとか、ダウン者が起きる判定とか、わかるのだが。どうみてもか弱そうな白青の観賞魚相手になるとすべてが未知な経験であった。

『観賞魚が、岩壁や水草に隠れて滅多に姿を見せないんだが。こういうものなのか?』
『元々の気質もあるが、まだ新しい環境に慣れていないだけと思われる。また、君の執務室はそれほど多くの光が差し込まないであろうが、昼と夜の感覚は与えた方が良い。最初に水槽には布をかけていたと思うが、可能なら時間帯によって夜は布をかけるとわかりやすいだろう』

あの豪華な布地に意味があったとは、リオセスリはヌヴィレットの手紙に記載してあったとおり、夜になると暗くなるように布をかけるようにした。こちらから見えはしないが、もしかしたら夜になると表に泳ぎに出ているのかもしれない。本来ならば意図的に昼と夜を作ってやる方が、昼は元気に動き、夜は休むため健やかに育てることが出来るのだから、本末転倒とはいえ。また申し訳ないが、姿が見えないと健康管理なども出来ないし、出来たらペットとしての観賞を楽しみたくもあり、布地をかけて夜を演出する。
執務室は水中とはいえ、一応天井から光が差し込むような構造とはなっている。布をかけたら、何も水槽内で見えなくなるのではと危惧をしたが。きちんと水槽内は、ヌヴィレットが準備した鉱石がその役目を果たしているらしい。底砂は珊瑚や貝殻を含んだものが中心ではあったがその中の一つのフォンテーヌの水中独自の鉱石である萃凝晶は、昼夜を照らす微かな光を放っていた。また壁面には、薄暗い光を放つ貝の形をした蒼晶螺を配置してあるので、光を求めて白青の観賞魚が生活しやすい環境となっていた。

『おかげさまで、最近はようやく観賞魚が姿を見せてくれるようなった。そろそろ本格的に水槽の掃除を考えているんだが、コケなどは未だ見当たらない。水換えはした方が良いのか?』
『要塞内は直接光が当たらないから、コケは生えにくい環境と思われる。だが、水換えは定期的にするべきだ。必要な物を手配し、そちらへ送ろう。しばし待たれよ』

その手紙が届いた後、ヌヴィレットから届けられた物は大量の飼育水であった。確かにかつて要塞内の水は貴重で特別許可券がなければ囚人がありつけないくらいであった。いくら管理者とはいえ、ペットの水換えに大量の水を使用するのは贅沢と言っても過言ではないだろう。だからとはいえ、水だけをこれほど別便で運んでくるとは思わなかった。流石に脱帽する。そして当然の事ながら、多分この飼育水は普通の水ではないのだろう。一部に、モルテ地区の水中に漂う透き通ったしずくである初露の源のようなものさえ浮んでいるように見える。白青の観賞魚のためのものだから試飲等はしないが、きっと細かな違いはヌヴィレットにしかわからないだろう。

「よーし、そこでじっとしててくれよ」

リオセスリは添えられた水替えの方法が記載されたメモを見ながら少しずつ準備を始める。
まず、いくら姿を見せてくれるようになったとはいえ、恐らく繊細な性格であるこの白青の観賞魚の移動が必要だ。なんとか水毎すくいあげて、別に用意した金魚鉢に一時的に避難させる。残された水槽にある飼育水も全て入れ替えてしまうと環境の変化が起きるので、先ずは三分の一だけ入れ替えだ。それを何度か繰り返して、白青の観賞魚が慣れるのを根気強く待ち、清掃と水替えを終えた。
浮遊植物である超小型なタイダルガも配置し直す。水中でも淡い光を放つ軟体動物ルエトワールも水槽のサイズに見合う小型サイズが用意され、かねてから水槽の表面に付着していたが、なかなか再度張り付いてくれなくて苦労した。

『なぜか、観賞魚が跳ねるようになった。蓋をしているから外に飛び出すことはないが、心配だ。何かストレスがあるのか?』
『その個体からすると、別段異常行動ではない。むしろ環境に慣れたと言っても良いだろう。だが、あまりに頻度が高いなら適度に刺激を与えるためにエアーポンプの設定を細かく変えてみると良い』

エアーポンプとは、飼育水に酸素を供給する装置である。メロピデ要塞内でも、こういった装置の作成依頼は届くのだが、ヌヴィレットが用意した装置は特注だった。そもそもがアルケープネウマが充電池として使用されており、リオセスリがアルケーウーシアを作用させて初めてきちんと動作するような設定となっていた。撹拌することにより水のよどみを防止し、消費量に見合った酸素を送り込むことができる。何度か設定を変えたら、やさしい水流となったらしく今度は水草が活発となった。水槽内の余分な栄養分(汚れ)の分解者としても活躍するから良い事だったのだろう。
一応水温計も設置されているが、要塞内は水中な為温度は常に一定である。水槽にヒーターなどを設置しなくて良いちょうどよい水温に保たれているらしく、水温の管理は何もしなくて良いから楽であった。

『最近の観賞魚は、俺が餌を与えようとすると水面に近寄り口をパクパクしながら、体をすりつけるようになった。食いつきも良いし、元気だ』
『そうか。君に懐いてくれたようで、安心した』

最初こそは繊細で姿さえろくに見せてくれず、非常に温和であった白青の観賞魚であったが、リオセスリが根気強く世話をしたおかげか、それともヌヴィレットのアドバイスが良かったのか、双方か。白青の観賞魚は、この環境を随分と気に入ってくれたような仕草を入れてくれるようになった。
リオセスリとていくらペット初心者とはいえヌヴィレットに尋ねているばかりというのも癪だったので、水の上に上がった時はなるべく観賞魚に関する関連本などを購入し読み込んだ。あまりに奥が深すぎる世界とも思ったが、個体差もあるようなのでヌヴィレットからの助言も交えて対応をした。
釣り餌も自前で調達して、時には自分で色々と制作してみたりしたが。やっぱりヌヴィレットが最初に提示した、夕暮れの実と小麦で作った果物餌が一番しっくりくるようだった。フレーク状が良いか粒状が良いかの判断は自分でできたから、それはまあ良しとしよう。

「お、今日はまた随分と良く動くな」

白青の観賞魚の視力が人間並みとは思えないが、それでも水槽の外でリオセスリが左右に軽く人差し指を動かせば、追随してくれるくらいには懐いていた。生き物なので油断が出来るわけではないがそれでも大分慣れたようで、正直楽しいしかなり嬉しい。
仕事中も、ふと視界に入る水槽は良い観賞品だ。また、循環しているからこそ聞こえるせせやかな水の音は、意識してかける音楽とも違う良いBGMでもある。たまにぱちゃんと跳ねる水音も心地良く、いつのまにかこの箱庭はリオセスリの大切な日常となった。
そうして、何よりヌヴィレットとやり取りをする白青の観賞魚の近況報告の為に溜まった手紙を、執務室の引き出しに専用の収納を用意して、休憩時間に読み返すようにもなっていた。






『正直、まだ観賞魚には詳しくないが……このサイズなら、群泳しているイメージがある。こいつはずっと一匹でも問題はないのか?』

いくらペットとはいえ、観賞魚という存在が人間のエゴの一部であることをリオセスリは理解している。このような閉じ込められた水中にいるよりは、フォンテーヌの大海で泳ぐのが自然だという事を。もちろんの事、何の庇護もない自然が一番だと思っているではない。必要な餌が見つけられない可能性は高いし、水温や環境も一定ではない。何より、他者からの捕食されたり怪我や病気になるリスクも高い。だからこそ、せめてどうなんだ?と思い投げかけた質問の一つだった。
そもそもが、最初にこの飼育水槽を見た時からこの小ささの白青の観賞魚には広すぎる空間だと思っていたのだ。

「リオセスリ公爵にお届け物です」

そうして……その答えとなるように、狛荷屋経由でヌヴィレットから贈られてきたのは、新たな観賞魚であった。
初めてその黒白の観賞魚を目にしたとき、色合いの違いだけでこんなに印象が違うのかと驚いた。よくよく見比べてみると、似ている部分も多いが細かい部分に差異があり。黒白の観賞魚は、白青の観賞魚に比べて身体の大きさが違うし尾ビレが立派であった。また、腹部の大きさなどにも相違があった。だが、全体的に纏う雰囲気は大体似ているので品種などは一緒なのであろう。相変わらず、黒白の方の観賞魚も手持ちの図鑑に合致するものが見受けられないが。

「よーし、そろそろ一緒に泳がせる、か」

最初の頃は同じ水槽に入れず、それこそ別の水槽越しで二匹を対面させていた。やはり視力は双方それほど悪くないらしく、姿を見るとさっと隠れたりするので認識はそれなりにしているのだろう。元々、白青の観賞魚は非常に慎重な性格の持ち主であったから、黒白の観賞魚は表に出てくるのが早かったが、なかなか心を開く様子は見受けられなかった。
リオセスリは二つの水槽をそれぞれ根気よく飼育し、なるべく餌のタイミングを合わせたりと二匹が仲良くなるように意図的に操作した。彼らもようやくそれが日常となり、双方が表に出ても特に問題がなさそうな様子を見せた。時間はかかったがようやく本来の目的に移れる。性格的に動かすのは、黒白の観賞魚の方が良いだろうと判断して、白青の観賞魚の水槽に透明な袋越しで移動させた。直ぐには、同じ水の中には入れない。あくまで、袋という隔たりは維持をする。それで臆病な性格でもある白青の観賞魚を慣れさすのだ。これにも、相当な時間をかけたが、最初を失敗しては元も子もない。ようやく白青の観賞魚が少し興味を持って、透明袋をつつく動作をしたので、長かった。ようやく水を合わせて、二匹を同じ水槽で無事に混泳させる事に成功したのだった。





◇ ◇ ◇




「今日も……手紙は来ない、か」

折角、黒白の観賞魚と白青の観賞魚は非常に仲が良くなったのに、リオセスリには少々懸念が発生していた。
ちょうど黒白の観賞魚が贈られて来たころからだろうか。手紙でのヌヴィレットの反応が悪くなったのだ。もちろん双方とも仕事上でのやり取りは別途行っている。ヌヴィレットの仕事の対応は、今も昔もこれからの未来もきっと一片の隙も無く完璧である。だからこそリオセスリもそうでありたいと、得意とは言い切れない書類仕事もヌヴィレットへ宛てるものに関しては入念な確認作業を経て送るようにしているのだ。相変わらず仕事に支障は一切きたしていない。だが、これは個人的な手紙のやり取りと言ってよい、主にリオセスリの観賞魚相談に関しては明らかに以前より熱量が落ちた返信内容と見受けられたのだ。もちろん、当初は何もわからずに質問攻めにしてしまったからこそ、回答も長文になったということはあるだろうが、それにしてもこの落差はヌヴィレットらしくないとも感じた。空元気を思わせる定型文に、返信の遅さ。どれもこれもが、この手紙のやり取りをあまり快く思っていないのだろうと判断した。だから、リオセスリも白青の観賞魚が水底で動かない事件が起きた時は、流石に助けを求める手紙を書いたが、必要ではない個人的な手紙のやり取りは止まってしまったのだった。

「……よし、行くか」

自分でも珍しい溜息だとは思ったが、久しぶりに水の上へ上がり、パレ・メルモニアへ踏み入れる前に流石に気を取り直す言葉を出した。
それほど頻度が高いわけではないが、仕事の打ち合わせなどの所用でヌヴィレットと直接対談する機会は決して多くはないが、あるにはある。それが今という事だ。完全に個人的な手紙のやり取りが潰えてから、こうやって水の上に上がるのは初めてなので、どうしても仕事で来たというのに、そのことがちらついてしまう。
受付をしてくれているセドナに約束している時間を伝えると、スケジュールを確認されて、そのままどうぞと入室を促される。

「ごきげんよう、リオセスリ殿」
「ヌヴィレットさん、久しぶりだな」

軽い挨拶からいつも通り仕事に入る。事前に打ち合わせ事項に関しての詳細は文書で提出済だ。双方、レジェメを片手に気になった点を議論していく。ヌヴィレットからもたらされる質問はある程度は想定内であり、向こうもそれを理解しつつ、再確認という形で進行していく。最終的に、いくつかの法案が引っかかることとなり、この場で調べるのは難しいため、後日改めて元となる審判例などを推挙することとなった。こういった打ち合わせは、直接会談しているからこそ、お互いの細かなリアクションに配慮しつつ進められるので、やはり有意義である。
トントンと、リオセスリが持参した補足資料に目を通したヌヴィレットが書類を整える音を出す。これが聞こえると、直接的な仕事の大体終わりの合図でもあった。

「さて、最近のメロピデ要塞について、逐一報告は受けている。特に問題はないようだが、念のため君の口から直接聞きたい」
「そうだな……」

最後にいつもメロピデ要塞の近況を確認される。名目上は、直接干渉できない立場とはいえ、この最高審判官は今やフォンテーヌの最高指導者でもある。いくら無法地帯の水の下とはいえ、把握はしておきたいだろう。
リオセスリはいつも通りの報告と、ついでに彼が目にかけているシグウィンの様子も交えて伝えることとなった。
ここまで終えて本当にヌヴィレットの必要対談は完了だ。その筈だった。だが、ふいに本来ならば必要ないセリフをリオセスリは最後に付け足してしまった。

「……ということで、水の下は相変わらずだ。あんたが心配になるようなことは、特には発生していない」
「そうか。皆、息災で何よりだ。君も含めて」
「あんたのおかげで良い事があったから、俺も随分と良い暮らしをさせて貰っているよ」
「私のおかげ……とは?」
「観賞魚だよ。水の下という変化の少ない日常に、随分と癒しを与えてくれている」
「そう……か。それは良かった。贈与した甲斐があった……」

あれほど小まめに手紙でやり取りしていたというのに、観賞魚の話題を出したら明らかにヌヴィレットのトーンが少し下がった。昔なら気が付かなかったかもしれないが、この人との付き合いも随分と年月を経過させた。仕事とプライベートの切り目くらいはわかる。

「そういえば、改めて聞いたことはなかったが。あの観賞魚は、グッピーの一種なのか?図鑑で見つけられなかったんだが、それとも何か別の種と交配しているのか?」
「それは……その」

珍しくとてもわかりやすくヌヴィレットは言い淀んだ。口元に手を添えて、どうしようかと悩んでいるようだ。少なくとも仕事で悩んでもここまで露骨に表情を変化させないからこそ、貴重な仕草ともいえる。

「あんたを困らせるために聞いたわけじゃない。無理に言わなくともいいさ」
「……いや、今の飼い主である君には知っておいてもらった方が良いだろう」
「ん?何か、あるのか」
「実は……あの観賞魚は、フォンテーヌの魚ではない」

リオセスリが最初に見た時から変わっているなと思ってはいたが、見た目はフォンテーヌの他の魚に近くあったので、まさかそれとかけ離れているとは思わなかった。少しの驚きで口を閉ざしていると、ヌヴィレットからもらたらされた続く言葉は、より驚愕なものであった。

「あれは、一応個体の生物ではあるが、私の眷属のようなものだ」
「眷属?あんたが純粋な人じゃないことは、なんとなく理解しているが、もしかして水元素で作られたものなのか?フリーナ様がショーで見せてくれるサロンのゲストのように」
「いや、彼女のメンバーはだいたい決まっているから、また別物だ」

確かにフリーナのサロンメンバーは、もっともっと水元素力が強い。未だ神とヌヴィレットを同列視して良いか難しい問題だが、そもそも人間には眷属なんて言葉が飛び出るわけがないのだから、ヌヴィレットはどちらかと言えばあちら側に近いと思った方が正しいであろう。
黒白の観賞魚と白青の観賞魚は確かに水中で生活をしているが、飛び跳ねたり水面に口をつけるなどの外気に接してもまるで平気そうにしている。リオセスリは今まで観賞魚どころかペットこそ飼育したことがなく、まあこういうものかと納得してしまっていたが、もしかして普通ではなかったのでは?と今更気が付く。そうして。

「平たく言えば、あの二匹の観賞魚は私の子どもみたいなものだと思ってくれて構わない」
「は、………子ども?……………ヌヴィレットさん、の?」
「ああ。元々、白青の観賞魚は数百年前に私が生み出して、私室で飼育していたものだ」
「そんな大層なもんを、あんたは俺にくれたのか?たかが、誕生日に」

次々と飛び出す衝撃の発言の数々に、リオセスリは驚きをどこまでも隠せなかった。確かに白青の観賞魚はヌヴィレットに似ているなと内心は思っていた。だが、それを露骨に意識するのは良くないと、心のどこかで警告をされてあまり深く考えないようにしていたのだ。それなのに、今当人から暴露されてしまい、少々を頭に混乱を期していた。

「君の誕生日だから、特別なものを贈りたいと思った。駄目だっただろうか?」
「いや、光栄だけどさ……というか、ちょっと訪ねて良いか。黒白の観賞魚も昔から飼っていたのか?」

ここでヌヴィレットは頭を軽く二度ほど横に振って、否定を示した。そうして、少しだけ寂しそうな顔をしたが、きちんとリオセスリに向き直って説明をする体制を整えたらしい。

「黒白の観賞魚は、君に白青の観賞魚を贈与した後に、生み出した子だ」
「その……眷属っていうのは、ぽんぽんと生み出せるものなのか?」
「いや、難しい。だから、君から白青の観賞魚を群泳させたいと手紙を貰った時に、少々悩みはした」
「だが、あんたは俺に二匹ともくれたんだな」
「元々……白青の観賞魚は数百年、ずっと一匹だったから私にはそのような発想がなかった。だが、黒白の観賞魚と一緒になって仲良くしていると君の手紙で知って、そういった選択肢もあることに驚いたんだ」

これでようやくヌヴィレットがなぜ手紙の返信が遅れたり内容が平坦になったり態度が変わったのか、理解した。そんな複雑な経緯があると知っていたら、そもそもペットなど求めはしなかったのに。確かにヌヴィレットのおかげで、リオセスリは多大なペットという癒しは手に入れた。だが、それを手放し失ってしまったのはヌヴィレットの方だったのだ。

「この話をしたのは、君にあの二匹を返して欲しいと要望する為ではない」
「まあ、あんたならそう言うだろうなと思ってた」
「どういうことだ?」
「黒白の観賞魚を俺に送った後、あんた明らかに態度が変わっただろ?だから、返却も選択肢の一つだったさ。だが、別のものをあんたに渡す選択肢が出来たから、今日ここに来たっていうのもある」

ようやく満を持して、これを言えるとリオセスリはすっきりした。もちろん仕事が最優先ではあるが、個人的な手紙が潰えていた期間に本来ならば報告しなければいけない事項があった。だから今、今日この場でヌヴィレットに伝えなくてはいけないことがある。

「あの二匹の間に、子どもが生まれた。あんたからすれば、孫ってことになるかな?」
「なっ、……子ども…………?」
「ああ。あんた、あの二匹の性別きちんと把握してたか?恐らく、黒白の観賞魚は雄で白青の観賞魚は雌だ。仲の良い二匹を同じ水槽に入れれば、自ずとこうなる」

リオセスリだってペットを飼うのは初めてで、まさか子が生まれるとは思っていなかったのだ。元々、白青の観賞魚の方が僅かに腹がふくよかだったので、気が付かなかったが。明らかにこれは……と思い、とりあえず見た目が似ていると思ったグッピー関係の生態に関する本を取り寄せて色々と調べた結果、案の定妊娠と確定した。
そうして出産がしやすいように今まで以上に水質や餌に気を付けて飼育した結果、無事に子どもは生まれた。話を聞くに初産だったので10匹程度だが、今はあの広すぎる水槽に12匹もの観賞魚が降り、リオセスリの望んだとおり、ようやく2匹では成し得なかった群泳が実現したのだった。

「そうか。想定していなかった事だが、新たな可能性を知り得て、とても嬉しく感じる」
「俺は、あんたに孫たちを渡そうと思っていたんだが……しばらくは群泳を眺めて居たい気もする」
「二匹は私の眷属とはいえ、君に贈与したものだ。その子どもたちをどうするか決めるのも君だ」
「だがあんた、もうすぐ誕生日だろ?俺は、随分と大層なものを頂いたらしい。だから、それに見合うものを俺は渡す必要がある」
「私は、見返りを求めるために君に、眷属をプレゼントしたわけではないが……」

本当の意味では、それこそヌヴィレットの子どもでもある眷属に相応しいくらいものなんて、存在しえない。本来は、二匹の間に生まれたたくさんの孫たちを渡そうとも思ったが、それさえも釣り合わない気がする。
フォンテーヌの水の下ならば何でも掌握できるリオセスリがヌヴィレットに渡すことの出来る一番を考えると、やはり一つしか思いつかなかった。

「ヌヴィレットさん、あんた今何のペットも飼ってないんだろ。新たにペットを飼う気はないかい?」
「確かに、眷属は君に贈与したから、飼育しているものは特にないが」

リオセスリの質問の意図を測りかねているようで、明らかに不思議そうな顔をした。
そもそもの発端は、誕生日とペットなのだから原点に戻るのが一番だとリオセスリは判断したのだった。



「ちょっくら大きい、犬を飼うつもりはないか?」
「……それは、首輪や手錠を付けてきちんと飼育できる犬だろうか?」
「いいや、あんたの手をきっと噛んでしまうだろう、大型犬だ。こいつを俺は是非ともオススメしたい。なんといっても、あんたの事をひどく気に入ってるからな」
「…………ワン、と吠えるなら。私の私室に案内しても良い」
「ああ、ちょっと聞いてみるさ。吠えてくれるか、どうか……」



――――― ワンッ






















君 が ペ ッ ト