attention!
未完なので突然終わります。










「今回は、俺の勝ちだね」

確実な決定打を撃ち込んだ瞬間、タルタリヤはそう宣言する。
対するディルックの胸部を容赦なく貫いたのは、タルタリヤの双剣であった。深く突き刺した武器をずるりと引き抜くと、ディルックの身体は脆くもその場に倒れ落ちた。

この場に到るまでの経緯は、一週間ほど前まで遡る―――



◇ ◇ ◇



「はじめまして」

始まりのあいさつと共にタルタリヤがディルックに差し出した手は、無視を決め込まれ次いで払い除けられた。二人は紛れもなく初対面であるが、これも仕方のない事だった。
事の始まりは、タルタリヤが旅人に秘境へ誘われたことから始まる。戦いを追い求める者にとって、不思議な旅人と同行をすることは非常に刺激されることが多くあった。周囲から旅人と呼ばれる事が納得するかのように、一つの国だけではなく様々な地に足を運んでいることもあり、なかなかに興味深い場所を知り得ていたりと独特な友人関係を築いていた。タルタリヤとしても仕事で方々の地に赴任することはあれども、自由という観点においては旅人の比ではない。だから、同行の声がかかるのであれば、可能な限り足を運ぶことに異存はなかった。

「あ、そういえば。タルタリヤとディルックさんは会うのは、初めてかな?」

珍しい秘境を発見したからと誘われた先に居たのは、表向きはアカツキワイナリーのオーナーとしての地位を得ているディルック・ラグヴィンドであった。これには双方、まさかのエンカウトをしたにも近い。
二人の立場的因縁を、旅人は知らないようであった。タルタリヤとディルックが本当に偶然二人きりで邂逅していたならば、話は別であるが。二人にとっても多少恩がある旅人が居る手前、タルタリヤとしても表面上は繕ったものの、先ほどのような対応をされた。ディルックは、「ちっ、仕方ない」と旅人には聞こえない音量で言いつつも舌打ちを隠さず、ずっと不機嫌そうな顔をしていた。
そんな嫌々な最中で入った秘境は、確かに異質であった。その一番の問題は、同時に入った筈の旅人の姿が見えなかった事だ。

「ちょっと、君…一人で先行しすぎじゃない?」
「早く済ませたいからな。そういえば、旅人はどうした」
「君が早く行き過ぎたせいで、はぐれたんじゃないかな?こっちに一緒に入ってきた様子は見受けられなかったよ」
「………仕方ない、一度出るか」

ディルックは、さっさと秘境をクリアしてタルタリヤと別れたいという様子をありありと示していたので、気が逸るのも仕方ないが、肝心要の旅人の姿がない。そういえば、行きがけに旅人がこの秘境について何か言っていた気もするが、あまりにも早くディルックが扉を開き入口に向かってしまったので、タルタリヤとしても足早に後を追う形になってしまったのだ。
秘境を出るには、外に繋がる出口を探す必要がある。大抵は、敵意剥き出しの迫りくる輩を倒すという形式めいた強要があった。今回の秘境は入り組んだ迷路タイプではなく、ごくシンプル。開放的な空間に、上がり下がりをする階段がいくつかの一直線。中央に、石造りの敷き詰められた床が存在し、そこだけが少し広い空間となっている。出口と思われる生命の樹を模したオブジェクトも、奥に見受けられる。あまりにも見慣れた光景だ。
とりあえずいつものように部屋の中央に鎮座した、宙に浮かぶ赤い鍵へディルックが起動を促したのだが………

「何も…起こらない?」
「そう、だね。おかしいな… しかも、何か大きい砂時計みたいなものが出現したけど」

即座に現れる敵の群れたちという筈の、動きは皆無であった。もちろん浮かび上がっていた赤い鍵は喪失しているので、起動に失敗した様子は見受けられない。敵の代わりに現れたのは、人間ほどの高さもある大きな砂時計であった。巨大な砂時計は最初からひっくり返されているようで、本来ならば重力の関係で全て下に落ちている筈の砂は一粒も落下している様子は見受けられず、そのまま上の球体で止まったままだった。奇怪としか思えない。
しばらく首を傾げていると、煌々と輝く砂時計からテイワット共通語が示された。



地脈異常 『タルディルにならないと出られない秘境』



「なんだ…これは。聞きなれない単語だが…」
「えっ、嘘…だろ」
「?君には、この言葉の意味がわかるのか?」

怪訝な顔をして、その地脈異常の文字を必死に読み取ろうとするディルックの横で、タルタリヤは苦笑するしかなかった。こういうことは考えても意味があるように思えない。

「あー。えーと………」
「知っているのなら、はっきりと言え」
「…恐らくの予想なんだけど、この単語って俺と君の名前の略称が並んでいるだろ?」
「それがどうしたっていうんだ」
「だから、俺と君が近しい存在になる事が秘境を出る条件って事だと思う」
「意味が全くわからない…具体的にはどういう事だ?」
「具体的にはわからないけど、とりあえず恋愛関係になるくらいの意味合いはあると思うよ」
「は?」

その意味を理解しようと思っても範疇にまるでなかった事項を簡単に取り出すのは、人間には不可能だ。じわじわとタルタリヤの言葉を認識していった様子のディルックは、文字通り暴れる事となった――――無言で。
この後は、まる一日。二人は秘境の暴力的な破壊行動を目論むこととなる。
鍵を起動した瞬間から、秘境独特のシールドのような空間に包み込まれた為、二人はこの部屋から出る事は一切できなくなってしまった。宙の高い天井・見た目に反する強固な壁・特殊な材質にも思える無機質な床…そして問題の砂時計しか存在しない空間で、時には武器を使用し、時には元素で攻撃をする。各々が元素を使えば、水たまりや火柱のせいで勝手に蒸発反応が発生し、至る所で蒸気が見受けられたが各々傷つかずびくともしない。その他、ありとあらゆる方法を使い躍起になり脱出を試みたが、全てが無為に終わる。最初の一日目は、それで終了した。そのまま二日間、それは続く。

「困ったな、これは」
「…君は、この状況に心当たりはないか?」
「この秘境は、恐らく俺と君を狙い撃ちしたみたいだから、企んだ者は俺たち二人ともの共通の敵かな」
「そうなると…僕の方にも心当たりがありすぎるな」
「俺もだよ。他人から恨みを買うなんていつものこと過ぎて、逆に絞り切れない」

お互いに心当たりがありすぎる、脛に疵を持ちすぎだ。近年を考慮したとしても、両方の指では足りない程であった。共通の敵に嵌められて、色々と手の込んだ嫌がらせを受けている次第。大方の検討はつくものの、犯人が判明したとしてもそれがこの秘境を出る条件ではなさそうだし、今のところの意味は成し得なかった。
いつもならある程度の時間が経過すると強制排出される秘境な筈が、そんなカウントは永遠に始まりそうになかた。また不思議な事に、ここにきても一切喉も乾かないし空腹を感じることもなく、眠気や他の生得的行動は一切生じることがなかった。五感はしっかりしているのに、時間感覚がどこまでも薄いのが唯一の問題か。

「君は、よく平気で居られるな」
「んー。昔似たような状況になった事があるし」
「他の誰かとも経験があるのか?」
「まさか。似た系統というか深淵に落ちた事があるから、それよりは環境が良いと思うよ。何より、一人じゃないしね」
「そうか、僕は最悪だ」

この会話を最後に、ディルックは自暴自棄になり、絡まれた。タルタリヤにとっても、折角の相手である。戦いは望むところだ。続く言葉より先に、二人は武器を交える事となる。戦闘は、確かにストレス発散にもなった。三日間のまるで成果のない破壊活動に、さすがに嫌気が指していたともいえる。下手な小細工なしの単純な戦いをするにはこの場所は、最適な場所であることに違いはないし、何より現状を考えるより目の前の相手に何よりも集中することが出来るのだから。
いざ戦闘をすると、通常の秘境とは相違点がいくつかあった、一つ目はタルタリヤの邪眼がまるで使えない事。これは部屋の破壊活動中もそうではあったが、本気を出した状態でも光り輝くことがなかったので、やはり何らかの外部的な要因のせいで使用不可ということだろう。ただ邪眼を使ったとしてもこの場を破壊できるとはあまり思えないほどの特殊性はあった。二つ目に、この場で負った傷はしばらくすると瞬く間に治るという事だった。非常に強力な治癒効果が常時発動しているようなものだ。痛覚を促す痛みもちろんあるので、まるで生ける屍になったような感覚さえあった。
無論、戦いなどをしていても秘境から解放されるというわけではないが、二人は躊躇なく全力で三日三晩戦い続けた。その勝敗に関しては正確には覚えていない程で、ようやく冒頭に戻る。
どうみても致命傷な傷を負ったディルックだったが、瞬く間に傷は塞がり顔色も戻り、何もなかったかのように立ち上がる。

「まだ、やるかい?」
「………仕方ない。一先ず現状確認をする」
「何度見ても、変わらないと思うけどね」

地脈異常 『タルディルにならないと出られない秘境』という謎表記は、二人が秘境へ工作活動している時も乱闘を繰り広げている時も、永遠と光っていた。それこそ、恨めしい程に。
一旦休戦発言を受けて、二人は改めて秘境に向き直る。実は、何とも曖昧な脱出表現ではあったが、実は砂時計の出現と同時にもたらされたヒントがあった。恐らく表題に沿う形となったリストの一覧が、砂時計の隣にボードとして張られたのだ。その一例は以下のようなものだった。

1 ポイント 上着を相手の肩にかける
3 ポイント 相手のブーツを脱がす
3 ポイント 涙を流して見せる
3 ポイント ツーショット写真を撮る
5 ポイント 傷を見せ合う
5 ポイント ベットに押し倒す
10ポイント 膝枕をする
10ポイント 抱擁を交わす
10ポイント 横抱きをする
10ポイント 脚を絡める
15ポイント 相手の瞼の上か頬に口づけをする
20ポイント 唇に軽い口づけをする
30ポイント 口移しで水を飲ませる
etc... 取り上げたのはあくまでほんの一部ではあるが、いわゆる恋愛関係である者同士が行うスキンシップがずらずらと並んでいる。そうして横には、ご丁寧にポイントの記載がある。下に記載してあるポイントの方が高得点となっているので、もちろん性行為関係が満載である。おかげでディルックはげんなりして、リストの下の方をあまり見ようとしない。当然だ。これがあったせいでディルックは戦いという現実逃避に走ったと言っても過言ではなかった。残念ながら何度見ても目の前の現実は変わっていない。とうとうこれに向き合うしかなかった。

「まさかの…ポイント制とはね」
「馬鹿馬鹿しい…」
「えーと、一番高得点なのは、これか」

『∞ポイント タルディルになる』………一番下にある一際輝くその記載を見つけて、さすがのタルタリヤも見えない空を仰いだ。意味がわからないが、理解しようとしたらきっと負けなのである。嫌々ながらもディルックも一応、リストに一通り目を通したようではあったが、所々首を傾げている。

「君は、リストに書いてある内容は大体わかるのか?」
「まあ一番下の奴以外は大体ね」
「じゃあ、これはどういった行為をするものかわかるか?食に関するモノのようだが」

ディルックが指さしたリストは、下に記載されている方の箇所であった。寄りにもよって、なぜそのエグいのに疑問を持ってしまったのか。明らかにヤバい単語の説明を求められ、タルタリヤはここ一番に頭を悩ませた。う〜んとあからさまに悩む表情を一つ入れてから答える事となる。

「一応わかるけど、君は知らない方が幸せ…かな?」
「人を小馬鹿にする言い方をするな。知っているなら、説明をする義務がこの場に居る君にはある」
「大丈夫。人間が生きる上で必要のない言葉だから」
「とにかく、必要か必要ではないか判断するのは僕だ。もったいぶらないで、早く説明しろ」

確かに、他のに比べてめちゃくちゃ高得点だし食に関する事ならもしかしたらとディルックは思ったのかもしれない。だが、世の中にはとんでもない性癖が存在することを、思い知らさせなくてはいけない。変に隠そうとするから良くない部分もあるのかもしれない。いや、そういう問題ではないレベルだが。
意を決したタルタリヤは、軽く咳払いしてから、その性行為単語に関して努めて冷静に説明する事となった。

「これは、食べ物にね………………」

短く切って取ったタルタリヤの説明を受けた後、ディルックは完全に無言となった。そうして、こちらの人間の尊厳を疑うような軽蔑の眼差し。不快を一切隠さず、ゴミを見るような目を向けられた。明らかにドン引きしてる。頭が痛い。

「だから、説明するのが嫌だったんだよ」
「…じゃあなんで君は知ってるんだ?」
「仕事で必要だから得た知識なだけだよ」
「やはりファデュイは、ろくでもない組織だと再確認出来た」
「いや、それ本当に偏見だから。君こそ、まさか潔癖症じゃないよね?」
「勝手に決めつけるな」
「そっちこそ、俺を決めつけないでくれる?別にやったこととかないから、知識として持っているだけで」
「…とりあえず、見当もつかないのが多いが。このリストの高ポイントはくだらなく理解し難いものが揃っているということだな」

確かに、大なり小なり近いものがあった。もはやこれらの単語は、口に出すのもおぞましいという扱いをディルックはすると決め込んだらしく、もう二度と視界に入れる事はなかった。それで終わってしまった。しかしタルタリヤとしては、そのまま止まってしまっても困るのだ。だから提案の言葉をかける事となる。

「さて、じゃあ。どうする?」
「何がだ」
「試してみない?とりあえず」
「まさかこの頭のおかしいリストに記載があるものを、やれと言うのか?」
「このまま棒立ちしているよりは、建設的だと思うけどな」

この秘境の仕組みを若干ではあるが理解はした。そのうえでのこれからの行動だ。また、無為に秘境の木っ端みじんを狙うなり、戦うなりと同じ選択肢を繰り返すだけの馬鹿な人間ではないという事は知り得ている。あとは決断をするだけだった。

「………妙な仕草をしたら、容赦するつもりはない」
「まあ、とりあえずお試しということで」

光明を得たとまではいかないが何とかディルックの了承を得たので、とりあえず1ポイント表記ではあるが一番手軽そうなものを選んでタルタリヤは実行することにした。
立ち尽くすディルックへと向かう。多少の警戒は仕方のないものだが、しかめっ面で迎えられる。そうして、ぽんっとそれこそ友達同士でやる仕草程度に軽く、タルタリヤはディルックの左肩に手を置いてみることとなった。

「どうかな?」
「これで、何か起きるとはとても思えないが…」

あまり期待しないディルックの言葉が秘境内に響いた瞬間だった。
『ピンポン♪』という正解音と共に、リストに記載されていた『1ポイント 相手の肩に手を置く』の表記が、薄っすらと消えていった。同時に、今まで頑なに沈黙を守っていた砂時計が揺らめき、なんと砂が下の球体に落ちたのである。ほんの少しではあったが。

「あー、なるほど。こういう仕組みってことね」
「もしかして、この砂が全部下に落ちたら秘境から出れるのか?」
「その為の、ポイント制なのかもね」

もう一度試しにタルタリヤは、一度ディルックの肩から手を離して、再び置いてみた。しかし空から落ちてきたのは『ブッ、ブー!』という不正解音である。ではタルタリヤではなく、今度はディルックがやってみたらどうだと促してみると、嫌々そうな顔をしながらディルックはこちらの左肩に手を置いたが。もたらされたのは『ブッ、ブー!』という不正解音である。現実は無情である。

「どういうことだ?」
「うーん。一度リストから消えた行為は、再度やっても別の人間がやっても新たなポイントにはならないみたいだね」
「ちっ、使えないな」
「楽をさせてくれるつもりはないみたいだね」
「この秘境を作った奴の性格の悪さが滲み出ているな」
「その顔を見てみるには、この秘境から出るしかないってことか」
「本当にろくでもない」

悪態をつきながらも、とりあえず仕組みを理解することは出来た。全く嬉しくない方向性とはいえ。そうして二人は再び思考を巡らせる事となる。妙な間で対峙をすることになるのだ。

「さて。確かに俺と君は…敵対しているけど、今はここを出る為に一先ず協力をしない?」
「賛同し難いな、このくだらないリストを見る限り」
「俺だってそう思ってるさ。だから、ルールを決めよう」

仕方なくタルタリヤは提言から始めた。このお堅そうなディルック相手に無策では、進展の余地が皆無である。少しでもハードルを下げて貰うしかない。それに、秘境の砂時計とリストの仕組みだって一定のルールがあるのだ。自分たちだって、それを設定するのは当然の事と思えた。

「どんな?」
「まず、予めリストの中で、行う項目は相手にわかるように伝える」
「当然だな」
「そして、生理的に無理ってところはお互いにあると思うから。ダメな場合は拒否をしても良い」
「わかった、それなら……… だが、あくまで外に出るための協力関係だ」
「はいはい。こんな秘境を作った相手に復讐する為に、だね」

その意見だけは合致した。リストの中にはとてつもなくあられもないものがあるが、それをディルックが選ぶとは微塵も思えない。何とか上手く誘導しなくてはならない事を考えるとタルタリヤも多少はこの先の遠さを感じる部分もあった。どう考えても難儀な性格をしているから、これは骨が折れそうである。前途多難を感じつつも、タルタリヤとてもちろん外に出たいという願望はあるわけで、躍起にならなくてはいけなかった。
仕方なく、二人は揃って半分嫌々ながらも問題のリストに改めて向き直る事となる。ディルックなど露骨にため息交じりだ。

「どれもこれも無理なものばかりだな」
「そう?俺は別に割り切れば大丈夫なの多いけど。ポイントの低いものは特に」
「正気とは思えないな。本当に何でも問題ないのか?」
「そうだな…これとかはちょっと、君にやってもらうのは不安かな」

『3 ポイント 相手の肩たたきをする』及び『5 ポイント 相手の肩を揉む』をタルタリヤは連続で指さして示した。ついでに小首をかしげて、自身の肩をすくませて見せる。

「君は肩が弱点なのか?先ほど、手を置いた時は別にそんな素振りは見せなかったが」
「いや、俺に弱点とかないけど。君って肩たたきとか他人にするタイプに見えないから。力加減わからなくて肩砕かれそうだし、あともみ返しとか怖い。下手な戦闘の傷より跡を引きずりそう」
「随分散々な言い分だな」
「じゃあ、最近肩たたきしたのいつ?」
「………そもそも子供の頃しかしないだろ、そんな事」

文句をいいつつもしばしの間の後、やや重い口をディルックは開いた。記憶を探るのに若干を時間を費やしていたので、本当にうっすらとした昔の話なのだろう。律儀にその時期を答える姿だけは誠実に浮かぶが、結果は散々に聞こえる。

「ほらね。やっぱり危険だ」
「そういう君こそ、まるで経験がある口ぶりだな」
「俺には姉や…妹弟がいるからね。実家に帰った時はしてあげることもあるし、されることもある」
「いくら君に肩たたきの経験が豊富でも、僕だってやって貰いたいとは思わない」
「まあ、そこはお互い様ということで」

あとこの『10ポイント 相手に耳かきをする』というのもディルック相手だと危険しか感じない。どうみても、他人に献身的に尽くすタイプには思えないので経験を感じない。こういった特定の行動は経験の有無が露骨に出る。もしやってもらったとしても、ポイントを得る以上に失うものも多そうだ。これ以上、言うとまた文句が飛んできそうだからとタルタリヤは口を噤んだ。自分がやりたくないものはそもそも選ばなければ良いだけだ。ディルックもきっとそうするだろう。沈黙がきっと一番の正解だ。
まあ本当にどうしようもないなら選ぶのは構わないが、あくまで双方が同意の上で行わなければ、強引に推し進めたとしてもどうせ不正解音だ。そういう秘境なんだろう。こんな脱出条件なのだから。

「で、君が無理だと思うのはどれ?あーもちろん低ポイントの中でね」
「どれ一つとってもやりたくないが…このあたりさえも無理だな」

ディルックが指示した先にあったのは『1ポイント 相手の前で目を瞑る』と『3ポイント 手で相手の視界を遮る』の二つであった。両方共に、視認に関わる事柄であった。

「もしかして、俺を視認できないの不安なの?怖いとか?」
「違う。君は、僕にとって監視すべき対象だからな。少なくとも五感の一つを明け渡したくないだけだ」
「なるほどね、それは前途多難だ。俺はまだ君よりは許容範囲が広そうだから、そうだな…とりあえず、君が出来そうなものからやってみようか」

ディルックの基準ではその程度さえアウトとなると、かなり出来る項目は少なく感じる。
別に交互にやると決めたわけでもなかったが、先行を潔くディルック譲る言葉を出した。どうやら一応考えてくれていたらしく、真っ先にタルタリヤに近寄ったディルックはリストに記載された項目を着実にこなした。
『ピンポン♪』という正解音と共に、リストに記載されていた『1ポイント 相手の胸倉をつかむ』の表記が、薄っすらと消えていった。

「凄いな、これでもポイントが貰えるんだ」
「やはり基準はよくわからないが、僕にとって好都合なのはこれくらいだな」
「ええと。それで、いつ離してくれるのかな?襟元の布が伸びてる気がするけど?」
「服が多少破損しても、どうせしばらくすれば元通りになるだろ。この秘境は」

暑さも寒さも感じないこの秘境だが、いくら激しい戦闘を繰り広げてタルタリヤのコサックのマントに炎元素が燃え移ろうとも、ディルックのブーツパーツに漬かるほど足元を悪くしても、しばらく経つと身に着けている衣装は元通りに修復される。身体の治癒能力もそうだが、まるでこの場に入った時のコンディションなどが全て記憶されて、巻き戻っているかのような感覚であった。おかげで体力底なしな事もあって、三日三晩戦い続けていたのだが。

「そうだね。ああ、折角だからついでに俺の鎖骨を触って見る?追加で5ポイント入るよ」
「今の僕がそんな事をしたら、君の鎖骨を折る自信があるが?」
「別に、試してみてもいいよ?」

そこまで挑発したら、ようやくディルックはタルタリヤの胸倉を粗雑に離した。やろうと思えば片手で持ちあげることも出来たかもしれないが、きっと着衣の方が先に悲鳴を上げていただろう。そうして、伸びた襟元から鎖骨を押すように詰め寄った、が。しかしながらも、想定していた音は響かず『ブッ、ブー!』という不正解音が落ちて来る。

「なぜだ?」
「もしかして、なぞらないといけないのかな」

確かめるように近寄って試しにタルタリヤはディルックの鎖骨に手を押しあてた。元から胸元に一切の隙がない着衣だ。当然のように何も起きない。ディルックも自分が相手にやったことをやりかえされているだけのようなものであるから、仕方なくそれを受け入れているというていである。それなのに背後で『ブッ、ブー!』というお決まりの音が鳴るので、余計に気難しい表情をディルックは見せる。

「このふざけた秘境は、マトモに判定さえ出来ないのか?」
「いや、違うな。多分これは…」

ディルックのタイの結び目辺りで軽く虚ろっていたタルタリヤの指先が、すっと分厚い服の上を軽くなぞるようにそのまま下に落ちる。ぶらんと落ちた手は、そのまま殆ど身長差がないため、双方ともにだらんとした手の甲がぶつかり合う事となった。

「勝手に触れるな。何かするなら、予め伝えるのがルールじゃなかったのか?」
「そうじゃなくて。恐らくだけど、リストにある接触系のものは多分直接触れないと駄目だと思うんだ」
「直接?」
「素肌でっていう方がわかりやすいかな」

促すようにタルタリヤは、互いの手の甲をトントンと合図を送るように示した。武器を扱う関係で、二人共に手袋を装着している。タルタリヤは弓使いなので多少簡略した物を装備しているが、炎元素の両手剣使いのディルックは一切の隙の無い分厚い手袋であった。

「一応、相手の手袋を外すっていうのもポイントになるみたいだけど。互いにやる?」
「結構だ」

低ポイントとはいえ貴重な脱出に到るポイント獲得を無下に断った代償か、僅かに一考した後ディルックは袖に一旦手をやった。一応、双方停戦はしている。ギリギリの許容範囲を見定めたディルックは、タルタリヤが呆気なく手袋を外す様子に追随するように自身の手袋を外した。
隙のない服装の一つが露わになる事に、少しだけタルタリヤは横目を入れた。戦闘での被弾は確かに何度もあったので、別にディルックの肌の一部を視界に入れるのは初めてではない。だが、それはあくまで不可抗力の一部だった。それが、本人が進んではいないものの自らとなると、こうも違うのかと。

これは始まりの一つなのかもしれないが、前途多難が少しずつ?がれていく様子でもあった。













タ ル デ ィ ル に な ら な い と 出 ら れ な い 秘 境 ( 未 完 )