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「Обмен кольцами снова」 A5/P94/R18/700円

未来捏造。倒れて目を覚ましたディルックは、自分が数年間の記憶を失っていると周囲から告げられる。
そんな中、かつて敵だった筈のタルタリヤと共同事業を営んでいたようで、失った記憶を補完する為に仕方なく共に仕事をすることに。
やがてディルックは記憶を失った理由と、自らの薬指にはめられている指輪の真実に迫る………

前の本でタルディルに金融業と不動産業をさせたので、今回は製造業にしてみました。地味に、工場視察とか共同作業してます。
全部で約85,000文字程度。成人向け部分は全体の1/3くらいありますが、あまり甘くはないです。









それは…決して逃れることの出来ない戦火の感触だった。嫌でも鼻腔に纏わりつく、死の臭い。そして、自らから発せられたものだけではない暗き黒炎。瞼の裏側に焼き付いて離れない筈の光景に、一筋の滴りが訪れる。
「この指輪を君に…」
「………今後どんな償いをしようとも、僕は絶対に君を許す事はない」
「わかってるよ」
「それでも、僕は君を…」
 余りにも鮮明な出来事なのに、ディルックにはその相手が誰なのか、わからなかった。眩い情景は、どこまでも霞んで相手の姿かたちどころか声の響き一つさえ判別が出来ない。

 知らない相手に、差し出された指輪をなぜ―――



◇ ◇ ◇



 それが、混濁から逃れる朝だとディルックは頭では理解をした。だが、率直な目覚めからは程遠い心身の拒否感。それでも根底から覚醒を促すと、ようやく何度かの瞬きの後に瞼がゆっくりと開かれた。
 頭痛や気怠さと反比例するかのように、見慣れた天井が視界に入る。そこは、意外にもいつものようにアカツキワイナリーの自室であった。不鮮明な意識が続いているせいか、当たり前の筈の私室にも違和感がある程だった。多少ゆっくりと起き上がるように努めるが、平素とは違いまだどこか曖昧な部分があった。それでもそのままで居る事は不快を覚え、とりあえずルーティーンをこなそうとする。大きく切り取られた上げ下げ窓に視線をやり、日課でもある目下に広がる葡萄畑の生育を相対的に確認しようとした最中であった。
「…まあ、ディルック様。お目覚めになられたのですね」
「アデリンか」
「今のお加減はいかがですか。どこか、気分の悪いところはありませんか?」
「いや、体調は悪くないと思うが… なぜ、そんな事を突然聞いて来る?」
「ディルック様はお倒れになって、今まで数日お眠りになっていたのですから、当然の事です」
「僕が、倒れた?」
 多少淀みがあるもののアデリンが伝えてきたことに、ディルックは見当が付かなくあった。平素、仕事に忙しくしている事はある自覚は認識しているものの、元から倒れるような柔な身体はしておらず、必要最低限の睡眠は取るようにしていた筈だ。それが、アデリンが言うように本当に惰眠をむさぼっていたとしたら、この奇異な身体の怠さだけは原因として取れる程度だった。
「もしかして、覚えていらっしゃらないのですか?」
「いや、全く」
「お眠りが長かったので、まだ少し混乱しているのかもしれませんね」
 コン コン コン
 会話の隙間に割り入った部屋のノックに対して、はいと素早く対応に向かったのはアデリンだった。手早く扉向かい対応をしている様子を、どこか遠くの景色のようにディルックは視界に入れる事となる。幾つかの会話のやり取りの後、程なくすると、アデリンに促されるように入室してきた一人の男が居た。恐らく自らと同年代、明るい髪色と反比例するような深い瞳を持つ、その男は当然のようにディルックに軽く話しかけてきた。
「目が覚めたようで、良かった。具合はどう?」
「………君は、医者か何かか? とてもそうには見えないが」
 まるで親しい友達に話しかけるかのような距離感で近づかれて、ディルックは怪訝を隠さずに言葉を返す。本当に倒れたというのが事実ならば、アデリンが医者の一人でも呼ぶのはやぶさかではないが、この人物の身なりからしてもそのような風貌は一切感じなかった。それなのに、あまりにもこの男は懇意であったので違和感しかなかった。
「まさか、ディルック様… この方の事を、おわかりにならないのですか?」
「モンド人なら、大抵覚えがあるつもりだが。君はモンド人ではないな? 初見の筈だが」
「………そうだね。俺は確かにスネージナヤ人だ。ここでは、タルタリヤという名で通っている」
「その名前、ファデュイの執行官だな? なぜ、ここにいる」
「それは…」
 少し困った顔をしたタルタリヤと名乗った青年が返答するより先に、慌てたアデリンが別室で待機していたと思われるラグヴィンド家御用達の医者を駆け足と共に呼んできた。結局、ディルックへの返答はなされず。一先ずやってきた医者に軽くこの状況を説明したタルタリヤは、起きたばかりであまり刺激させない方がいいからとこの場は専門家に任せようと言い、アデリンと共に足早に退室をしたのだった。
 ―――医者の診察には、かなりの時間を費やした。何しろディルックとしては少々眠りが長かったからこその怠さ以外に身体的違和感はなかったのに、主に確認されたのは健忘のほうだったからだ。この、ラグヴィンド家御用達の医者いわく自分は、部分健忘の可能性があるとの事だった。特定期間の記憶の欠落。そう簡単に信じる事は出来なかったが、確認の為に腹心でもあるエルザーなどを呼んで話を付け合わせしても同様の有様だった。皆が口を揃えるのだ。これだけ信頼している大勢がディルックに嘘をつくメリットはない。やはり記憶の欠如が見られるのは自分だけという再認識。その事実が明らかになった瞬間、周囲は騒然となったが仕方ない。それが心因性・外傷性・薬剤性・症候性・認知症のどれに当たるのか、今のところ見当がつかないとの事だった。とりあえず、まだ記憶が混乱しているだけで直ぐに元通りになる可能性もあるらしく、経過観察という結論に至った。
 カレンダーの具体的な日付より、テイワット情勢を確認する方がわかりやすい。ディルックの中の認識では、稲妻の鎖国が解除されたというのが最新の記憶であった。しかしながら、それから数年が経過しており、あの栄誉騎士でもある旅人がテイワットを巡り長年あった七国の問題を解決した未来であるというのが、この場の皆の共通認識であった。問題だらけだった七国間の情勢が安定したことは大変喜ばしい事ではあると思う…が、一番の問題であったスネージナヤ。あの国とまで有益な国交を開いている事だけは、簡単に信じられなくもあった。
 だからこそエルザーが退室する際に、タルタリヤと名乗ったあの男を呼ぶようにと託けたのだった。しばらくするとノックをした後に、呼びつけた男が淀みなく入室してきた。
「もう起き上がって大丈夫なの?」
「別に僕は病人じゃないからな。いつまでも寝ているわけにはいかない」
「起きて突然動くなんて無理をする。普通なら、数日昏迷していてもおかしくないはずなのに」
「睡眠に、無為に時間を費やすのは無駄なことだ」
 既にディルックはその間に身支度を整えてベッドを離れ、エルザーから提供されたここ近年のアカツキワイナリー収支報告書を確認していた。連なる書類確認しても現状を把握する現実が目の前にあっても、まだ全てを落とし込めはしない。一旦、書類をトントンと整えてから手元から離す。
「てっきり、俺は避けられるものとばかり思っていたんだけど、呼んでくれて嬉しいよ。もしかして何か思い出した?」
「君の事など、何も知らない。だからこそ、僕の中で君だけがどうしても異質だ」
「俺の事を覚えていないなら、それも仕方ないね。細かい説明は後でするけど、俺と君は共同で事業をしていてね。その関係で今一時的に、アカツキワイナリーに滞在させて貰っているんだ」
「とても信じられないな」
「君の記憶の中の俺は、ファデュイ執行官だっけ?」
「そうだ。そして、僕はファデュイを忌み嫌っている筈だ」
 この男と会話をしていると、ディルックの頭は混乱をきした。尊敬していた父の死に深く関わるファデュイは、ディルックにとって一番の宿敵で一方的な癌でしかない筈だ。地下情報網に入った後もそれは変わらず少なからず永遠に付きまとう呪いのような存在で、モンドに戻って来た後も変わらずにあった。ファデュイの一団がゲーテホテルに居を構え、参事官ではなく時には執行官が任につくこともあったが、公子と名の付く執行官が配属されたことはなかった。しかしながら、隣国璃月にて派手に行動することもあるので、噂を調査はしている最中の相手だった筈だ。また、旅人もタルタリヤと面識があるらしく、何度か会話に出てきたこともある。こうやっていざ本人を目の前にすると、前評判通りの飄々とした男という印象であった。そして、ディルックと性格的に意気投合するタイプにはとても思えなかった。そんな相手と一緒に仕事をしているなんて、青天の霹靂にも近い。
「ファデュイは解体されたんだ。俺は今、スネージナヤの外交官をしている」
「外交官が、なぜ僕と共同事業なんてしている?」
「モンドとスネージナヤは特に関係が悪化していたからね。国交正常化の一環として俺がモンドの有力者である君に持ちかけたんだ、お互いの為に」
「モンドの為…か」
 未だ違和感は激しくあるが、一応の話の筋は通った気がする。モンドの未来を引き合いに出されれば、ディルックとて仇敵相手に微細だろうが譲歩する部分もあるだろう。世界が平和という方向に舵を取ったのならば、自分の胸の内だけで再び荒げる道を選ばなかった見込みはある。また、もしかしたら記憶の欠如がある部分で、何か心意気が変わる事項も多少はあったのかもしれない。それこそ、幸せだった毎日に突然の終止符が打たれたあの父の死と同じように、人生の根源を揺さぶられる出来事があった可能性もある。それほど、七国間の正常化に至っては難解と思える事しか思えない事態だったのだ。もちろん最大の功労者は旅人に違いないが、ディルックの立場も心情も考えればそれに到るまで、ただ自国を守り続けるだけの存在であったとは考えにくくあった。
 タルタリヤという人間は未だに掴めはしないし、涼しい顔で嘘を付ける人間かもしれない。それでも、これが本心からの言葉であるかどうかくらいは、身振り手振りを見据えなくとも多少は判断つくことであった。少なくとも他の含みがあったとしても、今の目の前の男に偽りを感じはしなかった。こういう直感だけが今のディルックの信じられるものであった。だからこそ、一つの可能性を潰す方が大切だと考えた。
「これは、君の筆跡だな」
「そうだね…って、ああもう共同事業の書類は確認したんだ」
「僕に記憶が失われた期間に一番躍進があったのが、この事業のようだからな。一通り目は通した」
「相変わらず仕事熱心だ」
 医者が言う自分の記憶を取り戻すなんて根拠のない未知的な確率の低い未確定な事を進めるより、現状把握の方が余程ディルックには重要であった。エルザーに依頼して開口一番に確認したのは、もちろんラグヴィンド家やアカツキワイナリーの現況。そして、それらに最大の一石を投じる程主要となった変化が、このタルタリヤと共同で営む事業であった。仕事柄、様々な提携の相談は良く受ける。モンドでの酒造業の大半を取り仕切るせいで、特に同業他社からの視線は芳しくない。他国からの引き合いもそれなりにあるが、実際に誰かと組むのは非常に稀だった。それさえも一時的で仮という形体が多かった筈で、今までこれ程の大規模は選択肢にさえ入れた事がない筈だった。
「各種ガラス製品の製造販売…か。確かに構想としてなかったわけではないが。僕だけの発案ではないな? これは」
「そうだね。俺も各所で協力させて貰っている。君も知っての通り、俺の祖国の方がモンドより蒸気機関も進んでいるからね」
 世界が平和になり、娯楽や飲食へ余裕が出来て文化的思考にも向ける目が増えたのだろう。アカツキワイナリーの主力はワインであり、味にかかわる部分はあくまで手作業に変わりはないが、今まで既製品で賄っていたワインボトルの製造を自社でという流れは理解できる。アカツキワイナリーは主力産業としては、酒類製造業をメインに扱っている。同じ大分類である製造業であるとはいえ、中分類が飲食物とそれこそ窯業土石製品製造業では勝手が違う事くらい見知っていた。もちろんガラスに関するモノを無作為に手広くやっているわけではなく、あくまで主力はワインの為のガラス瓶の製造のようだ。
 改めて事業沿革が記載された書類を手に取ると、エルザーがまとめてくれた事業概況がわかりやすく並んでいる。設立日、合同出資金額、主要納入先、取引商品、従業員数、取引銀行、加盟団体、主要設備一覧に目を通せば、情報屋から得るいつものと同じなので、ざっと概要は掴めた。続いて、ここ数年の業績を鑑みる為の月次推移を見るに、堅実に業績を伸ばしているのがわかる。いわゆる右肩上がり。売り上げはニパーセント程度の上昇だが、同業種他者に比べて粗利益の改善率が高いため、税引前当期利益ベースでも相当好調なペースだ。加えて、簡単に指針となる限界利益率・労働分配率・収益性を計算すると、黒字を保つだけではなく優良ラインに足がかっている事がわかった。それこそ順調すぎるほどに。新設したドーンマンポート工場への投資は巨額だが、減価償却を概算で入れても順調に資金回収がなされていた。
 出資比率を見るに、タルタリヤと対等出資をしている。ディルックからすれば、正直誰かと肩を並べて事業を成すなど考えられなかったことだ。
「君と共同事業を営む上で、多少は秀でている部分がある事は認識した」
「それはどうも」
「………一つ確認したい。その、手袋を外してくれないか?」
「別に、あやしいものなんて隠してないよ?」
 ディルックは目線でもタルタリヤの手袋を示すと、口では色々と言いつつもあっさりと手袋を脱いで見せた。そこには別に何てこともない骨ばった男の手がある。それを少しの間を持ってディルックは注意深く観察した。
「…武人の手だな」
「そんな事が確かめたかったの?」
「そうだ」
 改めて椅子から立ち上がったディルックは、タルタリヤに向き直ることとなる。そして宣言をする。
「君が武人ならば、僕と手合わせして貰おうか」
「俺と? 突然の運動は身体に良くないと思うけど」
「随分と眠っていたようだから、身体がなまっている。都合の良い相手が目の前にいるから、思い立っただけだ」
「君、そんなに脳筋だったっけ?」
「君相手なら、うっかりやりすぎても何の問題がないからな」
「なるほど。確かにそれは一理あるかもね」
「それに、僕は軟弱者と仕事上のパートナーとして組むつもりはない。以前はともかく…今の僕に、認めさせて見せろ」
 携えている馴染の武器。それは記憶の中ものと全く同じで、やはりディルックの手に普段と同じようにしっくりと来る。そのことは、自らの剣技が変わらずにあり続ける事の証明でもあった。正直なところ、仕事の出来栄えはいくらでも取り繕う事ができるが、刃を交えることは本質を知りゆく手段だと思っている。
「引き下がるつもりはないみたいだね。ただ、後でみんなに叱られるだろうから、その時は俺も一緒に宜しくね」
 一瞬目を細めたタルタリヤは、仕方ないという表情をありありと示しながらも了承の意を伝えた。

「お二人とも、どちらに?」
「あー、大丈夫。ちょっと散歩に行って戯れるだけだから」
「そうですか。少し性急な気もしますが、お気をつけて」
 まさか屋敷内で楔を打つわけにも行かないので、一端の場所移動。アカツキワイナリー周辺は、豊かな葡萄畑が実る一面が広がるが、街道に続く方面だけは馬車の運搬の関係で少々開けた土地がある。そこへ向かって無言で歩みを進めている最中であった。執務机で業務を行っていたエルザーに声をかけられたタルタリヤは、家主であるディルックより先に軽く何気ないふうに応えた。おかげで一切怪しまれずに足早に屋敷を出る事ができたものの。
「君は、他人を掌握する能力に長けているのか? 先ほど、別の使用人からも親し気に声をかけられていたな」
「え? あんまり堂々とそう言われたことはないけど。仮とはいえ滞在しているのだから、挨拶くらいはするでしょ」
「君が、僕の屋敷で信頼を勝ち得ているように見えて仕方がない」
「そっか。君には、そう見えるのか…」
 目的地に歩きながらも、タルタリヤは一瞬考え込むような仕草を入れて喋った。秘めた瞳の奥はともかくとしても、傍から見ても最初から人当たりが良さそうな好青年風ではあったが、ほんの少し口元が緩んだようにディルックには思えた。見た目はそうでも、どこか掴めない相手である事に違いはなかったが。
「なぜ喜ぶ? 僕にはそれが不快だと言っている」
「そう、だね。君がそう思うなら、もう少し節度を守るようにするよ」
 ディルックは、自分が今言った事が八つ当たりの一種であることは多少の自覚はしていた。皆に、当然のように馴染んでいるタルタリヤの半面。記憶の欠如がある自分は、まだ現状把握さえままならない部分がある。だからこそ、いくつかの疑問点を繋げるために、この戦いはあると思いたくあった。
「さて、このあたりなら多少君が暴れても大丈夫かな」
「僕が暴れる前提か?」
「普段の…いや、いつもの君よりは少し余裕がなさそうに見えるからね」
「その口ぶりだと、前々から僕を見知っているように聞こえるが……… まあ、御託はいい。さっさとやろう」
 これは、ディルックからすると未だに警戒するべきと認定している相手に、上辺の会話を重ねるより真意に迫るものがある手段だ。帯刀していた両手剣をすっと構えると、一定の距離を保ったタルタリヤも白夜と共に破滅をもたらす蒼白の弓を取って見せた。それは真昼の元でも、煌々と存在感を示している。
「ファデュイの公子は不得手な弓を敢えて使用しているとの噂を聞いたことがあるが、僕を侮っているのか?」
「そこまで、俺の事が耳に届いていたとは光栄だな」
「本気を出せと言っている」
「そこに関しては安心して良いよ。俺も全力を出そう」
 脳内に錯綜していたこの男に対する情報をかき集めての挑発もまるで効果がないようで、あくまでタルタリヤは弓一つでこちらと戦う算段らしい。間合いは十分とはいえ、このような手合わせではあまり相応しいとは言えぬ形体だ。それでも武人同士の戦いである。向き合えば、互いの気合くらいは瞬時に察する事は出来る。だから―――
「おっと…いきなり容赦ないな」
「やはり君は口先ばかりで、この戦いに乗り気に見えない…武芸で名を馳せていた筈では?」
 蹴りだした開幕と同時に、ディルックの両手剣が重い打撃と共にタルタリヤの左肩の間近で虚空を切った。表面上は身体を動かす口実とも言ったが、ディルックとしてはタルタリヤの正体を暴き、その本当の狙いを見定めるつもりだ。そして、この嫌な気持ちを発散する為に、叩き込みたいだけかもしれない。それでも、実力のほどを見極める冷静さは失っていない。あちらの攻撃とすれば必要以上に距離を取られ、ディルックの足元を中心に細かい物理の矢が放たれる程度だった。重量のある両手剣を片手で放つ関係でディルックの攻撃はややリーチが長いとは言え、一発の武器の差し戻しもその分少しロスするので、慎重な警戒を感じる。流石にタルタリヤの矢の射出頻度は想像よりも速い。利き脚を蹴って軌道修正する先へと的確に狙いを定めている。あえてスキの生まれる狙い撃ちらせず手数で勝負するとは小刻みに動いていないと、一度でもテンポ悪く足を留めれば絡められそうなほどだ。どうしても視界が前方より、下方へ気が散るように仕向けられている。一太刀交えただけでも、相手の技量は見当が付く。タルタリヤは紛れもない強者だ。両手剣使い相手に機動力から削ぎ取ろうとする相手は珍しいので、多少立ち回りを変える。果敢にも烈火を纏いしディルックの得意技は炎の連撃だ。かすっても致命傷は免れない即死級な為、相手は嫌でも軌道を読む回避行動を中心に成らざるを得ない。それを見据えてか、タルタリヤの先回りするかのような動きもなかなかに素早く合った。
「避けてばかりでは、僕の攻撃からは逃れられない」
「それは、どうかな?」
 会心を込めた一際重い一撃を落とすが、間一髪ほどにタルタリヤの腕のすれすれを炎が横切った。たとえ直撃しなくとも燃える熱は確実に伝わったという際。衝撃で地面にたたきつければ、先ほどから水面となっている箇所と勝手に蒸発反応が発生して、多少の蒸気が周囲を舞う。バックステップで視界の開ける後方へ、少しばかり間合いを取るようにディルックが後退した瞬間だった。
「なっ、足元だと?」
「掴まえた」
 ディルックが利き脚を伸ばした先には、変わらぬ地面があり続ける筈だった。しかし現実は、ブーツがずっぽりとハマるほどの穴が発生しており、それが水元素を纏った水流が粘着するようにこちらの足をとどめたのだ。バランスを崩したディルックは、ぬかるみに足を囚われる。それでも体幹の力で、ディルックは両手剣を振るう。
「君に無理やり休んでもらうにはこれしかないみたいだから、ごめんね」
 大ぶりになりがちな熱量を帯びた両手剣の下をくぐり懐に飛び込こんだタルタリヤは、ここぞとばかりに集約した元素の弓を引き絞る。連撃の合間である唯一の隙間が発生する硬直時間を狙い撃たれる形となったディルックの、もう片方の足元に溺れる程の水流が襲う形となった。振りかぶって軸となった反対の足元にピンポイントで水元素を集中させる。
「くそっ…」
 震動と共に平らな地面が一瞬として抵抗力のある水場となった為、平衡感覚を崩す。完全に両足を掌握されたディルックは、そのまま地面に倒れる。本来ならばその先にある筈の土の衝撃さえ、水元素の上に落ちたせいで流れるようにあり続けた。
「大丈夫?」
 闘いは完全に終結を迎え、腰をついた形となったディルックを起き上がらせようと、タルタリヤは手を軽く差し伸べてきたが、もちろんそれを取りはせずに伸びた手を振り払い、自ら立つ形となる。忌々しい形にもなった付着した水元素を弾き飛ばすように、ディルックは水に濡れた己の服を炎元素で素早く乾かした。
「…君は、本当に弓が不得手なのか?」
「君と何度も戦ったおかげで、得意になったんだよ」
「それで、あの動きか」
「君と手合わせした記憶がある俺の方がどうしたって有利だからね。君の癖は把握してる。初見相手の得意の立ち回りをすると思ったから、大体わかるんだ。何だか懐かしいな」
 あえてディルックが視線を交差させずに尋ねると、明確な答えが返って来た。まるでこちらの行動全てを見知っていたかのような動作に、納得はいった。感情面ではそう簡単に収めることは出来ないが、腑に落ちただけでもマシだろう。それは、無為な手心を加えられていないかの確認でもあった。
「勝敗はどうでもいい。君の対応を見たかっただけだ」
「そう…じゃあ、君のお眼鏡には適ったのかな?」
「僕が本当の意味で君を信頼することは、ない」
「それでもいいよ。君が納得いったのなら」
 それが当然だと、タルタリヤはまるで不信感を隠さないディルックの答えを予め知っていたかのような対応だった。かつての自分の信念が変わっていないのだとしたら、もしかしたらこのやり取りをするのは彼にとっては初めてではないのかもしれない。まさか未来の自分と比較をされる日が来ようとは思いもしなかったが。だからこれはきっと、自分の存在を確かめる為の戦いでもあったのだった。

 屋敷に戻った二人だったが、想像通りこっぴどくアデリンに怒られた。タルタリヤは気分転換に散歩に出かけただけだと涼し気な顔で言ったのだが、素早く服を乾かしたディルックはともかくとしても、タルタリヤのコサックのマントの切れ端に炎元素が燃え移った跡が目ざとく発見されてしまい、外で戦っていた事が瞬時にバレたのだった。医者がしばらく安静にするようにと言っていたのだからと、ディルックは自室に一人軟禁状態へと追いやられてしまった、仕方ない。何とか交渉して、自室に仕事に必要な書類だけは多少は持ち込みを了承して貰うに留めた。
「ディルック様、お加減はいかがですか?」
「アデリンか。丁度いい、先ほど頼んだ稟議書だが…」
「私は、お身体に無理のない範囲の仕事でしたらとしぶしぶご了承したのです。これ以上は、もうお渡しできません」
「すまない…心配をかけたな」
 確かに目が覚めてからあまりにも様変わりしていることがあり、気になる事を全て解明しようと少し躍起になりすぎていたかしもない。疑問点が多いため普段以上に考え事もして脳も活発化したし、目も疲れたような気がする。ようやく観念したことを認めたディルックは、手に持った羽ペンを元の位置へ戻した。
 ゆっくりと休養が出来るようにと、昔からディルックが好んで飲んでいた茶葉の紅茶をアデリンは運んで来てくれたので、ティーカップを片手に一息つく事となる。
「一旦、整理をしたから、少し確認したいことがある」
「大事を取って、直ぐにお休みになられはしないのですね」
「こう気になる事が立て続けにあると、容易に眠れはしない」
「わかりました。私にお答え出来る事でしたら」
 仕方ないとディルックの信念の強さを幼少の頃から見知っているアデリンは、真っすぐに言葉を返してくれた。血の繋がった肉親と別離した今、最も親身で付き合いが長いと言っても過言でないのが彼女だ。一番信頼信用している。だから改めて、胸のうちに抱く疑問を整理しておきたかったのだ。
「ありがとう。まず、確かに僕は数年の記憶を失っている事は理解した」
「ディルック様の最近の認識は、稲妻の鎖国が解除した辺りでしたね。確かに、それから色々な事がありました。とても簡単にはお伝えしきれませんけど」
 どこか少し虚空を見つめるように、アデリンの視線は一度遠くを見つめたような気がする。短い言葉にまとめているが、きっと苦労もあったのだろう。ディルック自身とて、かつてモンドを離れ数年の旅をしていた時さえあった。彼女には、日々大なり小なり面倒をかけている部分もあるだろう。
「空白の期間については、これから徐々に補って行こうとは思う。そして、エルザーにも伝えたが。僕が記憶を失った事は、必要以上に広めないで欲しいと思っている。無暗と騒ぎ立てて大事にしたくない」
「お気持ちはわかりますが、そうなるとディルック様自身が大変かとも思いますが」
「自分の事は何とか上手く立ち回るさ。ただ、その事で僕の記憶の事を見知った者に色々と迷惑をかけるかもしれない」
「そのような事は気になさらないで下さい。ラグヴィンド家にお仕えすることが、私の喜びでもありますから」
「いつも感謝している」
「久しぶりに頼って下さる事は、嬉しく感じます。記憶を失ったと知った際は、大変驚きましたが…早く何かしらの改善に向けられるように、微力ながらお手伝いさせて頂きます」
 改めて深々とアデリンはお辞儀をした。幼少の頃から家に仕える変わらぬ忠誠。エルザーも他の使用人たちも、年数をいくら経過しようとそれに変わりはなかった。だから、一つの違和感だけが強烈にディルックの胸にあり続けるのだ。
「確認したいことの一つなんだが…手を開いて見せてくれないか?」
「…こう、でしょうか?」
 こちらの意図は測りかねているようだが、それでもアデリンは白い両の手を何気ないように開き、ディルックの目の前にかざしてくれた。予想通り、多少掃除や洗濯のせいと思われる様子は見受けられたが、それでも年齢相応の女性の手がそこにはあった。
「…もう大丈夫だ。突然、妙な頼みをして悪かった。礼を言う」
「私は別に構いませんが、ディルック様は部屋を訪れた使用人全員の手を確認なさっているとお聞きしました。何かご理由があるのですか?」
「いや、もう確認は済んだから。これ以上は、必要無くなったが………」
 さすがに少し口ごもる。躊躇いなく、実直に話すにはなかなかに難しい内容であったから。しかし、現在一番全てを吐露出来る相手が彼女である事に違いはない。確認も必要だ。そのための説明に、どうしても必要な事項があった。一度腕を組み成した後、そっと自分の馴染の手袋を外したディルックは、先ほどアデリンが行った事を反芻するように、今度は自身の手をかざして見せた。
「僕が、薬指に指輪をしている事。君は当然、知っているな?」
「…はい。存じ上げております」
 少しだけ目を伏せたが、アデリンはしっかりとディルックにはめられた指輪を見据えつつも、言葉を返してくれた。
 ディルックが目を覚ました瞬間から不一致の象徴として一番の存在感を放っていたのが、この指輪だった。非常にシンプルな作りの白銀の輝きはあまりにも自然に自身の指に馴染んでいた。軽く触って見ても簡単には引き抜けない程だったので、どう考えてもファッションの一環として付け外ししている様子は見られない。そうして、ここ最近で身に付けたものではない事を暗に示していた。
アカツキワイナリーオーナー、そしてラグヴィンド家当主として、身に付けるものに関してはそれなりのこだわりを持っているディルックではあったが、前提としてはあくまでも戦いの邪魔にならない事が最も重要であった。その為、普段身に付けている衣服の装飾には気品を保つこだわりを見せるものの、直接肌に触れる装飾は指輪どころか腕にも首にも耳にも何もつけておらず、長い髪の毛を括る紐さえ簡素で必要最低限としている。そんな自分が剣を振るう事に多少とはいえ影響がありそうな、指輪を…しかも薬指にしていると言う事は相当な事態であることが察せられた。
この位置にはめる指輪の意味は、子供でも知っているだろう。誰かしら懇意にしている相手がいる…という事だ。自身の籍がいじられていない事は一番に調べてわかった。そうして屋敷内を見渡しても、そのような雰囲気は一切ないことも理解した。だから単純な方法ではあるものの片っ端からではあったが、同じ指輪をしている相手がいないかどうか確認をする羽目となったのだ。そうして、成果は得た…が。
「どうして、相手が彼なんだ?」
「ディルック様、お気づきになったのですか?」
 それこそ、ディルックの記憶が喪失していると判明した時と同様なくらい、アデリンは驚いた音の高さを出した。息をのんで返答を待たれる。
「直接本人からは聞いていない。が、先ほどと同じように手袋を外して見せて貰った」
「指輪をしていらっしゃったのですか?」
「いや、してない。だが、ずっとはめていた指輪を最近外したのなら、痕跡はどうしても隠せないからな。見当はついた」
 タルタリヤの薬指にあった指輪をしていた形跡。そこには、不自然なくぼみが確かに存在していた。それこそ、ディルックの指輪と同じ幅という目測もされた。
あくまで向こうには戦闘をするための口実というていを成したが、本当のディルックの目的はそれだった。言い訳をするわけでもないが先ほどの戦いの勝敗の行方が、この動揺に影響されたのも隠せない程。だが、それが一番しっくりくるのだ。そうでなければ、殺したいほど憎い相手の筈であるファデュイのしかもよりにもよって諸悪の一員である執行官が、ディルックの近くに居るはずがない。屋敷の使用人と打ち解け、共同事業など営むはずもない。未だ、ファデュイとなんて有り得ないとしか思ない。辛うじてならば、束の間のビジネスパートナーにはなりえども、本来敵同士だ。余りにも近すぎる距離感。しかし、これが全ての疑問を解決する唯一の手段であると言っても過言ではなかった。
ディルックはタルタリヤと指輪を一度は誓い合った。心に決めた相手として。それしか考えられなかった。だからこそ、かつての自分が一番わからなくもあった。
「お二人の間にどのような事があって現在の関係に到ったのか、私は深くは存じ上げません。しかし、仲睦まじいお姿であった事は確かです」
「それは、父の墓前に誓ってか?」
「はい」
 根底を揺さぶるその事項を引き合いに出すのは卑怯だったかもしれないが、それほどの相手なのだとアデリンはしっかりと伝えた。ディルックの中で強烈な違和感であった指輪とタルタリヤという存在の二つが繋がった。一つ一つの違和感を潰していく最中で、早めに対処しておきたかった事項。しかしながら、真実を知り得たところでそう簡単に対処できるようなものではなかった。現状を把握するだけでも途方を感じ、今後の立ち回りについては容易く良い方向性が浮かぶようなものではない。タルタリヤとの共同事業の痕跡を書類で把握し、戦闘もした。概要は掴んだものの、そう簡単に全てを曝け出すような相手ではない事くらいは、経歴を考えれば当然だった。
「僕が、彼の指輪に気が付いた事は黙っていて欲しい」
「それは構いませんが、何かご理由が?」
「向こうが、これを隠すことを望んでいるようだからな。それに、とりあえず順じてみるだけだ」
 いつまでも、ただ翻弄されるだけにはいかない。タルタリヤの本当の目的は一体何なのだろう。どうしてディルックに取り入ろうとしたのか。自分は、懐に赤の他人を入れるような性格はしていない。まさか本当に魅了されていたのか? 全てを解明するには、やはりタルタリヤという人間をもっと知る必要があると感じたのだった。





※ 以下は、成人向けサンプルとなります。





「大丈夫だから、俺に任せて」
 そうして改めて腰をガッチリと掴まれたディルックは、とうとうベッドに沈み込むように軽く脚の裏筋を持ちあげられる事になる。まるでこれから、自分はこの男に抱かれるのだと強く意識付けされるように。
 自身の性器を手にしたタルタリヤは、添えるようにディルックの後孔に近づけてくる。直ぐには触れず留まっているのは、ディルックの心境を組してだろう。
「俺が怖い?」
「…そんなことあるか、我慢してみせる」
「そういうんじゃないんだけどな。まあ、いいや」
 一声かけてから、ぴとりと性器の先端がくっ付いた。その見た目以上の容量に、今まで弱音を吐かなかったディルックもさすがに現実を考えてしまう。同じ男だからわかる。こんなのが受け入れられるわけがないと、反射的に。身体を暴かれる事が前提の行為だ。今まで数えきれないほどの傷を戦いで負って来て、未だ痕跡は体中に残っている。しかし、身体の中にまで作用するような屈辱的な事態に陥った事はそうはない。それが、目の前で自身が了承して行われるという過程で既に頭がおかしくなりそうでもあった。心はちぐはぐであるのに、ディルックの身体は一切拒否をしていないという事態が一番の戸惑いであった。
 そんなディルックの心を汲み取るように、タルタリヤも直ぐには押し当てた性器を動かしはしなかった。ゆるゆると先端だけを軽く後孔に擦り当て、一巡する程度に抑えていた。自らの存在を知らしめるように、そこに挿れたいと強く主張されているのはわかる。それでも、我慢強くディルックのペースに合わせてくれようとしていた。ただ、ぴとっとくっ付いては離れを繰り返されると、こちらとしても逆に動悸が激しくなりそうだ。そのうち、ディルックの後孔も抵抗感が薄くなったのか、ちゅぷりとひくついて、少しずつ堅い蕾を感化させるように柔軟になっていく。このままではいつか…というのは時間の問題であった。
「ごめんね、俺が君をこういう身体にしてしまったみたいだ」
「そ…んなわけ、…」
 否定したいのに口からついた言葉とは裏腹に、タルタリヤがそれほど強く押し当てなくとも、既に性器の先端は侵入を許そうとしていた。こんなに容易く翻弄されるなんて、想像だにしていなかった。そわそわと、身体がひとりでに疼く。むにゅりと付いては離れてを反覆されて、はくはくとその時を待望している。後孔がじくじくとうずくのを認めたくなくて利き手をやって抑えようとするが、動いたことでかえって接合部を意識してしまい追い立てられるだけだった。腹の奥から妙な感覚があることを否定できない。これを拒むことなんて、とても出来ないのだ。
「嫌なら止めるよ。でも本当は、受け入れて欲しい」
「……君は、卑怯だ………こんな」
 こちらの負担が少なくなるようにと配慮されてか、ぐいっと後孔の縁を割り開いた上でタルタリヤは性器を押し当てて尋ねて来る。もはや、引っかけられていると言っても過言ではなかった。この状況での寸止めは耐え難いものだった。まだ、いきなり過ぎる方が露骨に否定できるのに、それさえ許してくれない。
 知らない自分を知りたい気持ちとの交差があった。これがたとえ錯覚でも、きちんと自分自身で向き合いたい。自分を知る為にこの行為は必要だと、以前の自分が受け入れていた事という言い訳の筈が。知りたい気持ちの方が勝っているというていで、組み敷かれている。
 ただ、このまま身体に流されるのだけは嫌であくまで自分の意思で進めたことにしたくて、ディルックは…こくんと顔を逸らしながらも頷いて見せた。
「―――本当は、今の君を抱くつもりは無かったんだ。でも、もう後には引けないな」
 それを合図に、とうとうタルタリヤの性器がディルックの後孔に容赦なく押し入って来た。ぱちゅんっと小粋な音が混じり入る。
「ひぃ…あぁ、……う…、んっ、ン!」
 入口こそは一抹の不安を体現するように抗う様子を見せたものの、一番太い先端がぐちゅりとめり込めば、後から考えればなし崩しだった。それはまるで、なんの障害もなく滑り入ってきたかのように思えた。それでもタルタリヤとしては、つぶさに事を進めてくれたつもりなのかもしれない。じっくり慣らされたとはいえ、接合部がどんどんとこちらへ迫って来て、逃げ出すことなど許されない近さまで急き立てられる。物理的な距離の近さに対して、今更ディルックは見通しの甘さを実感したが、もう遅い。知らない筈の感覚にどこまでもさいなわれて、頭の中さえも一瞬焼かれたかのように沸いた。確かに腹部は押されて苦しくはあったし、指で慣らされた時以上の弾圧は感じたものの、この身は着実に受け入れていたのだ。
「っあ、な…んで。こんな、…簡単、に」
「当初は四苦八苦あったけど、だいぶ俺好みにしちゃったからなぁ」
「何、んっ…馬鹿、なことを言って…ぁ、」
「君はベッドでは、ふしだらで淫乱だったんだ。それを知りたかったんだろ?」
「違う、…僕は。君の事を、…っ…本当はどう思っているのか、この行為を…知り、たかったんだ」
「それで、答えは出た?」
「まだ、わからない………」
 それを知りたいと思って、始めた行為だというのにタルタリヤにそして自身の心を裏切る身体に誘導されるばかりで、まるで意のままならない。思いもがけずディルックの頭の思考が甘美に埋め尽くされて、考えるという行為も散漫になる。かつて触られた尾てい骨のあたりが、今は触れられてもしないのに勝手にザワザワする。この、ぬるま湯なんてとうに過ぎた環境を耐えるしかないのだ。
「無理はしないで、君は初めてなんだから。俺に身を委ねればいい」
「は…、この程度、…耐え、られないわけが、ない」
「そう。耐えるって、何。痛み? それとも別のものかな」
 ディルック自身なんかより、余程この身体に詳しいと言わんばかりに全てを暴かれる。この身は勝手に、宿主であるディルックに許可なく順応していた。性器での圧迫感は指とは比較にならないことは確かなのに、すんなり違和感なく受け入れている事が信じられない。
 そんなディルックの戸惑いを察してか、タルタリヤは挿れたままなじませるようにしばし静止したままであった。痛みでもある方がまだ気が紛れるというのに、殊更丁寧にじらされる。それこそ恨めしく感じる程にだ。その間、中の官能は全身にじわっと拡がる。正直、慣れる事などあるとはあまり思えない。
「それ、そのま、ぁ……っ、…ツぅ」
「苦しそうにしないで。ゆっくり息を吐いて。そう、無理に吸おうとしなくていい」
 知らぬ間に歯を食いしばっている事を指摘されて初めて気が付いた。余裕のないディルックの頬へ指を伸ばしたタルタリヤは、そのまま顎の力を抜くように優しく撫でてくる。言うとおりに事を進めるのは癪であったが、それでも逸っていた気が下半身から少し逃れ、詰めるばかりの呼吸を元に戻そうと息の吸い方を思い出す。
「ぅっ、…は、…っ…」
 流石に完全に喉の奥からの衝撃をかき消す事は出来ず、埋め込まれる度に口元の端から零れる音は存在していた。
 少しの緊張していた強張りが緩和されたのを確認したタルタリヤは、ディルックの腰を掴みゆっくりと抜き差しへ取り掛かった。それこそ、体内に埋め込まれたタルタリヤの性器の存在を主張するかのような確実な物量を示す動きであった。反応を確かめるような緩やかな出入りはまだ、なんとかタイミングが掴めるから質の悪いものではなかった。ずずっと引き抜かれた後に必ずある、ぐいっと突かれる瞬間に息をつめて耐えればいい。それはわかっているのに、後に響くものがどんどんと増していく。
「具合はどう? 気持ちいい?」
「違っ…う、こんなはずじゃ…あ、くそっ」
 頑なに息を飲んで耐えて、確かめるだけのつもりだった。同意の上の行為とは言え、どうしても譲れない一線は存在した。快楽に飲まれるなど…あり得ない。だって自分はタルタリヤをどうも思っていない筈なのに。意図せず建前が崩れそうになる。嫌じゃないことを認めたくない。好感度が一番マイナスな状況からこぎつけた現状。こんなの知らないのに、身体が求めてしまう。ああ、どうして。いくら考えても、全身にじんわりと気持ちよさが広がるのだ。波が深く、またその波が次々に起こる。
居た堪れない気持ちがあっても、どうしても流されることが出来ない理由がディルックにはあった。だってタルタリヤが見ているものは、今の自分ではない。きっとこの瞳の蒼い奥にあるものは、かつて同じように床にいたかつてのディルックなのだから。それでも、これだけはわかる。受け入れていたのだと、この身体が物語っている。
「ぁ、も…動く、な……」
「さすがの俺も、これ以上の我慢は出来ないよ」
まるで別の人間であるかのように、自分がわからなくなりそうだ。それなのにタルタリヤは性器の出し入れと共に中を宥恕なく掻き混ぜて、とんとんと強く圧迫して深く打ち込んで来た。中を入念になぞりながら動き、角度と深度を変え無遠慮に攻め立てられるのだ。押し付けるように圧迫したまま腰を上下左右にずらすと、良いところはこうやって、くいくいと当たるってわかるように、どこまでも丹念に執拗すぎた。反応したくないのに、勝手にじゅくじゅくになっている。その間も、中は確実にきゅんきゅんと誘い促している。タルタリヤの性器は逃しはしないと勝手に暴れているだけのはずなのに、こちらも自然と追随してしまう。ずっずっと、内壁を浸食され押し込まれると、まるではまり込むようにどこまでも受け入れていた。ハッキリそれとはわからないが、押し上がるような感覚は明らかに気持ちよさに違いがあった。体の内側から湧き上がるような、下腹部の奥底がうねるような快感に占領される。それを持続的に的確に刺激を続けられるのだ。ただ、突っ込んで出されるだけの単純行為の筈なのに、要所要所に甘い痺れが響き渡り、得体のしれない何かが疼く。
やがて、中に挿れたまま止まりディルックの両腰をガッチリと掴まれ、腰を手首の力だけで無理に回してくる。押し回しながらも、全方向に揺り動かされるのだ。性器の体積を感じるように角度を調整し動機づけられると、こちらも勝手に押し付けてしまうのだ。もう、タルタリヤが力を込めなくとも誘導された自身の腰は一方的に動いてしまっていた。
「君は、いつもそこが気に入ってるよね」
ディルックが腰を自ら動かすからこそ、手の空いたタルタリヤはぬこぬこと按配を確かめて確認作業のように、挿入を繰り返す。止まらない…自分の意思に反する動きに動揺して、ディルックは自分で自分の腰を押しとどめる為に、手を伸ばす羽目になる。なんて馬鹿なんて事だという自覚を改める頭さえ回らない。そうして、なんとか腰に添えた手だったが変な力の入り方をしていたらしく、関節の要所を的確に押さえられて、タルタリヤにやんわりと外される羽目になる。
そんなことは、認めたくないし、知りたくない。それなのに、全てを暴露される。暴かれた事実を受け入れがたくあるのに、身体は言う事を聞いてくれない。知れば知るほど後悔ばかりが浮かぶが、今更引き返す道は存在していなかった。
「やめてほしい? それとも、もっと欲しい? このまま抵抗しないなら、俺の都合の良いように受け取るよ」
「っ勘違い、しないでくれ。僕は、…君の望む僕じゃ、ないんだ」
 絶え間絶え間に、あくまで心を許しているわけではない事を念押しする。これは、手段の一つとして仕方なく採用したにすぎないのだから。
「いいや、今の君もとても魅力的だと思うよ。だって、自分自身に嫉妬しているだろ? 一番気にしているのは君自身だ」
「!っ、何を根拠に、そん…な、事を…」
「最初からずっとだよ…君は比較をしていた」
 どこか胸の内はぽっかり空虚で、全てを暴かれるように無自覚を指摘される。興味がある…だけの筈なのに、いつの間にかつての自分に負けたくないなんて気持ちを持った? 一瞬でも、よぎってしまった。この男が欲しい… かつての自分だけではなく今この場に居る自分も見て欲しいと。
「君の心も身体も、俺を欲しがってるって認めた方が楽になれるよ」





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