attention!
付き合っているタルディルで、タルタリヤがディルックの写真撮影をしようとする話。捏造過多。










夕闇の邂逅は二人にとって当然の事ではあるが、微睡みの合間、多少の負担を強い得てからの眩しさのある朝を迎えるのは珍しくあった。
それは、ベッドサイドに腰かけたタルタリヤの、隣で眠っているディルックに見入る権利を手に入れる事が出来る束の間でもあって。生まれも育ちも良い彼の眠る姿は本当に品が良く、シーツの隙間から望む整った顔は肌の白さも極まってビスクドールをも連想させるほどであった。そんなディルックの長い赤髪の一房に、タルタリヤはそっと気が付かれないように優しく触れて撫でるのが、何よりも心地よい。無防備に晒している様子に目を細める。自身の毛質とは違う柔らかく温かみのある感触は指通りが良く、さらさらと馴染む。情中は、ふわつく髪の毛を自由に触って良いなどと言ってくれるわけもないので、事後の細やかな楽しみの一つだ。これだけで、いくらでも時間は飽きないほど、穏やかであった。

「っと、そうだった」

口の中で独り言を完結させたタルタリヤは、名残惜しくも一旦、指の間から抜けていくふわふわとした髪の毛から離れる。存在を隠していたものの、ようやく今回の当初の目論見に向き直る。
手に持ったのは、フォンテーヌ製の特殊な写真機だった。そんなに出回っている物ではないので、一般人からすれば貴重品と言っても過言ではないそれを、ディルックの凛とした寝顔に対して向ける。角度を調節し、シャッターに指をかけたその瞬間だった。
パシャリ…とだけ響く筈だった写真機から、同時にメキッと嫌な音が響いた。

「何をしている?」

あっという間にリネンは捲れ、利き手で写真機を遮ったのは隠し撮りをされそうになった当人であるディルックだった。気配に敏感な為か、条件反射で手が出てしまったようではある。伸びた指先は写真機を物理的に掌握し、向けたレンズ部分だけではなく、写真機本体にもわかりやすいヒビが入る様子を見せた。素手であっけなく壊すとは、流石という感想しかない。
そして、束の間の逢瀬の延長もささやかなものだと、知りゆく。

「君を、写真に収めようと思ったんだけどね」
「勝手に撮らないで貰おう」
「じゃあ、面と向かってお願いをすれば、撮らせてくれるのかな?」
「どんな理由があっても、君相手では許可出来ない」
「やっぱり…ね」

そうだと思ったからタルタリヤとて、内密に事を進めていたわけではあったが、見事に目論見は粉砕した。それこそ、呆気なく写真機ごと。それでも予想の範囲内という事で、残念ぶったリアクションを見せる程度に収める。

「その写真機…弁償はしないからな」
「わかってるよ。今回は、俺が悪いからね流石に」

市場に出回っている写真機から比べてもこれは特注品ではあったが、タルタリヤの財布からすれば小指の爪の先程度の小道具だ。呆気なく手放すように、サイドチェストに欠けた部品と共に捨て置く。

「昨夜は、いつも以上に無体を働くと思っていたら、やっぱり裏があったんだな」
「無理をさせた自覚はあるけど、しつこかった?」
「君の大抵思惑はろくでもない…が、無断でこんな事をするのには何か理由があるんだろうな。言い訳くらいは聞こうか」

ディルックは、少し腕組みをするような仕草を入れた。つまり白状をしろと問い詰められたようなものなので、タルタリヤも軽く両手を挙げるそぶりをする。
密やかな願望と共に寝落としたと思ったのに、そう簡単には篭絡出来ない。そこも好ましいと思っている箇所ではあるが、今となっては問い詰められている構図であった。観念を示して、発端の口を開く。

「実は、妹が君の写真が欲しいとせがんできてね」
「は?」

結論を完結に伝えたつもりだったが、脈絡がないように捉えられたらしい。こちらの意図を再確認するかのように、ディルックの堅かった表情筋が幾ばくか和らぐように見えた。

「俺が、妹や弟と手紙のやりとりをしているのは知っているだろ?」
「確かに、よく弟妹自慢をしているな」
「弟は同姓だから話題は尽きないし良いんだけど、問題は妹なんだ」
「別に…普通に近況報告をすればいいだろ」
「そうもいかないんだ。女の子と手紙をやりとりするときの定番があってね。俺も恋バナをしなくちゃいけなくなったんだ」
「コイバナ?」
「恋愛の話さ」

さらにきょとんとした顔をディルックが見せてくれたので、タルタリヤが困り顔をしたためた甲斐があったというものだ。別に嘘は言っていない。全て事実だ。
年の離れた妹も、本国を離れている間にあっという間におませさんとなった。いわゆるお年頃というやつだ。それでも兄と手紙をやりとりしてくれるのだから、ありがたいと思うくらい敏感な思春期に差し掛かっているという理解はある。近頃、最も興味があるのがロマンス的な話題で、現実的な色恋沙汰よりは想像の部類に近い。いつかは可憐な少女から大人の階段を駆け上り、花開くだろう。それは、少し寂しくもあるが。こっそりまだ気になる人はいないと教えて貰っただけでも、タルタリヤとしては安堵の息をもたらすものであった。しかしその見返りとして、自身を聞かれたとなれば、それなりに真剣に応えてあげなければいけなくなった。弟相手には、優しい嘘を今のところついている部分もあるが、タルタリヤとて大切な家族相手に本当は必要でない嘘や捏造に捏造を重ねるのは本意ではなかった。

「なるほど。それで、まさか僕の話題を出したのか?」
「ご名答」
「勝手に…」
「事実を連ねているだけだけど、怒った?」
「…家族のためだろ、仕方ない」

不本意であることは隠さずに、それでもディルックはため息一つと共に一定の理解を示した。相変わらず家族の話題を出すと弱い。ただ相変わらず得意の腕組みはしているので、ギリギリといったところだろうか。

「万の言葉を連ねて君の美しさを伝えるよりも、写真なら一発だと思ったんだけどね」
「その為に、前日に邪なことを企む兄だと知ったら、妹が悲しむぞ。子供の教育に良くない」
「まあ、それは俺も便乗してしまったというか。君だって、俺が寝ている君の髪を勝手に触っても自由にさせてくれただろ?」
「フンッ、気まぐれだ」

やっぱり、タルタリヤが楽しそうにディルックの髪をいじっていた時も完全に眠っていたわけではなかったのだ。相変わらず素直ではないところも、好ましい。それに、写真は口実の一つだ。ダメ元のお願いが通らないのは知っているが、こういう彼の姿含めてタルタリヤはいつもディルックの一面を切り取りたいと思っている。

「で、手紙の中の僕はどういう扱いなんだ?」
「まさかアカツキワイナリーのオーナーとは明かせないから、商人としか伝えてないけど…色々と君の容姿を伝えたら、妹からは赤毛の美人さんって呼ばれているね」
「僕は…男だぞ?」
「童顔で、顔が美少女って書いただけなんだけどな…」
「君、絶対余計な事を書いているな?」
「そんなに心配なら、ちょっと読んでみる?」

ちょうど妹宛に書いていた途中の手紙をタルタリヤは指先で取り出して、ディルックに示して見せた。仕事の事は一切記載していないから、別に見られて困るようなものでもない。
妹との手紙は最近恋バナに移行してからというものの、ディルックと逢引の合間に返信をしたためる事も多かった。どうせ書くのは彼の話題だから、隣に居る時の方が余程筆が乗る。今までもその様子をディルックが眺めていた事もあったが、余りこちらのプライベートに立ち入らないようにされていたため、遠目に見られていた部分もあった。確かにディルックにも見る権利があってもおかしくない。
いざ改めてその手紙を提示すと、ディルックは律儀なので若干の戸惑いは見せたものの、丁寧に封から便箋を開いて目を通し始めた。




「………なんだ、これは」
「え?そんな、変な事は書いてないつもりだけど」

本来ならば二人の関係はとても複雑なものなのだが、妹相手にそのような事を記載するわけがなく、普通に交際相手でお付き合いしている程度だ。とても美化しているわけではない。ありのまま普通だと思う。
今回の手紙だって、ディルックが手料理を作ってくれてそれがステーキを重ねた豪快なメニューで、頬張る姿を楽しんだ的な内容だった筈。あまりに平凡だ。あとは、新しいワインの試飲を頼まれたとか、スネージナヤの工作品を見せて感想を貰ったとか。さすがに夜の話は出来ないから、差し障りのない部分を連ねた程度。なんの問題もないと思ったのに、ディルックの反応は芳しくないようで、わなわなと震えている。

「君は…僕相手に良く浮いた発言をするが、手紙でも自重する気がないんだな。次から次へと、よくもまあ」
「別に何も捏造とかしてないよ?」
「あまりにも、赤裸々すぎる」
「だから、これに真実味を加える為に写真を………」
「却下だ」

試しにタルタリヤが一旦写真機を置いたサイドチェストに手をやると、即座に否定の言葉が飛んできた。そうして、一度は手渡した手紙が即座に返却される。破かなかったのは、唯一の良心か。いつもなら燃やされている。

「僕たちは、写真を残すような関係ではない」

無粋な顔をしたディルックは、この話題はこれで終いだと、ジト目を向けられて無情にも打ち切られた。その通りであることが事実であって、タルタリヤもそれ以上は何も言わなかった。



◇ ◇ ◇



「さて、どうしたものかな」

かのやり取りから数日後。璃月からスネージナヤへ郵送物を運ぶ定期便の期日が差し迫っている事を確認して、タルタリヤは私室の机に向かって少々頭を悩ませていた。妹とのいつものやり取りの頻度を考えれば、今日中に封をしなければさすがに心配される頃合いである。
そもそもディルックからすると、自分たちのやりとりが手紙にしたためられている事は青天の霹靂にも近い事態であったのだろう。未だ誰にも明かせない関係だからこそ、美辞麗句を並べて自慢をしたい先が妹であったのが不満だったようだ。まあそれに関しては了承を得られたので良かったとはいえ、要望された写真は頂けなかった事は事実である。まずは、妹にその謝罪を………と、連ねる文さらりと書き連ねる。
残念ながら、ふられてしまったと、ご縁がなかったと書くにはあまりにも忍びない。正直、この設定を辞めることも出来る。が、タルタリヤはなかなかに割り切る事も出来ずにいた。彼の機嫌を多少損ねたとしてでもだ。それほど、もう溺れている自覚もあった。

コン コン コン

「公子様、よろしいでしょうか?」
「なに?今、取り込み中だけど」

机から顔をあげると部下の顔が垣間見えたので、少々不機嫌を隠す余裕もなく対応する。

「公子様宛に、お届け物があるのですが……… 少し不可解な点がありまして」
「差出人は?」
「それも不明でして。しかし、危険物ではないようです。念のため、中身は先に確認させて頂きました」

恐る恐る部下が差し出してきたのは、手の平サイズのトランク型ギフトボックスだった。濃赤色を全体の配色としつつも、煌びやかで箔押し加工が箱全体に施してある。触れるとエンボス加工がしてあるようで、差し色となった金の刺?がアクセントになっていた。包まれた小ぶりのリボンの端には、メッセージカードが付属してあるた。
そこに記載された< Dear little lady >の文字を見て、タルタリヤは即座に思い立った。

「これは、確かに俺宛の届け物で間違いないよ」
「そうでしたか。間違いでなく良かったです」
「ああ、それと。いつも送っている手紙が、もうすぐ完成するから、手配の準備を」
「わかりました」






дорогая сестра(親愛なる妹へ)




(中略)

この前、写真を要望されたけど、今回添える事が出来なかったよ。ごめん。
実は、少しシャイな相手なんだ。美人で有能で仕事が出来て優しくてもあるけど、ちょっと照れ屋なところが魅力の一つでもあるから、良しとして欲しい。
お詫びとして、Тоня宛に髪飾りを預かったんだ。これは、イグサというモンドの特産品をモチーフにしている。夜になると仄かに輝くみたいで、少し大人っぽいかもしれないけど、きっと明るい髪色に映えると思う。梟の鳴く夜にでも確かめて見て欲しい。
おかげさまで交際は順調だよ。いつかは、紹介したいと思っているから。是非、この髪飾りを付けて見せて欲しいな。その時は、俺の可愛い人をよろしくね。













俺 の 可 愛 い 人 を よ ろ し く ね