attention!
銀行強盗に遭遇するタルタリヤとディルックのギャグ話です。若干キャラ崩壊もあるかもしれないので、色々とご注意ください。タルディル未満。










「全員、動くな!」

それが、北国銀行璃月支店の正面玄関へタルタリヤが入った瞬間に、ちょうど響き渡った声だった。
ファデュイの業務は、いくつかの部門に分かれている。その中でも数少ないが対外的に表沙汰にしているのが、この銭荘でもある金融機関だ。執行官として様々な執務に携わるタルタリヤも、赴任している璃月では諸所足を運ぶ機会がある。通常のファデュイ構成員ならば従業員専用の裏口から立ち入り仕事に携わるのだが、執行官にはそういった制約はない。だからこそ、当然のように入口から立ち入ったのだが、瞬く間に厄介事を伝え続く音が耳に入る。

「おいっ、金を出せ!」
「お…お客様?」
「勝手に喋るな。俺様が指示したことだけをしろ! このバックに、詰められるだけのモラを入れるんだ」

そこには受付係に詰め寄る、屈強な男がいた。宝盗団のような格好をし、口元を中心に素性を隠すためか覆面を身に着けている。初めからこの形相で、立ち入ったとしたら外にいる守衛のミスだが。防犯上、銀行は厠を貸すこともしないので、行内でわざわざ装着したとしても大した度胸だ。そうして、利き手には鋭利な刃物を持って威嚇している。
さて、どうしたものかとタルタリヤは苦笑した。どう見ても金目当ての銀行強盗だが、お粗末すぎる。北国銀行とファデュイの繋がりを知らぬ輩なのだろうか? ただの銀行員と思うことなかれ。行員は全て戦闘員として、漏れなく実戦経験がある。誰もが単独犯如きなど容易くあしらうことができなければ、ここに勤めることなどできない。だからこそ、わざわざ雑魚相手に自分が出ていく必要もないと、タルタリヤが傍観を決め込んだ瞬間だった。

「妙な真似をするなよ? こっちには人質がいるんだぞ!」
「………人質というのは、もしかして僕の事を言っているのか?」

行内の客は元からまばらであったが、強盗に次いで窓口に並んでいる者がたまたま近くにいた。だからこそ行員へ放り投げたバックを示した後、強盗は後ろに居た人物へと脅迫を含んだ刃を向けた。その残念ながら人質となった者の正体に気が付いたタルタリヤは、驚愕する。
どうみても人質に向いていない…その赤毛の人物は、ディルック・ラグヴィンド。アカツキワイナリーのオーナーであった。最近知り合った旅人から時たま噂に聞く相手でもあったが、それ以上に彼はファデュイに対して非常に否定的な人物なので「好まざる人物」認定をしている程でもあった。

「てめぇ以外の誰がいるんだぁ? 人質は喋らなくていい。大人しく震えていろ!」
「そうか、わかった」

ディルックが短く言葉を切った瞬間、強盗の死角である背中に、ぼうっと赤い大剣が浮かび上がった。同時にベルトに繋がる神の目が、一層の炎を蓄えて煌めきを示した。それは、犯人の要望を全て粉砕する行動しか結局はしないつもりなようで。

「ちょっと待った!」
「なんだ?」
「なんだじゃないよ! 今、君。完全に元素爆発で吹き飛ばそうとしてたよね? それこそ、うちの銀行ごと」
「君は………執行官『公子』か。ふんっ、こんな場所で遭遇するとはな。確かに、爆発を打つなら君も巻き込んだ方が正解だったな」

神の目持ち相手ではこの場を中断出来るのは自分しかないと、タルタリヤは慌てて立ち入った形となったが、どうやらディルックもこちらを見知っていたらしい。互いに存在を認知はしていたが、完全に初対面。それでも不遜な態度を向けられる。

「俺はともかくとしても、ただの強盗相手にそれをしたら、凄惨な事になるって」
「僕は人質として事件を解決しようとしたんだぞ? 安心していい。むしろ建物とファデュイにしか当てないようにする。ここにいるのはファデュイの息のかかった者だけだから、犯人以外は燃やし尽くしても問題ないだろう」
「事件は解決するけど、うちの銀行はそれ以上の物を失うじゃないか! むしろ犯人だけ燃やしてよ」

勝手に都合の良い口実だと思ったのか、ディルックから放たれるのは法外発言ばかりであった。前々から危険人物認定しているとはいえ、予想と方向性が少しズレているような気もする。どさくさに紛れて、とんでもない。

「大体、なんで君がここにいるの?」
「ワイナリーの取引先の一つが、今度から北国銀行発行の小切手を使用するようになった。その取立決済に来ただけだ」
「そのために、わざわざモンドから?」

小切手とは、銀行口座を持つものが額面に記載された金額を直接モラの代わりに代金決済をすることが出来る有価証券である。モラには共通化弊である金銭的な価値とは別に物質転換の触媒の側面もあるが、商人からすると持ち運びをするのに嵩張る一面もあるので、概ね取引金額が高額になればなるほど小切手を用いる事が多くなる。小切手帳と呼ばれるミミのついた束は各金融機関が印字をするし、最終的な決済処理もするので換金する者は、その場で取立手数料を支払う必要がある。別に振出銀行だけでなく他行でも換金することは可能な筈なのだが………

「直接窓口で決済のする方が、君らに落ちる手数料が少ないからな」
「どんだけ俺たちにモラ払いたくないんだよ… 労力に見合ってないでしょ、完全に。もしかして案外、暇なの?」
「こんな業務を使用人に任せるわけにもいかないから、僕自身で足を運んだまでだ」
「とにかく。隙あらば、うちの銀行を破壊しようと思っている人物が窓口に来るのは困るんだけど」
「ふんっ、出入り禁止か。さすがファデュイのやり口は汚いな。北国銀行は自分で発行した小切手を換金することも出来ない事を、璃月の金融を統括する部門に報告するとしよう」

自分の所業を棚に上げて、都合の良い事ばかりを言い放つディルックにタルタリヤは頭を悩ませる。そんな些細な事よりもっと他の事に時間を使って欲しいのに、言いがかりにも近かった。まさか、先ほどまでのやりとりは全部伏線で、北国銀行へ圧力をかける事が本来の目的か? いや、絶対違うな。ただの、ディルック本人の自己満足にしか見えない。

「じゃあ、アカツキワイナリーに北国銀行の行員を派遣するから、もうここには来ないで直接やり取りしてくれる? 手数料も窓口と同じでいいよ」
「ワイナリーは、既にファデュイを出入り禁止にしている。それは、無理だ」
「少しは融通利かせてよ!」

結局、ディルックは頑なに自分の意見を曲げず、何が何でもここにきて小切手を決済するという熱い使命に燃えているように見える。もはやモラがどうとかではなく、意地にも近い。確かアカツキワイナリーやディルック個人は北国銀行名義の口座を持っていないので、換金した後に他行の自口座に送金するなら、送金手数料がかかる。そうでなくとも、その小切手の額面がいくらかは知らないが取り立てたモラをその場で全部ディルックが持っていくとしても、それなりの重さになりそうだが。もはやそういう細かい事を考えられないほどに、変にファデュイを憎んでいる事はわかった。
そんなこんなの最中、すっかり忘れそうになっていたが、本来最も厄介であるべきであった対象から、漏れる声があった。

「貴様ら! さっきから、俺様を無視しやがって!」

実は彼。先ほどからこちらに襲い掛かってきていたが、二人の会話中何度かタルタリヤとディルックは交互に片手で適度に死なない程度にあしらわれていた。すっかり蚊帳の外にあって一応倒れては立ち上がりを繰り返していたのだが、ついに痺れを切らしたのか懐から火炎瓶を持ち出して、効果の見込めないこちらへではなく窓口に投げつけようとした。
さすがにその行動は予想外だったらしく、ディルックが背中の大剣を振り回そうとした………一瞬だった。それより早くタルタリヤが小さく作った水元素の弓を飛ばして、あっという間に火炎瓶を鎮火させる。水流に包み込まれた炎は、無残にも水の塊とともに床へと落下して潰えた。
それを何気ない事のように処理し終えた後、タルタリヤはそちらを見向きもせずに、ディルックに語り掛ける事となる。

「わかったよ…北国銀行は君を出入り禁止にはしない。ただし、条件がある」
「なんだ?」
「来る前に、必ず一報を入れてくれ。俺に」
「は? なぜ」
「君の相手を、俺の部下たちが出来るとは思えないからね。もし、君が銀行内で何かしようとしても…見ての通り、俺たちの元素はとても相性が良い………」

足元に転がってきた先ほどの火炎瓶の破片を、タルタリヤはブーツの踵で割る仕草を入れる。容易い事だとあしらう事を示唆するかのように。

「…いいだろう。君にわざわざ連絡は入れないが、取引先からは月に一度小切手を貰う事になっている。毎月、同じ日にここを訪れる事にする」
「そう。じゃあ、楽しみにしているよ。来月、また」

その後のディルックは、タルタリヤに返事もせず、床に転げまわっている強盗にも目もくれず。ここに来た本来の目的をこなす為に窓口へと向かい、何事もなかったかのように小切手の取り立て業務を受付係に依頼した。
腕を組んでそれを見守るタルタリヤの視線の痛さには、多少思うところがある筈なのだが、それをおくびにも出さずに。



未遂とはいえ、もちろんこの事件は千岩軍へと報告された。総じて目撃者の多い銀行強盗は検挙率が他の事件に比べて異様に高い。その中でも、最たる例として取り沙汰されることが、今後あるに違いない。
北国銀行強盗人質事件と名前を付けられた後、ここ璃月支店には天井に散水栓や消火器などの消火設備が念のため常備されたのはもちろんの事。自らの上司がやりすぎたことも考えて、排水設備なども充実する事となった。














北 国 銀 行 強 盗 人 質 事 件 ?