attention!
テイワットにクリスマス文化が存在している前提話。タルディルは初対面なので、CP要素はほぼ皆無。










『おもちゃ販売員のお仕事、頑張ってね!お兄ちゃん』

そう締めくくられていた…可愛がっている弟から突然届いた手紙の内容に、タルタリヤは珍しく頭を抱え込んだ。

なんてことはない事だが、タルタリヤは定期的に家族と手紙のやり取りをしている。
ファデュイ執行官に着任してからというものの、あまり本国勤務を命じられたことがないからだ。それだからこそ、ある季節の折々に加わる言葉がある。その中でも最も重要な事項が、クリスマスを迎える前に弟がサンタに望んだプレゼントを知り得る事であった。
もちろんそう簡単に教えてくれるものでもないのですが、あれやこれやと時には本国にいる家族やファデュイの力を使ってでも調べ上げている。今年も苦労の甲斐あってか、何とか無事に聞き出すことに成功し、肝心のプレゼントの手配も済ませてある。そこまでは………良かったのだ。
特別便で送られてきた、可愛い弟からの手紙。何事かと要約すると、以下のような事項が書かれていた。

『おもちゃ販売員って、クリスマスにサンタさんのお手伝いをしてるんだね。お兄ちゃんは、いつも忙しいのに無理をしてたの僕、知らなかったよ』

まさかとうとうサンタクロースの真実を純粋無垢な弟が知り得てしまったのかと一瞬焦ったが、その最低ラインは守られているようだった。しかしながら、一つの重きプレッシャーが追加された。
国によって多少文化は違うとはいえ、クリスマスと言えば大切な家族と過ごすという認識。当然、タルタリヤもそれに関しては右に倣って、毎年何らかの形で家族に会いに戻っていた。それが、この弟の手紙から滲み出る内容を解読するに。クリスマスこそ忙しい筈のタルタリヤが帰国したら、暇なの?と思われる可能性がある事だ。有能な、おもちゃ販売員という子供に人気の仕事を偽っている身分だ。それは避けたいし、何らかの追及は必ずあるだろう。自分の弟だけあって、テウセルは中々に優秀だ。もちろんこの設定がいつまでも続けられるとは思っていないが、出来るだけ引き伸ばしたいという気持ちがあった。傍から見れば不思議と思う部分があっても、タルタリヤは大真面目だった。



「公子様、どうなさいましたか?」

そんなこんなを、璃月にて主軸としている執務室近くの廊下を考え事しながら歩いていたら、すかさず部下から声をかけられた。

「いや、何でもない」
「左様でございますか。公子様は例年この時期は、重大な任務を負っていると聞き及んでおります。是非ともご健闘を」

尊敬の眼差しを向けつつも、部下の一人が敬礼に近い仕草をしてくる。
そう…なのだ。毎年、タルタリヤのクリスマスイブは家族の為に時間を取っている。それを馬鹿正直に周囲に伝えているわけではないから、勝手に特殊任務があるのだと部下達は思っている。訂正するのも面倒なのでそのままにしていたら、こうなった。もちろんタルタリヤとて、家族に会う為に仕事を終わらせるのは鬼気迫る勢いでこなしているのだから、職権乱用をしているわけではないが。
それだからこそ、突然ぽっかりと予定が空いてしまった。
世間は、もうクリスマスムード真っ盛りである。それは璃月でも過言ではなく、繁栄の都の代名詞に相応しく異国の文化を独自に取り入れている。
家族に、自分の代わりにクリスマスメッセージカードを送った時点で、もうタルタリヤにとってのその日は終わってしまったのも同然に感じた。信心深いわけでもないから、礼拝に参加するわけでもない。

職場にも居られない。璃月港にも居られない。
多少の疎外感を覚えつつも、それならばと。脚が進むとしたら、得意の単独行動だ。
璃月には想像よりは長く赴任しているが、それでもすべてを知り得ているわけではないからこそ、もっともっと先へと足がどんどんと伸びていく。この季節だろうが、本国からすればその寒さなどタルタリヤに取っては容易だ。明確な目的がない旅のように、またに行きかう人々よりは明らかに軽やかな足取りで進んでいった。



◇ ◇ ◇



どれだけ歩いただろうか、わからない。もちろん地図は持っているし、時間の感覚も備えている。ただ、まるで祖国を思い描くかのように璃月港からひたすらに北へ、北へ。
純然たる行き先があるわけではないが、こういう場合の道中でやることはただ一つ。相手がファデュイに取って有害と判断した討伐対象たちを、漏れなく根絶やしにすることである。最初はそれも比較的順調であった。しかしながら、石門からそのまま北上することは必ず、切り立った崖と崖の合間に流れる河川の合間にある道なりに進むこととなると、目的の拠点が極端に少なくなっていった。
そうして。―――闇雲に進んだ最中に出会ったのは。
文字通り、燃えている目が覚めるような赤が突然視界に飛び込んで来た。

「君は…サンタではないようだね」
「は?」

普段ならばタルタリヤとてそんな発言をしないのかもしれないが、この時ばかりはまだクリスマスに後ろ髪を引っ張られたこともあり、目の前の赤毛で炎の神の目を所持している人間に、咄嗟に感じた事を口走ってしまった。
案の定、向こうは突然そんな話かけをされて、顔をしかめて怪訝を見せた。
それは星空の素晴らしい夜でもあり、璃月の街道に備え付けられた灯りがあるからこそ確認できる表情。

「その服装に…神の目。………ファトゥスの公子!」

最初こそはタルタリヤの発言に戸惑っていたものの、こちらの認識を一式した後で、すかさず後ろに背負っている両手剣に発作的に手をかけはしたが、抜刀まではしなかった。やはりわかってるのだ。ここでむやみに剣を抜くのは得策ではない事を。
そして、それは双方同じことであり、一定の距離を保ったまま二人は拮抗する形となった。

「おっと。君の方こそ、モンドの闇夜の英雄さん………だね。はじめまして、噂はかねがね」
「その名前は好きじゃない」
「そう。じゃあ、なんて呼べばいいのかな?アカツキワイナリーのオーナーさん、の方が本業だし。そっちの方がいいかな」
「…随分と詳しいな」
「それは、もちろん。一度、会ってみたかったからね」

強者に対する情報収集は、タルタリヤが一番事欠かさない事項だった。特に神の目持ちは、それだけで身分証明みたいなものだ。ただ、現実璃月に席を置いている身としては、彼…ディルック・ラグヴィンドと直接お目にかかるのは難しいと思っていた。彼はあまりにもモンドに固執しているから。モンドに危害でも与える立場にでも成り得なければというくらいだ。
元々、お互いの存在だけは認識している状態が、ようやくという事だ。

「それで、君は何をしている?」
「別に。モンドに危害を加えるつもりはないよ」
「そうじゃない。こんな日に何をしていると聞いているんだ」

こちらが直ぐ交戦を願っているわけではないと判断されたらしく、ディルックは多少腕組みをしながら、そう問いかけてきた。
そこで、ふと。頭が巻き戻る。本日の、世間一般での認識事項を、だ。
クリスマスは一年に一度、家族とその大切な人たちとの絆を深める日なのである。このような寂しい場所は、クリスマスの賑わいからは最もかけ離れた場所と言っても過言ではない。夜の街道から少し外れたこんな道端から入った地点で、確かに妙な暗躍をしていると思われても仕方ないのかもしれない。

「スネージナヤには、家族と過ごす文化もないのか?」
「………家族、か」

改めて問いかけられて、思わず多少の悲観に暮れた。
タルタリヤは家族が一番大切である。その家族を守る為、そして何より自分の為に、今こうやって家族の元に訪れることもできず、遠く離れた地にいるわけだ。全てが家族の為と思い、振り向かずに邁進してきた。家族の為と思って真実も嘘も織り交ぜてこなしてきた。その結果が現状である。
ただひたすらにファデュイに仇なす相手を機械的に処理している時は感情などないから、何も考えずに済んだけど。こうやって改めて突きつけられると、変に考えてしまうのも仕方のない事だった。

「…そうか、君も家族を亡くしているのか。ファデュイにも家族がある事は理解しているつもりだが………」
「え?」

家族について思い出すように色々と考え込んでいたら、ディルックは勝手に勘違いしてくれたらしく、同情に近い声を発した。
彼にもそれなりに思うことがあるらしく、もしかしたらそれは自身の経験をも重ねての言葉だったかもしれない。

「いや、俺の家族全員無事だから。両親も兄弟も、みんな元気だし」
「は?…なら、間際らしい顔をするな」

勝手に殺されたと知っても笑ってくれるくらいのユーモアは持っている家族だが、それでも妙な勘違いをされては困るので慌ててタルタリヤは、手を左右に振りながら即座に訂正の言葉を出した。
ディルックからすれば、勝手に想像して勝手に思い違いをしたことになってしまったせいか、先ほどまで嘆いていたような表情から一転、不機嫌に言い放たれた。

「えーと、もしかして心配してくれたのかな?」
「…フンッ。健在なら、早く家に帰るんだな。今日は、君の家族に免じて見逃す」
「別に俺は君と戦って負けるつもりは微塵もないけど、それでもここは感謝をするべき…なのかな。
さすがに君との戦闘で無傷っていうのは難しいだろうし、それは結果的に家族を悲しませる事になるから」

こんな日に無意味に戦いたくなどはないというのは、人知れず双方の認識であったことに間違いはないようだった。
ディルックの方も、それで話は終わりだと言わんばかりに、くるりと踵を返してその場を離れようとしてしまった。

「待って、君はどうするの?」
「僕の事は、君には関係ないだろ…」
「俺は君に自分の家族の事を話したよ。君は黙っているなんてフェアではないんじゃないかな?」
「どうせ…僕の家族の事くらい調査してるだろ」
「大体は、ね」

今はモンドに落ち着いているディルックだが、ファデュイにとって最も驚異的だったのは、数年前の祖国を離れていた時だった。あまりにも縦横無尽に目の敵にされたこともあったので、地下組織に属する前から、要注意リストに入っているのだ。無論、その関係でアキレス腱になりうる身内の存在は、騎士団の上辺の報告程度は看破し手に入れてある。結論を出せば、今のディルックに直接的な血縁者はおらず、義弟だだ一人。それに今の彼の使命からすれば、モンドこそが護るべき全てという印象であった。
つまり、ディルック自身はどこまでも一人………
そんな心寂しい情景を反映してか、いつの間にかチラホラと舞い降りるの白が見えた。

「雪…?」
「降って来たのか…子どもたちには良いプレゼントかもしれないな」

思わず足を止めたディルックが、少し手を出しグローブを天へ向け、雪の存在を確認する様子が見て取れた。まだ降り始めだが、しんしんと上空から綺麗な結晶が静かに落ちる。

「もしかしてモンドの子どもは、雪を喜ぶの?」
「別に全く街に雪が降らないわけではないが、今日降ればホワイトクリスマスだからな。少なくとも僕は、こういう日に雪を見たのは初めてだ」
「何それ………って、あーそうか。俺の故郷だとクリスマス構わず雪が降ってるから、なるほど興味深い考え方だ」

別に雪が嫌いなわけではないが、良い部分も悪い部分もあって、もはやそれは生活の日常だからこそ別段騒ぎ立てるような感情は持ち合わせていなくなってしまった。
だからこそ、今更思わず喉を鳴らして笑ってしまった部分もあった。ディルックが、それを不可解そうにこちらを見る程に。

「そんなに面白いものか?」
「まあ、祖国だと。サンタクロースは赤じゃなくて青い衣装を身にまとってるし、文化の違いって奴の一つかな」
「それなら、なぜ。最初、僕をサンタだと言ったんだ?」

初めての出会い頭の言葉。拍子抜けするようなタルタリヤの発言があったからこそ、毒気が抜かれたかのように今の会話が成り立っているのは事実だった。本当だったら、今会話が成立していることさえ奇跡の成せる深い夜の仕業。折しも時刻はちょうどイヴが終わりを告げ、当日がやってきた時間帯でもある。
それでまでタルタリヤ自身も、いやもしかしたらディルックさえもクリスマスなんて忘れて敵の殲滅に注視していたのだった。それなのに、唐突に降着した強い輝きがあった。

「俺へのクリスマスプレゼントかな…って思ったんだよ」
「は?何が、」
「もちろん、君が。それにこの場所に雪が、滅多に降るものではないとしたら…きっとそれは祝福で運命だ」
「………そういう冗談を言うのが、君の作戦なのか?」
「別に冗談のつもりはないけど。君が好敵手である事には違いないし」

ディルックから、何かを見極めようとする眼差しが向けられるが。論破しようとまでの意気込みまでは感じられない。ただ、完全にやる気が失われたようではあった。

「くだらない…が。僕たちが対峙する関係である事だけは確かだ」
「じゃあ。次に、どこかで会った時は…だね」



それだけの言葉を交わすと、今度こそ本当に二人の邂逅は終了を告げることとなった。
段々と強さが増していく雪の中、ディルックはあっさりと背を向けて。自身が守護するモンドへと帰宅の途へ着くようへと足を進めて、あっという間に行ってしまった。
タルタリヤ自身も特に当てもなく北へ進んで来たわけだが、思いがけず次の目標が到来したことで、気持ちを切り替えることが出来た。いくら寒さに強いとはいえ、防寒着も着込んでいないとなれば本来ならば多少の冷たさを感じていても不思議ではない筈。しかし、この胸に残る赤がそれを相殺しているかのようで。





次への再会の約束をした、二人。
本来ならば、人との繋がりを大切にする筈の印象深すぎるこの日の出会い。
もしかしたら、最高のプレゼントが舞い降りてきてくれたのもかしれない。そんな予感がしたのだ―――













は じ め ま し て の ク リ ス マ ス