attention!
一応ディルック先天性女体化ですが、要素は薄い。モブが無駄にひたすら喋るギャグです、ご注意ください。










「やあ、初めまして。是非君と戦いたいと思うんだけど、どうかな」
タルタリヤにとって強者への問いかけは、いつも通り過ぎた。だから続く言葉が。



「おめでとうございます!あなたは、ディルック様に決闘を申し込んだ記念すべき1000人目の男性です!!!」

まさか。話しかけた当人からのリアクションではなく、どこからともなく表れた無数の一般人に盛大に祝われるとは思いもしなかった。





「おおっ…ついに。最近伸び悩んでいたけど、一気に進んだな」
「えー、私。999人目の決闘知らないわよ。いつだったの?」
「あら…それって、今朝方のことよ。西の小門で煙が上がっていたじゃない」
「あーあれは、誰かが焚火をしてるんじゃなかったんだな。見たかったなー僕も」
思わぬ外野の茶々に呆然とするタルタリヤを尻目に、わらわらとどう見ても騎士でもなんでもないモンド民たちが無遠慮に群がってくる。皆々、楽しそうに談笑をしているが、その内容についてこちらの理解が及ぶわけもなかった。
そうしていつの間にやら、タルタリヤとディルックから一定距離を保った一円が作られ、二人の決闘風景を見守る市民の図という形が出来上がってしまった。

「えーと、どういうことかな。これは?」
「何を言ってるんですか。あなた、今ディルック様に決闘を申し込みましたよね?」
「まあそうだけど…というか、君は何者?」
「私は、ディルック様の一ファン。名前はドンナ。って、私の事はどうでもいいんですよ。
モンド正門…私の目の前で決闘が始まるとなったら、記念すべき1000回目。ぜひとも、取り仕切らせて貰いますからね!」
駆け寄って来た目の前の女性の勢いに飲まれ、頼んでもいない介添人に否定の言葉を出せなくあった。
どうみても、当人であるタルタリヤやディルックより、彼女や周囲の人々の方がこの戦いに希望を導き出しているように思える。そしていまかいまかと二人の挙動を朗らかに待っているのだ。
「では、ディルック様との決闘のご説明をしますね。まずあなたのお名前のご確認を」
「俺?………俺の名前は、タル………」
そこまで名乗りを上げようとした瞬間、はたとタルタリヤは一瞬言いよどんだ。
別に自分の正体を隠すつもりはさらさらないが、ファデュイ執行官として一時的にモンドに赴任している身としては目立ちすぎて良いものではないのではないかと?どうしかようかと、しばしの間が切り替えられる間。

「タルさんですね!皆様、1000人目の挑戦者のお名前は、タルさんです!!!盛大な拍手を!」
「おおおーーー!」
パチパチパチバチ………
いや、ちょっと待て待てとタルタリヤがストップをかける前に、群衆はさらに盛り立ててヒートアップしている。別に本名じゃないとはいえ、敬愛する女皇から頂いた名がなんか可笑しな方向に。しかも、皆が口々にする発音は完全に「樽」である。そして、訂正を出来るほど口を挟める雰囲気は存在していない。
それにしても、決闘の一連作業に名前は必須とはいえ、あまりにも周囲が慣れている感半端ない。本当の作法では住所も名乗るべきらしいが、もうあまりの事態にモンド人でいいと思うほどに。
「せいぜい頑張れよ、兄ちゃん。調子づいた顔の良い男は嫌いじゃないぜ」
「兄ちゃん、ほどほどに頑張れよ。怪我するなよ」
「そこそこは持ちこたえて、負けろー。タルの兄ちゃん!」
「俺が1000人目狙ってたのに、チクショー」
皆さん、大いに健闘を讃えましょうと冷やかしなんだか本気だかわからない煽りが舞う。いやこれは純粋な善意か。別にタルタリヤはこの国の人間ではないとは言え、結局は散々な言われようだ。
「キャー、ディルック様。今日も素敵!お美しい」
野郎に囲まれるタルタリヤとは対照的に、女性の甲高い声が少し先から聞こえる。あちらにも声援は飛んでいるようだった。
強者には戦いが付き物だとは言え、本当に数字を盛っていなければ、歯応えがありそうな相手。この戦いは、非常にタルタリヤの好みである筈なのにギャラリーが多すぎた。

「それでは、タルさんには特別にこちらを進呈いたします」
「これは………手袋に見えるけど」
「はい。決闘の申し込みには手袋が必須ですので」
決闘とは、上流階級が見せる、見世物としてのフェアな闘いは紳士のルールに則って行う名誉だ。
右利きの人間が多いので、主に左手の手袋を相手の足元に投げつけるジェスチャーを行う。そうして、投げつけられた手袋を相手が拾い上げるジェスチャーを行うことで正々堂々と受諾という流れな筈だ。
「俺、手袋してるけど?」
「さすが準備がいいですね!
しかーーし、あなたは栄誉ある1000人目。今までの方には、普通の白手袋を進呈していましたが。今回は、白銀の特注手袋をご用意しました!」
さあ、どうぞどうぞとぐいぐいと押し付けられるようにそれを渡された。こうっ、投げつけて下さいとご丁寧にリアクション付きのレクチャーが入る。
正直そこまで正式な決闘をしたことがないのでわざわざ投げたことなどなかったが、仕方なくタルタリヤは投げやりに白銀の手袋をディルックの方へ投げた。やる気が少々薄いので、力なくぽいっと。
それまで、微動だにしていなかったディルックのブーツにぺしっと当たったそれ。ディルックの方もやれやれ仕方ないというだるさを多少見せつつも、一度は拾い上げた…が、また石畳の階段へ放った。
あっけない一連の流れ。当人同士はそれなのに、二人の一挙一動するたびに勝手に、おおっ!とか、ああっ!とか、周りの声援喝采がいちいち飛び交う。どうみてもイベント事に飢えている様子だ。

「これにて、儀式は整いました!さあ、ディルック様。タルさん。両者、前へどうぞ!」
周囲の期待に促されて、ようやく二人が向き合う事となった。本当にこんな場で戦うべきなのかとタルタリヤは思ったが、もう雰囲気がそれを望んでいる。とても今更断れる空気ではない。
対するディルックは、めっちゃ冷めてるように見えた。このまま飽きれてどこかに行くのかと思いきや、案外ディルックは慣れているようで抜刀をしたので準備は終えたという形だ。抜刀してくれたという事は、一応は戦ってくれるようで、ここまで一言も喋ってないけど。ギャラリーの騒めきか多少邪魔だが、それをも凌駕する評判通りの流石噂の通り只者ではない雰囲気を醸し出していた。
そうして、タルタリヤも愛用している白蒼の弓を構えた。



「それでは、3…2…1……… Ready Fight!!!」

「………おおっ!やっと始まったな。まずは、弓の兄ちゃんが牽制の威嚇射撃だな」
「ディルック様の両手剣は、一撃でもマトモに決まったら痛恨だからな。間合いは取らないと」
「弓やで足元を狙っているから、さすがのディルック様の視界も前方だけには手中出来ないわね」
「このタルって人。純粋な長距離タイプじゃないみたいだ。移動しながら狙撃に慣れてる」
「でもいくらなんでも、ステップでディルック様の進撃を交わしてるからとはいえ、不思議なモーションね」
「いいえ。ディルック様の機動力の方が、きっと勝つわ」
見物人も慣れた様子で、こちらの戦いの様子を口々に挟んできた。容赦ない実況が横から挟み込まれる。
一応は真剣勝負の場とはいえ、これほどワイワイガヤガヤしている人だかりが皆それぞれ喋っていると、流石のタルタリヤだって嫌でも耳に入るもんだ。だが、外野が気になって戦闘に集中出来ないなんて武人として失格である。
ディルック・ラグヴィンドが強者な事は噂や部下からの報告書で知っているが、真の実力は手を合わせてから知りゆく事だ。まだ、お互いの手の内を探っている状態ではあったが、バンッ!!!と渦巻く水の大きな衝撃音が入る。

「げえっ!あのタル兄ちゃん。フルチャージした弓の威力、半端ねぇぞ」
「ほんと…ディルック様だったから隙の多い攻撃で上手く避けてたけど、後ろにあった樽が四散したわ」
「こらーうちの樽を壊すな。何も入ってなかったとはいえ、弁償しろー」
「って、これ。危ないんじゃないか?」
「おい……て、あんま押すな。ワシは少し離れるぞい」
「ディルック様の生み出す火炎も、いつもより熱さが激しいような…」
「もしかして。こんな長期戦、今までで初めてじゃないか?」
流石の野次馬根性旺盛なモンド民もいつもの決闘とは勝手が違う事に気が付き始めて、最初よりは幾分か距離を置くようになる。
炎と水の元素をそれぞれ縦横無尽に操れる二人の距離は対して、縮んでいき。
「あ!ディルック様が助走した。一気に畳みかけて、決めるつもりだわ」
「あの、兄ちゃんは弓の構えが独特だったからな。元騎士のディルック様からしたら、型破りだから攻めあぐねてたのかもしれないな」
「あっちゃー あんなに間合いを詰められて懐に入られたら、流石に弓兵は持たないだろう」
「六段目後の弓を充填する瞬間を、狙い撃ちだな。これでディルック様の勝ち確定か」
ギャラリーの誰しもが、諦めモード。それは今まで999回見慣れすぎた光景で、その定番の誰もが最後まで見届けるのだと思い込んでいた。だが。
ディルックの大剣とタルタリヤの弓が交差したと思われた瞬間、強い衝撃音と共に突如発生した爆発からの蒸発した水蒸気の飽和状態が辺り一面を白く覆い尽くした。

「うわっ!なんだこれ。おーい、何が起こった?」
「えっ、えっ、えっっっ。ちょっとディルック様が見えないじゃない!肝心なところが」
「結果は、一体どうなったんだ?」
辺りを包む霧状の水分がしばし空中を停滞して漂ったようではあったが、徐々に晴れていく。
時間はそのまま止まったかのように、対峙していたはずのタルタリヤとディルックがその中心部からそのまま切り取られた姿で現れた。



「そ、そんな。まさか…ディルック様が………」
「嘘だ…私は夢を見ているの?こんなことってあるの?………」
「誰か、前の方の奴―――!教えてくれ。おい、そこのお前。冒険者だったな。何が起きたか見てたんだろ?」
「いや、俺だってよくわかんねぇよ。あの兄ちゃんが弓を仕舞ったと思ったら、突然二本の剣が表れてな。そのままディルック様の柄を目掛けて弾き飛ばしたんだ」
「それで…ディルック様の両手剣が床に落ちた…………?ってことか………」
ディルックの大剣が宙を舞う姿を見てしまった。眼前に広がる決定的な瞬間を見届けた民衆はしばしの沈黙。今までのどよめきがまるで嘘のように、辺りはしーんと。
だが、純然たる光景がじんわりと染み渡った後に訪れるのが実感であった。



「な、なんと言うことでしょう!まさか、まさかですが。この決闘の勝者は、タルさんです!!!」



「「「「「「わぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

「ついに、この日が。寂しくもあります」
「ディルック様、千人斬りならず…か。いや、今思えばこの兄ちゃん。最初からやるって俺は思ってたぞ。多分」
「ちくしょーいつもみたいに安心安定のディルック様にモラを賭けてたのに。おい、逆張りしてた奴、まさかいるのか?とんだ富豪だぞソイツ」
「こんな運命的な戦いを見届けられるなんて、今日の僕はついてる。きっと何か新しい事を始める吉日だな」
「その壊れた樽の欠片を拾うんだ。いつか幸福のお守りになるぞ!」
戦いが終わっても尚物騒がしかったが、タルタリヤはようやく双剣武装を解除する。
正直、民衆の熱量が一番高いのは今であろう。モンドの盟主の一人であるディルックが破れて悲しんでいる人間もいて、喜んでいる人間もまたいるのが、変に宗教めいている人もおり、かなり意味がわからなくあった。
ただ一つ言えることは、タルタリヤは栄光を手に入れたけど、なんか違う………という事だけ。

「お、おめでとうございます!今のお気持ちを是非ともインタビューさせて下さい」
「インタビュー?」



「そうです。皆様、是非気になっていると思いますよ。だって、あなたはディルック様の結婚相手なのですから」
「は?」



なんだ……どういうことなんだ。突然、タルタリヤに向けて降ってきて沸いた言葉は「結婚」の二文字。
そんな事、今の今まで全然関係なかった筈なのに、この場にいるタルタリヤ以外の人間すべてがそれが当たり前だと認知しているようで、うんうんと頷いていた。ただ戦っただけなんだけど、それとこれがなんの関係が?

そこまで言われてタルタリヤは頭を一巡し、とりあえず一つは前提として思い出した事があった。
そう…ディルック・ラグヴィンドが女性であるという事にだ。
別に忘れていたわけではないが、タルタリヤは戦う相手に対して、自分で選択することのできない性別で優劣をつけることなんて失礼な事だと思っている。強ければ男でも女でも関係ない。その最たる例が、忠誠を誓いし氷の女皇であって。戦場において、そんな年頭は争いの邪魔だとさえ思う帰来があった。
よし、ディルックが女性であるとは認識した。それはいいだろう。だが…それに続く「結婚」とはやはり頭を傾げるしかなく。

「結婚って……一体、誰と誰の話?」
「何を今更とぼけているんですか。ディルック様との決闘の勝利者には、結婚する権利を与えられる。これは、モンドの大常識ですよ!」
当然の共通認識らしく、うんうんとしみじみ皆々は頷いて見せた。

なんだ、そのルール。寝耳に水過ぎて、聞いてない。そんなものがあるなら、決闘前に教えてくれてもいいじゃないか。
もしかして常識というくらいだから、今更確認する事項ではなかったのだろうか。

「ああ…麗しきディルックお姉様がご結婚なさるだなんて、嘆かわしい」
「そうだ、そうだ!あまりにも、羨ましすぎますわ。ディルック様は、仕事と結婚するんです!私は認めないわ」
「いやーようやくか。少し寂しくもあるし、正直悲しい。でも、こんな男前の兄ちゃんが相手なら文句ないだろ?名前は変だけどな」
「ショックすぎて、しばらくお店を休みます………」
「ついに、西風騎士団三大貴族美女の一角がご結婚か。めでたいな。俺、あの三人の中だとディルック様が一番最後になるかと思ってたけど、こんな事もあるんだな」
「999人の男達の屍の上の頂点っていうのが、粋だねぇ」
勝手に話は飛躍していき、皆口々に今までのディルックの歴史を熱気高く語り始めた。別に聞いてないのに。小さいころからディルックを見守ってきた?と思われるモンド民の気持ちの入りようは一入のようであり、留まることの知らない勢いだ。どこまでも賑やかさは止まらない。
そうして…どこからともなく表れた、吟遊詩人の一人がポロロンッと琴を弾き、勝手に祝福のメロディーを奏で始めた。
「そうだ、大変ですわ!直ぐに大聖堂に式のご予約を」
「…失礼します。タル様、はじめまして。私はラグヴィンド家御用達の仕立屋でございます。今後、ご入用があると思いますので、以後お見知り置きを。ディルック様に相応しい、ドレスのご注文をお待ちしております」
「あっ!抜け駆けずるいぞ。タルさん!僕は、フォンテーヌで修行したパティシエで、最近モンドに店を構えました。かの国ではウエディングケーキも手掛けていました。是非とも発注の際にはお声がけを!」
「タル様ー まずは、この花束を今回のお祝いに贈呈いたします。わたくし、モンドで一番の花を取り扱っておりますフラワーショップです。婚姻の席に飾るに相応しい花々を是非ともご依頼くださいませ。もちろんフラワーシャワーも承っておりますわ」
「いやいやいや。お二人の式には、一般人とは違う驚きが必要でしょう!俺は、普段は鉱山で使う道具を作っていますが、かの昔の結婚式にはゴンドラで揃って降りる演出が定番だったと聞いております。特注品はお任せ下さい!」
「ここは大定番の、極上の聖遺物を装飾にしませんか?…………」
なんだかよくわからないが、次にタルタリヤの取り巻きとなったのは、意気揚々と結婚式を進めるために必要な業者軍団であった。
その一帯が自己紹介を迎えた後は、今度は新婚旅行がどうだとか新居の家具がどうだとか、次々に新しい業者がわらわらと絶え間なく宣伝にやってくる。
未だ整理しきれてないのに怒涛の対応にタルタリヤは困惑終わらないのを良いことに無法地帯だ。はた迷惑すぎる。妙な事を吹聴するように詰め寄ってくる有象無象は完全に善意だからこそ、無下にしにくい。

そんな中、ある一角には纏う空気の違う男性集団があった。遠巻きに見て羨望の眼差しを向けるそう…999人全員集合したわけではないが、ディルック結婚!の噂を聞きつけた男たちである。男性陣は悔しそうに。
「くそっ、高嶺の花ディルック様が、あんな奴に。腕を磨いてからディルック様に再戦しようと思ってたのに………」
「いや、お前。俺より弱いじゃないか、無理無理」
「何だと?てめーなんて、ディルック様に3秒でぶっ飛ばされてたじゃねーか」
「3秒じゃねぇ。5秒は持ったぞ」
「そりゃ、ディルック様が剣を抜く時間を待ってくれたからだ」
「僕…騎士団辞めるかな。強くなったらもしかしたらって希望持ってたのに、もう無理だし」
「いや、ちょっと待てよ。ディルック様より強い奴が結婚出来るんだよな。つまり、今はあのタルって奴がその権利を持ってるわけだけど。俺が、あのタルを倒せば………ディルック様と結婚出来るのでは?」
「そりゃ無理だろ。お前はあの戦い見てないからそんなこと言えるんだ。とんでもない強さだぞ?」
「何言ってんだ。手段なんて選んでられっか。一度でも既成事実がありゃあ、いいんだよ!」
「そうだ、そうだ!いくらなんでも、ずっと戦えば疲れてくるだろう。そこを狙えば………俺は行くぞーーータル野郎!覚悟―――」
掛け声と共に逞しくも先陣を切る冒険者がいた。その冒険の先には果てしない深淵があるとも知らずに。
そしてそれに続くモンドの男たちのプライドもそれに即発されて、一人二人と人数は増えていった。何度もめげないタイプもいた。
直接的に無謀で馬鹿なモンド男衆は、やるぞ!お前ら。おー!と野太い声をかけつつ徒党を組む。



「今度は、何? でも、こういうわかりやすい方が俺は好きだよ。戦いは実に単純でわかりやすい」
ここまで来てタルタリヤは、少々うんざりしていたからこそ、もちろん叩きのめした。むさ臭い野郎たちをちぎってはなげ、を繰り返しなぎ倒す。

「ぐあっ!、いでぇぇぇぇ…」
「どんな威力だよ。装備を貫通してやがる…」
「弓の軌道が見えねぇ。ディルック様、こんなんどうやって避けてたんだよ」





一度はディルックに敗れた敗者達を再びタルタリヤがどん底へと葬り去る催し物が開催され、再び観客は歓喜の渦に巻き込まれたのだった。





◇ ◇ ◇





「公子様。事前にご連絡あったチェックインのお時間を随分と過ぎていますが、何かございましたか?」
「………そうだな。少し、モンドで楽しませてもらっていた」
「それは、ようございましたね。改めまして、ゲーテホテルへようこそ。当ホテルは従業員含めてファデュイが貸切っております。長旅ご苦労様でした。お部屋にご案内致します」
「いや、案内はいい」
「かしこまりました。公子様のお部屋は最上階フロアでございます。どうぞ、ごゆるりと」

流石のタルタリヤも疲れを感じていた。それこそ単純な戦いならば三日三晩続けたって疲労を感じたことなどないが、自分の意図が及ばぬ範疇で見知らぬ人間から色々と詰め寄られたりするのが、楽である筈がない。
それもこれも…そうだ。ディルックのせいだ。そうに決まっている。
大体、タルタリヤが彼女に戦いを申し込んだのは、単純な理由だった。別にモンドに限ったことではないが、タルタリヤが強者を求めるのは一番の生きがいだった。モンドで最も名が知れた大団長のファルカは遠征中となると。ファデュイとも因縁があり、名高い赤毛のラグヴィンド家当主に白羽の矢が刺さるのは当然の事で、ただそれだけだった。
そうだというのに、いざ戦いが終了した後にはいつの間にかディルックは姿を消していた。一応は睨みつけられたような気もしたが、あっという間に何処かにいってしまった。結局外野に押し切られてしまったせいで、二人はただの一言も話をしていないどころか、タルタリヤはディルックの声さえ聞いていない。一体何だったんだ?
まるで彼女の元素の影響が未だ続いているかのようにな不完全燃焼を胸に抱いたまま、タルタリヤは宛がわれたホテルの一室の扉を開けた。



「随分と遅かったな」
「は?君………何でここに」
「モンドで、僕が立ち入れない場所はない」
優雅に応接セットのソファで紅茶を片手にくつろいでいたのは、正しく渦中の相手であるディルックだった。
こう…改めて上から下まできちんと姿をゆっくり見る機会が訪れたのは今回が初めてだ。
ディルックは貴族然とした、黒と赤を基調とした厚着な服装ではあるが、女性らしい露出は微塵もない。戦いにおいて身軽さが完全に武器と成り得るとは言い難いので、合理的でもある。だが、男装の麗人とまでは言わないが、身長やその一人称を含めて中性的な印象を醸し出していた。
ああ、そうじゃないな。顔だけは完全に童顔美少女か。

「再戦なら、悪いけど今日は受け付けてないよ。誰かさんのせいで疲れてるから」
「疲れる?僕との戦いで君が全力を出していたとは思えないが」
「そっちじゃないよ。あの民衆だよ!なんで、君は決闘相手の勝者と結婚するなんて言ったの?」
「別に僕が言い出したわけじゃない。
『僕より弱い男が、僕を娶りたいと思うな』と言ってたら、勝手に飛躍しただけだ」
「おんなじだよ、それじゃあ」
じゃあなぜきちんと否定しないんだと。まあ、ディルックもあの強さだ。そんじょそこらの輩に負けるなんて思っていなかったんだろう。要は面倒くさかったんだなと。
今まで999人に求婚されたようなものだ。言葉で断るよりも、適当に剣で退治した方が遥かに早いし、遺恨も残らない。………意外と大雑把なところがあるのだろうか。

「で。そういえば、なんの用?まさか、俺と結婚するとか言い出さないよね」
「当然だ。ファデュイの…しかもファトゥスが相手なんて、今すぐ本当は殺したい勢いだからな」
「へぇ…君がうちの組織に色々とちょっかいをかけてる報告はいくつも届いてるけど、想像以上だ。これは楽しめそうだ」
次こそは、変な民衆が居ないところで戦おうとタルタリヤは固く誓う。きっとモンドじゃ駄目だ。あの勢いでは、どこからともなく聞きつけてやってきてしまう。
どこか良い場所はないかと見当をつけていると………

「僕は、君に負けたつもりはない」
「そりゃね。あんな戦いはそもそも前提条件がおかしい」
「………どうしてそう思う?」
「だって、俺は最後。君に弓を弾かれると思ったから、水の元素で双剣を作って攻撃した。俺が出来るんだから、君だって炎の元素で武器でも何でも作れた筈だ。手だって足だってある。それをしなかったのは………」
「………………」
「あれ以上、俺たちが戦ったら大惨事だろうからね。君は一気に決着をつけようと焦った。
俺はその気になればモンドの町並みだろうが民衆だろうが気にせず壊せるけど、君には出来ない。そもそもがフェアじゃないんだよ」

強制終了して勝手に決めつけたのは介添人たちだった。神の目持ち同士の全力の血肉躍る戦いが、あんな程度で収まるわけがないのだ。
二人の間の決着はまだまだこれからという炎が、タルタリヤの中でずっとくすぶり続けている。手合わせの域を超えた本物がこの先に存在していることを示唆するように。



「………わかった。君はファデュイだが、結婚してもやってもいい」

「は???えっ、………と。どういうこと?結婚って…俺、別にそんな事言ってないけど」
「僕や君が本当はどうだったかが問題なんじゃない。民はもう、君と僕が婚姻を結ぶと信じ込んでいる。僕が守るべきモンドの民が望んでいるなら、それを甘んじて受け入れるだけだ」
「待って、待って。百歩譲ってそうだとしても、俺の意思は?」
「ファデュイに自由なんて必要ないだろ」
フンッと鼻を軽く鳴らして、人権ない宣言をされた。
冗談だと思いたいが、ディルックがそんな面白い事を言えるような人間には微塵も思えない完全に当然至極のマジ顔だ。もはや決定事項だと譲るつもりはないらしい。
本気で、出会ったばかりでお互いによく知らないタルタリヤと結婚するつもりのようだ。いくらモンドが自由の国とは言え限度があるだろ。
「そうだ!一度だけ、籍を入れて。それから直ぐに離婚しよう。そうしよう!」
「は?離婚なんてしない。僕に恥をかかせるつもりか?そんなことしたら、出戻りとか妙な噂を立てられる」
「直ぐ離婚すればちょっと戸籍が汚れるだけだから。なんなら、俺が悪逆非道なファデュイだって演技してもいいし」
「ファデュイは、元々悪逆非道な組織だろ?
まあファデュイはともかく君自身は、本当はそうじゃないようだ。一度手を合わせればわかる」
「じゃあ、どうするつもり?」
「安心しろ、この結婚は僕自身にもメリットがある」
それは一体どんな………例えば、いつでもタルタリヤを殺せるとか。いや、タルタリヤとしたら楽しいけどさ尽きることのない闘いは。それでも。

「面倒な見合い話を持ち込んでくる親戚縁者を一掃出来るのは、便利だ。それに、君を通じてファデュイの情報を引き出せる」
「俺が、そんな簡単に機密情報を流すと思う?」
「思わない…だから実力行使だ」
「へぇ…俺を篭絡するつもりなんだ。面白い…… そうだな、君みたいな強い伴侶がいる人生も悪くない」



別に契約をしたわけではないが、魅力的な取引に非常にワクワクした。
二人の感情の赴くままの口約束は、どちらかのバランスが少しでも崩れれば呆気なく崩れてしまう程の脆いものなのかもしれない。だが、お互いの強い意思によって二人は確かに惹かれあっていた。





「そういえば………君の名前はタルだったか?」
「…違うって。俺の名は…………」
折角結婚をするのだから、ここは本当の名前を言うべきかと一つ思って。

二人を祝福する為の、決闘直後から鳴りっぱなしのモンドの大聖堂の鐘の音がゲーテホテルの最上階に一番に届き降り注いでいた。










翌日以後。
あのディルック様が、早速ゲーテホテルに泊まったとの噂が流れ。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
「由緒正しいラグヴィンド家に、ついに跡継ぎが!」
と、モンドの民は永遠に騒いでいた。それはこれからも、ずっと………



















タ ル デ ィ ル が 決 闘 し て 結 婚 す る 話