attention!
付き合ってるタルディルでハロウィン小話










「Trick or Treat!」

本日何度目か聞いたその言葉に、表面上のため息半分を吐き出した様子をディルックはタルタリヤに見せた。



毎度、本来の語源からすると逸脱していると思っている。
だがここは自由の国モンドであるからして、楽しいイベントごとを常に皆が欲しているのだ。いつの間にやら大人から子供まで楽しむというテイストに切り替わったのは知らないが、時期が近づくと段々とモンドの街並みの装いもハロウィン相応しく色づいていく。
ディルック自身はさして興味のないイベントではあったが、曲がりにも商売をしている以上、これらは避けて通れぬ道。便乗商法とまでは行かないが従業員からの提案もあり、要望されれば多少ディスプレイがカボチャという季節的なものになるまで否定するわけではない。しかし、最後までハロウィンだから飲もう!とまで言いまわる酒好きたちの気持ちを理解するつもりにはなれなかった。彼らは、何でもかこつけて酒をあおるのが生きがいなのだと、直ぐに考えるのはやめた。
そしてハロウィン当日――― は、案外そこまで大変ではないと知っているのも毎年の事。彼らは何日も前から意気揚々と騒いでおり、逆に当日は疲れ果てたアル中と化すのだ。ハロウィンという大義名分を失うことで、明日からはいつもの日常が待っている。謎テンションを翌日に持ち越すことは許されないからこそ、少しの早い帰宅。そうはいっても、諸々の片付けもありようやくディルックが屋敷に戻った時間は、当然の如く午前様だった。
そして、冒頭の一声と共に突然自室へと現れたのがタルタリヤだった。

「あれ…もしかして。ハロウィンだから少し特別な衣装だったりした?」
「別に普段通りのつもりだが」
「だって、いつもより少しフォーマルというか。グラス片手にしてるし」
「これは店で余ったブドウジュースだ。そんな事より…その服は………」

一度言いよどんで、ディルックは窓から無遠慮にやってきたタルタリヤの衣装に視線を一巡させた。
まごうことなきハロウィンの仮装だ。灰色がかったピン立ったケモノ耳に、猫のオマケ付き。デフォルメされた丸みの大きな肉球付きの手には、申し訳ない程度に爪がついている。そして、長さ以上にもふもふでふさふさな見事なくるんとした尻尾。身に着けている服も非常にラフな感じで、どう見てもオオカミ男であった。
きっと頼めば、がおーとか子供相手にやってくれるのだろう。幼い弟妹がいるから慣れているのだろうか。ノリノリだが、顔や表情やスタイルを総合的に鑑みて、似合っているというのが誰もが持つ印象であった。

「随分と楽しんでるな」
「ハハッ。俺は、何事も全力で取り組む男だよ」
「知ってる。それで菓子だったか………」

そうして開口のハロウィン定番セリフを思い出したディルックは、仕方ないと思いながら菓子が閉まってある戸棚へ向かうために、踵を返そうとしたのだが。
次の瞬間には、柔らかな温かみに強く抱きとめて包まれた。それは、いつもとはちょっと違うふかふかもこもこという触感付きで。

「………おい」
「ん?」
「動けないんだが」
「もちろん、そのつもりだからね」

音程さえ変えず、いつものように笑った声色で、タルタリヤはそう返した。明るく喋っている割に、ディルックをがっちりホールドする手の力は全く緩めるつもりはないらしい。よくそんな疑似的なケモノの手でこちらを繋ぎ止められるなと感心するほどだったが、器用な男だから別に苦にならないのだろう。
だが理由もなくこちらを抱きとめるような人間でもないので、一瞬ディルックはその意図を掴みあぐねていた。こちらの行動を邪魔だてする理由………それは。

「Trick or Treat」

再びタルタリヤは、不意打ちのようにその言葉を投げかけた。今度は………ディルックの耳元で囁くように、と確信的に。その蒼い光彩の瞳は、永遠に輝かない。それでも、宵闇に染まる夜の下で、確かに伝わる意図がその言葉には存在している。
―――しばしの時間は、その不思議な膠着状態が続いた。
タルタリヤの表情はその間、一向に変わらずにあった。このままの状況でディルックが何を喋っても、きっともうその言葉しか繰り返さないという意思が節々に込められているようだった。
結局は根負けをしたふりをして、はぁと一つ息を吐きディルックは、菓子の入った戸棚に向いていた足先から力を抜いた。同時に少しこわばっていた身体の力も消失していく。そうして、目の前の男の目を見て。



「君の為に菓子を用意してあるんだ」
「でも、それを今俺には渡せないだろ?」
「その通りだから………起きたら一緒に食べよう」
「了解」

これからの為にこぼさないようにと、ディルックが片手に持っていたブドウジュースを手早く取り上げたタルタリヤは、せっかくなので一口頂いてからサイドテーブルにグラスをよどみなく置く。



胸を透く芳醇な香りのブドウは確かに魅力的ではあったが、タルタリヤはそれ以上に馨しい相手にアルコールもないのに酷く酔えるのだった。



















夜 は ま だ 終 わ ら な い … …