attention!
エンデヴァーがホークスに見合い話を持ち掛ける話。親族捏造注意。何でも許せる人向け。










「次は、もっと良い報告が出来るように頑張りますよ。今日は、これで失礼します」

ヒーロー公安委員会への定期報告はホークスにとって、行き慣れている筈なのに、あまり好ましくないことで。面倒とまでは言わないが、電話や電子媒体ではなくわざわざ出頭というのは体制の古さを感じる。無論、特別な進展がある場合は別のホットラインが用意されているとはいえ、公安はホークスをある程度は監視下におきたいからの一連にも見えた。
世間的には華やかとされるヒーローの影の部分と言っても過言ではない所業に、さすがのホークスも気持ちが良いわけでもない。気分までそちらに引きずられないようにと少し切り替えるように、ビルの隙間から空を見上げる。遅くの夜景は、輝く星々よりビル群の光彩の方が煌めいていた。
本当なら今すぐにでも飛んで帰りたいが、ここは公安以外にもヒーロー関係の諸機関が入っている公のビルだ。今の立場からするとあまり目立つのは良くないからと、しぶしぶ下りエレベーターへと乗り込む。やや重くなりがちだった顔をあげて、先に乗り込んでいた先客の姿を確認すると、驚きと共に声が揚がったのが自分でもわかった。

「エンデヴァーさんじゃないですか!お久しぶりです」
「ああ。貴様も帰るところか?」
「はい、一階で大丈夫です。こんなトコで会うなんて珍しいですね」
「NO.1になったらなったで煩わしい上からの呼び出しも多いからな。そっちは公安絡みか」
「ええ、俺の方は大した用事じゃないですけど」

本当はとてもエンデヴァーに言えるような案件ではないから、なんでもないように振る舞う。
敵連合への侵入を指示された以上、情報の漏洩を考えたら口頭での伝術というのは当然なのだろうが。地元から遠く首都までの足を、それだけの為に運ぶというのはいささか疑問にも感じていて。それでもだからこそ今日、エンデヴァーに会えたのだから今日本当はとても良い日かもしれないと、ぱあと一気に気分が上昇する。
どうしようか。エンデヴァーも事務所に帰るだけのようなら、いっそ夕食に誘ってもいいだろうか。仕事熱心な彼は誘っても、業務上の必要性がなければいつもなしのつぶてなのだ。
いくら上層階とはいえ、地上階直通エレベーターは重力とともに一気に下降する。途中誰も乗り込んでくるような時間帯ではないとはいえ、ジリジリとリミットが迫っていた。

「俺、これから地元に帰ろうと思ってたんですけど、エンデヴァーさんはどうするんですか?」
「特に用はないな。………貴様、地元には急いで戻る必要があるのか?」
「へ?いえ、そういうわけではないですけど…」
「ならば、少し時間はあるか?」

思わずきょとんとした間抜けな顔になった気がする。なんだ、これ。もしかしなくても、エンデヴァーに誘われているというのだろうか。
誘う前に誘われたことに頭の処理がちょっと追いつかない。これが仕事だろうが、この人が自分に必要以外に面と向かって声をかけたことなど今までなかったからこそ、取り乱すのは仕方ないのかもしれない。

「時間、あります。あります!今、ちょう暇です」

年甲斐もなく身を乗り出すかのように主張する。食い気味だったから、ちょっと引かれたかもしれないが、それでも良かった。
だって今まで、程より距離を保っての親交さえ割と鬱陶しそうに扱われることが多かったのだ。逐一。それが雲泥の差すぎて、馬鹿みたいに浮かれてしまうのは仕方ない。思わず飛び跳ねなかっただけマシだ。

タイミングよく、ちょうどエレベーターは一階へと音を立てて到着する。次の行き先が同じことに、ホークスはただ有頂天になった。




◇ ◇ ◇





ホークスとの会食はエンデヴァーにとってももちろん予定外なことだったようで、結局誘ったのはあちらだったが、お店や場所のチョイスは全部ホークスがやった。元から誘おうと思って頭の中に張り巡らせていたから、都合が良かったし。

何度かプライベートで使った、鶏もつ鍋専門店へ足を運ぶ。
内蔵系の料理はクセがあるので苦手な人も多いが、以前焼き鳥のレバーを普通に食べていたから大丈夫だろうと思っての提案だった。
好きな人と好きなものを一緒に食べる。同じ鍋をつつける幸せをどこまでも噛みしめる。食べる量はホークスの方が多いけど、そんなことは気にならないくらいパクパクと、食も口も自然と軽快に進んだ。
話題は専ら仕事の話だ。いや仕事の話しかないけど、いくらでも話せる。エンデヴァーが相手なら。もちろんあちらからとすると情報交換も兼ねているのであろうが、それでも良かった。
お腹いっぱいに締めまで食べて、ようやく箸を落とす。腰かけた背の低い椅子に座り直しながら、最後に運ばれてきたお茶を一息。

「それで、何か俺に用があったから声をかけてくれたんですよね?」
「そうだな」

ホークスが浮き足だってしゃべりまくったのがいけなかったのかもしないが、食事中の会話は全部仕事の話だった。が、それらしい話題が出なかったのだ。
エンデヴァーは、意味もなく他人の足を止めさせるような人ではない。だからてっきり仕事関係で何かあるんだろうと、あれこれと話題を振ってみたがどれも脈はなかったので、こうして最後に切り出したのだった。
返事はしたものの、エンデヴァーの言葉は直ぐには続かなかった。というか、珍しくこちらをじっと凝視された。
なんだろう…いくらちょっと調子にのっていつもより食べ過ぎた飲み過ぎた自負はあったが、エンデヴァーの前で保てる最低ラインはきちんと越えてない筈で、顔に何かついているわけでもなかろう。
しばしの沈黙の後、ようやく少し重そうだった口が開かれた。

「…最近、調子はどうだ?」
「おかげさまで仕事は順調そのものですよ」
「仕事の事は知っている。プライベートはどうなんだ?」
「はい?」

まさかの展開に直ぐには言葉が出てこなかった。
エンデヴァーが、ホークスのプライベートに興味があるなんて予想もしていなかったのだ。よく思い返せば誘われたのも、個人的に話をしたいことがあるという建前だろうというのが、本当だったとは。
上機嫌をも通り越す。申し訳ないがマトモな返事より、嬉しさの方が先に増す。あまりにも自分に都合良く即物的だ。

「いや、個人的な事だったな。嫌なら答えなくてもいい」
「俺の事で何か気になることがあるなら、遠慮なく聞いてください」

あなた相手ならなんでも答えますと。それはさすがに付け加えられないけども。
思わず前のめりになりそうなのを押さえつけて、顔の表情を変に変えないように努めた。言葉は選ばなければいけない。エンデヴァーが何かを自分に求めているなんて、仕事以外では初なのだから。慎重に、慎重にだ。
じっくりと待った気がする。その間、エンデヴァーは腕組みを一度組み替えてようやく少しの奥歯にものが詰まったような顔をされながら、尋ねてきた。

「歳は22だったと記憶しているが、経歴に偽りはないな?」
「ええ、この冬で23になります」
「その年齢なら、誰か好いている相手がいてもおかしくないが、予定はあるのか?」
「え?………いや、付き合っている人はいませんし、予定も特にないですけど」

あまりにもあまりにも想像の範疇を越えた質問だった。だってエンデヴァーは、愛だとか恋だとかとても口走りそうにない人で。
だから焦って、ヒーローインタビューとかで返す模範的な回答がそのまま口に出てしまった。実際に確かにそうなのだが、相手が不味過ぎた。
最初に切り出させた年齢的に考えれば確かにおかしくはないのかもしれない。自分の今の年齢の時、エンデヴァーは結婚しており子どもももう何人かいた筈だから。しかし。

「突然どうしたんですか?さすがに驚きました」
「今日、上に呼び出された時にそういう話が出た。結婚を公言しているヒーローは少ないからな」
「…ああ、なるほど。俺はよく知らないですけど、イメージの問題で隠しているヒーローもいるかもしれませんからね」

やっぱりそういう真面目かと、一瞬で落胆する。
きっとホークスのタイミングが良かったのだ。話を聞いたらちょうどよく未婚のヒーローがそこにぷらぷらといたから声をかけた的な。それだけ…
忙しくて未婚のヒーローが多いというのは一因ではあるだろう。また面倒と思うのは、ホークスが当事者だからだろうか。忙しすぎて結婚なんてできませんなんてイメージがヒーローについたら、上が困るっていうのはわかる。オールマイトみたいに年齢も能力もすべてを隠していればミステリアス路線でいけるのだろうけど、自分はそうではないし。晩婚化が叫ばれている以上、輝かしい職業であるヒーローでさえそれではと危惧したのかもしれない。
そんな中で、ナンバーワンヒーローでちょうど末の子が雄英高校で目立っているという息子を持っているエンデヴァーに白羽の矢が立つのも理解した。
それに昔に比べたら、エンデヴァーはきちんと家族…そして子どもを見るようになった。確かに明るい子供たちの未来を目指すことを考えたら、人間である以上向かう方向はそれに違いない。

「家庭を持つつもりはないのか?」
「そうですね…」

この人が、自分にこれを言うのかと。極めつけだった。
流石に少し参る。一番心の弱いところを突かれている気分になり、嫌でも気持ちから暗くなる。一気に気分が浮上していたのに、まるで沸点でぺしっと叩き落とされたようだった。エンデヴァー相手なら勝手に心が翻弄されるのは嫌ではないとはいえ、さすがにこれは堪えた。別にエンデヴァーとどうこうなりたかったわけではなかったけれども。あまりにも。
いや、勝手に期待をしたホークスが悪い。
さあ、考えを元に戻せ。
最初からこの人との関係は、ビジネステイクでしかないのだ。割り切れ。関心なさそうで、自分の存在の認識をされていたことだけでも喜べと。

「前向きに考えておきますよ」

駆け引きできるほど心に余裕はない。だから、ありきたりではあるが模範解答を返せば、この話はそれで終わりになるだろう。そう高をくくっていた。
エンデヴァーの次に続く言葉がなければ………



それは一人の女性に関する話で、俺はもしかしたら初めて敬愛するエンデヴァーの言葉をマトモに聞くことができなかったのかもしれない。
しばらく固まった後、ああ自分は見合い話を持ち掛けられているんだな。好きな人からと、一気に冷静になって。顔の表情がそれから一切変わらなかった自覚がある。

「どうだ?」
「わかりました、結婚します」
「おい、まだなにも話してないぞ」

もはや、そんな状態で正常な会話が成り立つわけがなかった。



20年分の片思い。憧れが恋に変わり、愛に変わり、そして―――











事の始まりは、エンデヴァーが親族の会合で一堂に集まった時のことだったそうだ。
その年の会合は、今まで参加したことのないお子さんたちも参加して例年より賑やかで。No.1ヒーローになったことを祝われて、きっと朗らかな良い集まりだったのだろう。元々ヒーローとして忙しくしていたから親族からも少し遠巻きに見られていた面もあったようで、家族を…親族を顧みようと少しいつもより長く会談に足を止めていた。
そこで件の女性の登場だ。
エンデヴァーには大学生の姪御さんがいるらしく、とても丁寧に話しかけてきたそうだ。自分の健闘を讃えて、最近の活動からの流れでホークスの話が出た。チームアップすることが多いから、と。
出来たらサインが欲しいと、最初はその程度の話だったらしい。しかしよくよく聞くと、ホークスに好意を持っている事に気が付いて………

そうしてホークスの内面が冷静を保てないまま、話はものの見事にトントン拍子に進んだ。

双方の顔合わせ
連絡先の交換
電話のやり取り
繰り返される逢瀬
etc………



◇ ◇ ◇



「お邪魔します」
「来たか」

立派な門扉をくぐる。ある程度の予想はしていたが、それでもその予想を凌駕した近年滅多にお目にかかれない純和風家屋。轟家に、ホークスは手みやげ片手に初めて足を踏み入れた。まさかこの敷居を跨ぐのを許されるのがこんな形だとは思ってはいなかった。
エンデヴァーの普通に私服の後ろ姿を追って、長い廊下をぺたぺたと歩く。プライベートで会うのは初めてだけど、やはり別段と変りなどはなかった。
そのまま応接用とおぼしき部屋に通される。もちろん畳部屋だ。天井が高めに作られているのはエンデヴァーの身長に合わせてか。普通だったら鴨居に頭ぶつけそう。
和机越しに、分厚い座布団の上に軽く胡坐をかぐ。きっとフローリングなさそうだなって、統一されたしんとした空間を見て思った。

「さすが名産地静岡。このお茶、美味しいですね」
「当然だ」
「今日、他のご家族は?」
「皆、出ている。子どもたちもそれなりの歳になったからな」
「ああそういえば、ショートくんは雄英だから寮生活ですね」

他の家族がいないことを確認したときは、思わずほっとしてしまった。
もし家族団らんを目撃したら、きっと胸が潰されそうだから。
その軽い挨拶からの向き合う会話。無難に仕事の話はいつものことで、通常だったらこの人との唯一の共通点だ。
もしかしたら、仕事抜きならこのやり取りも他愛のない会話に思われるかもしれない。でもそんなことすること今までだってなくて、これが初めてで。遠巻きに見ていた存在が仕事抜きでも突然近くなって、少し浮かれていたのかもしれない。
そうして避けられない話題が垣間に容赦なく入ってくるのだ。

「それで、そちらはどうなんだ」
「ご心配なく。姪御さんとは順調にお付き合いさせて貰っています。さっきもきちんと本家の玄関先まで送りました」

まあそう聞かれるだろうと予想していたからこそ、張り付けた笑顔でホークスは返した。その顔がダメなことをエンデヴァーには見透かされている部分もあるのかもしれないか、とてもこの状態で素をさらけ出すことなんてできるわけもないのだから、たぶんこれでいい。
そう今日は経過報告をしにきたのだから。
真剣に交際しているのか、うまくいっているか?とややぎこちなく訪ねる
エンデヴァーからすれば、妙な形とはなったが一応紹介したのだからきちんと見届ける責任があるという気持ちなだけだろうが。
十分にわかっていますと答えれば、ホークスに対する若干の不信感がぬぐえたのかエンデヴァーの堅い表情が少しほころんだような気がする。
その姿を見ただけで、福岡からの往復時間など些細な事にしか感じられない程だ。
いくら身内とはいえ女性相手にそういうことを聞くは失礼だと思っているに違いない。だからまだ気安い自分に声をかけてくれたと、勘違いもしようがないほどそれは事実すぎたようだった。
深い勘繰りはされないけど、それこそ別にホークスも深くは話したくはない。きちんと彼女に向き合っていることには違いないし。ただちらつく相手がいるだけだ。誠実ではない自覚は十分にあったとしても。

「九州から来るわりにマメな男だな。何度か、本家の方を飛んでいる姿を見かけたぞ」
「あ、目立ちます?この辺、閑静な住宅地ですし、地元じゃないからって油断したかな」
「事情を知らない人間からしたら、でかい鳥が飛んでいるくらいにしか思わないだろうな」

まあ嘘である。わざわざこっちの轟家の上空をも横切るのは、少しでも垣間見たい人間がいるからで。もちろんデートというのが目先の一番の項目だが、男で経済力も機動力もあるホークスがこちらに来るのは当然というか、一応こっちや関東方面に仕事行く次いでだとかなんとか口実をつけて頻繁にやってきている。
しかしだからこそだ。そんな姿がエンデヴァーの目に止まったからだろうから、今日こうやって。こちら方面に来る機会があったら一度うちに来いと声をかけられたのだ。時間のある時でいいからと。ついでに寄ったという建前。思わぬ好を得た結果である。
やや秘密主義のオールマイトとはまた違った思考の持ち主で、エンデヴァーは微塵も仕事中にプライベートの話なんぞ許してくれない人間だ。ホークスが屈託なく話しかけても、無駄口を叩くなと一睨みされる。そんなことではあきらめないけど。他のヒーローからはあのエンデヴァーに気安く声をかけるなんてさすがホークス心が強いのか若さ故かわからないと思われているようだが、こっちはただ恋に真剣なだけだ。
そんなエンデヴァーがどっしりと構えられる自宅に呼んでくれたという破格の扱いを許されるのも、全て彼の姪後さんとお付き合いさせて貰っているからだと、それはわかる。

「エンデヴァーさんは俺よりずっと若く結婚してますけど、交際は順調でしたか?」

嫌な質問をした自覚はある。こういうところが嫌がられる要因かとわかっていても、人生の先輩としてのアドバイスを受ける自然な形を装う。だってずっとこの人が欲しかったから。
互いに傷をエグって何になるのか。轟家の惨状を知りつつも訪ねるのだ。エンデヴァーはホークスが全てを知っているのかどうかそれはわからないから、どっちとも取れるように言うのだ。

「人と付き合う中で、全てが順調ということはあり得ない事だ。色々とあったが、今この形に収まった事を俺が後悔する事はない」
「そうですか。俺も心に留めておきますよ」

ああやっぱり聞かなければ良かったと、わかりきった後悔。それでもこの人の他人には見せないだろう本心の一面をかいま見られたことだけが収穫だとしても。

「話は、少しは聞いている。貴様、チャラチャラしているかと思っていたが、案外悪い男ではないようだな」
「酷いなあ。俺は仕事も恋愛も大まじめですよ」
「信頼して貰いたいなら、もう少ししゃんとするんだな」
「エンデヴァーさんくらいの貫禄は歳を取ればどうにかなりますかね?」
「別に俺の真似をしろと言っているわけではない」
「そうですね。俺はあなたになりたいわけじゃないですから」

ありがたくも叱咤激励はされるけど、ホークスの胸は少し痛むのだ。
交際している彼女は何も悪くはない。元々、伯父であるエンデヴァーを尊敬していて、俺とチームアップを組んでいるのを見ているうちにってホークスに恋愛感情を持つのもわかった。エンデヴァーの家族事情は聞きかじりで知っていて、子供たちがそう簡単に好意的ではなかったからこそ、慕ってくる姪が気になるエンデヴァーの気持ちもわかる。
本当に控えめな女性だった。デート中は、エンデヴァーの話で盛り上がったし。多分、一緒に暮らすならこういう女性が本当に理想だったのかもしれない。それこそかの方の姪でなければ余計に。違う形であっていなければよこしまなことさえ考えなかったのかも知れない。それくらい順調なお付き合いすぎた。だから逆にいけなかったのかもしれないと、後に思う。

「姪は…貴様にはもったいないくらい出来た娘だと思っている」
「それは俺もそう思いますよ。本当に…」

声がだんだんと小さくなってしまったかもしれないが、紛れもない本心。
身内の贔屓目を差し引いても、彼女は良い女性だと思う本当に。だからこそ胸痛く思うのだ。その元凶の後ろにいる恋し人を。
本当に…俺の気持ちにはニブいくせにどうして姪御さんの気持ちには気がついたのかと問いつめたいけど、ダメージを食らうのはホークスの方だから追求してはいけない。
だけどホークスが唯一した一歩踏み込んだ事は、彼女を轟さんと。名字呼びはせずに、下の名前を敬称呼びしたことだった。その名字を気軽に口に運べるほどずっと頭は冷静ではなかった。
そうなのだ。よくよく見なくても、彼の姪はまるで彼に似ていない。性別も容姿も性格も。だからほっとした部分もあった。だから逆に現実を突き詰められて、エンデヴァーが好きだと認識した瞬間から結婚なんて考えもしなかったから初めて向き合った気がする。初めて好きになった人は最初から手に入らないのだから。

「あなたは知らないかもしれないけど、俺は案外一途なんですよ」
「そうか。なら、いい」

至極普通の反応だろう。きっとその言葉を信じてくれている。嘘ではないからこそたちが悪い。
なんでもいいから繋がりが欲しかった馬鹿な自覚。望んでいるのか望まれているのか。
ホークスはモテることに違いないが、ヒーローが忙しいからという理由で女性関係をしている暇はなかった。一応傀儡で浮いた話が出たこともない筈だ。その辺の信頼だけはあるからこそ、少しの朗らかな表情をされた気がする。
それでも微塵にも残った心が少しはあって、関係性を変える方がまだいいんだと思った。

「貴様の外面の良さは知っている。交際相手を紹介される機会も多いだろう」
「それって俺を褒めてます?」
「一般論を述べただけだ」
「まあ良くも悪くもヒーローは目立ちますから、ね。実家も超絶都会ってわけじゃないので、色々と地元から話はありましたよ」
「それが当然だな」

お見合い話とか、こういう話は事務所に送られてくるほど多いからこそ、今回エンデヴァーからの言葉に間抜け顔を晒す程の驚きをしない余裕がほんの少しあったことには違いはなかった。

「ていうか、エンデヴァーさん。よく仲人するんですか?他のヒーローとかにも」
「するわけないだろ。もし自分の子どもたちの相手も誰を連れてきても基本は反対する」

そうだろうなって思った。厳格な父親あるあるすぎて、目に浮かびすぎた。
どうにも結びつかないのだ。この状況が。最初からずっと。その違和感の払拭がどうにもホークスの行動をずっと縛っていて。

「それでよく俺に声かけましたね」
「貴様なら、任せられると思ったからだ」

短く切った言葉に全てが終息した。少しの期待を。
ああ、この人は本当に残酷だ。
近づいてしまった俺のわがままを許してくれた。
せめて貴様のような男にはやらんと言ってくれれば、またホークスが選んだ道は違ったかもしれないのに。
せき止められない気持ちがあふれ出そうになるのをぐっと抑えて、その場をとりとめた。

背中を押された気がしたのだ。自分の想いとは違う可能性を。



………だから次に彼女と会った時、俺は簡単に一線を越えてしまったのだ。











俺は、今日結婚する―――



有用な個性を持っているのだからその遺伝子を残すのは当然の務めだといってエンデヴァーさんが仲人になってくれた女性と、俺は今日結婚する。

既婚者を好きなってはいけないと、改めて神に誓うのだ。諦められる自信もないくせに。
俺が望んだ…そして周りに望まれた一世一代の結婚。
もうその愛なんて欲しくない。ようやくの諦めがついたとして。彼女が大学を卒業と同時に理由をつけて籍を入れることになった。

でかい鏡が多すぎる控室で、ホークスは他にやることもなく、別に自分の顔なんて見たいわけでもないからと、白く装飾されたふかふか椅子に腰掛けて手持ちぶたさであった。
髪を後ろに撫でつけてのセット、今日限りしか着ない白銀のタキシードをまとってと、新郎の準備はあっけない。一緒に結婚式会場に向かっても、どう考えても新婦の方が準備に時間がかかるのだから仕方ない。新郎がずっとその様子を眺めることを会場のスタッフが良しとするわけがない。別にホークスもそんなことがしたいわけではない。だからただ順当に待つ、別室に一人待機だ。
こういう暇は本当に珍しい。さすがに自身の結婚式当日では、式場に敵でも出ない限りヒーローに戻ることはないだろう。
ついには頬杖をついて、ぼうっと装飾の施された壁時計の短針を見つめるだけとなっていた最中。

トントントン

微かにかかるクラシック音のかいまに響くノック。
式場のスタッフがまだ連絡事項か?と少しのやる気のない声で、どうぞと入室を促してしまったのは少し不味かった。
ああ油断してしまう、心が緩む相手が、だ。

「ふんっ…馬子にも衣裳だな」
「そう言われるって思っていました。俺もお色直しで紋付き袴を着ますけど、エンデヴァーさんには勝てる気がしません」
「今日の主役は貴様なのだから、堂々としてれば良かろう」

正当に男前な和装姿のエンデヴァーの格好を見て、また何度目かの惚れ目を感じた。
同業者だからこそ仕事の関係で互いにスーツを着込むお堅い会場に行くことはあるとはいえ、親族だからそと家紋の入った姿まで見ることは流石になかったから。さっき他の親族でも見たけど、エンデヴァーだからこそ、違うのだやはり。

「人生の大舞台を前に、エンデヴァーさんに活を入れられるっていうのは光栄ですね」
「結婚ごときで、貴様は狼狽えるような男ではなかろう」
「どうでしょう。さすがに俺も初めてなことですから」

そう全てはホークスの胸三寸ではない。現状をぶちこわすだけの一番のカードを保持しているのはエンデヴァーなのだ。本人がそれを知らずとも、その挙動一つで新郎も新婦も翻弄されるのは仕方なさ過ぎる相手だった。

「それだけ軽口が叩けるなら問題ないな」
「なら、期待して見守ってやってください」

さすがにいつもよりは硬い表情だけではなく、ふっと喜んでくれた気がする。腐っても祝いの場だ。
ホークスとって、エンデヴァーは産まれた時からすでに人様の伴侶であり同時に誰かの父親だった。それが変わることなんて金輪際なくて。憧れて、ただの憧れではない。同じ土俵にたった時、初めて。やっぱりそうじゃなかったと気がつくのがもう遅すぎて。
「おめでとう」と。エンデヴァーはここにきて定型句を口にする。
愛する人の言葉なのに、その祝福の言葉だけは心を素通りするように練習した。だから「ありがとうございます」と横に見える鏡からかいま見られるほどに嬉しそうに感謝の言葉を述べる。
独身の自由が利く最後の時間は残り少なかった。だからいつもより早口になってしまった自覚はあったが、それさえもエンデヴァーはただ許してくれて彼の名前を連呼する。

「貴様、式場でも俺をヒーロー名で呼ぶつもりか?」
「エンデヴァーさんだって、俺をヒーロー名で呼ぶじゃないですか」
「む、そうだったな。練習しておくべきか」
「親戚一同の前ではちゃんとしますよ。でも、俺たちの関係はやっぱりヒーローですから。こっちが自然な気がします」

自分の本名を呼ばれることなんてないと思っていた。認識されていたってだけでもこの関係にならなければ奇跡なわけで。だけどそれ以上の高望みなど、今のホークスに求められるものではなかった。やっぱり慣れないとごまかす。きっと今プライベートだからと、彼の本名を呼んでも何も言わないだろう。それは、もう叶うことのない間柄になったらと、想像したことがないわけではない。だからこそ、上辺で必要になる時以外…ホークスがその名を口にすることは一度たりともないだろうと想像に難い。
その彼に相応しすぎる名前だからこそ、ホークスが口に出すのははばかられるのだ。

「そうだな。スピーチでは気をつける」
「ヒーローって色々とスピーチ頼まれる事多くないですか?エンデヴァーさんなら、慣れているでしょ」

今回、親族席の方が参列するこの義理の伯父にホークスはスピーチを頼んである。本来ホークスは堅苦しいことが苦手なのだが、エンデヴァーは仲人も同然なので仕方なくこうなった。
それなりに姪には甘いのか、二人で結婚の挨拶をしに行ったその日に引き受けて貰ったので少し拍子抜けしたほどで。スピーチなんて慣れているかのようなあっさりさだった。
本当は嫌だったのだ。こんな第三者的場から彼の自分への好評を聞くのは。きっと着飾った言葉など手向けられないとはわかっている。でも今まで一度たりともそんなことをされたことないのに、よりにもよってこの場というのが自分にはあまりにも皮肉すぎた。それもこれも全部ホークスの自業自得とはいえ。

「頼まれることは多いが、煩わしいことは断っている。結婚式のスピーチは初めてだから、期待をするな」
「初めて…ですか」

ズルいなぁ…と、思わず顔を落としそうになるのをぐっと我慢して、嬉しいという表情だけを向ける。
もしかしたら、肝心の式場ではきちんとエンデヴァーの顔を見れないかもしれないなと想った。
それなのに、キャンドルサービスの最初の炎を頼んでしまった。確かに最初のきっかけであったのだから適任だと、そのときは思ったのをもう後悔している早すぎる。大役ではないからと、その時自分はエンデヴァーにそう言ったくせに。予行練習で見せた慣れない様子も本番ではそつなくこなすに違いないだろう。だから。

「どうした?柄になく緊張でもしているのか」
「そうですね。仕事で担った大役の方がまだ気楽かもしれません」
「別に報道カメラを入れているわけではないし、貴様の知名度からすれば小規模な場だろう」
「それはそうですけど」
「ああ、そうか。いくら貴様でも罰が悪いという自覚があるのか」

これは珍しく痛快愉快だと、少し豪快にエンデヴァーは笑った気がする。自分に謎の笑顔を向けられているのはわかったが、何のことだとホークスは不思議にへつら笑う。負い目なら死ぬほど目の前に存在しているが、きっとそれは違うだろうから。罰なんてこの人には、もうそれしかない。

「きちんと順序を踏まなかった貴様が悪い。俺が来る前に、殴られでもしたか?」

そこにきて、エンデヴァーはホークスの結婚相手の父親の名前を出した。そうして、結婚式で相手の父親に殴られるという定番からようやくエンデヴァーの笑いを察した。
表向きは、彼女が大学を卒業したかという建前ではあったが、本当の結婚理由は。子どもが出来たからに違いなかった。お腹の目立つ前の安定期に式をあげるタイミングが合致したのだ。

「いや、さすがに殴られてはいませんよ。でも、気合い入れるためにエンデヴァーさんに代わりに殴って貰いたいですね」
「式前に顔を殴られるつもりか?」
「なら腹にでも。あなたにはそれくらいの権利ありますよ」
「いざ殴るとしたら手加減は出来そうにないからな、遠慮しておく」

向こうの両親には申し訳ないときちんと上辺で言って、それはそれで片づいてしまった。子どもが結婚の決め手だったとはいえ、両親公認で付き合っていたからいつかはそうなるだろうという思惑もあったのだろう。
ちゃんと順序立てなかったこと、結構マジで怒ったのは結婚挨拶をしに言ったときのエンデヴァーが一番だった。きっと二人で行かなかったら、ホークスはそれなりにこんがりと焼かれていたに違いない。それでも姪が授かり者を喜んでいるからと、その場で一番強いのは彼女だったからこそ、ホークスは運良く助かっただけだ。
もし殴ると言っても手加減してくれるとは思うがそれでも、エンデヴァーに殴られたりしたら向こうの両親相手より確実に強い。
でも腹の痛みで悶えているほうが、この結婚式を迎える方がまだ耐えらるような気がホークスにはするから、本当にやってくれて構わないのにと思っての言葉も無惨に拒否られる。
エンデヴァーの結婚は早かった。お子さんも四人いる。たくさん子供が欲しいなら早く結婚するに越したことないだろう。そういう考えだろう。
そうこれも彼が望んだ…から。

コンコンコン

「失礼します。カメラの準備が出来ましたので、式の前に準備が整った新郎から写真を撮りたいと思います」
「わかりました。新婦の準備はどうなってます?」
「そちらはもう少しかかるようです」

用件を伝えた式場のカメラマンが、撮影をする部屋を通達して、部屋を後にした。
さあ、これが本当の終わりだ。この控え室を出たら、本当に結婚式が始まってしまう。それが横にいるエンデヴァーとの決別の一歩であるタイミングの良さには、この期に及んで苦笑するしかない。



「愛してます」
「おい、まだそれを言うには早いぞ」

ホークスの口から、自然に漏れ入れた言葉に自覚はなかった。
だけど、彼は当たり前のように叱ってくれた。

だから…もういいと。
それが、最初で最後の幸せの言葉になった。



















俺 は 今 日 結 婚 す る 前 編