attention!
ちびホークスがエンデヴァーに引き取られる過去捏造パラレル。恋愛要素は皆無。








その日から、少年の世界は一変した―――



当たり前だと思っていた家に突然押し寄せた知らない多数の大人たちは、自分に言を取るわけではなく勝手に物事を決めていった。そうして生まれ育った家から一人連れ出されて、見たこともない都会へと向かう車へと。気が付けば、地元から離れて見知らぬ土地へと連れてこられた。
それからいくつかたらい回しにされて、またそれが来た。大人たちが明け透けなくしゃべっているのは、きっと幼い自分にそんなことはわからないからだろうと高をくくっていたからに違いないけど。この置かれた状況にきっと流されるしかないのだなと、それだけは少し家のことを考えて思うのだ。
そうして、また大人たちの声がする。

「公安委員会に呼ばれるような事をした記憶はない。一体何の用だ?」

何度か来た、高層ビルの一室。
いつも自分を連れまわしている親よりも大分年上の女性が呼びつけたのは、不遜な表情をありありと見せた一人のヒーローだった。
不愉快さを前面に出しながらも、なぜこんなところに子供がいると軽く一瞥さえも放った。

「エンデヴァー、貴方に良い提案を用意したの。聞いてくれる?」
「提案?公安のやることなんて、いつもろくでもない」
「私たちは、ヒーローの安全と秩序を維持する為に必要な事をしているだけよ」
「だったら現場の邪魔をしないで貰おう。俺は忙しい」

とりあえず呼び出されたのを無視しなかったからいいだろうと、それだけ言い捨てる。最初から興味などないらしく、エンデヴァーと呼ばれたヒーローはさっさと踵を返して、先ほど入ってきた扉に向かおうとした。

「三人目のお子さんの個性が発現したそうね」
「勝手に目聡いのは構わないが、他人に口出しされるような筋合いはない」

間髪入れずに突き刺さる冷たい言葉が、フロアに響く。
さすがに足を止めたエンデヴァーの、ゆらりと纏っている炎の火力が増す。それほど近くに居るわけではないが、それでもさほど狭いわけではないフロアの気温が上がるほどの怒気を孕んでいることだけは確実にわかった。

「別に私たちは貴方の上昇志向を否定しているわけじゃないわ。でも、また失敗していつまで続けるのかしら?と思ったからこその提案」

そう言って、女性はここにきてようやく自分の肩を羽根越しにぽんっと両手を乗せた。それはまるで矮小な存在を際立たせるような茶番に思える程度の仕草。
自分にはエンデヴァーの個人的な事情など知らなかったし、そんなことわかるはずもないと思って大人たちは会話を勝手にしていた。だから、いつの間にか自分が関係するとは思いもしなかったのだ。

「その小僧は?」

先ほどまでろくに見向きもしなかったが、さすがにこちらを見落としてチラリと少し向き直られる。

「三か月前。博多の高速で130km出したトラックが引き起こした玉突き事故、奇跡的に死傷者がゼロだったニュースは記憶に新しいと思うけど。一体誰がどうやって…って隠蔽するのは大変だったわ」
「個性か」
「そう…この子はヒーローになるべき有益な個性を持っている。
エンデヴァー。貴方の子供たちが、貴方が望むNo.1ヒーローになれる個性を持って生まれることができないのなら、最初から才能のある子を育てるのを考えてみない?」

うまくいかないなら素養のある子を育てればいいと、横に置いてあったクリップボードに挟まれた、レポート用紙を提示しつつ言った。
ああ、これは何度かあった自分の個性に関する能力が記載されたものだろう。これを確約するために、親元から離れた最初は実験ばかりの日々だったから嫌でも覚える。手渡されたので仕方なく興味なさそうにエンデヴァーはざっとレポート用紙をめくったが、すぐに戻す。

「本当に下らない提案だな」

却下だと同時に言われたような気がした。
そこでようやく緊張感は少し緩んだけど、反面。ずっと握っていた小汚いエンデヴァー人形をぎゅっと握りしめた。それはエンデヴァー本人の視界にも少し入った。本当は生家から持ってきた唯一の所有物ではあったが、エンデヴァーからすると公安委員会が子供に無理やり持たせたパフォーマンスの一つかと思われたのかもしれない。それでも、今自分を守ってくれるのはこの人形だけなのだとなぜか思ったのだ。

「貴方にも断られるなら…そうね。じゃあ私たちで育てるわ。貴方をも…いえ、オールマイトをも超えるNo.1ヒーローに」

結局、初めから決まり切ったことのように話が完結した。
また、このたらい回しが終わるのか続くのか。どちらにせよ、自分には何の選択権もないことだけはわかっていた。
すべてをあきらめていた。目の前で巻き起こることすべてが他人事のように、また続くだけだと感じて。

「待て」

頭の上から声が落ちる。
それが初めて、自分へ向けられた言葉だと理解するのに少しの時間を要した。だってそれくらいあり得ないことで。それが、テレビや新聞の中でしか認識するはずがなかったヒーローがもたらしたものだなんて。そう…絶対的に与えられる言葉があったのだ。
呼び止められて顔をあげてもどんなに首を上にしても、身長差があまりにもありすぎて顔の表情などうかがい知ることはできない。目線が違いすぎた。それでも上を向けと顔を上げろと言われているかのようで。その人の姿は、また炎の中に隠されている。何の感情も持ち得ない目。炎の奥…まるで瞳を見ることさえ許されないかのような。
子供相手だからって、わざわざしゃがんで目線を合わせてくれるような人ではない。だからこそ対等に扱ってくれているようにも感じて。
他の大人は自分をあやすかのようにしてばかりだったけど、この人は違った。

「小僧…貴様は、ヒーローになりたいか?」

問いかけ。しゃべることを許された。
大人たちが誰一人自分に問いかけなかったことを。家を出た瞬間から勝手に決めつけられていた。だだをこねることが許される子どもではなかったから、ひたすらに受け入れるだけだった。もうその選択肢しかないと思っていた。ヒーローにならなくてはいけないと大人たちはまるで洗脳のように。それが有益な個性を持った人間の定めなのだと。だから、わざわざ考えることなんて今まで誰も許さなかったのだ。
それを今崩した人間が…自分のような子供に初めて向き合ってくれたのが、あのエンデヴァーで本当に嬉しかった。だから―――

「………ヒーローに、なりたかばい…」

目を向き合って、初めて自分の気持ちを吐露することができた。
周囲から押し付けられたものではない本当の。誰かに決めてもらうわけではない。この人に憧れて自分はずっとヒーローになりたかったのだから。生きるためや虚勢のためや家のこともすべてを放り出して初めての。言葉にしたことでじわりとようやく染み入った。
そう、ヒーローになりたいと自分の意思でこの時、はっきり思ったのだ。



「ならば、ついてこい」

すぐに後ろを向かれた。今度こそ本当に踵を返したエンデヴァーは、それだけ短く言葉を放つとすぐさま扉を開けて出て行った。手などまるで差し伸べられなかった。
この一連に戸惑っている時間など微塵もない。ただ自分に許されたのは、その大きすぎる背を追いかけることだけだった。

長い廊下を闊歩する間、エンデヴァーは一度もこちらを振り向かなかったが、その進む歩が本来の彼の歩く速度よりほんの少し緩やかだったと思いたかった。





◇ ◇ ◇





呆然とするしかない広い…広すぎる日本家屋作りの豪邸。
あまりにも世界が違いすぎて、ただ目を見開くことしか出来なかった。自分の生活環境が変動するとは曖昧に思っていたが、想像の範疇をあまりにも超えていた。
すぐに、お手伝いさんだと名乗る着物の初老の女性にエンデヴァーはろくに説明もせずに、自分の世話をするようにと言いつけていた。さすがの女性も突然のことに慌てたものの、そこはさすがにプロ。すぐにこちらに向き直ってくれた。手始めに風呂の手配をして着替えさせ、まともな暖かい食事をとらせてくれた。
ただ一つ、どうしても困ることがあるようで。合間を見てようやく、家の主に声をかけたようだった。

「この子の、お名前は?何とお呼びすれば…」
「貴様。己の名も名乗れないのか?」

やや見下した表情で、エンデヴァーは再びこちらを見た。きっと帰り際に渡された資料に書いてあるだろうけど。それでも何かを見据えるように返答を求めたのだ。
だから戸惑って。自分の名前…知っている。知っているはずだ。親が滅多に呼びもしなくなった名前… もはや虚ろとなった。それを、曖昧ながらも口にしようとした。もごもごと口を動かそうと努力をする。

「…言いたくないなら、自分の胸に締まっておけ。
そうだな…お前は将来ヒーローになるのだから、今度からヒーロー名で呼ぶことにしよう」
「…ヒーロー名?」

実感の沸かない繰り返し。だってそんなこと考えもしたことなかったから。そんな未来の事…

「個性『剛翼』…翼、ウィングヒーロー………そうだな。
ホークス。しばらくは、ホークスと名乗るといい」

「ホークス…?それが新しか名前………」

ぐっと噛み締めるようにその名前を反芻すると、不思議とすっと胸の中に入ってきた。
それはまるで初めて臨まれた名前のようにさえ思えて。

「後で、自分で名前を考えて好きに名乗れ。とりあえず仮の名前だ」

それはあくまでも己の前では、ヒーローとして扱うと厳しくエンデヴァーはきっと言ったのだろう。きっと。



この時、ホークスは英語なんてわからなかったから自分の名前の意味なんてまるで知る由もなかった。
それでも名付けてくれたのが憧れのヒーローだということだけで、十分に満たされたのだった。





END





×××
数年後、焦凍くんが産まれて個性が発現した時。ちょうど中学に上がるタイミングだったので、あれこれと理由をつけて実家(博多)に帰るという名目で轟家を出るホークス。
別れ際。普段はエンデヴァーのことをヒーロー名でしか呼んでないのに「炎司さん、愛してます」って爆弾を言い放って新幹線に乗り込んで。次に再会するのはヒーローになった時っていう、ホー炎に繋がるといいなあと思います。






名 前 を く れ た 人