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未完







送る2月も末の天気の良い日に、ボーダーにとっての吉報をもたらす者達が戻って来た。
そう…しばらく三門市を離れていたスカウト組がようやく帰ってくることとなったのだ。その間、三門市には二度目の大規模なネイバーの侵攻があった。皆の努力の甲斐もあり苦心の末に退けたものの、また次の国からの侵攻が待ち受けているという若干の緊張状態は続いていたが。これにてボーダーの全勢力は本来の形を取り戻すことになり、磐石を帰すのだ。そして、次は守るために攻めへ打って出る。取り戻すための遠征という未来へ、足は着実に踏み出されていた。
そんな慌しい最中。久しぶりな人物から嵐山へと連絡が入り、玉狛支部へと足を向けることとなった。

「迅。難しい顔をしているが、調子でも悪いのか?」
「うわっ、びっくりした。嵐山、なんでここにいんの?今日、小南いないのに」
ここに所属したことはないとはいえ、嵐山は色々と玉狛支部に縁が深い。実際のところは、今の本部が出来てからボーダーに入隊した嵐山ではあったが、従兄妹の小南が古株なこともあって支部の面々からもとても気兼ねなく受け入れられていた。
「いや、今日は桐絵に用じゃなくて…」
「俺が呼んだんだ」
軽く相槌を打つようにその一つ頭の飛び出た長身がひょいっと、この場に顔を出した。嵐山も迅もそれなりの長身ではあるがそれ以上の。
「クローニンさん、久しぶりです。先日まで、県外スカウトご苦労様でした」
久方ぶりの再会から会釈をして向かう先にいたのは、玉狛のエンジニアでもあり本部チーフも兼ねているミカエル・クローニンであった。自称カナダ人という設定の通り、日本人離れしたやや彫りの深い顔立ちと立派な風格を揃えている男だ。先日帰還したスカウト組の中でエンジニア部門を担当していたので、元々多忙な嵐山とはより顔を合わせるのは相当久しぶりとなっていた。
「嵐山も相変わらず元気そうだな」
「え、おれだけじゃなくて嵐山も呼んだの?うーん、ますますよくわからないな…」
どうやら迅もクローニンに呼ばれたらしかったようで。それでも、珍しく迅はここに嵐山が来た時と同じく少し不思議に頭を巡らしているようにも見えた。サイドエフェクトという能力のせいか割とこの場に聡明な迅にしては、不安定さも残る言葉も同時に置かれる。
「今日は、二人に試してもらいたい事があって来てもらったんだ」
俺たち二人に?と、思わず嵐山と迅は互いに顔を突合せた。珍しい取り合わせだ。公私共に嵐山と迅が仲良いことは誰もが見知っているが、仕事上で鉢合うということはそう多くはない。互いに求められている役割が真逆だとも言えるからだ。二人共それが最善だとわかっていて取り組んでいる為、そのことに関して不平や不満などはないのだが。昔ならともかく人数が増えた昨今では、役割分担というものを弁えて行動していた。そんな自分達二人というご指名は相当久しぶりにさえ感じたのだった。
「…今度、うちに入った遊真は先天性のサイドエフェクト持ちではないと聞いてね。気になってその経緯を詳しく聞いたんだ」
「ああ、確か。亡くなった父親のサイドエフェクトを受け継いだとか、何とか」
迅もそこまで明瞭に見知ったことではないようで、少し頭を巡らして思い出すかのように答えていた。嵐山も何となくその話を気に止めていたが、迅もそうだがサイドエフェクトに関しては繊細なプライベート部分もあるため、深く追求などはしたことがなかった。噂や人づてに聞くことさえ敏感な部分だという認識だ。
「そう。遊真はかなり特殊な状況下でサイドエフェクトを受け継いだから、全てが応用できるわけでもないが、たとえば本部の風間隊は、菊地原のサイドエフェクトである聴覚共有が不安定ながらも成功している。そのことを踏まえても、共有をする対象者は被験者に近い人間がやはり相応しいと思って」
「んー もしかして。前に何度か試してたおれのサイドエフェクトを共有する実験。今回は、嵐山としてみるってこと?」
「そんなことをしていたのか?」
ちょっと初耳な事案だったので、思わず嵐山は迅に聞きなおした。
多種多様なサイドエフェクトが存在するが、その中でもランク付けされた迅の未来視はボーダーの基準の中でもSランクの超直感にあたる。贔屓目どころではない、最上位のサイドエフェクト持ちではあった。迅はその力を使い、ボーダーをいや三門市の安全を担う最重要角を担ってきた。その負担は計り知れない。それを迅一人に背負わせる重さの比重を嵐山もずっと気には留めていたのだ。未来視は有用すぎたので、迅は一番に庇護される存在だった。
「今の本部が出来る前は、人も少なくてまだまだトリオンに関して未知なことが多かったから、結構色んなことを試したんだよ。今考えると随分無茶もしたなぁ〜」
当時を振り返るような声を出した迅ではあったが、どうやら成功より失敗の出来事の過去が多いらしく、少し微妙な顔をしていた。それは迅よりクローニンの方が遙かに多いらしく、同じく同意するようにうんうんと頷いているようでもあった。軽い人体実験だったと、冗談とも思えないくらい笑ってもいた。今だからこそ言える失敗談というか美談のようにも捉えられた。若さゆえ、か。
「今の迅には血縁者がいないし、ボーダー隊員で迅に近いトリオン量や血液型・年齢・体格その他一切を考慮すると、共通点が多い適合者は嵐山になるんだ」
「うーん。だからって嵐山か、えーと。大丈夫かな…」
悩む迅に対して、本部には許可取ってあるよとクローニンは室長の鬼怒田や直属の上司の忍田の名前をあげる。クローニンからの誘いはそう重々しいものではなった為、簡単な用件かと思ったので気軽な話かと思ってきたのだが、さすが前準備はきちんとしているようだった。
「俺は別に構わないが、迅は嫌なのか?」
珍しく渋ったまま、また頭をぐるぐるしている迅を見て思わず尋ねた。
未来視という能力はあまりにも膨大すぎて、きっとそれは自ら体験している本人でなければわからないこともあるだろう。あくまで嵐山は、迅から聞いている程度の知識でしかない。もしそれを自分が…と思っても、途方もなさすぎて考えたことさえないくらいなのだ。だから迅が危惧するのも同意ではあったが。
「別に嵐山だから嫌だってわけじゃないんだけど…」
「もしかして、それをすると悪い結果になるって未来でも視えたのか?」
「あー違う違う。まあ、多分無理だろうけど」
やるだけやってみる、かと。迅はそこだけ前向きに言葉を続けたように見えた。どうもいつもの迅とは飄々とした様子が違うような、方向性と気が逸れているような仕草も見受けられたが、最後には留まる嵐山もokにて押し切られた。
結局のところ実験はトリオン体でやってるから、何かあれば切り捨てればいいって何事もチャレンジだの結論となって、クローニン主導で特別に設定をされた部屋へと被験者として二人は促された。



いつもの形が違う用意された試作用の線がいくつか繋がったトリガーで、二人は向き合って換装する。そこまではいつも通りであった。そこから外部へ干渉をかけて、嵐山のトリオン体の規定を迅にまず強制的に近づけるらしい。クローニンは、ざっとこの取り組みの概要を二人へと説明したが口で簡単に説明するより、くみ上げたプログラムを通すほうが大変なようだった。滞りなく換装が成されたことを肉眼で確認したクローニンは、二人をその場に残して自身は少し引いたところから二人を見渡せるモニタールームへと赴いた。そこから、様々な情報が嵐山の換装体へと送られてくる。
実験前に、痛かったりするんですか?と尋ねたら、予め痛覚は切ってるといわれた。それ、本当は物凄く痛い奴じゃ…ないかって心配したが。
「迅、大丈夫か。疲れてないか?」
「いや、おれは特に何もないよ。嵐山の方が大変そうに見えるけど、なんか特別に負荷でもかかってんの?」
「ゆっくりやってもらってるから平気だ」
「せめて椅子かなんか用意してもらえば良かったね」
ただ何もせずに棒立ちをしている方が手に余ると軽く笑ったところで、気を紛らわすための雑談中。上から、機械音越しのクローニンの声が落ちてくる。
「―――準備が整った。二人とも、気分はどうだ?」
「おれは別にいつも通り。嵐山は?」
そう話を振られたものの、まだなんともないのでそのまま答えを返す。まだ、回線を繋げただけだからなと、クローニンの自己納得を呟く声が入る。続けて。
「迅。何でもいいから未来視を使ってくれ。いつも通りにな」
「了解。じゃ、嵐山の未来でいいかな」
「OK。なるべく鮮明に」
その合図をキッカケに、迅は少し深く意識を落としてこちらを射抜くように見やったような気がした。今まであまり宣言してこちらの未来を見通されたことはないので、少し不思議な感じもした。迅はいつだって自分達の未来を心配してくれて細心の注意を払い、さり気無く未来を教えてくれるという常があるから。でも、今は。
「えーと。早朝…かな。嵐山が、自宅の近所で犬の散歩をしているよ」
「ああ。そういえば明日は、コロの散歩当番だ」
嵐山も頷いて反応を返す。迅から自身の未来を聞くこと、もう数え切れないほどあるから、それこそこのやりとりは普段どおりとも言えて。他愛のない内容になるのは仕方のないことだ。人間、ただ生きているだけなら平凡な毎日が訪れることが当たり前なのだから。そこに不確定要素が加わるのは、ここがネイバーが侵攻する三門市で自分達がそれを防衛する隊員だからである。
「明日は、本部で仕事みたいだね。午前中の大半は隊室で書類整理した後、みんなで食堂に行って嵐山はいつものA定食を食べてる。あ、でも明日は日替わりランチの方がお得みたいだ。ヤバいくらい刺身が新鮮」
「嵐山の方はどうだ?」
その迅の未来視の描写は通常通りで滞りなかったようで、次ということで嵐山に問いかけがなされた。実際、迅の未来視がどういう風に受け止められているか当人ではないから嵐山には未知の領域ではあったが、自分も意識をそう集中させて視る。
「わかりません、何も…、視えないです。というか、なんか頭が少し。眩暈ですかね。くらくらするような…」
頭の先は通常通り、それらしき断片さえも見当たらなかった。意識を傾ける方向を動かすと、余計に不規律な酩酊が嵐山の脳内を襲うかのようで、若干気分がよくない感じしか受け止められない。
「嵐山、あんま無理しないほうがいいよ。突然変な光景が視えたら、気持ち悪くなると思うし」
「迅はいつもこうなのか?」
「あんまり未来視を使いすぎると、おれも頭が痛くなることもないわけじゃないけど。てか、大丈夫?」
「ああ、すまない…」
少しの息を吐き出すと途端に、ぐらりと足元への視界がおぼつき、少し目の前に居た迅の方へと傾きかける。生身の身体ではないせいか、何とも表現しがたい未知の感覚が嵐山の脳内に襲い掛かるようだった。
「二人共、ご苦労様。一旦終了だ」
「すみません。あまり役に立てなくて」
「いや、数値のデータは取れた。これから解析作業に入る。二人は少し楽にしていてくれ」
嵐山自身には何が起こったのかもよくわからないというか、未来視なんて能力の僅かさえも視認出来なかったのでやはりそう簡単にはいかないものなんだと。元々未来視は、視覚情報や色々なものを網羅して迅の身に到来するもので、そのシステムの解明は単純ではないと思われた。いわゆる直感力の誇張。嵐山自身が直感が強いかどうかと聞かれればやはりピンとこない部分もあるので余計に困難に感じる。
クローニンの声だけは的確にこちらへ伝わったが、既に作業を始めているらしく同時にタイピング音が混じる。まだ換装は解いていいと言われなかったが、少しは気が休めると思うと嵐山もほっと一息。
「嵐山、ホントに平気?熱とかない?」
ちょっと疲弊した嵐山を見かねてか、迅が心配そうにこちらに手を伸ばした。顔面の上を通り過ぎた迅の右手が左右に分けた嵐山の前髪を軽くすり抜けたと思ったら、おでこにぴたりと手を当てられた。

ばちん。
今まで自分のことで精一杯だった視界に、その時明確に迅が飛び込んできて。あ、れ…?
僅かに顔を上げた先には、こちらの様子を不安げに伺う迅だけが居る筈だったのに。それ以外にも………
「え、迅が二人いる?」
どうしてか、そこで意識の限界が来て、倒れるときは呆気なくバタリと嵐山は床へと落ちた。





その時の嵐山に、電気の光は少し眩し過ぎて。視界が開けたはずなのに、うすらぼやけていた。
「ん…」
「あ、起きた。起きた。大丈夫?」
微かに身動きをすると喉の奥から漏れ出でる声があって、それに呼応するように嵐山の近くで迅の声がした。さすがに直ぐにはその瞳を開けることは叶わなかったけれども。少しだるい利き腕を上げて、視界の一部を遮ってから覚醒を求める。ゆっくりと目を開けると、不安そうな瞳の色を見せた迅の顔がわりと間近にあった。
「ここは?」
「玉狛の客間だよ。嵐山、自分が倒れたの覚えてる?」
「ああ。多分、疲れか何か…だとは思うけど」
「いや。一応、トリオン体であれこれやってたわけだし。このまま外部機関の救急車呼ぶわけにもいかないから、今本部の方から担当の産業医に来るように頼んだから」
「そこまでしなくても平気だと思うんだが」
「じゃあ、念のためってことで」
改めて感じるのは、生身の感覚。恐らく倒れた拍子で、強制的に外から干渉を受けて換装を解かれたのだろう。迅に強気で言ったのは嘘ではなく、こちらに戻ったらトリオン体でいたときのようなバランスの悪い感覚はさすがになくなっていた。倒れてしまったのは不覚ではあったが。
「迅は大丈夫なのか?」
「おれは元々、全然なんともないよ。いつも通り。それにしても、嵐山。なんか倒れる前に変なこと言ってなかった?」
変…なこと?あれ、そうだ。何か、何かを視たんだった。とても不思議なものを… ただ漠然としたモノを視ただけで結局は曖昧で。だから、呟くように言うことになる。
「何か、幻覚のようなものを見たような気がしたんだ。迅が二人いるなんて、不思議な…」

『それって、オレの事?』
声が…到来した。その声色は馴染みの迅悠一のモノと同格ではあったが、それは…迅の後ろからもたらされたモノで。同時にふらりと迅の後ろから、現れたもう一人の同じ顔。
「え、あ…なんで?迅…だよな」
そのもう一人の迅に指を刺さなかっただけ、育ちがいいのか。確かに、倒れる前に視た情景と同じく。迅が、二人の迅が今嵐山の目の前に着実の元、存在していた。
「もしかして、嵐山…視えてるの?」
次に反応したのは、最初から嵐山に話しかけていた迅で、怪訝そうにも似た表情を浮かべる。返事の変わりに、こくんと頷くと、余計に迅の表情の雲行きは少し陰るかのようで。でも、その矛先は嵐山に向けられはしなかった。代わりにくるりと後ろを向いた迅は、なんともう一人の迅と対峙したのだ。

「ちょっと、何で黙ってたんだよ?どうせ視えてたんだろ?」
しゃべってる。話しかけている。ベッドから身を上げたままの嵐山の横で、先ほどまで嵐山と話をしていた迅が同じ顔の迅と軽く言い争うような口調で問い詰めを成したのだ。何だ、この光景は… 起きたばかりのせいか頭の整理もつかず、嵐山はただ呆然とその光景を眺めることになった。
『こういうのはさすがに初めてだからな。オレも真意を図りかねてたんだよ』
次に言葉を発したのは後ろに居た迅で、こちらは割と普通な口調で答えを返す。
二人が会話している――― その二人共に迅という摩訶不思議がどこまでも続いていて、どうしようもないようにさえ思えて、嵐山は軽く混乱さえしてきた。
「えっと、どっちが迅なんだ?」
あーおれおれ、と。軽く挙手して、嵐山を置き去りにしてしまったことに罰の悪そうな顔をした、ベッドの横に座っていた最初の迅が主張する。
「俺の知ってる迅が、こっちだとしたら…そっちは誰なんだ?」
そう…それが一番の疑問で、早く答えを欲しかった。そうしてもたらされた物がどんなに奇抜だろうと。それでも。
『はじめましてー 嵐山。オレの名前は、迅遊一。こいつの双子の兄ね』
さらりと名乗りながらも、遊一と名乗った迅は、嵐山馴染みの迅悠一を軽く指しながらやや無理やり肩を組んで仲良しなそろい踏みアピールをした。突然それをやられた迅は、少し嫌そうな顔をして受け入れている表情がアリアリで。そのまま、漢字の違いを説明してくれる。なるほど…遊一と書くのか。双子に両方とも「一」を組み込むのは平等性を感じる。しかし…
「迅は…一人っ子じゃなかったのか?」
そんなことは初耳だった。迅に兄がいたなんて知らなかったと独りでにつぶやくと、そりゃね。子どもの頃の話だしと答えられたが。父親がいないこと、母親をネイバーによって亡くしていること、それと同時に一人っ子であること。これが迅の家族構成だというのが嵐山の知識だったから。それが突然、双子の兄が現れるだなんて… 二人の顔や容姿がそっくりなことはそれで合点言ったが、驚きは変わらなかった。
『戸籍上は一人っ子で間違いないよ。だってオレ、もう死んでるから。ほらっ』
迅の兄と名乗った遊一は、ふらりと嵐山に手をかざした。伸ばされた手を触れようとしたが、すかりと貫通した。なんだ…これは。あまりにも怒涛の展開が続きそう簡単に頭は追いつかない。
「ゆ、幽霊?」
『そうそう。それが一番的確かな』
とんっと軽く床を蹴ると、遊一はふわっと宙に浮いた。六畳程度のこの部屋内ではそれほど自由が利くわけでもないから、ただそこにいるだけという様子は否めなかったが、それでも確かに普通の人間では出来ないことをやってのけた。その動作は見慣れたトリオン体での動きともまるで違って。どうやらさっきのは、嵐山に合わせて床の上歩いているふりをしていてくれただけらしい。でも、遊一がそこにいるのは確かに視えるし会話も成立しているから、単純に幽霊と決め付けて言うのは失礼だったかもしれない。
「迅には今まで、ずっと視えていたのか?」
「そいうこと。他の人間には誰も視えないのに、死んだはずの兄弟が視えるんですーとか周囲に言ったら不自然だろ?だから悪いけど黙ってたの」
「でも、突然どうして俺にも視えるようになったんだ? もしかして突然、霊感が強くなったりした、とか…」
「いや、そういうんじゃないと思う。原因はやっぱりさっきの実験だろうな……… どうせ、これも視えてたんだろ?どうして先に言わなかったんだ?」
再び迅の視線は、遊一へと向けられたようで。今思えば、軽い兄弟喧嘩のような物言いが始まった。
『そりゃあ、面白そうだから。オレも嵐山と話をしてみたかったし』
「ややこしくなってるだろ… で、これずっと続くの?」
『いや、永遠ってわけじゃない』
「じゃあ、いつまで?」
『んー言いたくない』
「ホント、毎度のことながら融通きかないな…」
己の双子相手のせいかやや口調が強くも思えたが、テンポ良くやりとりが続く。そういえば、自分の弟妹もこんな感じでしゃべってることがあるなと嵐山には少し微笑ましく感じるくらいに思える程に。それでもどこか、兄である遊一の方が優位に立っているようなやりとりに見受けられた。
「えーと、二人はやっぱり仲がいいんだな?」
「あーそうじゃなくて。多分、嵐山も視えるようになったのは。あれなんだ。おれのサイドエフェクトだから」
今度は迅が遊一を軽く指しながら説明をする。
「は?迅の能力は未来視だったよな」
「そう… 今までおれにしか視えない存在だしややこしいから周りに説明したことないけど、本当は未来が視えるのはこっちでおれは毎回聞いてたのを言ってたってこと」
やや不本意ながらもその事実を迅は口にした。ああ、だからサイドエフェクトの実験…で同調した嵐山も遊一の姿が視えるようになったのかと、ようやく一本に繋がった。そして迅がいつも口にする言葉―――「おれのサイドエフェクトがそう言っている」というのは、遊一のことを形容詞したからこそだったという事を理解する。迅のサイドエフェクトは規格外と言っても過言ではない。しかしそれが迅一人よりもたされたものというより、真実の方が余程嵐山には受け入れやすくあった。今までのことも全てがすんなりと胸に染み渡る。
「そう…だったのか。なんだか凄いな。やっぱり二人は仲良しってことなんだな」
『まあ、オレは迅悠一限定の自縛霊で、悠一が見渡せる範囲しか動けないから仕方なく面倒を見てやってるだけどな』
そう言いつつも、遊一はまんざらでもない顔をしているようでもあった。迅の方は相変わらずそんなことはないと否定したいように、ナイナイと手のひらを振っていたけど。まあ双子というものはそんなものだと、嵐山は知っているので少し頬も緩むものだ。
「でもさすが、お兄さんですね」
『いや、オレ嵐山ともタメだから兄とか言われると妙だな。しかし、苗字だと悠一とかぶるし、下の名前で呼んでくれて全然構わないって』
「えーと、じゃあ遊一さん?」
確かにその通りだと思い、嵐山は促されるがまま試しにその名前を呼んでみる。さん付けしたのは、仲の良い迅がいつも世話になっている兄という事を含めての気持ちも込めてだ。
「ちょっ、おれでさえまでまだ嵐山に下の名前で呼ばれてないのに、ずるくない?何気に音の響き一緒だし!」
『はっはは、こういうのは先に言ったもん勝ちだろ?』
そんなこんなでまた、二人は何だかんだと軽く揉め始めた。さすが息の合った二人のやりとりに、嵐山が言葉を挟む隙間など皆無で。きっといつもこんな感じなのだろうなと髣髴させた。最初はなぜか嵐山からの呼び方をどうするかとあれこれ苦言したものの、次第にどんどんと話題は切り替わって言った。

おれのサイドエフェクトは性格が悪い…と、最後には迅が言いくるめられていたけれども。





結局のところそれ以来、サイドエフェクトの同調実験は頓挫となった。
それはクローニンが気を使って、一度は倒れてしまった嵐山を気兼ねして出した結論だった。あの時は確かに不思議と倒れてしまったが、現状嵐山の身体に不自由があるわけでもないので別に構わないと思っているのだが。元々広報との仕事の兼ね合いもあってか、上からの許可が下りるほど纏まった時間が取れないということもあって、もう少しあの時の実験データを解析してからという結論で落ち着いた。が、クローニン自身も忙しい人間であるので、スカウトから戻って来たということで溜まっていた仕事や不在中にあった大規模侵攻で得た新たなネイバーに関する諸々に意見を求められて、本部に詰め寄ることが多くなってしまったようだった。元々迅も平素は放っておけば暗躍しているくらいなので、この三人が見事に再び集合というのは難しい形となったのだった。
それに一応、迅からはあの兄の存在に関して口止めを食らった。確かにそう軽々と口に出していいことではないと事情もよく知らないのに吹聴して良いことだとは思わなかった。しかし、様々な事情があり仕方ないとは言え、嵐山としては一度気にかかったことをそのまま長期間放っておくということは、やはり心の片隅に残るものがあった。だから、本来ならば休みの為の非番ではあったが。あの実験以来、ようやく迅がいることを確認してから玉狛支部へと足を向けることになったのだった。

『いよっ、嵐山』
「じ、迅?………じゃなかった。遊一さん?」
『そうそう、大分言い慣れてきたな。よーしよし』
半分来慣れている玉狛支部内を歩いていると、なんと一番に遭遇したのは迅の兄の遊一だった。
もちろん見た目は馴染みな迅とそっくりなのだが、それでも嵐山でさえ遊一だと一目瞭然だったのは宙をふわふわと浮いていたからに他ならない。それがデフォルトだと考えると、確かに無理に床を歩く必要性はないのだから日々の移動はそうやっているのだろう。先日、初めて遊一と対面したときは客間でやりとりをしていただけだったので、こうやって廊下をスルーと進んでいるのを見るのはさすがの嵐山も驚いた。
「一人で歩き回ることもあるんですね」
『ああ、玉狛支部内くらいなら余裕。一応、見える範囲って建前はあるんだけどな。悠一はオレのことを未来視って言ってるけど、なんでもかんでも結局は死んでいるからこそ生きている人間の少し先が視えるだけで実際はこうやって周囲を歩かなきゃいけないんだ』
ばちりと目を様子も垣間見せてくれて、慣れた様子を説明してくれた。
「そうだったんですか、大変ですね。それで、迅は?」
『あいつは、夜勤任務明けだから寝てるよ。残念ながら、嵐山がここにいる間は起きない。それが未来ってやつだ』
些細な躊躇さえも見せずに、すらすらと遊一は語った。さすが元祖未来視といったところだろうか。まるで嵐山がその質問をするのも全てを知っていて、予めその答えを用意していたかのようにさえ感じ取れた。
嵐山は常々迅のことも聡いと感じてはいたのだが、またこの兄からも同じような錯覚を味わった。それは二人が双子だからなのか、未来視という能力のせいかは定かではなかったが。だからこそ、それをもっと知りたくもあった。
「そうですか。でも、今日は遊一さんとも俺は会ってみたかったんです。この前は、あの後メディカルチェックやらなにやらで本部に行くことになってしまって、遊一さんとよく話も出来なかったので」
『オレに、か?なんだか不思議な感じだな。悠一以外を通して誰かと直にやりとりするのは』
遊一の未来視がどの程度のものか嵐山には途方にも感じるほどではあったが、それでも少しは驚いたように軽く目を開いたように思えた。生きている人間より少しどこか束縛がなく自由にも見えるせいか、迅より幾分か飄々とした様子が目立っているように振舞っているようには見えたが。
「駄目ですか?」
『いや、そうじゃない。確かに、オレも嵐山には興味があるな。色々と』
その最後の言葉だけは妙な含みを持たせていること、遊一にもありありとわかる様子でわざとらしく言われた気がしたけども。まさかの話が飛躍する方向は嵐山の想定外であった。
「俺ですか?」
『そう。だって、嵐山って悠一のことが好きだろ?』
多少、にやついた様子で冷やかしを含めた口ぶり含めてズバリと言い切られた。
身体が瞬時に止まる。誰かに…もちろん当人である迅にだって言ったことがないその事象をあっという間に自覚させられて、一気に背中に汗をかいたような感覚さえ訪れた。この気恥ずかしさは何とも形容しがたい。
「え、…と」
『オレには未来が視えるんだから、別に無理に取り繕わなくてもいいって』
完全に確定事項として認識しているらしく遊一はおくびもなくあっけらかんと言ってのけた。こちらに感覚は伝わらないけれども肩を叩くリアクションまで添えて。
遊一が未来をどこまで視ているのか今まで以上にわからなくなったが少なくともソレだとわかる事象が、今後あるのだということくらいしか今の頭は懸命に働かなくて。ただとにかく好きな人に近すぎる兄に知れているというのは、若干の緊張を擁する出来事であった。
「それで、迅はそのことを…」
『安心しなよ。別に言ってないから。未来が視えるからって何でもかんでも伝えているとあいつの許容量もオーバーするから、あまり個人の内情まで話してないんだ』
未来視に頼りすぎるのもどうかと思うから、本当に必要なことだけなと遊一は言葉を続けた。常に一歩前にいる存在として、未来を受け渡しているのだろう。
そこまで言われてようやく、嵐山のつっぱり気味となっていた肩の緩和がなされた気がする。それは遊一の視界にもきっちりと収まったらしく…あ、がっくりした?と軽く笑いながら問われた。それが少しのからかう気持ちも含んでいるとは何とかなくわかったけれども、それが遊一なりの気遣いとも取れた。
「いえ、ちょっと照れくさいだけです。出来ればやっぱり迅には黙っていてください。自分の口から伝えたいので」
『了解っ』
なぜか遊一はそこで、軽く嵐山に向かって軽く右手だけの敬礼の姿を見せた。それは健闘を祈ると前向きに返された言葉にも感じられた。それこそ明るい未来であることを嵐山は願っているけれども。

「でも、良かったです。迅の前じゃ確かにこんな話出来ませんから。ところで迅は寝ているのに、遊一さんは眠らないんですか?」
『実体があるわけじゃないから疲れたりしないし、食事も睡眠もオレには必要じゃないよ。まあ迅に取り付いているみたいなもんだから、そういうのはあいつの役目。ほらっ、遊真も寝なくて平気だろ?』
ちょっと似てるかもなってそこだけは遊一は寂しく言ったような気がする。でも直ぐに話題を明るくして。オレもせめてぼんち揚くらいは食べたいんだけどなーなんでもかんでもうまくはいかないと愚痴りさえ入れてくる。
それから続く嵐山と遊一の会話は、はたから見れば同年代の同姓同士の雑談にしか思えない内容だったかもしれない。遊一はずっと迅と一緒に生活を共にして来たわけだから、常識や認識も迅に近くあって。そして未来視と能力から得る様々な情報を持ちえていることもあってか、博識な部分も見受けられて。普段は会話する人間が一人しかいないせいか、嵐山との会話が新鮮でもあるようにウキウキしているようにも感じ取れた。そこだけは本当の………
今思い返せば、元々迅はあまり家族のことを話したがったりする性格ではなかった。母親が亡くなっている事もボーダーでは一部の人間しか伝えていないし、父親のことなんてまるで… 誰にだって触れられたくない話題はあるだろうから、嵐山も極力その事には気をつけて来た。だからシスコンブラコンな自負もあり、同時に円満な家族と言われることもある自分の家の事をあれこれ言うもの良くないことかと思っていたが、逆に迅は毎回気さくに話しかけてくるし未来視で気にかけてくれることもあった。さすがにこの兄の事を言うのは憚られたという気持ち、なんだか今なら凄くわかるような気がした。
色々と話をしたけれども、どうして遊一がこんな状況になっているのか。当人に尋ねるのは口を噤む部分もあって。次、迅と二人きりで会った時に出来たら聞こうと考え始めていた最中だった。
まるでこちらの考えを読み取られたかのように、遊一との話が切り替わっていく―――



実は、嵐山に伝えておきたいことがあるんだ…と、とても何気ないとは思えない口調の一つを出して、少しゆっくりと遊一は話はじめた。
『今までずっと、悠一にまとわりついてきたんだけどさ。本当はオレ、もうあいつには必要ないんだ」
「どういうことですか?』
話の脈略が簡単には掴めない曖昧な表現からそれは始まって、嵐山は耳を疑った。だって先ほど遊一と話していた時、迅と彼はとても仲の良い兄弟にしか思えなさ過ぎたから。迅は決まって一緒にいるしかないから仕方ないと諦め半分な事を口で言ったりもしているようだったが、それが全ての本心ではないことぐらい嵐山にもわかるほど。二人は助け合いながら苦しみも悲しみも分かち合ってきたのだと、それが一番にわかる程に… 瓦解する予感さえ微塵もないほどの間柄だろうに。
『オレと悠一は一卵性の双子で…元々オレはこの世には産まれなかった。未来視ももちろんあいつの能力なんだけど、子どもがその身に宿すにはあまりにもとてつもない能力だろ?だからってことで、オマケみたいな感じのサポート役としてオレがいるようなもんなんだ。悠一は大丈夫だってオレのこと割とウザがるけどな』
「わかります。俺にも弟妹がいますから」
口では鬱陶しがられることはあるのは同じ。でも本心はきっと。
『ガキの頃はさ。あいつもまだ純粋だったから、周りにオレの存在を当たり前のように伝えてたんだ。それでまあ色々とあって……そっから悠一は口を閉ざした。だからオレたちは二人だけでやってきたんだ。でも…』
「これからだって、二人仲良く協力していけばいいじゃないですか。それに俺だって力になれることはあると思います」
なぜ遊一がそんな後ろ暗く話をするのか、嵐山には良い予感がしなくて。なんとか前向きになって貰おうとそれこそ未来を示す。特殊な事情を持つ迅と遊一に自分が出来ることなんて些細なことだろうけど、それでも。未来は数え切れないほどあると、迅はいつも言っている。だからこの兄弟にだって輝かしい未来だってあるのだと、そう信じたくあって。
『ありがとう、嵐山。じゃあ今後は、遊一を支えてやってくれ。オレは、あいつと一緒には居られなくなる、から』
お役目御免だとやっぱり少し悲しく最後に名残惜しくつぶやいた。それを本人は引きずらないようにと振舞おうとしているのだけは、わかった。
「…居られないって。遊一さんが?」
『そう、もうすぐ消えるんだ』
「………いつ…?」
曖昧な時間感覚に頭がぐらりと揺れて、でもどうにかして嵐山はその言葉だけを漠然と出した。嵐山と遊一は出合ったばかりのようなものであったが、迅からすればそれこそ産まれたときからずっと隣にいた存在なのである。それが欠落するだなんて…まさかとしか。
『悠一が二十歳になったら…それがタイムリミット』
もう何度も何度も確認したかのようなその具体的な日時を遊一は、はっきりとどこまでも。未来視の最大の皮肉かのように。これは確定事項だと。
息ものめこめない程だった。あまりにも…あまりにも日にちがなさ過ぎて。

迅悠一は、来月には誕生日を迎える。迎えてしまうのだ…
もう一人の永遠の十九歳を残して―――










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