attention!
嵐迅で、迅さんが嵐山さんに好きな人の話をする話。迅さんが病んでて、後味がかなり悪い悲恋です。













嵐山が初めて迅からそれを聞いたのは、もう随分と昔になる。
ボーダー本部に入隊して、従兄妹と同じ支部に所属している同い年の迅とは直ぐに仲良しとなった。学校、ボーダーと互いに忙しい身ではあったが、たまの空いた時間には年齢相応のおしゃべりだってもちろんする。最初に聞いた時は、それは何気ない会話の一つの流れだった。
「迅は…好きな人はいるのか?」
「突然どうしたの?」
「いや、今まで誰とも付き合っているところ見たことないから」
その質問は、年頃の少年同士なら有体なことで、そういえば今まで迅と色恋事に関して話すようなことがなかった程度の口でもあった。多感な青春期には学校やボーダーで起こる様々なことで話題は尽きなくあって、たまに嵐山が普通の友達と話をすると、よくそう聞かれるのだ。だから別に自分が迅に尋ねたことが変なことだとは全く思わなかった。けど…
「嵐山がそれ言う?モテモテなくせに…」
「そうかな。まあ、俺のことはいいんだ。迅はどうなのかなって思って」
「好きな人…好きな人ね。そうだな、いるよ。凄く遠いところなんだけど…」
そうやって迅は目の前の嵐山ではなく、どこかこの場所ではないところへほうっと視線を向けた。そうして初めて嵐山は自覚したのだ。
ああ、俺は迅のことが好きなんだと。失恋と同時に―――

それ以来、嵐山は迅から軽くではあるが恋愛相談を受けるようになった。
そうは言っても迅はずっと片想いを続けていて、現状どうにかなりたいとかそういう願望はないらしい。だから、嵐山は聞くだけ。迅が好きだという、その人の話を聞くばかりなのだ。
その人は、迅より少し年上の男性であること。ボーダーに所属していること。性格も容姿もとてもよいこと。もちろん恋をしている迅が語るのだから主観が入っている部分もあるだろうが、大まかに言うとそんな相手らしい。迅は、いつも嬉しそうに彼の事をしゃべった。恋というものはどこか浮き足立つようで、食堂で食事をしている姿を見たとか、ランク戦で手合わせしたとか、バッタリ通路で行き合ったとか、はたから見ればありきたりなことばかりではあったが、それでも迅はとても幸せそうだった。
―――実は、はっきりとそれが誰かと嵐山は改めて尋ねたことはない。むやみやたらと詮索する性格でなかったのと、それを聞いてしまえば、この均衡がどこかで壊れてしまうとそれを知っていたから。嵐山の迅へ対しての片想いは現在進行形で、それより先にも進まず後ろにも進まずじまいでずっと。だから、よく話は聞くのに嵐山の中の迅の好きな人という偶像はどこか曖昧にも感じた。きっと嵐山が知っている相手だろうから、変な勘ぐりをしないようにもしかしたら迅は伏せているのだろうと思うように努めた。ただ、それだけだった。
嵐山は迅を視続けるだけで…ずっと叶わない恋が積もるばかり。





「あれ、嵐山さん。最近よく、ここで見かけますね。この間は、どーもでした」
「こっちこそ、木虎が世話になったな。米屋」
その日。嵐山がランク戦が行なわれているフロアに足を運ぶと、目ざとくこちらを見つけた米屋が駆け寄ってきて軽く挨拶をしてくれた。
それは先日、ボーダー内の派閥に少しの闘争が成されたことに帰来する。具体的に言えば、玉狛派と城戸派の正面衝突になりかけたところを、忍田派の嵐山隊が迅に加勢することによって起こった戦闘であった。結果は満身創痍とは言えないものの、おおかた迅の思惑通りに終了を成せた。
嵐山隊は、三輪・米屋・出水そして遅れて参戦した当真と相対することとなった。嵐山は目の前の米屋とは直接に矛を交えたわけではなかったが、木虎とのほぼタイマンからの時枝離脱までの流れを作ったのは彼なわけで、良い勝負だったと思っている。
一応派閥抗争の一貫で、特に彼の隊長なんかは突然の嵐山隊の登場に苛立ちを隠していなかったが、米屋は組織の思惑よりは戦闘に重きを置いているので一時的とはいえ敵対した嵐山に対しての感情は負へ動いたりはしていない。嵐山とて上司の命令で玉狛に加勢したという建前はあったが、ネイバーを最悪殺してでも黒トリガーを奪うという発想に共感は出来なくもあったし、何より他ならぬ迅の要請だったという気持ちがある。結果的には戦うことになってしまったが、米屋個人に対して思うところは全くなかった。
「なかなか嵐山さんとサシで勝負出来る機会ないので、時間あるなら付き合ってくださいよ」
「すまない。今日は少し顔を出しただけなんだ。またの機会にな」
ランク戦フロアに来たのだから、文字通りランク戦をするのが道理であるので米屋の提案は至極普通なことではあったが、嵐山には少し他の目的があった。
それは最近、とみに忙しい迅の様子を伺うことで、太刀川経由だが迅がランク戦に復帰すると聞いたので、時間があれば足を運ぶようにしているのだ。が、今まで一度も見かけたことがない。迅にはやるべきことがあるのでなかなかに自分自身を優先しないから、その徒労も別にがっかりするようなものではないが。
あまり人に頼ることをしない迅が直接的に嵐山隊の要請を頼んだということは、先日の抗争はそれなりに切羽詰ったことに違いなかった。きっと彼はこれから、もっともっと忙しくなっていくだろう。やはり偶然見つけるよりは頃合を見計らっての電話の方が確実かと、申し訳ないが米屋に別れを告げようとしたところだった。
「そうだ。嵐山さん、しばらくはここによく来ますか?」
「いや。そろそろ四ヶ月に一度の新入隊員の準備をするから、あまり来れないと思う」
「あ、そう言えばもうそんな時期ですね。そっか、残念だな。嵐山さんがよく来るなら、緑川に連絡しとこうと思ったのに」
「緑川に?どうしてだ」
はて、と突然出てきた後輩の名前に嵐山は素直に疑問を浮かべる。
嵐山と緑川はそれほど接点があるわけがない。いや、別に仲が悪いとかそういうわけではないが。緑川が所属している草壁隊は隊長が今、県外スカウトに赴いていて部隊全員での任務に当たっていない。特に隊ランクが隣同士でもあるので、合同任務がばらけることもあって隊自体での絡みが少ないのだ。
緑川が普段は、米屋や出水たちとよくつるんでランク戦や模擬戦を行なっていることはよく知っている。嵐山は広報に重きを置いているのであまりここにこないこともあってか、年齢も弟や妹と同い年であるという離れもあってか特別仲が良いというわけではなかった。
「あれ…気が付いてません?最近、緑川は嵐山さんをよく探してるんですよ。てっきり声をかけたかと思ってましたけど」
「いや、近頃遭遇したことはないな。しかし、迅じゃなくて…俺をか?」
一つの謎を浮かべて、嵐山は頭を軽く動かす。
緑川といえば、自他共に認める迅のファンみたいなものなのは周知の事実だった。それこそ本部で迅を見かければ、すかさず駆け寄って積極的に話しかけている。元々ボーダーに入ったキッカケが迅に命を救われたからという経緯を知れば、それも納得のことだが。それでも、あの若さで入隊して一年と少しでA級部隊に配属されるというのは相当な実力者であることに違いはない。そんな緑川が、迅ではなく嵐山を探しているとは、やはり思い当たる節がつかなかった。
「そういわれてみれば、そうですね。嵐山さん、緑川のピンチでも助けましたか?………って、あ。噂をすれば本人が来たみたいですよ。おーい、緑川 〜」
目ざといのは視野が広い米屋の方で、右手を上げてココだと緑川にアピールをした。確かに米屋が声をかけた方向からちょうど緑川がフロアに入ってきたようで、てくてくと一人で歩いていた。そうして米屋の声という効果はてきめんで、ランク戦のパネルの方を見いやっていた緑川は顔を上げてこちらを認識した。
が、肝心要の嵐山と視線が合った瞬間。とてもビックリした顔をしたのだ。なにか罰が悪いようなそんな微妙な表情を浮かべて、ギクリと止まる。そうして次に身体が動いたかと思ったら、一目散にその場から逃げ出した。
「なんだ…あいつ?せっかく嵐山さん、見つけたっていうのに」
「米屋、すまない。少し気になるから緑川の後を追いたいんだが、どこに行ったか検討はつくか?」
「あ、それなら…」



嵐山の方に思い当たる節は何もないとはいえ、どうも緑川の挙動は引っかかるので、米屋に教えてもらった休憩所へと少し足早に移動した。米屋いわくよくそこで、出水含めて三人でジュースを飲んでだべっているらしい。何でも、米屋が好きな紙パック自販機があるからとか何とか。嵐山はそこを利用したことはなかったが、通りかかったことは何度かあったため迷いやすい本部内の構造を頭に入れつつ進んだ。
「緑川」
本当に運が良く、米屋の予想通り緑川は自販機の前でちょうど小銭を入れた瞬間だった。ピピっと自販機の電子音が鳴るタイミングに、またも緑川はビクリと肩を震わせた。明らかにそれは嵐山が声をかけたせいだろうが、先ほどに引き続き挙動がおかしい。少なくとも嵐山はこういう緑川を一度も見たことがなかったから。
「………えっと…嵐山さん、オレに何か用?」
この休憩所はどん詰まりだからこそ再び逃げるのは諦めたのか、ややぎこちなく首をこちらに回して緑川は振り向くことになった。
「緑川が最近、俺を探してるって聞いたから声をかけたんだが、何か不味かったか?」
「え、あっと。…不味くなんてないよ。ただ、オレが勝手に色々嵐山さんを嗅ぎ回っていたというか…」
「そんなことをしていたのか?何か聞きたいことがあるなら、直接話をしてくれて構わないぞ」
自分は、そんなに後輩からビクつかれるような存在だったかと嵐山は少し驚く。特に年下は可愛がるようにしていたつもりだったが、さすがに全員網羅出来るわけもなく目が届かない部分があったかもしれない。言われてみると、緑川は積極的に手をかけてやったこともなかった。それは緑川自身がそれなりに要領がよく、独自に周囲とのコミュニケーションも取れているので、頼られたことがなかったからという理由もあったが。
こんな時、迅だったら得意のぼんち揚食う?と軽く声をかけて円滑に話を進められるのになと、嵐山は自分のストレートすぎる物言いを少し考えた。
「さすがにオレでも聞きにくいこともあるというか。ホントに何でも聞いていいの?」
少しこちらを伺うような不安そうな瞳を下から受ける。やっぱりなにか含んで思うところがあるようだ。
「遠慮することなんてないぞ」
「じゃあ、ずっと気になってたんだけど………えっと。…迅さんの好き人って、嵐山さんだよね?」
一拍置いた後に、その確定的な質問が投げかけられた嵐山は即座に面を食らった。じっとこちらを見据えるかのような言葉。緑川の質問が迅絡みなことそれだけは納得だったが、その方向性はまるで予想していなかったのだ。
確かに端から見て玉狛支部の人間を除いたら、迅と一番一緒にいるのは嵐山かもしれない。仲が良いこと、それは事実だったが同い年の団結以上の物を感じたことが嵐山には微塵もなかった。それに。
「いや、違う。迅が好きなのは、別の人だ」
「え、あ…ホント?オレ、てっきり…」
「…緑川は、迅からそうだって聞いたのか?」
「ううん。はっきり嵐山さんだって聞いたわけじゃないんだけど、あまりにも迅さんが言うその好きな人の特徴が嵐山さんに近かったから。勝手にオレがそうかなって」
「俺もその人について詳しくは知らないが、迅より少し年上らしいからな。少なくとも俺じゃない」
そのずっと知り得ていた事実を明確に伝える。そんなことわけあるはずかないと、まるで自分の心にも言い聞かせるように…そう断言するのだ。いつも迅は嵐山を超えたその先を見て誰かを語っていること、何度も。何度も。それはもしかしたら、一番嵐山が体感していることなのかもしれないから。
「…そうなんだ。オレの勘違いか。変なこと聞いてごめんなさい」
そうして緑川は、律儀にペコリと頭を下げて謝ってきた。根はやっぱりどこまでも素直な子だ。
それに、憧れの人物の好きな人が気になる気持ちよくわかる。迅は緑川の命の恩人で、とても尊敬してて…嵐山からすると、そこまで純粋な気持ちではなくあえてそれが誰かと聞かないことで自分の気持ちをセーブしているようなくらいだったが。
それに…緑川がそんな誤解をするのも無理はなかった。やはりどこか嵐山には、迅の好きな理想の人に近くなろうと振る舞っている部分があるのだろう。いつもその話を聞いているから、影響は多分少なくはない。迅に好かれたいという気持ちを自覚してから、ずっと諦め切れていないのだから。誰よりもそうありたいと願ったからこそ似てしまう。迅に好かれるためにはそれが一番の近道かと思ったけど、結局儚くあったとしても。
それでも、ずっと嵐山自身へと迅からの視線が向けられていないことは知っている。どんなに仲がよくとも、あの迅が好きな人を語るときの表情とはどこか違うのだから―――





数日後。
玉狛支部から新しい隊員の入隊があり、彼らの進みが順調である事を伝えるべく電話をかけたら、少しタイミング悪く迅はネイバーを蹂躙中ではあったが、それでも戦闘が終わったとの事で軽く返事をしてくれた。そんなこんなの会話の中、迅からもたらされたのは思いがけない言葉で。
「そーいえば。見たい映画があるんだけど、今度一緒に行かない?」
それは随分と久しぶりな、迅からのお誘いだった。広報隊長に着いてからの嵐山はそれこそあまり自由になる時間が乏しく、積極的に同年代の友人たちと交遊するのが難しくなっていた。もちろん誘われることがないというわけではないのだが、どうしても予定が詰まっており断る機会が増えて。その面、迅はボーダーでの嵐山の休日を把握しているし未来視のおかげか、咄嗟に入る予定などもすべて考慮して誘ってくれるのだ。迅が指した日は確かに珍しく一日オフで大学の試験関係にも関係がなく、まさに都合の良い日だった。互いにボーダー内での立場や責任が上がり、気軽に遊ぶなんてことがなかなか出来なくなってしまっていたので、迅のお誘いは本当に嬉しいものだった。
だが、一つの懸念もあった。二人が一緒に遊んだこと、今までに何度もあったがその中でも、嵐山は迅を映画に嬉々として誘ったことがなかったのだ。それは、高校時代に小耳に挟んだ事。未来がわかる迅にとって映画というものは、そう目新しく感じるものではないということだ。一人で見に行くならともかく、誰かと。しかも公開初日でもないとなると余計にその内容というものは自然と知れてしまうもので、別に本人はいやがっているそぶりは見せなかったが、勝手にネタバレしてしまうことを良くは思っていないだろう的な反応をしていた。そうして、今回迅と遊ぶことになった日は平日のど真ん中。基本、興行収入を考えて土曜が初日になることを考えてもそういったことを網羅し考慮するにはアウトな日に違いない。それは、嵐山のスケジュールがそううまく空かないことが起因であったので、直接的には言わないものの嵐山はその事に関して、触れることになった。折角わざわざ見に行く映画に迅が楽しめないなら意味がないから。
「え、あ。それは大丈夫。元々もう映画の内容は知ってるし」
「そうだったのか。迅は、もう見に行ったのか?」
「うん…そうなところかな。おれの好きな人がね。凄く楽しそうで、だからきっと嵐山が見ても面白いと思うから誘ったんだけど。どうかな?」
それを言う迅の方こそ、余程嬉しそうだった。その出来事を思い出したかのように、幸せそうにこちらをちょっと伺う形をした。
そうか。これも好きな人絡みか… 直接には言わないけど、きっと一緒に見に行ったに違いない。こんなデジャヴは一度や二度ではない。嵐山は二番目…そう二番目だ。きっと。それでも一番じゃなくても、迅が自分のことを気にかけてくれたことに嬉しく感じないわけがなく、そのお誘いを断ることなんてするわけがなかった。それでもどこか、一抹に思うところは払拭できなかったけれども。



そうして久しぶりの休日はやってきて、広報の仕事以外で久方ぶりに駅方面へと向かうこととなった。その時の嵐山は、今日が別段何かがあるなんて思ってはいなかったのだ。
三門市に映画館はいくつかあるが、駅前から繋がる複合商業施設にあるシアターが多分一番規模が大きい。迅が提示してくれたのは続き物とかではなく予想外のヒット作となったため、地方都市である三門市でも放映されることになったという話題のアクション映画であった。嵐山はそのタイトルに聞き覚えがあったものの、内容はよく知らなくて、少し忙しさにかまけて同年代よりは娯楽に疎くなってるなとも思う。そういえば、映画館で映画をきちんと見るのも、弟妹に付き合ってという形以外では相当ご無沙汰していたような気がする。
迅との待ち合わせも問題なく進み、二人は歓談をしながらシアターへと向かった。



「面白かったな」
「だろっ」
本当にそれは、お世辞抜きで良かったと思う。
物語では、東欧を舞台にしつつも薄暗さはそれほどなく、なかなかに爽快なガンアクションが大画面で繰り広げられていた。それこそ瞬きするのが惜しいくらい次々と切り替わる画面に圧倒される。硝煙の臭いまで届きそうな大迫力には、さすが迅が太鼓判を押すだけのことはあった。流血がないというわけではないから少し大人向けと言った所か。中学生な弟妹あたりには進んでオススメは出来ないが、ボーダーの後輩たちなら確実に食いつきそうな内容だったから、今度紹介してみようと思った。飽きないアクションだから勧めやすいかもしれない。

せっかく映画館に足を運んだのに、うっかりホットドックを食べ損ねたと残念がった迅の気持ちを汲んで、鑑賞後に二人は劇場近くにあるチェーン展開している喫茶店に立ち寄った。
中高生が赴くファーストフード店よりは気軽さはないので、平日のまっ昼間と言うこともあってかそれほどの混雑は見受けられなかった。運よく一番奥の窓際の席が二つ空いていたので、注文したホットドックとアイスコーヒーをトレイに片手にソファに座ることとなる。どこか小腹がすいていたのか、いただきますと挨拶した迅は早速食べ始めた。映画の放映時間自体は二時間半程度だったものの、入場まであれこれで結構な時間が経っていて、いつの間にかお昼はとっくに過ぎていた。嵐山も、少しの空腹を満たしながらも二人で先ほどの見た映画の感想やら雑談やら色々としゃべった。
「嵐山のリアクションとかと解説とか楽しいから、やっぱり一緒に行って良かったよ」
迅の方もとても楽しそうにしていた。迅とて大学に行っていないとはいえ、ボーダーでの責務は重くそう頻繁に休みを取るわけではないだろうから、久しぶりの休日なんだろう、多分。それでいて、同じ映画を少なくとも二回見て楽しめるか、それが少しの不安ではあったが心配なさそうだ。
歓談は段々に切り替わり、映画の感想からいつも通りの職業病に近いボーダー内の話。そして、また迅の好きな人の話にもなった。一エピソードを語らいでくれる。おれが好きな人がねと迅は宝物のように教えてくれるのだ。それはきっと嵐山には永遠にたどり着くことはないだろう先という暗示でもあった。もはや思い続けて長すぎて、今更振り向いてもらえるとは思わなかったけど。迅が、いつもただその一人に向けられて続けているから、入り込める余地なんてずっとない。
話を聞くにとても仲の良い相手のようで、一緒にもいるようだ。そんな人間自分以外にいるのか?とも思ったが、違う。迅の言うこと、何一つとて嵐山はやっていないのだから。実は放映中さえも、ちらちらと迅は一度好きな人と見ているに違いないとそんな前置きが、脳裏を浮かんでしまい、どうしてもそう簡単には払拭が出来ず、嵐山は迅が見ていないところで軽く頭を振ってしまっていた。大丈夫。二人はきちんと良い友人関係を築いているに違いないだろうと、自分に言い聞かせるように含みながら、嵐山も対応するのだ。
こんな繰り返しを思ったり考えたりと、もう何年になるだろうか。以前、告白しないのか?と尋ねたことがある。でも、即答。迅は、無理無理と即座に否定を示した。どうしてだと尋ねると、彼はおれの目の前にはいなくて手の届かない人だから、おれはずっと見ているだけでいいという、曖昧な表現をされる。それでもたまに一緒に出かけたりしているようなのに、やっぱりどこか違和感は存在する。告白しないではなく出来ないと迅は言った、とても残念そうに。どうやら思いつめた事情があるようだ。そして嵐山は、複雑な気持ちでそれを甘受するのだ。せめて玉砕をしてしまえばと、そんな野暮なこと考えてしまうたびに、頭を振る。少しの薄暗い感情を毎回持ってしまう。自分だっていつも迅のことが好きで、でもどこか叶わない気がして。
そんなこんなが毎度の事とはいえ、嵐山は不思議とそこまでうんざりはしなかった。だって、迅は彼の話をするときが何よりも幸せそうだから。未来視のある迅が、こんなに叶わない恋をするなんてと思う部分はあったが。迅にそんなに想われているのならきっと相手だって、とても幸せだろうと思った。祝福したいと思った。だからこそ、この気持ちがどんなにくすぶろうと、どこかにしまいこまなくてはいけないのだ。悔しいがどこまでも追いつけないのだから。
だから、今だけは嵐山を見てくれるこの一緒の時間を大切にしなければ。

「迅。口元にケチャップがついてるぞ」
「え…?どこ」
「ちょっと動くなよ」
近くに鏡がないので、少しいぶかしむように眉間にしわを寄せた迅に静止を促して、嵐山は横に合った紙ナプキンで、さっと取り払う。その際、ほんの少しだけ嵐山の指先が紙ナプキン越しに迅の唇の端をかすめたことに他意はなかったと思いたい。
「…これで、もう大丈夫」
「ありがと」
流石に少し照れくさかったのか、はにかみながらも感謝の言葉が流れる。普段はしっかりと未来を読み大人びた印象を受ける迅も、そう嵐山と同じくまだ十代で。こんなやりとりだって、普通にあるだろう。だから。
「………まるで、デートしてるみたいだな」
ふいにそんな言葉が口からついて出た。その時の自分の表情を嵐山は自分のことなのにわからなかった。笑っているのか、本気でいるのか。だからそれを聞いた迅は、きょとんと目を丸くして。
「嵐山でも、そんな冗談言うんだ。びっくりした」
けらけらと軽く笑うように迅は明るく言った。とても。いつものことだが、これに関してはまるで嵐山の本質を見るわけでもなく。
「…そうだな。冗談ついでに、俺が迅のことを好きだって言ったら、どうする?」
仮定ですらない横槍をもう一つ入れる。結果なんて知りきっているのに、揺さぶり。ちょっと長く迅のほれ話を聞きすぎた影響だろうか。迅と話すことが嫌なわけがない。だけど…あまりにも恋愛方向に偏られるとこっちだって、流れでそう言っても差し支えないだろうと思いたかった。
「嵐山にしては笑えない冗談だな。でも、ゴメン。おれには好きな人がいるから、それは今目の前にいる嵐山じゃないんだ」
迅も何かを感じ取ったのか、少し真剣な眼差しでしかしはっきりと言った。そうだ。そんな当たり前のこと…何年も前から知っているそんな事実を、こうやって改めて突きつけられてもうどうしろと。無駄なんだ。迅は揺るがない。ひたすらずっと誰か一人を想い続けているってそんなこと嵐山が一番よく知っている筈なのに、そんな馬鹿な事は意味がまるでなかった。それこそ迅には未来視があって、嵐山がこういうことさえ見知ってるのだから。
でもこうやって改めて粉砕しても、まだ迅を諦められないのだから、自分の本質はこれかと思い知る。別に迅が悪いわけじゃない。ずっと勝手に嵐山が片想いをしているだけで、どうしようもないのだ。
「…すまないな。変な事、言って」
「いや、さすがのおれもちょっとは驚いたって。突然、何かあった?」
「実はこの前、少し緑川に尋ねられてな。迅が好きな人は俺かって」
「駿が?」
思わぬ人物の名前が出てきて、迅も思う事があるのか少し記憶を探るような仕草を見せた後に答える。
「ああ、だから違うって伝えておいた」
そんなこと、あの時に緑川に言ったのは自分だった筈なのに今更ほじくりかえすだなんて未練がましい。それでも思うところがなかったわけではないから、こうやってさっきはっきり違うと断定されたほうが嵐山にとっては良かったことなのだ。きっと迅はこれからも好きな人が変わることはないだろうし、嵐山もそんな迅を好き続ける。この構図が壊れることはない。それで、もういいんだとこれで割り切れた。その、筈だった―――
「んーまあ、仕方ないかも。だって、おれの好きな人は嵐山だしなぁ」
アイスコーヒーの残った氷をカラカラとかき回しながら、何気ないように迅は言った。まるでなんてことはないと示すかのように。
「…っ、迅。今、何て?」
聞き間違い。勘違いとしか思えない言葉が嵐山の耳に入る。さっき冗談交じりとはいえ瞬時にふられた筈だった。それが、何の因果でこんな明るい迅の言葉を聞かなくてはいけないのだ。
「あれ、言ってなかったけ?ずっと昔から…それこそ、出会う前から嵐山のことが好きだって」
「どういうことだ?………映画。映画を見に行ったんだよな?その、好きな人と。迅が俺と見に行ったのは、今日がはじめての筈だ」
その当たり前の事項をまるで噛み締めるように言う。嵐山の脳内で理解が追いつかない。迅は、何を言っている?それでもどこかはっきりと明確に否定されるかのようで。
何か、何か迅が言葉にしていることが噛み合っていない。まるで、二人の会話は平行線にないような。
「そうだよ。おれは嵐山以外の人と、あの映画を観に行ったりなんてしてない。だから、内容を知ってたのはもちろんサイドエフェクトで知ってたからで。どうしても必要だったんだ」
「何でだ?」
「だって、嵐山が冗談でもおれを好きって言ってくれるんだよ?好きな人に告白されて嬉しくないわけないじゃん。サイドエフェクトで知ってはいたけど、それでも」
そのほうっとした瞳は確かに、初めて見せてくれた迅が好きな人に見せるものと全く同じものだった。何度も隣でそれを見てきたのだから間違えるはずがない。だが、その瞳には肝心要の嵐山自身は微塵も映っていないように見受けられた。同じ世界で物を見ていない。迅が自分を見ていないからこそ、そんな可能性を考慮出来るわけもなかった。
些細な綻びから紐解かれた事実に、躊躇さえせずにしゃべり続ける迅はこの不可解に全く気が付いていないのだ。迅の未来視には、現実には起こりえない未来だって見える。それは嵐山とて理解している。だとしても…今と言う現実は目の前にあるというのに、迅はそんなことは度外視しているかのようで。
ダメだ。やっぱり意味がわからない。やはり、二人の想いがまるで交差していないことを思い知らされたやりとりでしかなく。
「………迅は、俺のことが好きなのか?」
だから駄目だとわかっていてもトドメを指すような最期の台詞を、嵐山は振り絞って出すこととなった。虚ろで、いびつにもうろくするかのような眩暈を覚えながらも、この矛盾の海が波状の楔となって追い立てるのを止めさせるには、本当の事が必要なのだ。
「うん、好きだ。でも、おれが好きなのは今の嵐山じゃない。未来に生きる嵐山准を、ずっと好きでいる」
どこか迅自身さえ置き去りにしたかのような言葉が落とされて、ようやく合致したその感覚。それが…嵐山当人だからこそそう簡単に理解出来るものではなかったとしても。

―――ああ、そうだったのだ。未来視なんてものを持った迅が普通の感覚で恋愛なんて出来るものじゃないのだと、思い知らされた。迅は今の嵐山を見てはいないのだ。つまり本当の気持ちはここにはない。今現実の嵐山が何をしようと、それを既に知ってる迅にとっては何の効果もなく。だから、より未来を求めて一歩先の未来にいる嵐山だけを見続けている。未来視を持っている迅だからこそしか知りえない未来の嵐山に恋をしている。これからも、それこそきっと嵐山が死なない限りは、未来永劫に届かないその存在を迅は好きになり続けるのだ。まるで、もうこの世界に用はないと言われているように。そうそれこそ永遠に、迅は未来へと溺れるように囚われている。きっと、これからもそれは変わらない。今なんかよりもっと先へと、どこまでも。永遠の片想いをし続けるだろう…
今思えば、迅の好きな人の話には嵐山との類似点が確かにありすぎた。それこそ迅は、嵐山を見続けて見通して、だから自分で体験したわけではないそれを他人の記憶で知っているような感覚を事前に聞かされてきた。往生際悪くも諦めきれなかった嵐山が、求められるがままになぞって振る舞った結果がこれだった。迅に好きな人間がいるならば自分もそうなりたいと、嵐山も純粋な気持ちで努めただけだった筈なのに。嵐山は今まで、好きな人の好きな人になりたいと思っていた行動を全て裏目に出て、ずっと迅の人格を壊し続けていたのだ。
迅は会ったことのない人間の未来は視えないと言っていた。つまり、今の嵐山は迅が望んだからこそできた人間ということだ。そういうふうに仕立て上げた。そんな、こと… 



「…俺は、迅の事が………」

続く言葉は、この関係性を継続する文言に決まっている――― この抜け出せない輪廻に、嵐山もまた身を委ねてしまうのだ。だって、これも嵐山が愛した迅なのだから。
それでも嵐山は迅を好きであり続けてしまうのだ。もう今更やめることなんて出来ないほどに想いが募りすぎていたから。
そうきっと、嵐山准は永遠に理想の迅悠一の好きな人であり続けるだろう。





未 来 へ の 片 想 い