attention!
嵐迅で、嵐山さんの死をサイドエフェクトで視た迅さんという話なので、最初はどうしようもなく暗い捏造ですが、最後は死ぬ死ぬ詐欺オチ。











迅悠一は、自分が一番大切だ。
そう思うように…と、未来視という能力を母親に知られた時から躾けられてきた。それは、まだ幼いわが子が正義の味方を背負う重圧に潰されないための配慮であったのかもしれない。それでも迅は、いらぬ未来を知っていて何もしないような人間ではなかった。力ない子ども時代でさえ、出来うる範囲で一通りは最善の道へ至るようにと費やした。そんなことは誰も知らないが、迅自身もとくに語りもしなかった。言ったってどうしようもないから、たった一人で………
もちろん、それは迅自身の何かを常に犠牲にかけての上であった。未来への選択は、ぐらぐらと揺れるばかりの天秤のどちらかを選ぶことしか出来ないこともあった。その結果、身近な人間が亡くなることだって存在していて、結局は迅が生きている方が世界の為なのだと、まるであざ笑うかのように。それは必要なことと容易に割り切れるような大人ではなかったがそれでも、迅が動いても動かなくてもか細い未来を掴み取れないそんなことさえ何度も繰り返して。
その後悔に押し潰されないようにと、最初に与えられた母親の労わりは死して尚継続しているのだ。だからこそ、迅はこの世界の為に特定の人間に肩入れしてはいけない。誰かを特別に、贔屓をしてはいけないのだ。常に平等にあり続けることを、望んだ。
孤独でなければいけないのは、きっと身近な人間を捧げてしまった罪だと思っていた。もちろん、必要以上に仲の良い友達を作ってはいけないって思っていたのに。

「迅、最近学校を休みがちだっただろう?これ、ノート」
高校に入学してからの一番のクラス分け。迅は、ボーダーに所属する嵐山と同じクラスになった。ボーダー指定高校に入ったのは、学校を休むことであれこれと上層部から言われない為の一貫ということに意識を向けすぎていて、このクラスメイトの存在を失念していたのだ。
あの成績の良さでどうして優秀な私学の方じゃなくて、平凡な普通高校に来たんだ…と思ったら、家に近い学校の方が共働きで忙しい両親の代わりに歳の離れた弟や妹の面倒を見る時間が増えるからという模範解答っぷり。そうして、そういうくくりの一貫にも値するのか、なぜかやたらと嵐山は迅にも話しかけてくるようになった。最初は同じ玉狛支部で彼の従兄妹の小南がいるからそのついでかと思っていたのに、その面倒見のよさと粘り強さは予想以上だった。迅のそっけない対応がまるで響いていない。
迅には中学三年生の時に、第一次大規模侵攻が勃発したせいかその後処理云々で最終学年後半の殆どを学校に通うことが出来なかったという経緯がある。それでも一応、卒業認定をもらえたのはこれまたボーダーの口添えがあったからに他ならない。迅としては自身の学歴にあまり興味はなかったが、それを口にするとまた上層部があれこれと、下の者に示しがつかないとか言われそうで面倒だと。それでもさすがに大学は回避できる未来は視えてるから、仕方なく高校には一応通っている。その程度だ。
この高校がボーダー指定校になってから、迅たちの学年が始めての新入生ということで、正直高校サイドもあまり登校をしない迅に対しての扱いを戸惑っている感もあった。防衛任務は基本ローテーションがかかっているので、通常の休みは予めボーダーから高校サイドに連絡はあるが、それ以外にも迅は必要と判断すれば三日でも一週間でも高校には一切顔を出さなかった。それでも一応、三門市の中ではボーダーはヒーロー扱いされている面もあったため、他のクラスメイトからは大変だなとかご苦労さんとかしか思われていなかったが、嵐山の目は全く誤魔化されてくれなかったのだ。
「いつもノート、ありがとう。でもさ…大丈夫だから。おれにはサイドエフェクトがあるし」
嵐山とて高校ではクラス委員をやっていて、またボーダーでは任務や訓練であれこれと忙しいというのに、クラスメイトだからってわざわざ迅のことまで気にかけてもらう必要はないと暗に伝えた。サイドエフェクトを言い訳に出すのはあまり好きではなかったが、通常考えたら学業にだって運用出来るはずだし迅自身にその気はあまりないとはいえ、とりあえず全面に出しておくのだ。
「迅のサイドエフェクトで視えるのは、未来だけだろ?現実にきちんと目の前のノートで勉強した方が、やっぱり良いと思うんだ」
「それは、そう…かもしれないけど」
「迅がいつもボーダーの為、みんなの為に頑張っている事はわかっているんだ。だけど俺は、迅自身も幸せになってもらいたいと思う。だから、自分を大切にしてくれ」
…ああ、どうして。彼は、母親と同じような事を自分に言うのだろうか。
迅は未来視を持っているのだから、世界から頼られるべき存在なのだ。救う人間なのだ。そうでなくてはいけない。心配されることなんて…何もないように見せかけていたというのに、どうして嵐山は迅を見透かすのか―――
ダメなんだ。そう…迅は周りの人間を不幸にしてしまう。それをもう何度も繰り返してきたから。

ああやっぱり。この瞬間、迅の未来視に到来したのは…嵐山准が亡くなる、その最期の時。





それから三年。迅は、嵐山の隣で親友というポディションに収まった。
折角嵐山があれこれと手をかけて勉強を教えてくれたが、大学に行くつもりは毛頭なかった為、一学年上の太刀川が使った推薦枠も蹴って通常の一般入試を嵐山と共に受けた。その時でさえ彼は隣に居た。が、迅は一切解答欄に答えを筆記せずに文字通り大学を落ちることに成功したのだ。その顛末を本当の意味で知っているのは、上層部だけだから後は迅が怒られればいい。ボーダーと提携している大学に落ちるなんてと周囲は明るさ半分で茶化したが、嵐山は何も言わなかった。だから…ただ、ごめんねと迅は嵐山に伝えただけだった。だって、迅には大学に行くより大切なことがあったから。それが未来視の代償。
三年前に初めて視た、嵐山の死の瞬間は酷く曖昧だったが、それでも理解出来たのは彼が何らかの病死をするということだった。自分の能力の一部でありながら、未来視の扱いは融通が利かなかった。今これから直ぐに起こり得る未来ならば判断がついたが、具体的にいつソレが起こるか判断がつきにくい部分があるのだ。ましてや、嵐山の死因は病死であるらしい。と、何か医者が言っている虚ろな様子。外傷によるものではなく明らかに内側からの病魔では、具体的な原因なんてないようなものだ。それは死の摂理。いつかはこんな日がやってくるだろうとは思っていた。覚悟はしていた。今まで身近な人間が亡くなるのに、予兆がなかったわけではないが、ここまではっきり見せ付けられるともはやどうしようもなかった。
結局、迅は嵐山の横で彼がいつ死ぬのかと視続けるだけの存在となってしまった。その瞳の奥に嵐山が死亡するビジョン。そうして、何度も何度も繰り返し彼の死の未来を視るのだ。そこでプツリと彼の人生は終わるのだから。死の未来を見せつけるだけという残酷。それはその人の運命なのだから逆らってはいけないと、今更ながら神に叩きつけられたかのようにさえ思えた。
嵐山の近くに居れば最悪の場合、直ぐに病院に連れ込めるかもしれないと思ったが、なかなかに迅の未来視でその確定的な瞬間は見えなかった。いつも白すぎる病院の一室で、白い布の下に嵐山准がいるらしいという。医者の言葉だけが残酷に響く。また、それを隣で無情にも聞いているのが迅悠一であると。

だから、嵐山の身体状況には必要以上に過敏になってしまっていた。
「っ、嵐山。今月のメディカルチェック、まだ受けてないの?」
とうとう耐え切れずに他に誰もいない瞬間を狙って、迅は嵐山隊の作戦室に突撃した。遅い時間な事もあってか案の定、嵐山が一人でもくもくと書類仕事をこなしているだけだった。
突然の迅の入室に嵐山はやや驚いた表情を見せたものの、持っていたペンを横に置いて対応してくれる。
「ああ、そういえば時間が合わなくて…最近ちょっと広報の方が立て込んでいて、な」
「じゃあ、根付さんに頼んでスケジュール空けてもらおうよ。嵐山が言いにくいなら、おれが頼むし」
「いや、俺がきちんと時間を管理できていないのが悪いんだ。根付さんに無理は言えない。なんとか時間をやりくりして、今週中には受けるようにするよ」
「今週中って、もう…今日で月の最終日なんだけど………せめて血液検査だけでも先に出来ない?」
じわりと手に汗をかくように、壁にかかったカレンダーを見やる。
ボーダーが実施している本格的なメディカルチェックは、非常に時間がかかる。それはもちろん生身の確認もそうだし、トリオン体自体にも不都合がないか検査が成されるからだ。Wチェックをするには、ある程度まとまった時間が必要で、それは同じく毎月受けてる迅も長時間束縛されて面倒だと思う部分あると、それはわかったっている。が、嵐山相手に妥協できるほど迅の精神状態は良くなかった。忙しいのは重々承知している、それでも。
「前々から思っていたんだが、迅に勧められて俺は毎月メディカルチェックを受けている。けど、それも通常の隊員と同じ頻度でよくないか?月一で受けているのは、サイドエフェクトを持ってる隊員だけの筈だ。さすがに遠征する隊員はその都度だとはいえ。他の隊員は半年から一年に一度程度しか受けてないだろ。だから、俺も…」
「ダメ、絶対…毎月受けて」
嵐山の言い分は十分にわかったが、ぶんぶんと頭を左右に振り、強く強く…迅は否定の言葉を出した。
最初こそ、広報の要に何かあっては大変と騒ぎ立てて無理やり甘んじて受けさせたものの、正直日が経過するごとに迅の不安は募るのだ。問題がないのが問題だ、と。
「そうは言われてもな。せめて理由を教えてくれないか?別にメディカルチェックを受けるのが嫌なわけじゃないんだ。どうしても忙してくて不摂生になる部分、ないとも言い切れないから」
「………それは言えない」
「じゃあ、俺がずっと思ってる事を言おう。迅は、俺の身体に何かあるって知っているんだな」
口ごもる迅相手に、少し寂しそうに嵐山は自分が置かれている状況を口にした。
思わず迅は、はっと顔を上げる。どうしよう…配慮が足りていなかった。そうだ。迅は、未来を知っているからこそこういう行動がいけないんだと、今更そんな。嵐山をいらぬ不安にさせてしまった。どうして、もっと今までだったら間接的に動くようにしていたはずだ。本当に不安が降り積もっていたのは迅の方だったのかもしれない。でも、どうしても嵐山には直接干渉してしまってどうしようもない。メディカルチェックの範囲だって、本来ならば、迅があれこれという立場ではない。だが、友人だからこその忠告の一つとして加えていただけのつもりで、その範疇を軽々しく越えてしまったのだ。近すぎて、気が付くのが遅れてしまった。
「ごめん…おれ、嵐山に嫌な思いさせてたんだな」
「否定はしないんだな…」
直接的には言葉を濁し、また口を紡ぐ。ウソは言えない。ここでウソをついたら、その方が嵐山当人にはよほど残酷だから。結局、どう考えてもあれこれと察しられるほど動いてしまった迅が悪いのだ。今更後悔しても遅いとはいえ、必死さが裏目に出た。
「迅が俺の為に色々としてくれていたこと、気が付かなかったわけじゃない。その中の最良が今だとしたら、俺はとても幸せだと思うんだ。だから曖昧にしたくない。いや、迅にだけに無理に俺のことを背負わせたくないんだ。だから、教えて欲しい…俺の身に何が起きるのか?って」
「よく…わからないんだ」
「わからない?」
「嵐山が病死する。それしか…おれが見るのは、いつも病死して病院に横たわる嵐山を視ているビジョンが映るだけで。傍らに立つおれは呆然としている。だけど、原因もそれがいつなのかも全く」
口惜しいほどの少ない情報を、辛辣ながらも迅は口にした。そこだけは本当に悔しくて、ぎゅっと拳を握り締めたまま言う形になる。深い溜め息とともに、どうしようもない気持ちは抜けないまま籠る。
「そう…か。なら、俺はきっと幸せなんだと思う。だって、迅が隣に居てくれたんだろう?それが何より、おれは嬉しい。あとはその時が早いか遅いかってことか」
「簡単に言うなよ。最初にソレを視てから、もう三年。ずっと嵐山を見続けていて、何の変化もないんだよ?いつ…もしかしたら、明日かもしれないのに」
「三年?ちょっと待ってくれ、迅。未来の俺はいったいいくつなんだ?近い未来だとしても、そんなに未来は変わらず固定されているものには思えないんだが…」
「よくは視えないんだ。どうしても…だって本当は嵐山が死ぬ瞬間なんて見たくないから、自制されているのかもしれない。周囲の人間が亡くなるときは、いつもそうなんだ。俺の能力は肝心なところで役立たずで」
だから今まで世界を何度救おうが、それは結局はどこか他人事だと割り切れて接していたのかもしれない。近くになればなるほど融通が利かなくなる能力。だったら、最初からこんな能力いらなかったと、何度も思いつつも。一番知りたいことを、嵐山が死なない道を望んでいるというのに。どうしても。自分は多分、嵐山と近くなりすぎたんだ。だから、客観的に未来視を使うことが出来なくなってしまった。世界は平等。未来視も平等に使われる権利があるからこその弊害がずっと。
「たとえ俺の身に何があっても、それはきっと定められたことだろうから、後悔はしない。でも、今こうやって目の前に居る迅が俺の為に悩む姿を見るのは、嫌だって…それだけは思う。だから、もう俺のことは気にしないようにして欲しい。このままじゃ、迅が潰れてしまうから」
全てを知った嵐山は苦しむ迅に解放を促すように、労わりの言葉を入れてくれた。
ずっと嵐山はそうだった。未来視を持っている迅前提ではなく、常に生身の迅悠一を一番に。迅以上に迅自身を大切にしてくれた。それが迅にとっての一番の救いだとしても、嵐山がいなくなってしまったら全部終わってしまうから。
「そんな。最初に、おれに優しくしてくれたのは嵐山の方だったでしょ?今更、嵐山を諦めるなんて無理だ」
気持ちを凌駕するほどの想いが込み上げる。
ああ、そうだ。もうずっとわかっていた筈なのに、今更。最初に、彼の死を視た瞬間から理解していたこと。嵐山の事が好きだと。だから、少しでも長く一緒にいたいと思って寄り添ったのだ。それでも、どうしようもないと。彼は亡くなってしまうのだから諦めろと、まるで未来視に言われているようだった。そんなことはダメだ。
迅は、今までの人生良くも悪くも未来視に降り回れていたと言っても過言ではなかった。便利に利用してきた反面、どんな喜劇も悲劇も全てを受け入れさせられた。それが未来視との共存関係で、迅が生きるという前提条件だったから。それでも迅が選び取った道だとしても、結局はいくつか存在する未来視に流れているに違いなかった。その選択が迅の内側から発せられているとしても。
今どうしても、視たい未来が存在しているのだから―――

突然、バチンっと迅の視界の中で、閃光のように星が弾けた。それは、確固たる意志が自由を手に入れたかのように、躍動が蠢いて。
「迅!大丈夫か?」
頭の中で処理をしきれない情報が勝手に到来して、その急激な圧迫感に迅はその場で少しうずくまった。
急に床に膝をついた迅を心配して、嵐山は慌てて駆け寄った。突如やってきた偏頭痛を片手で押さえながら、ようやく迅は顔をうっすらと明けた。嵐山の、その望む相手の顔を見る。視る…

そうして訪れた未来視―――― 嵐山准が亡くなる、本当の原因を。
ああ、なんてことだ。この結末を迅は考えたことさえなかったのだ。だって、迅の視る死はどこまでも近すぎて且つ悲惨なモノばかりだったから。ある者は、呆気ない事故死。ある者は、急激な病魔。ある者は、後ろからネイバーにトリオン器官を奪われる。そんな…どうしようもないものばかり見続けては、その頭は悲観的過ぎた。
冷静に考えれば、嵐山の未来がそんな薄暗いわけがない。そう、未来視に囚われていたのは迅の方だったのかもしれない。誰でもない嵐山が相手だからこそ、迅は救われるのだ。その為に。
「ごめんね。嵐山…おれ、ずっと勘違いしてたみたいなんだ。大丈夫、嵐山は死なないから」
「え?」
「いや、まあ人間だからいつかは死ぬんだけど。それはさすがに覆せなくて、でも安心して。おそらく、嵐山の死因は老衰だと思うから。あと五十年でも六十年でもとりあえずは大丈夫」
それが結局の顛末。なんて当たり前な…
「そう…なのか?」
「いまのところの未来ではね。おれ、今までずっとそれを視ていたみたいで」
「でも、俺。迅より先に亡くなるんだろ?」
「え…あ、そういえば。そうかも」
「迅を悲しませることになるには違いないから、それも何とかならないかな?」
嵐山の着眼点はどこまでも迅とは違った。もちろん、明日直ぐに死ぬわけではないことに安堵を覚えていないわけではいなだろうが、それ以上に。目の前の迅がこれ以上気負わないようにと、それを思ってくれていて。だから、迅は嵐山と一緒にいて前向きになることを約束されているのだ。と、そう思うのだ。
「…ははっ、おれの未来視にそういう注文つけて来たのは嵐山が始めてだよ。そうだね。おれも健康には気をつけることにするけど」
「是非、そうしてくれ。そうだ。いつも、一人でメディカルチェックを受けていて、暇なんだ。今度からは迅が受ける時と時間、合わせられないかな?」



最後には泣いて笑って、迅は了承した。

未来なんてこれからいくらでも自在に変化すること。それは他でもない迅自身が一番良く知っていることだった。今視た嵐山の死因とてどこへ転がってしまうのかは、わからない。
それでも嵐山が迅の隣にいてくれるなら、その未来はきっと大丈夫だと。今はそう思って―――
だって、未来は自分の為に存在するのだから。それを教えてくれる人の隣に居続ける限り、迅は変わらなくあり続けることがきっと出来るだろう。





世 界 を 2 3 回 救 っ た 男