attention!
嵐迅で、エイプリルフール小話。
「じん、あさだぞー」
春はあけぼの過ぎて。迅の全く覚醒していない脳裏にそんな言葉は届くわけもなく、そうして思い知ったのは次の瞬間の物理的な衝撃だった。
ぐっ…と腹の内側から出た声は文字通り、腹部に何らかの重みを感じたから生じたもので、自室のベッドで惰眠を貪っていた迅にこれは不意打ちにも近かった。状況が困惑する中、痛みで一気に意識が呼び起こされ、突然何があったのかと重くなった腹部方面へと何とか頭だけ動かしてみると、そこには陽太郎がいた。なるほど、迅の寝ているベッドにダイブされクリティカルヒットを食らったというわけか。
「陽太郎… 打ち所が悪かったら、おれ再起不能になってたよ。きっと」
子供相手なので本気では怒れないが、いくら五歳児であるとはいえ体重もソコソコにあるわけだし、遊びにしては危険だとほとほと困りながらも警告の言葉を入れる。説得力を上げる為に少し身を起こせば、ころりと陽太郎の身体が簡単に動いてくとはいえ。
「じんがおきるのおそいからだぞ。こなみがずっとまってる。きょうはだいじなひだから、あとがつまってるとか、なんとかいって」
「小南が?何か約束した覚えはないんだけどな」
そうして迅の布団の上に乗ったまま、陽太郎はその状況を説明してくれたが、ピンと来なかった。そもそも今日、迅の任務は午後だし持ち回りの料理当番でもなかった為、早起きするつもりは特になかったからだ。
「じゃあ、おれはつたえたからな!これから、らいじんまるとパトロールにいくから」
用件だけ言うとひょいっとベッドから降りて、陽太郎はさっさと扉の向こうに消えてしまった。朝から随分とお忙しいようで。玉狛の平和は陽太郎に任せておこう。うん。
小南に呼ばれた記憶はないものの、おかげさまで目は覚めてしまったわけだし仕方なく手早く身支度を始める。洗面所の冷たい水で顔を洗って、ようやく頭が少しずつ働く。どうも高校を卒業してから曜日感覚が疎くなってしまったが、今学生は絶賛春休み中だということにだ。だからこそ平日ではあるが、玉狛支部に住み込みでない小南が朝一番に押し掛けたって別に不思議なことではない。さて、しかも今日は四月一日。新年度、そしてエイプリルフールだということに、だ。ようやく少しは思い当たる節がいくつか。
「待ってたわよ。迅!」
「おはよう、小南。で、こんな朝早くから何をしたいんだ?」
大方の予想通り、リビングの真ん中で直立不動の腕組みをしていた。うわっ、さすが女子高生。朝から元気過ぎる。だからこそ、まだ欠伸を一つかみ殺しながらも迅はとりあえず小南に乗ってあげることにする。
「当然。今日はエイプリルフールなんだから、迅にはウソをついてもらうわ」
そんな自信満々に言うイベント事ではなかったような気がするのだが、小南からすればとても大切なことのようで、意気揚々は止まらないようだ。
「別にウソをつくのは構わないけど、普段からだまされてるのにもっとだまされたいのか?」
「そんなわけないじゃない。毎年、エイプリルフールには迅の大嘘を見破れなくて悔しい思いをしたから、今年こそはリベンジよ!」
「はいはい…」
思わずやる気のない声になってしまうのは仕方ない。だって毎年、今日はエイプリルフールだからとわかっていても、だまされてしまうのだから。何か迅が全面的に悪いと言われても、何だかなって声にも思わずなってしまうものだ。
「もう、だまされないわよ。だって、今年は秘密兵器があるんだから!」
「秘密兵器?」
はてなとさすがに少し謎の自信の正体がわからず、じゃあその未来を詳しく見てみようかなと迅が思考を巡らした瞬間だった。
「どうもどうも。秘密兵器です。よろしく」
小南に促されながら漫才のようにリビングに入ってきたのは、遊真だった。
なんと!確かにエイプリルフール対最強兵器のサイドエフェクト持ちだ。これ以上はないという鉄壁の持ち主が現れて、マジか…とさすがの迅も絶句した。念には念を入れてということだろうが、小南にしては万全すぎるだろ…人間嘘発見器を前にさすがに少したじろぐ。
「さぁ、ウソをつけるならやってみなさいっ」
「ふむふむ。迅さんのウソに期待ですな」
意気込みと共にこちらのハードルを上げる茶々が入る。遊真を前に立たせた小南は、少し踏ん反りが得るように余裕顔を見せている。しかしそんな安易に弟子に頼っていいのか?と、そういうプライドは小南にとっては、また別問題らしい。とにかく今までの挽回をし、迅にしてやったりをしたいとその気持ちできっといっぱいなんだろう。
まあとにかく黙っているわけにもいかないので、軽くジョブを入れてみようと迅はその場で思いついたことを試しに言ってみる。
「………うーんと、そうだなぁ。じゃあ、実はレイジさんはシークレットブーツを履いているって知ってた?」
「えっ、!そうだったの!?」
「なるほど。面白いウソですな」
先制攻撃というか、突飛を狙ってみたものの反応は間逆。ほぼ同時に反応する二人だったが、瞬時に小南は騙されている。チョロいな相変わらず。まあ、遊真に即否定されているとはいえ、あまり代わり映えがないような気が少し。
「……ど、どうよ。私の遊真は無敵よ!」
あっさり騙されて反応してしまったこと、少し惜しみながらも小南はまるで自分の事のように言い放った。なるほどこのやりとり、まだまだ続けなくてはいけないのか。だったら…
「じゃ、次。小南は、学校ではネコをかぶっている」
「えっ!あ、それは…」
「こなみ先輩、そんなことしているのか?」
遊真の視線が迅から小南に向けられ、そこにも猜疑の有無の判定が行われる。そこで、疑惑の眼差しが確定になるのだ。
「ちょっと、迅!嘘をつくんじゃなかったの?」
「遊真相手じゃ、ホントとウソを織り交ぜないと真実味ないだろ?」
「だからって、私の隠してた秘密の暴露しないでよ。ばかばかばか………」
素早く詰め寄られた小南に、迅はポカポカと何度も胸元を叩かれた。はは、だがあまり痛くない。だって、一方的に迅が負け判定ばかり食らうのはどうも性に合わないから、少しの仕返しが入ってしまう。
そんな小南の姿を見て、やっぱりこなみ先輩のネコかぶりは本当なんだなと遊真のつぶやきが聞こえた。
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雷神丸のカピバラは仮の姿で真の姿は人間とか、ボスは本当は女だとか、宇佐美の本体はメガネだとか、いちいち多大にリアクションをする小南と冷静にウソを見抜く遊真のコンビは見ているこちらも楽しかった。さすが遊真のサイドエフェクトは優秀で、迅のウソはきわどいの含めてすべて見抜かれていた。とりあえず玉狛のメンツ全員をネタにしたところで、あとこの場の三人の共通の人間と言ってもなかなか結局ボーダー内の人間になってしまう。迅はわりと幅広く本部や他の支部へ出かけたりするが、まだ入隊して半年も経たない遊真や、 それほど頻繁に本部に足を運ぶわけでもない小南相手では、よく見知っている範囲が迅にだってそれほど把握出来るわけがなかった。そうして言葉を続ける迅の方も、少々頭を使いすぎて段々と混乱してきた。そんなこんなでウソだったりホントだったりする言葉のキャッチボールを続けてきたが、なんかただ嘘をつく練習みたいになっている。それもどうなんだろう…と。
さすがの迅も、そろそろネタ切れ感があった。えーと、そろそろ限界だぞ。うーん、あと誰をネタにしてなかったけとぐるりと視線を回して見ると、小南の長い髪の毛がちらりと視界に入った。ああ、そういえば近すぎてわざわざあの従兄妹を話題にしていなかったと、迅はふっと笑った。彼のことは下手に友人関係を築いている迅より親戚の小南の方が詳しいかもしれないから、騙すならよっぽど突飛ではなくてはと、思考を巡らせる。そうしてふと、迅は自分自身もネタにしていなかったなと当たり前の事に気がついた。よしっ、これで行くか。
「実は…おれと嵐山は、両想いなんだ」
先ほどまで続けていた軽い口調そのままに、迅はそのウソを口にした。まとめて簡単にではあったが、それも流れるようにさらりとだ。結構強引なウソだなぁと、我ながら苦笑しつつも。
「えっ、あ…そっか。ついに叶ったんだ。なんだ。もっと早く教えてくれれば良かったのに」
その小南の反応は、先ほどまで毎回騙されたりしている時とはまるで違うものだった。口の端から漏れる感嘆はどこか安堵の息も含んでいて。勝手な納得が本人の中でなされているようにも見受けられた。
「ん?そうなのか?」
そうしてその横にいる、今まで聡明だった遊真の眼差しさえも、怪訝の色を見せた。不思議そうな何ともいえない顔をしている。
だからこそ…迅も何だ、どうしたんだ?と少し狼狽してしまい。
「えっと、ウソなんだけど」
早々に迅の方からネタばらししたのは、これが初めてだった。だって先ほどまで、的確に遊真が即座にウソだと否定の言葉をコンスタンスに入れてくれていたのだから。
「はいはい、ウソね。って、だまされないわよ。あたし、もう何年も前から准が迅のコト好きだって知ってるんだからね」
「え?」
「こなみ先輩は本当のことを言ってるぞ」
寝水に耳というか、そう簡単に理解出来ない小南の爆弾発現ではあったが、ここで律儀にも遊真の判定が加わる。
「あ、そうだわ。准、もうすぐ来るから迎えに行かないと」
「まさか…嵐山、ここに来るのか?」
何かを思い出したかのようで、意識はもうリビングから離れてしまい、瞬く間に小南は軽く駆け出した。
そういえば朝、陽太郎が後が詰まっているとか何とか言っていたが、小南はこの嘘発見器を嵐山相手にもやるつもりだったのかとようやく合致したが、だが今大切なのはそれじゃない。目の前の問題が何も片付いていないというのに、迅の疑問には答えず、小南はバタバタと表玄関の方にまで向かってしまった。
後に残された迅と遊真はリビングに二人きり。
「遊真。さっきのはウソだってきちんと小南に言ってやってくれよ〜」
どうやら前科がありまくりな迅の言葉は信用に値しないと思われているらしいので、遊真からの後押しが何より重要だった。なりゆきで…今更冗談ですとはいえない謎の雰囲気が染み渡ってしまい、上手い言葉も思いつかない。
「迅さんは、ウソついていないのに、何で否定するんだ?」
「おまえまでそんなこと言うのかよ。だから、さっきのは冗談で」
言い訳がましくなってしまうが、迅にも今の状況があまり理解できなく困惑のまま告げる。
だって、迅には嵐山を好きなんて自覚、まるでないのだ。確かに仲の良い友達をずっと続けている。それはずっと変わらない…そう思っていて。
しかも何だ?さっきの小南の口振りでは、嵐山もまるでそうであるようではないか。そんなあり得ない。なんだ。小南は迅にウソをついているのか?そんなに演技がうまかったっけ。まるで信じられない。それこそ冗談だろ?自分は騙されているのかと。あの従兄弟も嘘をつくような性格はしていないはずなのにと、混乱の嵐だった。
「それは、迅さんが上辺で思っていることだと思うぞ?深層意識は違うはずだ」
「は?」
「おれは今まで他人のウソを間違えたことなんてないぞ。
迅さん流に言うとそうだな……おれのサイドエフェクトがそう言っているって奴だ」
全てを見透かされたような、その赤い瞳を向けられて。迅のいつもの決めセリフの口まねをした遊真が謎のドヤ顔を見せてくれた。
その瞬間、迅自身でさえ認知していなかった感情が、ようやくどこかで打ち震えたような自覚となってやってきた―――
「准〜 あんたと迅、両想いってホント?」
遠く玄関先から響く小南の声の後から変化した未来視には、これからの嵐山と迅の人間関係が切り替わる示唆が加わる。そのタイムリミットは、もうすぐそこに視えていた。
それはウソがホントになった瞬間―――