attention!
嵐迅で、エリ迅の迅さんとワートリの迅さんが入れ替わる話。読み切り版に関しては捏造オンパレードなのでご注意を。








迅遊一が、その時最初に覚えたものは僅かな違和感だった。
心地よいぬくもりは、混濁するかのような安らぎを包み込み、その身にまとわりつく。自分が今まで寝ていたという事だけはわかったが、不思議と感じたのはそんな環境だった。そう…確か自身に宛がられた大隊長室のソファで軽く仮眠を取ろうと横たわったはずだった。いくら慣れているとはいえ、あの場所がそんなにふんわりと心地よくあるわけがない…と。そうして…なんだこの、枕だけが随分と硬いなと。まだ瞳を開くことのない中でも頭を軽くごろごろ動かすと、なんか違う。それだけはわかったけど、どうにも身体が重くけだるくて思うように動けない。何か得体の知れないものに圧迫されているのにそれでも、さほど嫌な気持ちになるわけでもないという矛盾の中、しばらく遊一はいたのだった。
「迅…?起きたのか」
頭の上から…知らない男の声が響いた。それは爽やかを体現するかのように通った声で、こちらに語りかけている。そこでようやく遊一の意識が、現世に覚醒するように揺れ動いた。もぞもぞとしながらも軽く身を上げるように上半身を動かすと、何だかわからないがその上からの重さを感じる圧迫も少し外れて…そしてようやくうっすらと瞳を開いた。
「誰?」
バチリと視線が絡み合った。目の前にいたのは、やっぱりさっき自分に声をかけた男だろう。声も清々しいとは思ったが、その姿もマッチするイケメンだった。恐らくあちらも寝起きっぽいので、黒い髪の毛が完全にセットされているというわけではないが、多少の気だるい感じでさえ色気を感じる程。恐らく同年代…ぱっちりと開いた瞳。凛々しい眉は、その中でもバランスがきっと良い。一つ一つがとても整った顔のパーツをしていた。ああ、世の中には本当に顔のいい奴って存在するんだなと漠然とそう思い、そんな顔に少しぼへーと見とれてしまったのが悪かった。
「………迅、じゃない!?」
あちらもこちらの認識をしたのか、それでも名前を呼びつつも少し身を引いた。そこまで来てようやく遊一はここがそれほど大きくないベッドの上で、且つ自分と目の前のイケメンが横たわっているという現状を把握した。全く知らない簡素な部屋で、慌てて起き上がったイケメンにかかっていたリネンが揺れ動き、シーツがぱさりと呆気なくベッドの下へと落ちた。
「ぎゃあっ!!!」
この歳になって不甲斐なかったが、驚きに遊一はぎょっとして叫んだ。だって、だって…このイケメン………全裸なのである。いや、だからといってその身体が見苦しいとかそんな事は一切ない。その顔に呼応するようにそれなりに鍛えているであろう身体に相応しい筋肉が乗っており、このまま美大のモデルが出来るくらいである。それは認めよう。だが、シチュエーションが不味かった。
ベッドの上で一緒に寝ていた相手が全裸。しかもどうやらさっき硬いなと思っていたのは、このイケメンの右腕を枕にしていたらしいと気が付き…そしてそして、何よりもベッドの周りに転がる乱雑な衣類の脱ぎ方、くしゃくしゃになっているシーツの様子。あー、極めつけはローションボトルに使用済みのゴム。もうここまで揃っていれば役満としか思えなかった。アウトすぎる。
なんだ、これはこの事態は。というか、自分の尻は大丈夫かと、はっとした。
「良かった…オレ、服着てる」
事情はわからないが、どうやら最悪の事態は回避出来ていたらしい。いつもの隊服は全く乱れていないし、大切な尻に違和感もない。何一つ解決していないが、それでも少しだけほっとする。
「迅!…迅は、どこに行ったんだ!?」
そんなこんなの遊一の焦りとは違う方向で、このイケメンもまた焦っていた。盛大にだ。何だ。コイツ、ただのイケメンじゃないぞ。恵まれた容姿を持っているのに、意外と動揺が激しいな。そりゃあ向こうからすると知らない男がベッドにいたら、同じく遊一と同じ反応をするだろうが、何か違う。しまいには軽く叫び始め、遊一の両肩を持ってガクガクと前後に動かした。
「ちょ、……とにかく、服を着ろっ!」
そうして今度は、遊一が叫ぶ番となったのだった。



目の前のイケメン。嵐山准という名前らしいが、服を着込み見苦しい大人の道具をざっと片付けて、ようやく二人は向き合うこととなった。もうっ、ここまで話をするのも大変だった。なんたって迅、迅…とうるさい。折角のイケメンが勿体ない。
迅なんて苗字、珍しいと自負さえしているので遊一は自分の事かと最初は思ったが、どうやら違うらしい。イケメンは、迅悠一という男をずっと捜し求めているようだった。発音は一緒だが漢字が違うその男を遊一は知らなかった。同じ苗字を持つ親戚にも聞いたことはない名前だ。そう伝えると、スマートフォンの写真をスライドさせて、イケメンは迅悠一の写真を見せてくれた。自分で言うのも妙だが、確かに結構似ている…かもしれない。他人の空似かもしれないけど。ただその写真の中でイケメンと二人で幸せそうに微笑んでいた。ついでにキスしていた。もっとマシな写真はなかったのかと、ふいっと顔をそらした。
ようやく落ち着いたところで、どうして自分がこんなところにいるのかと互いに情報交換した後の衝撃はなかなかのものだった。このイケメンが涼しく嘘をついているとは思わないが、それでもにわかには信じられない事だった。おそらくここは遊一が見知って今までいた世界ではないというトンデモ。子どもの頃ならそう簡単には信じられなかったが、ネイバーなんてモノが突然攻め入って現れたことを考えると、まあ少しは許容してもいいかなと思ったが、いやそんな筈がない馬鹿なと動揺するには少し疲れる印象。かえって、ぜんぜん違うほうがまだ真実味があるってものだ。だってあまりにも遊一の存在していた世界と類似点が多かった。話を聞くに、どうやらこのイケメンもボーダーに所属しているらしく、わかりやすく丁寧にその仕組みや所属している人などを教えてくれた。その内情を聞くと、遊一が見知ったものもあれば少しずつ違ったりと歯車がほんの少し噛みあわない。でも、確実に似ているのだ…そのほんの少しの違いに戸惑うばかりであった。違和感は続き、迷い込んでしまったのではないかと錯覚は異文化交流をしてるような気分にさえされた。あ、この世界にもぼんち揚がある。良かったとそれだけは思ったが。
「もしかして、平行世界ってやつかな…」
「平行世界―――たまに迅がそんな事を言うこともあったような。迅が知ってる未来が過去になった時に存在するとか、なんとか」
ようやく一つの思い当たったことを、独り言をつぶやくように遊一は言うと、どうやら嵐山のほうも少しは思い当たる節があるようでいくつかの仮説を立てたようだった。
「そうだとすると、多分嵐山が探している迅悠一が死んだとかそういうことはない…かな。ただ、同じ世界に同じ人間は存在出来ないから…もしかしたら入れ違ってオレの世界の方に飛んだのかも」
我ながら自分が言っている事が空想ごとのような自覚はあったが、概ねのセオリーを口にした。嵐山の言う迅悠一が自分と同等の人間だとは断言できないが、年齢や境遇ある程度の姿形や特徴が、他人とは言い切れない程かなり似ている。世界には同じ人間が三人はいるとはいうが、容姿以外にも条件が整い過ぎてる。これをただの偶然と終わらせるにはかなり難度が高いだろう。それが世界の条理というものだ。全て憶測の段階ではあったが、そう考えるほうがすんなりいくような気がした。
「そう…か。それならいいんだが…しかし、どうしてこんな事になったのか」
「えっと、すげー聞きにくいんだけど…迅悠一はいつまでここに居たって覚えてる?」
ほとほと困り果てながらもどこまでも心配している嵐山相手に、遊一はちょっと顔を赤らめて尋ねた。自分で質問しながらもちょっとどうかもとは思ったが、仕方ない。この原因を探る要因として不可欠なのだから、と。
「俺が寝る前…までだな。迅は先に気絶するように寝入ってしまって。いや、迅は悪くないんだ。久しぶりだったから俺が無理をさせすぎたのが原因で」
「詳しく語んなくていいから」
半分予想していたとはいえ案の定の回答に、その口をさえぎるように横槍を入れる。ああ、やっぱりそうだよね。二人の位置が入れ替わったとしたら必然的にそうでしかない。しかし、ほうっておいたら生々しい情事の話とか始めそうだ。それは別に求めていない。イケメンに爽やかに語られると、聞くこちらの罪悪感も半端なさすぎる。
「迅は完全に寝ていた……… そっちも、寝てたんだよな?」
今度の質問はこちら側へと向けられたものだった。遊一は簡単に自分の状況のあらましをしゃべったが、どう考えてもこちらの世界の状況を尋ねる時間の方が多かったので、改めての確認ということもあるのだろう。
「そう。いつも通りの仮眠で…変なことなんか、、、 でも最近、ちょっとうちの方のゲートの開き方がおかしいってエンジニアが言ってたんだよね。それで忙しくて、オレも狩り出されて合間の仮眠のはずだったんだけどな」
仕事に撲殺されていて、普段ならカンがいい自覚のある遊一なら気が付きそうな違和感に直ぐにはピンとこなかった。こうやって虚な状況に置かれてみて改めて、向こうの世界で取りこぼした要因を思い出せば、色々と妙な幻聴は存在していたような気さえする。今となっては後の祭りとはいえ。
「そっちもか。うちの開発部からもそういう通達が来てて、迅も何度か呼ばれてて…まさか」
「思い当たることでもあるの?」
どうやら嵐山も何か閃いたようで、確信を告げるようなやや大きい声が部屋に響いた。それは光明かと、遊一は顔を上げて期待をする声を出す。
「…迅が昨日の夜は、すっごく甘えて来たんだ。いや、いつも甘えてくれるんだが、普段以上にすがられて」
「何で突然、のろけ話になるんだよ!」
「もしかしたら…迅はこうなることを知っていたのかもしれないって思って。迅には未来を視る能力があるから」
迅悠一の特徴というか良いところというか、最初に語られたときに出てきた情報を改めて再認識させられたところだった。
「それが事実だとしても、オレはじっとなんてしてられ…」
ドンドンドン―――
瞬間。遮るように、初めて外部からの音が室内に響く。音質は重くないのにそれでいて少し乱暴にも聞こえるソレは、部屋の扉を叩く音だと気が付いて。
迅〜!あけるぞーと、扉越しに一つ声をかけられてから、チャリとドアノブが回る。随分と甲高い幼い声に、遊一の脳裏を霞めるものかあって、それを確定するかのようにその姿は現れた。
「なんだ。嵐山もいたのか。ま、いつもの事だな」
「陽太郎?」
ふむふむと納得の頷きを見せてやってきたのは、想像通りに子どもだった。それもまだ小さい。
しかし今度は遊一が見知っている人間だったので、がばりと立ち上がる。紛れもない。第7吉のお子様だった。一週間ほど厄介になったのは、つい先日の事だったのでタイムリーすぎた。
「知っているのか?」
今度は横に座る嵐山から疑問の声が飛んだ。ざっと何人かこちらのボーダー隊員で迅悠一と馴染み深い人物の名前は挙げられたが、その中に陽太郎は入ってなかったからこそ驚きだ。
「オレの知っている陽太郎…とそっくり、だけど………やっぱりちょっと違うか」
子どもの成長は早いとはいえ、やはりどこかそっくりそのままというわけではないような。わからない…
「何だ?おれの出番か?」
状況を把握出来ていない陽太郎は、きょろきょろと戸惑いつつも自信の言葉を出した。残念ながら陽太郎は、迅がこの世界の迅ではないとはまだ気が付いていない様子だ。傍から見ると、そんなに似ているのか感じた。
「でも、だとしたら…もっと見知っている隊員がボーダー本部に行けばいるかもしれないな」
「あ…ここは支部?なんだっけ。うちでいう基地みたいなものか。そうだな。そっちのエンジニアにゲートの事も聞きたいし」
「じゃあ、本部に行こう。この事態を上に報告もしなくちゃいけないしな」
そうしてようやく次の行き先は決まった。何もわからない状態から状況が進んだのかどうかはわからなかったが、考察するより身体を動かす方が今はいいような気がしたのだ。



タイミングが悪かったらしく、ここ玉狛支部という場所では多くの隊員が不在だった。そして所属する人の名前と、仲が良いのか集合写真を見せてもらったがここの面々で遊一が知っている人間は陽太郎しかなかった。その陽太郎と少し会話をしてみたが、特に何かが判明するわけでもなかった。お子様だから仕方ないという反面もあるが、この世界にいる人間全てが遊一の知らない人間ではないということを知りえただけでも良い情報だった。支部の規模は遊一が知っている基地より随分と小さいもののようで、こちらの世界のボーダーは殆ど本部に人が集まっているらしい。少しでもどうにか元の世界に戻るためのキッカケと情報を得る為に進む。

結構な距離があったが辿り着いたボーダー本部の造形は、確かに遊一が見知っているものと随分と違った。だだっ広い警戒区域のほぼど真ん中に存在する本部は圧倒的だった。ジャージばかりの隊服は近いものがあったが。そもそもこちらとはシステムも違うわけだし。
人が多い本部通路を進む中、次々と声をかけられる。陽太郎もそうではあったが、相手がこちらを見知っている程度ではこの世界の迅悠一と遊一を簡単には見分けられないらしい。すれ違う程度の情報では仕方ないのかもしれないが。嵐山の話の中にもあったが、こちらの迅悠一もボーダー内でそれなりの立場にある人間らしいから、有名人なのだろう。だが、それ以上に有名人らしき人間はこの嵐山の方だった。まあわらわらと人が寄ってくる。わりと嵐山目当てな隊員たちばかりだから、遊一は一歩引いたところでみているだけだが。それでも、今回は遊一の件があるからと手早く進んでいるはいえ不思議だ。
「そういえばこれから会う人の名前まだ聞いてなかったな」
「ああ。とりあえず忍田本部長に報告するから、今は本部長室に向かってるんだ」
「忍田………?おれの知ってるボーダー隊員で忍田って人が一人いるんだけど」
忍田もそれほどわらわらいる苗字ではないので、ピンと来た。本部で最初に会う人間にこちらの世界と関連がありそうということはなかなかに幸先が良い。
「そうか。忍田本部長から何か情報を得られるなら都合がいいな」
偶然とは済ませられない事項が続いた。そっか、あの瑠花ちゃんが本部長かと少し。瑠花ちゃんは明らかに遊一より年下だが、こっちの瑠花ちゃんも同じとは限らないし。出来る子だったから、もしかしたらそういう世界もあるだろうと遊一は変に納得した。
そう、遊一はこのドタバタに疲れていたのだ。だからこそ見知っている確実な癒しを求めていた。可愛い女の子とスキンシップをしたい…という。それをだ。



「っ、男じゃん!」
期待の忍田本部長と念願のご対面をした遊一は、そう叫ぶしかなかった。


















この状況で癒しを求めるのもどうかとは思ったが、手がかりの一つになりそうな少しの知り合いで期待の女子高生に会えると思ったら、全然違って遊一はかなり落胆をした。
いや、向こうだっていきなり…JKの妹さんいませんか?とか開口一番に尋ねられたら困るだろうけど(実際未婚だったし…)とにかく遊一の知識の中にある可能性の一つがつぶれたことには違いなかった。落ち込む遊一を傍目に、嵐山はきびきびと迅悠一と遊一に巻き起こった現状を忍田本部長に報告していた。困ったことになったものだと多少の顔には出されたが、現状この場でどうにかできる問題ではないと判断したのか、当初の目的どおりに本部に来た一番解決策が見当たりそうな開発室へ行くようにと促された。うちの司令よりは随分と若そうに見えるが、さすがボーダーの幹部だけあって的確で出来そうな人間だなと、その印象を持てたことだけは幸いだった。男だけど…

また場所移動。同じ敷地である本部内の移動とはいえ、本部長室から開発部は随分と離れた場所にあった。そもそも区画が違うようで、先ほどより多くのボーダー職員ではない若い学生。揃いの隊服を着ているから、おそらく防衛隊員だろうとすれ違う機会が随分と多かった。それでも完全部外者の筈の遊一に不審の目が向かないのは、やはりこの世界の迅悠一だと思われているからだろう。多分。
「嵐山ってさ。何者なの?」
「え?迅と同じ防衛隊員だが」
ようやく周りの取り巻きのような人がいなくなったところで、廊下での歩みを止めないまましゃべるが、嵐山の返答は遊一が求めていたものではなかった。
そんなことは知っている。迅悠一がボーダーでかなりの重要人物という事は何となくわかったが、嵐山自身だって本部長とほいほい簡単に謁見できる時点で只者ではないとは感じたが、それ以上に。
「それはわかってるけど、なんか違うでしょ。さっきから、めっちゃ他の隊員から声かけられてるし、なんかそこらへんに張ってあるポスターに顔載ってるし、録画だろうけどモニターテレビでインタビューとかされてるし」
そう言われて見れば自分の世界にいた知り合いを探して他の人の情報を求めたものの、目の前の嵐山に関しては名前くらいしか聞いていない。嵐山は遊一が自分のことをまるで知らないとわかった時点で、説明を省いたのだろうが。嵐山を取り巻くこのボーダー内の不思議な状況が有体のことだとは、さすがに違う世界に飛ばされてきたと思う遊一だって、そうは思わない。
「ああ、その事か。俺はボーダーで広報も担当してるんだ」
「へえ…どおりで。でも、オレは広報なら女の子がいいな」
さすがボーダー。イケメンを無駄なく隙なく有効活用していると納得した。先ほど会った本部長も抜け目ない感じがしたし、適材適所が上手いってことか。
正直イケメンだけど、嵐山のことはちょっと警戒している部分もある。なんたって、最初がヤバかった。第一印象はかなり最悪だったから仕方ないとはいえ、貞操の危険を感じて何が悪い。だが、それ以外はホントいい人オーラしか出さないから拍子抜けした部分もあった。とにかく今は女子をくれ。
「広報は隊でやってるから、うちの隊にも女性はいるぞ。だけど、二人の名前に覚えはないんだったよな?」
「そうだね。すごく残念だけど…」
いくつか提示してもらったボーダー隊員リストにはもちろん嵐山の隊の面々も入っていたようで、撃沈した。もう知り合い路線は諦めよう…と、さっきの忍田本部長(男)で思い知った。それにしても、女の子に一切縁のない世界というのは、どういうことかとも思うけど。

そんなこんなの会話の中、無事に開発部に到着した。ここは迷いやすく似たような構造になっているとはいえ、さすがに扉の前に案内があればそこがゴールだとわかる。
扉の前で認証をかけると、向こう側の応答がなされた。先ほど立ち寄った為、忍田本部長からすでに話通っているらしく、スムーズにスライド式の扉が開いた。そうして…うわっ、と思わず息を吐く。ボーダー本部色々な場所を歩いてきたが、本部長室はもちろんのことラウンジも隊員たちが集うランク戦室も休憩室も整然としていたのに、この場はやたらごちゃごちゃしていた。カオスだ。古めかしいのも含めてパソコンがやたら並んでいるとか、整理されてない資料の山だとか、何かの設計した奇妙な模型だとか、ようは全く片付けられていない。そんな乱雑な中で、皆が一心不乱にパソコンに向かっているのだから、ここもホントマジ…自分のとこの開発室と大差ないなと感じた。遊一も愛剣である風神丸を作るときは、こういう開発室の隅っこで作成したのだが、なかなかに同じ空気を感じる。こうなるよなーエンジニアってと、ふむふむと納得の頷きさえ同じく。だってみんな瞳が死んでるし。
奥に居た開発室長である鬼怒田という人間に、やはり遊一はさっぱり心当たりなかった。だからさくさくと話が進む。忍田本部長から連絡が来た時点で、こちらに対する対応の準備が整えられていたらしく、まずはざっくりこれからすることの概要。最初は、ようやく来たなとふんぞりかえられていたが、この場で一番偉い人間なのだから仕方ないか。それでも、遊一は非常に怪しいという目で見られたが、まあこういう反応をするのがデフォだろう。よく考えると、嵐山みたいに元の迅悠一の心配をただしまくってる方が異常だった、やっぱり。
これからする粗方の用意は移動中に成されていたらしく、待機されていたメディカルチェックを受けて、様々な項目の問診を受けた。それも、洗いざらい全部話したわけではないけども。遊一もこの世界の事を知ってしまったわけだし、フェアである部分だけは一応話した。あまり自分の世界の事を語るのはよくないことかなとも思うし。なんだかんだそんなことをしていて軽く一時間は経過して頃、ようやく最初のメディカルチェックの検査の結果が出たということで、再び鬼怒田開発室長と対面することになった。
―――話を聞くに、やはり遊一の世界と同じくこの世界にも不定期に未確認のゲートが開いているとのこと。ここ最近で一番大きなものが観測されたのが、どうやら遊一がこの世界に来た時間と一致しており、大小さまざまあるもののその中で最大規模が、ちょうど警戒区域の中でも玉狛支部近くであったとの推測。ボーダーは今までにも何度か把握しているので検討した結果、一応はそれなりに一定の法則がなされており、それがまた今日の夕方に開くことが判明した。つまり数時間後…に再び。同じ場所が、その空間が歪むらしい。本来あるべき存在ではない遊一がそこにいなくてはいけないという結論に当たった。
全てが憶測ではないとはいえ、どう見ても理系気質な鬼怒田開発室長が極力わかりやすくしてくれる説明は、さすがに説得力があった。というか、遊一自身この現象に対する解決策が何も浮かばない以上、その可能性に賭けるのは当然としか言えなかった。一体、その原因は何だとか悠長な時間はあまりない。とにかく今の悠一にとっては元の世界に帰る事が最優先なのだから。

「じゃあ、玉狛支部に戻った方がいいみたいだな。時間はまだそれなりにあるから、そんなに急がなくても大丈夫みたいだが」
「そのこと…なんだけどさ」
それまでずっと傍で遊一に付き合ってくれた嵐山が、次への示唆を口に出してくれる。だからこそ、もうずっと思っていた事を遊一は口に出そうとした瞬間だった。
「ようっ!迅と嵐山じゃないか。二人揃って開発室にいるのは珍しいな」
後ろから自分より少し大柄な男から、口を挟むように声をかけられた。
遊一もそれなりに長身の部類に入るから、その身長はこちらより少し高いくらい。でも年齢は結構上か?いや、さすがに二十代だろうけどヒゲ蓄えてるし。単純な外見よりヤバいのは、その格好だった。嵐山の隊服にもついてるけど、何かボーダーのマークついてる…から、いや多分この人が着ているのも隊服だろうけど………黒い。いや、ネイバーとの戦闘では隠密が必要とされる場合もあるから嵐山みたいに赤の方がおかしいとはいえ、ちょっと黒すぎと思わずぎょっとした目を向けてしまう。しかも、色だけじゃなくて普通にはお見かけしないロングコートっぽいし。怪しさ大爆発な、そんな人間たち二人がやってきたのだ。なんだ…悪の秘密結社だったのか、この世界のボーダーはやっぱり。
「太刀川さんも、鬼怒田さんに用ですか?」
「そーそー。ていうか、まあ暇だから唯我のオプショントリガーでもアレンジしながら遊ぶかなって………」
嵐山と太刀川?と呼ばれた男がしゃべっている最中、思わぬ名前が遊一の耳に飛び込んできた。その珍しく、でも聞き覚えがありすぎる名前は…少し顔を横にして、前にいた太刀川という男の後ろに居るのは至って普通の男ではあったが、その顔を見て遊一は。
「あっ、唯我!よかった。お前はきちんといるんだな」
そこにいたのは、現在の自分の部下である唯我正にとても似ている男だったから遊一は思わず、感嘆の言葉を流すことになった。ほんの数時間前に見た本物の顔を思い出して、少し顔が緩む。
さすがに突然すぎたのか、唯我はきょとんとした反応しかこちらに返してくれないとはいえ。
「え…?あ、迅さん???」
「唯我を知っているのか?」
「あ、うん。オレの部下みたいな奴。しっかし顔の造形はそっくりだけど、ちょっと違うな。何より若いっ 唯我に十代で会ったら、こんな感じだったのかもしれないなー」
嵐山の問いかけに答えながらも、確認するように陽太郎ぶりにようやく見知った人間に出会えて、深々と観察をかける。少し違うのは世界が違うのだから仕方ないし、陽太郎と違ってこっちはもういい年齢だし。だが、ここに来て一番の収穫だった。安心した。やはりここは遊一とは無関係な世界ではないと言うことだ。しかし、まさか唯我を懐かしいと思う日が来るとは思ってもみなかったけど。
「迅さんが、このボクを待ちかねているとは。ようやくボクの重要性に気が付いてもらえましたね」
ははんっと鼻にかける、この少しウザい仕草。紛れもない。いつもなら少し鬱陶しく思うのにさえ、今はただ懐かしさだけがこみ上げる。少しの顔の違いさえ目をつぶれる程度にはだ。
「何か、迅。頭おかしくね?」
「実は太刀川さん。彼は、本当は迅じゃなくてですね…」
なかなか酷い言い様をする太刀川にアドバイスを入れようと、嵐山は留める。
遊一としては記憶喪失設定でも何でも良かったのだが、律儀な嵐山は要点をまとめて太刀川という男に遊一の現状といなくなってしまった迅悠一を含めて説明をしたのだった。
そうして、遊一サイドにも改めて太刀川と唯我の説明をしてくれた。ここに至るまでに、ボーダーの防衛隊員システム。A級などの格付けやランク戦の仕組みなどの概要を聞いていた為、あ…じゃあこの人がランキング一位の太刀川隊隊長で本人も総合一位っていう強者かとようやく遊一の頭の中にも繋がった。なんかかなりイメージ違うけど。遊一も自分の世界ではトップに居座り続けていて、その態度が模範的真面目か?と聞かれたらNOって感じなので他人の事は言えないかもしれない。
ただ、この世界で恐らく現状一番よく見知ったのはこの嵐山だし、おそらく直属の上司らしい忍田本部長を見て、またこの世界のボーダー隊員はきちんとしたのが揃ってるな偉いなーという印象を植え付けられた結果かもしれない。ランキング一位になんている人間は好き物で、それこそどこかネジがぶっ飛んでいるに違いないとそれだけは納得したけど。
「うーん。よく意味わからんけど…ちょっと迅じゃないけど迅だって事は、わかった。ということは…お前。強いのか?」
「強いの基準がよくわかんないけど、一応自分のいた世界のボーダーだとそっちでいうランキング一位みたいなモンだったけど?」
「あー、そっか。そっちの世界には俺がいないからか。よしっ、じゃあハッキリ白黒つけた方がいいな。玉狛に行くまでまだ時間あるんだろ?俺と模擬戦してくれよ」
「ちょっと、太刀川さん。勝手にそんな…大体、彼はこっちのトリガーは初心者なんですよ?」
純粋な戦いの瞳を向けながら誘う太刀川に驚いて、一度嵐山が遮る声を出した。
「メディカルチェックで、こっちのトリガーで迅悠一の換装はしてみたけど問題は特になかったよ。オレもちょっとこっちの戦い方、興味あるし。付き合うよ」
「やりぃっ」
あまり細かいことは気にしないらしい太刀川は、素直に喜んだ。
正直、まだあまりこの世界に関しては頭の整理がついていないとはいえ、だったから戦ってみるのも悪くないなと思ったのだ。そうではなければこんな機会、二度とないだろうし。折角だから楽しもうかなと。

意気揚々とした太刀川に連れられると、その後を嵐山にも追われた。去り際に、唯我がボクのオプショントリガーは?と言っていた気がするが、さわりとその場から流されていた。



ざっとこちらのトリガーの仕組みは嵐山から聞いていたけど、頭で理解するより身体を動かしたほうがいい。戦闘形式で改めての説明。あいにく雷神丸は持っていなかったけど、こちらの得意はブレード使いだと言うと誘ってくれた太刀川が使っているのが近いらしかったが、それより嵐山が使っていたスコーピオンという変形自在ブレードの方が遊一の興味を誘った。普段使っているわけではないが、せっかくこんなチャンスあるなら気になるトリガーを使ってみたいと思うのは当然で、手にする。想像以上にスコーピオンは応用が利きまくった。どこか悪手にも感じられるほどの変幻自在は、頭の隅っこで遊一がイメージしていたものでもあって。だからこそこのトリガーに関する知識は乏しいものの、多彩な攻撃をすることが出来た。もちろんそれ以上に使い慣れている相手は突拍子もない攻撃を仕掛けてきたが、それは別に遊一がいた世界のネイバー相手にだってありうることで、全てがイレギュラーというわけではなかった。だから、とても楽しかった。
太刀川はやっぱり強くて、圧倒的な攻撃力の前に容赦なく粉砕された。最初はホント受け流すことしか出来なくて悔しい思いをしたものだ。違う世界から来たという遊一には好奇心しか向けていないのだから、本当に大丈夫か?と思いきや戦術レベルも十分としっかりしてる。さすがランキング一位と言ったところだ。思ったより慎重で、でも大胆さもかねそろえていて感服。互いにクセを知らないわけだし、あれやこれやの攻め手は実に有意義だった。
太刀川が強いのはある程度予想はしていたが、正直嵐山の強さの方が盲点だった。だってそれほど曲者というか、実力者である雰囲気を醸し出していない好青年すぎるから。それこそ最初は太刀川との戦いを止めようと見守っていたものの、誘われて戦ってみたら、強い強い。いかにもどこかうさんくさそうで強者な太刀川と違って、嵐山のような爽やかイケメンがこちらを圧倒する方が、完全に不意打ちだ。容赦なくフェイントもするし、銃撃も的確にこちらの急所を目掛けていて、それでいて決定打のスコーピオンがまた意外なところから飛び出てきて、そんなことが毎回きっちりおこなわれるのだ。正統派かと思いきや、きちんと決めるところは決めるという、とてもしっかりとしたタイプだった。いくらこちらのトリガーに慣れていないとはいえ、堅実な守りを貫くのは手を焼いて、こちらの攻撃もピンポイントに受け止められればお手上げだ。持久戦になるほど手の内が明かされて不利になる感があった。まさか、嵐山からさえも一本も取れないとは…侮っていたなと思った。
あっ、ちなみに後から追いかけてきた唯我とも何戦かしてみたが、そっちは余裕だった。うちの唯我も何とかしないとな…と微笑みを残すに留めたが。

そんなこんなをしていたら、いつのまにかギャラリーが多く詰め掛けていて、事情を知らない他の隊員もオレもオレもと遊一に対戦を申し込んで来たが、さすがに時間の限界を感じた嵐山によって無理やり玉狛支部にまで戻ったのだった。





「あのさ。なんか嵐山忙しそうだから、もう大丈夫だよ。オレ一人で」
そして今、最初にこの世界でやってきた場所。つまり迅悠一のベッドに腰掛けて、遊一はずっと思ってきたことをようやく言った。だって、今日は片時も離れずに嵐山が付き添っていて、今もそうだからだ。
確かにこの世界で最初に出会ったのが嵐山とは言え、もうそこまで面倒を見てもらう義理はなく感じた。色々教えてもらった結果。現状の把握はさすがに出来たし、おそらく元の世界に戻れる筋も立ったし。いくら見知った人間がいないとはいえ、そう不安に陥るようなこともないような気がしてきた。何より一般のボーダー隊員からは迅悠一に間違われているため、無用のトラブルは避けられるような気がする。今まで案内をしてくれて色吐露と面倒を見て貰ったのは、本当にありがたいとは思うが…嵐山からすれば、今日一日振り回されたようなものだった筈だ。
「駄目だ。一人でなんて置いていけない」
「だから、おれはおまえの知ってる迅じゃないんから、特に気にする必要ないって」
確かに入れ替わり?と思われる現象が起きたのだから、もし本当の意味で元に戻るのならば次の瞬間にここにいる人間こそ、迅悠一なのだろうが。まだ時間はあるし、いい加減その甲斐甲斐さにも億劫を感じていた。最初こそ印象最悪だったものの、普通に接していれば嵐山という男がどれだけ人のいい人間だというのかはもうここ半日程度のつきあいで嫌というほどにわかった。だからこそ、もう別れもわかっているからこそ、だったら遊一は自分の口から終わらせたかったのだ。この奇妙な関係を、だ。
「そんなことはわかっている。迅じゃない…なんてことは」
「あーそうですよね。違いますよね。なんたって、嵐山と迅悠一は恋人同士なんだから…戻って来たら一番に会って感動の再会したいですもんねー」
思わず冷やかし半分含めて、やや乱雑に言ってしまった。我ながら子どもっぽい言い方だとは思ったが、少し相手するのが疲れていたのかもしれない。この爽やかイケメンが自分似の人間と彼氏だということにだ。どーせ、愛の力で恋人を取り戻す的なことでも言い出すんだろうと。知らんけど。
嵐山は、ひたすらに遊一に優しかった。そりゃあ、ボーダーで会った人々に接する様子を見ていてもある程度標準以上にはそれが出来る人間なんだろうけど、遊一には折り紙付きでそれがとって見えた。それは、どう考えても遊一が迅悠一に似ていて交換の媒体でもあるから…だろう。嵐山は遊一を通して、今はいない迅悠一を透過しているに過ぎないに決まっている。だから、愛されている迅悠一がちらちらと見え隠れしているようで、ずっと遊一はどこか罰が悪かった。
別に来たくてこの世界に望んで来たわけではないとはいえ、遊一は世界に意味のないことなんてないと思っていて、だからもしかしたら何か…この世界に来た理由があるのかと思ったのに、あまりにもなしのつぶてすぎて、他人に向けられた愛という感情ばかり甘受してしまっているように思えた。これは全部、嵐山のせいだと責任転嫁さえし始めたのだった。
「確かに…俺は迅が何よりも大切だし、無事に戻って来て欲しいと思ってる。
でも、たとえ違う平行世界の人間だとしても、君も大切な迅であることに違いはないと思うんだ。だから、もしかしたら別れになってしまう時まで、一緒にいたいんだ」
向けられた感情―――嵐山の想いは真っ直ぐで、あまりに真っ直ぐ過ぎて遊一は面を食らった。
結局のところ嵐山は、迅悠一と遊一を一緒くたにはしていなかった。ほかの誰もが見間違い、迅といつものように遊一を呼ぼうが嵐山は一切それをしなかった。違う人間であるとわかっていながらも、きちんと線を引いて誠実に付き合ってくれた。それが何よりも遊一の心に染み渡って、でもどこか気恥ずかしくて。だから、観念するぶっきらぼうな言葉となってしまうのだ。
「わかったよ…居たいなら、好きにすれば?」
「っ、ありがとう!」
「悪いけど、オレちょっと寝るから。本部内を散々歩いたり模擬戦したりして疲れたし。せっかくベッドの上で待ってて暇だかさ」
それだけ言うと勝手に迅悠一のベッドに潜り込んだ遊一は、大ざっぱに布団をかぶった。
どこか勝手にうだうだしていたのを見透かされてしまったようなのが、少し居心地悪いのだ。それに確かに今日は慣れないことばかりして勝手に疲労がたまっていたことは事実のようで、強めに瞳を閉じたというのに瞬く間に意識がうつらうつらと曖昧になってきた。
そんな中、どこか遠くでおやすみ…とつぶやく嵐山の声が最後に聞こえたような気がした。





◇ ◇ ◇





パチン
壁伝いにやってくる小さな音が最初。次いで遊一に訪れたのは、瞼の外に展開する圧倒的な光量であった。

「停電、直りましたよ。まだ、電気つけてないんですか?」
そして聴覚が一番に刺激をされて、遊一はようやくこの世界で瞳を明けることに成功した。
ここは…なんて事はない。いつもの自分の執務室でもある大隊長室だった。変わらなすぎる平穏平凡。それが当たり前のことなのに、違和感があるようにどこか覚えるのはどうしてか。夢を見ていたような気がしたんだ。それもとても鮮明で長い…セピア色なんかじゃない。色も匂いも感触もはっきりとあるあの世界を。
「どうしたんですか?まあ、今度はきちんと服着てるみたいですから、いいですけど。前の停電の時、ボクはホント驚いたんですからね。嫌々ながらなのに新しい上司が、全裸でソファ寝てるって変な趣味持ってるなって」
ふとこの場に意識をもっていかれるように、扉の前でしゃべっているのは先日いろいろあって部下になった、唯我正だった。一応お偉い本部長の息子だし遊一からすれば結構年上ではあるが、立場的には遊一の部下の部下の部下な為、現場のイロハを教える為に今は遊一の小間使いのように馬車馬の如く働かせている。それはわかっている筈なのに、どこかで見た近親感があって…
そうだ!この癪持ち的な鼻にかかるような言い方。夢の…いや、夢じゃないだろう。あんなリアル過ぎる記憶。ネイバーに浚われて植え付けられた以外では信じられるか。
しかも何だ?自分が全裸で寝ていた?そんなことした記憶はない。だとしたらつまり、その人間は………

「もしかして迅悠一が、ここに居たのか?」
「は?」
「だから、オレじゃないけどオレっぽい男が居たんだろ?」
「何を言ってるかさっぱりわかりませんが、確かに様子はおかしかったですよ。すごく。今の貴方もですけど…」
唯我に詰め寄ってみるが、明確な実感はないらしく違和感を簡単に口にするだけだ。やはりどこか噛みあわない。
もしかして、唯我は遊一と迅悠一の見分けがつかなかったのでは?とすぐに検討が当たった。まだ上司となって日浅いから仕方ないのかもしれないけど、もし迅悠一がこの世界に遊一になりすましたとしたら、何をしてたんだ?考えろ。
「今日の、オレは何をしてた?」
「どうしたんですか…また記憶喪失になったんですか?」
「…どうして、そう思うんだ?」
「だって、少し前の貴方がそう言ったんですよ。ちょっと記憶が混乱してるから色々教えてくれって。意味わからないことを」
そうやってこっちの世界のことをあれこれ聞き回ったわけ…か。なるほど。相手が他の隊員なら疑惑のまなざしを向けるかもしれないが、ここに来て間もなくまだ人間関係がそこまで深く構築されていない唯我相手では手玉に取られてしまったに違いない。
遊一は別にそのことで唯我に非を攻めるつもりはない。誰が、違う世界の人間と入れ替わったなんてそう簡単に信じられるものか。まああそこの世界の人間は信じているようだったが。本当に見知らぬ人だけど皆、優しかった…特に一番近くに居てくれたあの男は。明確な証拠もないし本当は夢だったかもしれないから、その体験すべてを信じるわけでもないけど。ちょっとずつ違う。性別だとか年齢だとか…高校生ではないとか本当に不思議な世界だったという記憶がふいに過ぎった。
「わかった。とりあえず今日のオレが何をしていたか、詳しく教えてくれ…」
また何の事やらという顔をしつつも、仕方なく唯我はそれを語りだした。



全裸な迅悠一は最初は戸惑いはしたものの、人のクローゼットから勝手に予備の隊服を拝借して、唯我にこの世界の基本的な仕組みをあれやこれやと訪ねまくったらしい。まあ、このあたりは遊一も嵐山にしていたことだから仕方ないとはいえ。
そうして、一通りの理解が追いついたと思った後、なんと迅悠一は今度はボーダーのお偉いさんにアポもとらずに電撃的に訪問し始めたらしい。なんてことをしてくれんだ…上役の方々はもちろん迅悠一を遊一だと思って対応しただろうから、尻拭いが全部こっちに来るんだが。不審者過ぎる。遊一も向こうの世界のおそらく偉い部長クラスには何人か会ったが、きちんと事情を話して迅悠一とは別人だと、それを前提に迷惑をかけないようにだなぁ…あーもう過ぎたことは仕方ない。
そんな重要なことをしでかしたというのに、迅悠一は特に何をするでもなくとにかく片っ端からボーダーの重要なポストに着いている人や隊員の中でもランキング上位の人間に会えるだけ会った。それだけのようだった…特に何か聞くわけでもなく話すわけでもなく、本来ならば突然見知らぬ世界に飛ばされて、元の世界に戻ろうと遊一のように躍起になるのが普通だろうに、そういうそぶりは一切なかったというのが奇妙だった。何が目的かさっぱりわからない。

「………それで、今日二度目の停電があったので、また変なことになってないかと思って、様子を見に来たら…今ってことです」
聞いたのは遊一ではあったが、唯我はぺらぺらと一人でよくしゃべった。おかげで状況が詳細に掴めたので、まあ助かったが。どうやら唯我は、この世界に疎い迅悠一のナビゲート役を仰せつかったらしい。もちろんあっちで言う彼のように好意的というわけではなく、いやがる唯我を無理矢理引っ張ってつれ回したというのが正しいようで、節々に嫌みも混じっていた。だから、本当は遊一が連れ回したわけではないんだが、もう今更それを証明するものもないし、これ以上狂言症だと思われも困るので仕方なく押し黙る。
「停電…が二回あったって言ったよな。その時の天気は?」
「もちろん、すごい雷ですよ。おかげで開発部もなんだかずっと騒々しかったみたいですし」
そして唯我の言う停電にも少しの覚えがあった。ボーダーの電源は民間のを引っ張っているのがメインだが、すぐに予備電源に切り替わるようになっているし、最悪トリオンでいくつか代用できる部分もあって万全だ。それなのに、二度停電。しかもそのタイミングは遊一と迅悠一が入れ替わり、そして戻った時間とピッタリ一致していて。
「それじゃあ、停電前…最後にオレの姿をいつ見たんだ?」
「けっこう前ですね。あれだけいろんな人に会ってたのに、突然この部屋にこもってずっーとそのパソコンに向かっていましたから」
唯我が指し示したのは、遊一が普段使いしているノートパソコンだった。
遊一はそれなりの立場にいるので、権限でボーダー中枢部のシステムにある程度介入することができるが、それもパスコードが必要だった。まさか何かしたのか?と思い、あわててパソコンを立ち上げる。パソコンを起動して簡単な標準操作ぐらいなら問題なく進めることができる。問題は、専用システムへのアクセスだったのでその使用者ログを漁る。しかし遊一の権限が使われた痕跡は一切なかった。そもそもパスコードを人づてに教えることはないし、遊一自身も自分の頭の中に記憶しているだけなので、よく考えたら迅悠一が知り得ることではないのだが。ただの杞憂…だが、だったらなぜこのパソコンを使って何をしていたんだ?と内部ファイルにスキャンをかける。
あった!数時間前に最終保存された新しいファイルだ。開く前にプロパティで中をうかがうと保存データ的にはそんなに重くはない。どうやらただの文書ファイルらしい。遊一はこれが直感的に、迅悠一の置き土産だとわかった。自分はそんな余裕なかったので手紙の一つでも置くことさえしなかったけども。
つまりこの世界に迅悠一がやってきたという存在の証明を、遊一は他のボーダーの面々に自ら証すことで残したが、迅悠一は一つのファイルとして残したのだろう…と。わざと痕跡は残さずここだけに集約した。そうまでして、迅悠一は遊一に何を伝えたかったのか?決して、出会うことはないもう一人の自分に…
変なウィルス等もないとわかったので、ようやく遊一はその問題のファイルをクリックした。ピコンッと、画面の真ん中に小窓が開く。それは迅悠一が、ファイルに設定したパスコードの入力画面だ。

《迅悠一の、恋人の名前を入力しなさい》

ぶはっと、遊一は思わず吹き出した。この期に及んで、それか!と。そんなの…あの世界で十分すぎるほど知り得た事実だった。
しかしこんなところで、威嚇されるとは思わなかったのだ。安心していい…彼は十分に誠実だった。同じ顔、恐らく性格とかも似ていて、だからといって心変わりするような男ではないと、本人が一番わかってるだろうにそれでもあえて訊ねてくるのは、遊一への警戒だろう。わざわざ愛の確認なんてしなくても、牽制かと笑う。
薄々感じていたが、いくら世界が違うとはいえ迅悠一はきっと遊一と性格が酷く似ているのであろう。考えていることは何となくわかるのは、やはり同類だからか。それは良い意味でも悪い意味でも。あちらからすれば、たちの悪い悪戯の一環かもしれないが、巻き込まれたこちらは大変だったというのに。
そんなことしなくても、彼は間違いなく迅悠一のものだ。だからこそ、揺るぎないその恋人の名を………深く思い出す。
「嵐山准」
淀みなく入力すると隠されていたファイルが自動でいくつか展開され、パソコン画面に表示される。
その圧倒的な情報量―――は、想像よりも一回りも二回りも膨大だった。
時間的に仕方なく文書データが多かったが、そこに書かれていたのはこの世界のいくつかの未来であった。さすがにボーダー関係者にしか会っていないせいか、偏っていたが特にネイバー侵攻に関する重大でそして深刻な時には人の生死にも関係するほどの未来。確定的ではない枝葉の未来も含めて。
あちらの世界では、あまりにも自然に受け入れているから少し忘れていた。こう目の当たりにすると、チートすぎるだろとつぶやきたくもなる。嵐山から聞いていた、迅悠一が持っているという未来視。これがすべて真実とは限らないが、冗談にしては笑えない事項もいくつか含まれていて、ああこれから大変な騒ぎになるぞと、少し身震いするくらいだった。でもこれが残っているってことは、今の現実なのだ。

きっとこれは、迅悠一の今回の件に関しての迷惑料代わりなのだろう。そうとしても相当な対価である。最初に嵐山と話した時に上げた仮定である平行世界。未来視を持っている迅悠一だからこそ思ってしまった不穏な思い。もしかしたら、迅悠一が生きる世界以外は彼が選び取らなかった、あながち見捨てられた世界なのかもしれないという罪悪。だからこその贖罪のつもりか。
そんなわけがあるか。こっちはこっちで、好きにやってるから…別の世界まで気負う必要はない……今、何か伝えられるとしたら遊一はそう言ってやりたかった。そんなこと叶うわけがないけれども。でも、きっとそれは嵐山や他のボーダー隊員からきっと教えて貰えるだろう。おまえの代わりにやってきた遊一は、ずっと楽しそうにしていたと。それが、遊一があの世界に残して来た唯一のモノだから。



「どうしたんですか?さっきから、突然笑ったり…深刻な顔をしたり」
そういえば、唯我がいたなと促されて意識が戻る。
さて、彼にも働いて貰わなくてはいけない。ちょっとこちらとて、覗き見た未来の星々をという置き土産が事実か、検証しないと。与えられたものが多すぎて、何からしてもらうか。とりあえず整理をしなくてはと思った矢先だった。
「そういえば、さっき言ってた嵐山准って隊員。なんでわざわざ会ったんですか?役付きでも何でもない、新人隊員なのに…」
「っ!嵐山がボーダーに居るのか?」
さっき思わず遊一がつぶやきながら入力していた、その名前を明確に示唆される。思わぬところからの不意打ちだった。
「え…だって。ずっと探していたじゃないですか。隊員リストを隅々まで見て、ようやく居場所突き止めて。それでいて、会わずに姿だけ見て帰ってホントに変でしたけど」
「嵐山は今、どこに居るんだ?」
「二時間前に見かけた時は、ラウンジにいましたけど…って、今から行くんですか?チラっとしか見てなかったから、顔わかんないと思いますけど」
唯我の叫びに返事もせずに遊一は、大隊長室を大急ぎで後にした。
嵐山のイケメンすぎる顔なんて今日ずっと見てたのだから、間違えるわけがない。ただ今は、この世界にも嵐山が存在しているということを知れた。それだけの気持ちでいっぱいで。


きっと、あの世界の嵐山とは違う人間だと、そんなことは重々承知だった。
それでも、この世界の嵐山准もきっと、あの男のような人間だと………そんな予感がするのだから。





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