attention!
嵐迅で、バレンタイン話。








一年に一度限りのバレンタイン。
一年前の今日――― 迅は大失敗をしてしまった。



少しの緊張した面持ちで、でも普段どおりをなるべく装って…迅は行き慣れている筈の嵐山隊の作戦室を訪れた。
「あれ、迅さん。どうしたんですか?」
「えと」
開錠された扉から中へ入ると、オペレーターの綾辻が無垢な笑顔でこちらを迎えてくれる言葉を出してくれた。
だが反面、迅の返事は少しまごつき、声が微塵に途切れる。平素ならばこの美人相手に世辞の一つや二つ並びたてるくらいなのだが、今の迅にはあまり余裕がなかった。そう…それは一歩足を踏み入れた最初のフロアに他の隊員は勢ぞろいしていたが、肝心要の隊長の姿が見えなかったからだ。
「あ、もしかして迅さんも嵐山さんにチョコ渡しに来たんですか?」
即座に飛んできたのは、背面のロッカーをバタンと閉めた瞬間に入り交じる佐鳥の言葉であった。
その混じり気のない率直な内容に、え?と迅は心の中だけで動揺しギクリと震えた。いや、確かに今日はまごうことなきバレンタインではあったが、なぜ見透かされたのかと揺らぐ。未来視という能力を持っているせいか、迅はそれなりに周囲の状況や空気を読むのに長けている。だからこそ、そういった色恋の事実を外に漏らさないように隠匿するポーカフェイスはしていたつもりだった。それは今指摘した佐鳥だけではなく誰に対してもで、微塵の欠片もそんな素振りは露骨に出したことはないつもりだし、そんな未来も視たことはないというのに、どうしてだと思うのは仕方のないことだった。
実際、迅は今日…告白ともにチョコレートを渡すつもりで隠し持ってはいる。だが、それは今ではない。さすがの迅も、他の隊員がいる作戦室で堂々と渡そうだなんてほどオープンにするつもりではなく、しかし今日の嵐山の動向を探りたくタイミングをあぐねて、今こうやって来たのだ。それなのに、なぜ佐鳥にその名の通り悟られているのかと驚いた。
「実は、さっき三輪先輩が嵐山さんにチョコを持って来たんですよ」
返事をしない迅に対して、横から作業の手を止めた時枝のフォローの声が入る。
「えっ、秀次が?」
思わぬ伏兵の名前に登場に迅は、やや身構えた。そういえば、さっき『迅さんも』とか佐鳥に言われた。指摘されたことに軽い混乱を起こして気にしていなかったが、少し横から鈍器で殴られた程度の衝撃はあった。
「三輪先輩は、クラスメイトの女子から嵐山さん宛のチョコ預かったそうです」
何か変な勘違いしてるな的なジト目を向けてきたのは木虎で、より詳細に話をしてくれる。そうしてようやく迅に、ほっと安堵の息だ。っと、そんな様子を見せるのだけでは挙動不審なので、いつも通りの軽い言葉を入れることにする。
「っ、…米屋ならともかく、秀次に頼む女子ってなかなか勇気あるな」
「そうなんですよ。あからさまに不機嫌でした。で、三輪先輩はここにチョコ置いて行っちゃいましたけど、迅さんは直接嵐山さんに渡してあげて下さい。奥にいるので」
テーブルの上にわちゃわちゃと積まれているチョコレートの中でもこの箱だと暗に示唆しながらも、佐鳥は目線で後ろのオペレータールームを仄めかした。
あれ…この流れは少し不味くないかと、迅は己の未来が暗雲立ち込めた感じを掴んだ。だが、もうそういう雰囲気になってしまったのだ。別に隊員たちが悪いというわけではなく、うだうだと戸惑い、はっきりと迅が否定しなかったことがいけなかった。仕方なく促されるまま、認証された奥の部屋へと向かうことになる。

「迅?」
こちらも少しの不思議顔で出迎えてくれて、いつもは片付いているオペレータールームに持ち込まれたサイドテーブルの手前に、目的の嵐山はいた。
うわっ、見なければ良かったと思った。先ほどの部屋にもそれなりの数のチョコレートと思われるラッピングされた箱がいくつも見受けられたが、このエリアはそんな比ではなかった。積み重なった迅の部屋のぼんち揚段ボールレベルにチョコレートの包みが存在していたのだから。ああ…これ、全部嵐山宛だと瞬時に読み取ることはそんなに難しいことではなかった。
気のせいではない甘い香りが周囲を漂い、こちらの思考を奪う。だから、この瞬間に迅の心は慄き、少し弱ってしまったのだ。
「…相変わらず凄いチョコだね。はい、コレ追加で」
ぽんっと、嵐山には直接渡さずにサイドテーブルの上に折り重なるチョコレートの山にわざと何気ないように置いた。
「えっと…それは?」
「嵐山を好きな子から、だって」
嘘は言ってない。迅はまるで他人事のように、用意したチョコレートを何も言わずに渡すことに成功したのだ。それは、迅自身の気持ちを置き去りにしたものではあったが、もはやそれ以上を今考えることは出来なかった。
「そうか。ありがとうな、迅」
感謝の言葉とともに、向けられたのは満面の笑み。だからこそ、迅はその顔を真正面から見据えることは出来なかった。このいつもの眩しさが今日は辛く感じるに違いない。

そう、迅悠一は油断していたのだ。嵐山にチョコレートを渡す未来は見えていた。だからこそ迷っていた気持ちに踏ん切りがついて今年はこの場にやってきたものの、結局は失敗に落ち着いてしまった。
それで終わり―――





◇ ◇ ◇





そうして、儚い気持ちと共にあっと言う間に一年は過ぎ去ってしまった。また、この季節だ。バレンタイン。
イベント事を何かと商売にしたがる日本人気質にとっては、正月年始を過ぎればどこへ向かうにもラインナップがソレとなってしまうから、嫌でも視界に入るものであった。バレンタインに比べるとホワイトデーは随分とこじんまりするものだが、あれはお返しという習慣となっているからこそ仕方のないものかもしれない。
去年、迅は嵐山に漠然とチョコレートを渡したわけだが、もちろん名無しだったわけで、お返しをしようとした嵐山から…誰がくれたのか?と後で律儀に聞かれた。そうして迅は今更名乗り出ることが出来るわけもなく、匿名希望って言われたと反らしたら…これまたマメな嵐山は迅にお返しを渡してきたから厄介だった。そうして偶然にも送り主である迅の元にきちんとお返しがやってきた結果になったわけだが、かえって申し訳ないことをしたという気持ちでいっぱいになってしまった。
そもそも嵐山と迅は年数的にもそれなりにつきあいが長いし、ずっと仲もいい。今までそんな色恋イベントをスルーしてきたのに、今更感アリアリである。だが、仲が良すぎるからこそ、いざ告白をするキッカケというものがないのだと、情けなくもイベントに頼ってみようと思い立ったわけであった。
ということで、また一年…迅は嵐山に告白なんて出来るわけもなく過ごし、親友ポディションのまま収まっていた。そうして、またやってきてしまったのだ。そのバレンタインが、だ。去年見事に失敗してしまったこともあってか、あまり積極的ではなかったもののそれでも…と一応チョコレートは用意してある程度の気持ちで、迅は当日を迎えることとなった。

「ちょっと、迅。准が風邪ひいたって知ってた?どうして予め本人に教えてあげないのよ…」
昼間の防衛任務の後に、いつものように玉狛支部のリビングへと向かうと、目ざとくソファから立ち上がった小南から声をかけられた。
「小南先輩。事故ならともかく病気じゃ、いくら迅さんでも防止するのは難しいんじゃないですか?」
迅が返事をするより先に小南の後ろからフォローの声を入れてくれたのは、烏丸だった。よく見ると、リビングからつながっているキッチンには木崎がいる。玉狛第一勢ぞろいだ。
「そう言われてみれば、そうね。でも、准が風邪をひくなんて本当に珍しいのよ。あたしでさえちょっと記憶にないくらいだし」
「そうなんだ。そういえば、前に嵐山隊みんながインフルエンザにかかったときでも、嵐山だけは元気だったような…」
小南だけではなく迅にも今まで嵐山が風邪をひいたのを見たことがなかったので、呼応する声を出した。まあインフルエンザとただの風邪では正確には違うのだが、逆に驚いた記憶がある。元来の気丈さもあるがそれ以上に、嵐山は過密スケジュールに追われているので、本人もかなり体調管理には気を付けている…筈だ。
「あーもう。どうしよう。これから防衛任務だし、てっきり本部にいるかと思ってたからチョコレート渡せないわ。せっかく毎年きちんと14日に渡せていたのに」
「別に無理に今日、渡さなくてもいいんじゃないか?」
ソファの横でちょっとジタバタし始めた小南に、迅は有り体な声をかけた。イベント毎を大切にする女子からすれば後日というのは釈然としないのかもしれないが、今回は事情が事情だし、何より相手が従妹の小南であることからも性格的に嵐山が気にしたりすることはないと思ったのだ。
「えっ、だってバレンタイン当日にチョコレートを渡さないと腐るって聞いたわよ?」
「あ、すみません。それ、嘘です」
横からイケメンがさらりと訂正する言葉を入れる。さすが烏丸…表情筋が全く動いていない。嫌みのない嘘ではある。これをするのはほぼ小南限定とはいえ、真顔で嘘をつくから確かに判断しにくい…とはいえ、いやいくらなんでもそんなに早くチョコレートが腐るわけないだろと迅は内心思う。
「とりまる〜 また、騙したわね?もうっ、さっき渡したチョコ返しなさいよ!」
「残念ですが、もう食べました。手作りで、おいしかったですよ」
「そ、そう?じゃあ、また来年も作ってあげてもいいわよ」
「えっ、小南。おれのは?まだ、貰ってないんだけど…」
はっ、そういえば他人の話ばかり聞いていて、自分の分の存在をすっかり忘れていた。もちろん毎年迅も貰っている。朝、任務に行く前にありがたくも雨取と宇佐見からは頂いたが、ここで小南から貰えないと迅のチョコレート総獲得数に男の矜持が砕けてしまう。
「用意してあるわよ。はい。感謝しなさい」
やや上から目線口調ではあったが、ぽんっと手渡される。貰う側だから文句などもちろんあるわけがなく、ありがたく受け取る。迅とて義理とはいえ、女の子から貰って悪い気がしない。セクハラのせいで本部の女子からは目の敵にされているせいで、貴重な一つでもあった。
「ありがとう…って、何で二つ?」
迅に手渡された箱は、二つあった。一つは青い箱で、これは通年通り迅のものだろう。もう一つは赤い箱で、同じように可愛くラッピングされている。
「赤い方は准のだから、これから渡して来て。やっぱり手作りだと賞味期限心配だし」
「えっ、おれが?」
思わぬ方角からの成り行きに、おもいっきり虚を食らう。
「さっきメールしたら、准の熱だいぶ下がったらしいし。不用意に誰かのうつさないよう、念の為に一日ボーダー休んでるだけだから。バレンタインは毎年大学とかでも山ほど貰ってるのに、今年は家族からだけっていうのも可哀想でしょ?」
「いや、だからっておれが行くのは…」
「迅は未来わかるんだから、自分が風邪うつされるかどうか判断できるでしょ?あたしたちこれから防衛任務だし、消去法よ。消去法。じゃ、ヨロシクね」
そうして、終いにはとどめにひらひらと手をふられてしまった。それは明らかな確定事項のように綴られてしまったこともあり、いつもはそれなりに回る舌が戸惑いまくって、断る決定打が思いつかなかったのだ。それに、小南にチョコレートを貰った手前もある。
こうして残されてしまった嵐山宛のチョコレートもそのまま、置き去りにされた。





出来うることならさくっと目的の物を渡して帰りたかったが、嵐山家のインターフォンを鳴らして病人の嵐山当人が登場するわけもなく、出迎えてくれたのは嵐山の母親であった。見舞いに来たと伝えると、どうぞとあっさり家の中に通されてしまったのだ。よく考えたら真っ当な見舞いの品は、キッチンで話を聞いていた木崎がわざわざ作ってくれた、はちみつ生姜湯くらいの手持ちしかなかったのだが、それをありがたく受け取った嵐山の母親はさっそくキッチンに向かって再度暖め直しはじめたので、仕方なく迅は一人で嵐山の自室に向かうことになった。
「桐絵から連絡はもらったんだが、わざわざ家まで来てもらってすまないな」
「いや、平気。それより具合どう?ベッドで寝てなくて大丈夫なの?」
とりあえずその目的を一番に果たそうと、小南から預かったチョコレートを手渡す。
風邪をひいていると聞いてはいたが、予想より嵐山は弱っている感じがなかった。それでも普段みたいに元気抜群というわけではなく、やや頬がほてっているようには見受けられたが、必要以上にせきこんだりしていなくて良かったと、ほっと一安心をする。
「昼間、寝すぎたからな。おかげで大したことなくて助かったんだが。急に任務も休んでしまったし、心配をかけてしまったな、すまない」
誰だって他人に迷惑をかけるのは好んでいないだろうが、特に嵐山はその傾向が顕著にあるようで、風邪をひいているのとは違うしゅんとした顔で申し訳なく言葉を出した。
「謝らなくていいよ。嵐山が風邪ひくなんて珍しいから、みんなちょっと驚いたみたいだけど」
迅も昼間は任務で本部にいたわけだが、あの嵐山が風邪をひいたという話は軽く噂話になっていたくらいだった。それは悪い意味ではなかったが、逆にたまには少し休んだ方がいいという程度の言われ方さえしていた気がする。
「迅も驚いた…のか?」
「えっと、少し心配はした…というか」
変わらない真直な目を向けられて、思わず少し視線を外す。
「そうか、ありがとう。迅が俺の事、気にかけてくれて嬉しいよ」
それはとても素直な返答だった。そうきっと嵐山はそうだろうなと迅は知っていた。
でも、本当は一つずっと今回の件で黙っていたことがあって、その罪悪感に押しつぶされそうになった迅は、思い切って声を出す。
「ごめんっ。本当は、おれ知ってたんだ。嵐山が今日、風邪をひくこと」
「え、あ…そうなのか?」
迅の一世一代とも言える言葉に、それほど驚くというよりは少しのきょとんとした顔を嵐山は向けてきた。
「先週、双子がそろって風邪ひいただろ?多分、その時にうつったんだと思う。おれ、これ視えてたから…本当はもっと気をつけるように嵐山に言っとくべきだった。それなのに、ゴメン」
ぺこりと頭を下げて深く謝る。迅にとっては、未来という物はいくつも視えるもので…全てを汲み取ることはできないとはいえ、それでも可能性はあったのに嵐山に声をかけなかったという事実が目の前に落ちてきてしまった。たまたま治りはとても早かったとはいえ、苦しい思いをさせてしまった。これは回避出来た未来だったのに…
嵐山が壮健であることに違いはないが、それ以上に怪我はもちろんの事、病気だってそうなりうる要因がありそうならば今までの迅は必ず忠告をしてきた。そうして忙しい嵐山の生活にズレが起きないようにと気にかけていた。それが今崩れたのだ。
「うーん。でも、迅からそう言われたとしてもきっと俺は副と佐補を看病したと思うぞ。家族だからな。
迅は何でも気負いすぎだ。俺が風邪をひいたことにまで、わざわざ責任を感じる必要はないぞ」
そうやって嵐山は迅の肩の荷をいつも軽くしてくれる。うなだれた迅の肩をぽんっと叩いてくれた。知っているからこそ、伝えないのは罪なのに…
「いや、でも…今日防衛任務で本部行ったら、バレンタインなのに嵐山が休みだって女子の中でわりと騒ぎになってたし」
多少は予測していたが、目のあたりにするとそれは想像以上だった。誰もかもが今日という日をまちこがねていていたのに、つぶしてしまった事実がそこにはあった。
「俺は別に気にしてないが…もしかして、迅。俺が風邪をひくのがバレンタインだから黙っていたのか?」
思わぬ本心を指摘されて、肩に置かれた嵐山の手が振り離れるほどビクリと迅は震えた。
「えっと…なんでそう思ったの?」
「だって迅は毎年、バレンタイン近くになると俺に近寄らないようにしてないか?」
おそるおそる訪ねた結果は無惨だった。そう…その通りだた。一応、嵐山本人には気がつかれないようにと振る舞っていたつもりだったが、さすがに毎年のこととなると無理があったか…見事にバレてる。
断るという未来がある程度確定的に視えていても他の女の子から告白を受ける嵐山を見たくないと思っている迅は、確かに言うとおりこの季節になるとなるべく嵐山を避けていた。未来視は見たくないものでも容赦なく迅の頭に到来するもので、嵐山を視界に入れればそんな姿を幾度も知ってしまう…から。でも、だからといってはいと認めてもよい言い訳が思いつかなかった。今回は嵐山の風邪をスルーするまでの事までやってしまったから余計に。
「………たまたま、じゃない…かな」
ごまかす言葉を入れるが、どうにも説得力がないのはわかっているし、真っ直ぐに嵐山の顔を見ることも不可能だった。
「今まで俺は迅がああいうイベントは嫌いなのかと思ってて、でも桐絵は毎年普通に渡してると聞いていたからおかしいなとは思ってた。
だから、去年は驚いたんだ。迅が、わざわざうちの隊室まで来たから」
「あ、あれは…頼まれたからで」
「誰に?」
もごもごとしながらの迅の返事に、すかさず嵐山はするどく切り込んできた。
「………匿名希望って、前にも言ったじゃん…」
少し怖じ気付くように迅は言葉を落とした。
―――ここで、一年前の失敗が迅の頭の中に一瞬で走馬灯のように駆け巡った。そう、あの時視たいくつかの未来の中で、バレンタインに嵐山にチョコレートを渡して成功するものがあった筈だった。でも、結果は無残で。もう無理だから諦めろと思っていたのに、また舞台がやってきてしまった。
そしてまさか、去年の事まで蒸し返されるとは思わなかった。嵐山の親友ポディションにいる迅だからこそ、女の子からチョコレートを渡してくれと頼まれる機会…それこそ学生の時は幾度も確かにあったが、未来視を使って全て避けてきた事項だった。だから確かに、頼まれてという形でさえ嵐山にチョコレートを渡したのは昨年の一度きりなのは確かだった。

「迅。こう言うのは少しおかしいことだとは思うんだが、俺はわりと告白される機会が多くて、だな。だから何となくわかるんだ。この時期に目の前の相手が、俺のことをどう思っている…かが、」
嵐山の通る声を素で受けてしまい、迅は瞬時に…ぶわっと赤面した。風邪をひいているのは嵐山の方の筈なのに、それこそうつされてしまったかのように、熱く。
「…し、信じられっない!………嵐山のたらし」
もう…とても嵐山の方なんて見ることは出来ずに顔を少し床へと落としたまま、言い捨てるように迅はぽつりとつぶやいた。
なんだこれ、ずっとバレバレだったってことじゃないか。些細な迅の気持ちなど、だだ漏れだったのだと思い知らされた。
「迅限定のたらしなら、いくらでもなるさ。それでも勘違いかと思って、俺は一年待ったんだ。出来たら今、この瞬間にきちんと言って貰いたいし、俺も直ぐに返事をしたい」
そうして、嵐山は迅の逃げ道も全て奪ってしまった。
もうここにはどこにも回避する未来なんて存在していなくて、馴染みのカーゴパンツのポケットから今年のバレンタインチョコレートを取り出し、迅は。
「そうだよ。おれは嵐山の事が好きなんだよ。だから、今までバレンタインはずっと避けてたし、今日風邪ひくのもわざと見逃したくらい嫉妬深いのおれは。こんな性格の悪い奴、嵐山ぐしか相手にしてくれないから、付き合って。今直ぐに」
もう、ようやくなりふりかまわず本心をぶちまけた。せっかく今まで取り繕っていたものが台無しになろうが、この用意された舞台で言わなければ、もうチャンスはないと思った。
「ああ、もちろんだ。俺もそんな可愛い迅が大好きだから、な」
こちらの大告白を受けても真っ直ぐが変わらない嵐山は、笑みを浮かべて求めていた返事をくれた。



一度失敗して臆病になった迅の心は、諦めきっていた。そんなものは見間違いだと、数多ある未来の中で自分に都合の良いことを掴みとることは出来ないと…しかし今、迅のバレンタインは成功すると、目の前の好きな男の瞳が語ってる。それは一年前の迅が視た未来の一つだった。
でもあの時は一度潰えてしまった未来が………ようやく今、実現したのだった。

それでも翌日、迅が風邪をひく未来全てを知りゆく余裕はなかったけれども。幸せだから、もういい。





セ カ ン ド バ レ ン タ イ ン