attention!
嵐迅で、ボーダー新年恒例行事として迅さんが隊員に今年の運勢をおみくじ形式で教えてあげるという…twitterに投下した元旦話です。最初は太刀川さん視点のギャグなのですが、最後はドシリアスなので安定感ないです。








太刀川慶が一年の中で一番好きな日は、1月1日元旦である。
それは、大好物の餅を誰に文句言われるわけでもなく堂々と食べる事が出来る日だからだ。皆、好物は色々持っているというのになぜか太刀川の餅だけ普段から食べていると、残念そうな瞳を向けられるのが理解出来ない。これだけ物流が発達した世の中で、餅は自分で蒸かして作らなくとも簡単にインスタントが常時購入出来るというのに、何で年始だけの季節物だという扱いになっているのかとずっと疑問であった。ということで、自宅で親手製の雑煮をすすった後は馴染みのボーダーで次の餅を訪ねるのは当然のことであった。昔、都会にあった雑煮専門店が瞬く間につぶれてしまって以来、太刀川は外食産業に期待をするのはやめてしまった。高校時代から入り浸っているボーダー本部の食堂のおばちゃんとは顔なじみと言っても過言ではない。たとえ他の隊員の需要が薄くとも足しげに通ったおかげで、餅は太刀川専用のメニューとなり昇格したのだった。そしてこれも毎年の事となれば、別途注文しなくとも餅は用意されることとなる。まさに…至福の時間………であった。
締めのおしるこをすすり終えて大満足。このまま年始から早めの昼寝でもしようかとぼうっとしている瞬間に、新年一発の爽やかな声が後ろから響き渡った。

「太刀川さん。新年、明けましておめでとうございます!」
ぺこりと礼儀正しく腰を曲げて挨拶をしてきたのは、ボーダーの顔こと嵐山であった。うおっ、眩しいと反射的に叫びたいなと思う程度にはそれなりに大きい声と反応ではあった。
「嵐山か。あけおめー ことよろー」
そういえば面倒くさがって新年の挨拶メールを誰にも送ってなかったなとここで思い出して、その定番句を学生のように口に出した。今年一発目にきちんと挨拶したのは、もちろん高確率で世話になるだろう食堂のおばちゃん相手である。親相手にはどうだったかな。子供の頃とはともかく記憶薄い。それに親戚が集まる家にきちんといればあけおめラッシュだっただろうが、そうすると今年二十歳になった太刀川はお年玉を上げる側に回るという面もあり逃げて来たという事実もあった。
「今日、太刀川隊は防衛任務ではなかったですよね?元旦から本部に待機してるなんて、さすがですね」
キラッキラと新年に相応しい綺麗な声がかかるので、多少の罪悪感に胸が痛む。別に元旦でなくとも割と太刀川は本部に詰めている。用がなくとも詰めている。もちろん大学なんて極力行きたくないが、さすがに元旦には大学開いてないからという言い訳もアリ。
「いや…ていうか、嵐山こそ珍しいな。わりと年末年始は広報の仕事で引っ張りだこじゃなかったか?」
この時期に見かけるのは久しぶりだと、そこだけは素直に思った。隊員の多くは学生なので冬休みに突入すると結構本部の人口密度が増すのだが、その訓練の場に合同ならともかく個人的に嵐山隊の面々がいるのは結構貴重に思えた。
「正月くらいは隊員に家族で過ごさせてあげたいと思ったので、今年は元旦オフにして貰ったんです。さすがに全員揃っては無理だったので、俺はちょっとさっきまで仕事してましたけどようやく手が空いたので」
そういえばいつもは大抵小脇に何かしらの書類を抱えているが、手ぶらなのはあまり見たいなと思った。
「へー大変だな。あ、餅食うか?折角だし」
と言っても、もうテーブルには空となった皿しかないので追加注文ということになるのだが、一人でむしゃむしゃと餅を食べ続けていたのが寂しいだとか、もうそういう気持ちは吹っ飛んでしまった。これで来たのが嵐山隊でも時枝だったら確実に餅仲間なのだが。
「いえ。今朝、自宅で雑煮を食べて来ましたので大丈夫です。それにこれから迅のところに行くので」
やっぱりどこの家庭でも雑煮あたりは食べたらしく、これ以上はという多少の顔色を嵐山は見せた。そして次を示唆される。
「ん?迅が、本部にいるのか???」
多少だれていた太刀川の触覚がピクリと動いた。太刀川の好物は餅ではあるが、戦闘はそれ以上に好きな物である。そこで最高のライバルの名前が出れば反応しないわけにはいかない。先月、迅は風刃を手放してようやく自分たちと同じ土俵に戻って来てくれたものの、忙しいを理由にそう積極的にランク戦には復帰していなかった。新年最初の対戦相手が迅っていうのもなかなかに昔を思い出して、幸先が良いように感じたのだ。
「あれ…太刀川さん。今まで元旦に迅に会ったことないんですか?ほらっ、えーと何年前からだったかな。迅が、おみくじをしてくれるっていう…」
具体的な名前が少し思い出せないようで、曖昧に嵐山は頭をひねって端的な情報をこちらに与えてくれた。
「あー なんか聞いたことあるなソレ。確かボーダー新年恒例行事としてやってるんだっけ?迅が、今年の運勢をおみくじ形式で教えてやる的な」
太刀川も、一度もそれを目にしたことがなかったので風の噂の認識でしかなかった。おぼろげな記憶をようやく拾い上げながら言う。なんか騒がしくやってんなーとは思ってはいたが、太刀川はいつも元旦は餅の事で頭がいっぱいでそういう新春のあれこれは気にしたことがなかった。それが餅つき大会とかなら話は別だが、おみくじとか興味ないし。人混みがすげーという三門神社に行くのも三が日が過ぎた後だし。ボーダーには防衛任務があるから、時間が合わないというのを言い訳にして、どうも年賀状の返信含めて何もかもが後手後手となっていた。
「そう、それです。俺もいつも元旦は広報の仕事が入っていて行けなかったんですけど、今年はちょうど時間が空いたので折角だからこれから行こうかと。良かったら、太刀川さんも一緒に行きませんか?」
さらりと当然顔で誘われた。相変わらず憎めない男である。
「えーあんま興味ない。つか、平隊員はともかくさ。俺とかおまえとか、別にわざわざこういう機会じゃなくとも迅が勝手に未来教えてくれるじゃんっ」
太刀川にとって、迅の未来視は自然過ぎた。そりゃあ出会って最初の頃は、そんなチートな能力持ってるなんてスゲーと思ったが、もはや付き合いもかなり長いし今となっては当たり前すぎた。本部と玉狛支部で他の隊員よりは会う機会が少ないというものの、迅はうまく立ち回っているので要所要所で現れて来て、必要な未来は伝えて来るしだから今更別に感が激しい。
「そうですけど、でも俺はなるべくなら迅の負担をもう少し軽減したいと思うんです。今年の運勢を意識して、一年過ごして行きたいなって…太刀川さんもそう思いませんか?」
ここで優等生っぷりな嵐山の模範解答が太刀川の胸に突き刺さった。
この真っ当な男相手に、きっぱりNOと言えるほど太刀川もまだ荒んではおらず…
結局流されるようにそのまま配膳トレイを下げて、一緒に行くこととなったのだった。





「うわっ、なんだこりゃ。すげー人だな」
どこでそんな謎なイベンティやってるのか詳しくは知らなかったが、嵐山と共に向かった先は主に訓練生が入隊で最初に赴く式典などをするフロアだった。嵐山隊からすれば毎度の事でここに慣れているだろうが、太刀川は久しぶりに来た感がある。パっと見は体育館のような広さがあるこの場には、わちゃわちゃと無数の隊員が集まっていた。その壇上にいたのはもちろん自称実力派エリート。既にその迅悠一による大おみくじ会?は始まっているらしく、並ぶ行列の一番先では迅が何やら目の前にいる隊員に言っているようだが、さすがにこの距離だと内容まではわからない。みんな壇上の迅に注目しているが、それでもさすがにこのボーダーの顔と個人総合ランキング一位が揃ってフロアにやって来た時は、どうぞどうぞと列の前方まで開けられたが、そこはナイスガイな嵐山が丁寧にその誘いを断り、二人はながーい行列の一番最後に並んだ。最終尾のプラカードを持つ嵐山准…という構図の方が、太刀川にはよっぽど貴重に見えた。
「俺、あんまりおみくじって引かないんだけど…大吉、中吉、小吉、吉の順でいいんだよな?」
改めての確認の為に太刀川は、ぼんやり独り言のように問いかける。こういうのを全く信じてないというわけではなく、単に興味がないだけであった。だが、今回はヘタな神事よりよっぽど説得力のある未来視持ちの迅から言い渡されるとしたら、少しは意識しようという気持ちになるもんだ。
「いや、大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶・大凶の順ですよ」
少し苦笑しながらも、嵐山が正しい順番を平坦に言ってくれる。
「一回じゃ覚えられないな…でも迅がアドバイスしてくれるから、それで判断すればいいよな」
途端に、とことん面倒臭くなった。いつももっとさくっと迅から未来教えて貰っているというのに、この行列はなんといっても予想外だったから余計に思うのだ。
「きちんとアドバイスしてもらえるのは、大凶だけらしいですよ。それでも迅は優しいから大凶は滅多に言わないらしいですから、レア感としてありますけど。受けた隊員だけは、大凶の回避方法を教えてもらえる特典があって後で別室に呼ばれる…とか」
ルールを理解してない太刀川に、嵐山は丁寧にその仕組みを教えてくれた。
「ふーん。なかなかハイリスクハイリターンだな。しかし、ここがこの人出だとボーダー隊員は神社より先に迅のおみくじって感じだな」
この時点で少し帰りたい感が出たが、横の嵐山が逃してくれる筈もないのでやや逃避しつつも現状を把握する。
「俺は楽しみにしてますよ。今まで神社では大吉しか引いたことがないので、迅はどんなおみくじをくれるのかなって」
やる気のやや薄い太刀川反面、嵐山からは期待に溢れる言葉が輝かしく漏れた。
「え、そうなのか?俺はガキの頃以来、大吉引けなくなったんだけど、おまえいつもどこの神社でおみくじ引いてんの?」
「普通に毎年三門神社ですけど…」
どこかに大吉が出やすい神社があるのかとかぶりつきで尋ねたものの、嵐山の回答は至極普通だった。三門市民なら大方行くであろういつもの神社の名前が出た。
「俺も毎年三門神社でおみくじ引いてるんだけど…去年は確か末吉だったような」
その微妙さが例年続き、なんかおかげさまであまりおみくじに期待しなくなってしまったという事実はあった。しかし同じ場所のおみくじを引いているというのに、嵐山は毎回大吉ってことはやはり神様はどこかで見ている感を察知するようだった。
「あまりよくない結果だとしても、落ち込まない方がいいですよ。去年の初詣は迅と行きましたけど、未来視あるからわざわざおみくじは引かないって言ってましたし」
おみくじを他人に示している当の本人である迅がそうだとすると、確かに説得力少し低くも感じた。まあ、無駄なことをしない性分なのかもしれないが、迅の能力的に仕方ない。
「ま、そういうのも少し寂しいかもな。とりあえず迅のおみくじ結果なら覆したくもあるし、いっちょやったるか」
よしっと一つ改めて気合を入れて、太刀川は少しずつ進む列に身を任せることとした。



あーだりぃ…と心の中だけではなく口にも出してしまいつつある中、ようやくあと少しで自分たちの順番が来そうであった。あまりに暇だったので、並んでいる隊員を見ると全く見知らぬ人物だけっていうわけではなさそうだった。さすがに上層部はいないが、ちらほらとA級もB級の姿も見受けられた。若者はイベント好きだから面白半分という気持ちもあるのだろう。列が壇上に近づくと迅の言葉もわりかし聞き取れる範囲になる。あいつぜってー単純なおみくじじゃないなと知ったのは、女子相手の台詞が甘めの採点のように大吉を連発しているのを聞いたからだ。普段セクハラのせいで遠ざかる女子たちが唯一積極的に聞いてくれるイベントだからと言って、無駄に時間割き過ぎである。それでも本格的に占い師みたいなことをやったらうさん臭さ激しいので、この程度の気軽さならと女子が近寄って来ているギリギリラインなのだろう。策士だな。
そんな太刀川たちの五人ほど前に並んでいたのは、来馬隊の四人であった。わざわざ支部所属が本部に来るほどこのイベントは有名らしい。単に今日、防衛任務が入っているから…だけかもしれないが。嵐山もそうだが、来馬も相当大吉体質だろうと思いきや、末吉認定を受けていた。なんと、まあ。どうしてだ?と疑問に思いつつも、太一相手に凶だとはっきり断言していたので、あーこれは来馬が末吉な理由がよくよく理解出来た。今年の来馬隊にも頑張ってもらいたい感が激しくある。
そうしてあと数人を消化して、ようやく太刀川と嵐山は揃って壇上の上に登ることが出来た。長かった。
「おっ、太刀川さんと嵐山じゃんっ あけおめ。二人が来たの今年が初めてじゃない?どうしたの」
よっと片手を上げて、迅はいつものようにフレンドリーな声をかけた。
「おめでとう、今年もよろしくな。新年早々から、頑張ってる迅の姿を見に来たぞ」
相変わらず誰に対しても元気な嵐山だったが、親友の迅相手には余計に明るく声を出して挨拶をしているようだった。
「ありがと。とりあえず問題なくやってるよ。あれ…太刀川さんは、もう餅いいの?」
「たらふく食ったよ。俺は、運試しついでに来た。贔屓なしで頼むぜ」
毎年、この場に姿を見せない理由を迅には悟られていたらしく、先ほどまでの餅の山を見透かされて尋ねられる。やっぱり迅ってこういう人間だよな…と改めて感じる。
「じゃあ、太刀川さんから見るかな。ちょっと、そこ立って」
指で軽く位置を示されたので、そこに改めて棒立ちする。挨拶の為に近寄っていた嵐山が少し視界から離れて、迅の真正面から見透かされる―――どこまでも。
「えーと…太刀川さんの今年の運勢は、、、、凶かな」
ほんの少し悩んだ結果、投下されたのはなかなかに不吉な吉凶であった。
「は?マジで?おまえ、俺だからって凶認定はないだろ?冗談…だよな?冗談であって欲しいんだけど………」
段々と迅に迫る声が小さくなってきた。迅相手なんて、太刀川からすれば古なじみみたいなものだから女子程とは言わないが甘めの判定下るかと思っていたのに、大いに覆された感が激しい。凶なんて…今まで神社でさえ引いたことねぇんだけど。なんだそりゃ。
「おれは未来視に関して嘘をついたこと、今までないよ。ということで、ご愁傷さま」
チーンと効果音がなりそうなほど少し合掌するポーズを迅は入れて来た。新年早々、なかなかに幸先が悪い。
「本当に凶なのかよ!えっ、俺今年どうすりゃいいの?何が起こるの?教えてくれよ!」
がしっと、己と迅の間に存在する台にしがみ付くように迫った。さっき太一が凶判定を受けていたが、また自分が受けるのとは事情が違いすぎて動揺する。
「太刀川さん…迅は基本的に大凶な人を別室に呼ぶくらいしかアドバイスしないって、さっき言ったじゃないですか。後ろもつかえているんですから…」
さすがに可哀想だとは思っているようだが、並ぶ後ろの面々と個人総合ランキング一位の情けない姿をこんな大衆の壇上で晒すのもどうかと思ったのか、横にいた嵐山がどうどうとこちらを抑える声を出した。
「おれ、基本的にボーダー関係ないアドバイスはしないんだけど…とりあえず太刀川さん。大学、頑張ってね」
ぽんっと肩を叩かれ、留めのように言われた迅の言葉によって太刀川は撃沈した。
「不吉!超不吉な事だけ言わないで。逆に聞きたくなかったわ!!!」
つまり太刀川の大学生活になにかあるという暗示である。ここまで教えてくれたことをありがたいとはとても思えない内容だった。多分、自業自得感があるとはいえ、だからと言って頑張ろうという気持ちも薄い分野なので余計尚更。
「はい。次の人ー、てか嵐山か」
「ヨロシク頼む」
そんなこんなうだうだしているというのに、さくっと意識を切り替えて次の嵐山へと迅の意識は早々に移ってしまった。ちくしょー後で絶対に聞き出してやると恨みがましく思う。しかしこれで少しの考えも浮かんだ。この迅のおみくじとやらが主観が入っているだとすれば、嵐山は紛れもなく大吉であるだろうと。今まで大吉しか引いたことないという記録をそんじょそこらの気持ちで迅が覆すとは、あの二人の仲の良い友人関係ではないだろう…と。さあ…大吉と言えとメラメラと燃えるものを抱きながら、太刀川はピンと経ちながらもわくわくして待っている嵐山の横で迅の言葉を待った。
「そうだな。それじゃあ、嵐山の今年の運勢は……………え、あれ?」
ここで初めてと言っていいほど、今までよどみなく他人におみくじ結果を伝えて来た迅に困惑の色が浮かんだ。さっと顔色が悪くなって、そして………
「嘘だろ………大凶、なんだけど」
迅本人も、戸惑いの様子を隠せないままにその運勢をはっきりと嵐山に告げたのだった。





◇ ◇ ◇





あれだけ大勢並んでいたすべての隊員のおみくじ結果を告げ終わった後、別室に呼ばれたのは大凶認定を受けた嵐山だけであった。そうして壇上の裏にある、簡素な椅子とテーブルしかない小さな小部屋で二人きりとなる。太刀川は凶認定を受けたものの小腹が空いたとかで、また餅を食べに戻ってしまった。目の前には深刻な面持ちをした迅がいる。大凶認定を受けた嵐山より確実に、それを告げた迅の方が悲壮な顔をしていた。いつもは軽い調子の迅が全くしゃべらないが、ようやくしてその重い口を開いた。
「嵐山さ。何で今年に限って、わざわざ来たの?何か、理由あるんでしょ」
やや下を俯きながらも、迅はまずそこから始めた。
「迅が…わざわざこんなイベントに参加しているのは、ボーダーのみんなの為にその未来をきちんと見て今年一年の安泰を図ろうとしているから…だろ?だから俺も少しでも協力したくて」
迅はいつも暗躍しているけど、こっそり盗み見るよりはこうやって堂々と他人の未来を視る方が余程鮮明だと聞いたことがある。だから、新年からも迅は頑張っていると思うとその姿を見たくて仕方なかったのだ。だからどこか野次馬根性もあったが、こうやって迅に迷惑をかけるかのように大凶認定を受けたのは少し悲しかった。そうなのだ。別に嵐山はどんな運勢であろうが、迅からもたらされるなら何でも良かった。
「迅。俺は別に大凶だからって、悲嘆にはくれていない。大凶なら気を付けて一年を過ごそう…そう思うから」
大凶はアドバイスを貰えるというそもそもの規定があるからこうやって来たものの、こんなにどこか悲しそうな迅なんて視たくはなかった。だから、そう言ってこの場を終わりにしても良いと思っていたのだ。でも、
「迅がそんなに深刻に言うってことは、もしかして俺死ぬ…のか?」
迅の落ち込みが移るように、嵐山にも一抹の不安が過ぎる。迅が他人に未来を告げる時はおおむねいつも明るくあった。それが良い内容でも悪い内容でも常にだ。確実に起こると断言できないせいもあってか、ややどこか記憶の片隅にでも置いておいて程度に言われることもあった。だからこそこんな反応をする迅は尋常ではないと感じたのだ。
「いや、そういうのは全然大丈夫。そもそも嵐山が死ぬのを俺が見過ごしたりしないし。それにボーダーでの任務はもちろん、突然病気だとか交通事故とか怪我とか身内の不幸とかそういうのも視えてない」
それだけは間違いないと迅は、はっとしながらも明確にこちらに告げた。
「じゃあ、太刀川さんみたいに大学で何か…とか?」
ボーダー関係が大体大丈夫なら、学生の本分に意識が移るのは当然だった。嵐山は単純な大学生よりは余程ボーダーに重点を置いているものの、年齢相応な事と言ったらそれしかない。
「太刀川さんはともかく、嵐山が大学で何かあるわけないでしょ。学業も問題ないよ。全く」
続いての質問も、問題なく過ぎ去った。
「そうだとすると、何のせいで大凶なんだ?出来たらハッキリ言って欲しい」
迅がそんなに言いにくそうにする理由が、やはり嵐山にはまるでつかめなくあった。一般的に運勢と言えるもの健康、仕事、学業あたりが大丈夫なら後何が残っているというのか見当がつかない。嵐山の年齢で金運とか関係ないだろうしと。
「……………れ、恋愛が…すごく大凶なんだ」
ふいっと視線を外しつつも、ようやく迅はその明確な本題を告げた。
「恋愛………えっと、俺は今誰とも付き合ってないんだが…もしかして悪い女性と付き合うことになる…とか、か?」
思わず間の抜けた声が出る。それくらい不可解な事態だった。恋愛と聞いて、さくっと思いつくのがその程度というくらい今の嵐山には悪い縁がなかったから。
「違う…それよりもっと不味い」
ふるふると左右に頭を振って、迅はまた否定した。さっきからあまり話が進んでいない気がする。それでも嵐山の来年の運勢が恋愛に左右されるとそれだけがわかっただけでも収穫なのかもしれないが、かなり漠然としている感があった。だが、これ以上思いつかない。どんな…どんななのだ。気になって仕方ない。
「迅。申し訳ないが、もう少し具体的に言う事は出来ないだろうか。大凶なら、アドバイスをくれる…んだろ?」
ほとほと困った顔で嵐山は催促をしてしまう。今まで恋愛関係で手酷い事に陥ったこともないせいか、どうにもピンと来なかった。
「っ、…嵐山が今年付き合う相手は駄目なんだ。嵐山にはいつかもっと相応しい相手が現れるに決まってるから、おれがそれを視るまで…告白するのはやめて欲しい」
そうして…とうとう迅は確定的な事態を告げた。悲痛な…その顔で訴えるように言うのだ。
「それで…大凶なのか。迅の言い方だと、俺はその相手とずっと一緒にいるみたいに聞こえるんだが、どうしてそれが悪いんだ?」
迅のアドバイスは、やはり少し明瞭には欠けていた。そうして少しの思い当る節もあったので、さらに斬り込むことにした。迅はうまく回避して言葉を選んだつもりかもしれないが、嵐山には最初に恋愛がと迅に告げられた時点で一つだけはっきりと揺るぎないものが存在しているのだから。
「それは………ごめん。言えない。やっぱりちょっとおれの主観が入ってるかも。とにかく、可愛い女の子と付き合ってね。絶対だよ。じゃあ、おれからのアドバイスは以上だから」
それだけ言い捨てるように嵐山の顔を見ないで告げると、そのまま外へ出る為にと壇上へと舞い戻る扉に向かう為に、するりと嵐山の横を抜けて行こうとされた。
「待ってくれ、迅!」
ぱしりっと、自分よりやや細い手首を掴んで、過ぎ去ろうとする迅を確かに留めた。そんな一方的な迅の物言いで嵐山は納得出来なかった。そして、それよりも確かめたいことが出来たから。瞳が向けられる…その少し薄い目が。
「あ…駄目。未来が………言っちゃ駄目だって、おれ今伝えただろ。嵐山、どうして」
ふいっとわざと視線を外されると迅の力が少し抜けたようで、ぐいっとそのまま引っ張る。
先ほどとは少し違う暗い顔の表情が少し泣きそうにも見えるようになっていて、困惑の顔が増していた。迅から向けられた疑問の先、すべてがここで嵐山の頭の中で合致したからこそ、逃すわけにはいかなかった。
「でも、迅の未来には俺が告白をして付き合っている相手が視えたんだろ?俺はもうずっと前から、たった一人相手にしか告白をしたいと思ったことはない…だから」
ここで直接言う事、それはきっと迅の本望ではないと、よくわかった。それでも、もう引き下がるつもりは一抹もなかったのだ。
「だから、大凶になるって言ってるじゃん。言わないで…」
どうして迅が頑なにそこまで不幸を叫ぶのか、嵐山には少しわかる部分もあったが、それはきっと本当の意味で嵐山の為ではない。迅は嵐山の幸せを願っている。だから本当の幸せを嵐山は掴みたくもあった。
「そう思っているのは迅なんだろ?俺はそうは思わないし…嫌なら、断ってくれ。そうすれば、諦めるから」
それは紛れもない本心で、だからこそ今までずるずると片思いを続けて来た。言ってはいけないと、迅にもどこか暗示をかけられるように拒否をされているのもわかった。でも、じゃあいつ言う?もう、そのリミットはここにあるとハッキリわかったから。
「おれが嵐山を拒否出来るわけない…ずるいよ。こんな。折角今まで意識しないように避けてたのに」
「じゃあ、受け入れてくれ。俺の想いに応えてくれて、それで迅が大凶にならない…のならば。俺には迅を幸せにする自信がある。だから…頼む。俺も幸せにしてくれ」





迅悠一は、わざと公衆の面前で嵐山准に大凶だと伝えた。

不幸への牽制。そう…決して、もう嵐山はこれ以上今年が悪くなることなんて、ないのだから。もうその未来には幸せしか存在していない―――





大 凶 の プ レ ゼ ン ト