attention!
嵐迅で、嵐山さんが迅さんに恋愛相談をする話。 迅さんが女体化していますが、ご都合トリガーによるものなので女体化だからこその話はあまりないです。








「迅、おまえは人間で間違いないな?」

突然呼びつけられたかと思ったら、仁王立ちする鬼怒田から開口一番にそう問われた。
「えっと。人間だけど…突然、何で?」
戸惑いながらも肯定の言葉を出したのは、もちろん問われた当人の迅であった。
だが、そんな当たり前すぎることを今更聞かれるなんて思うわけもなく、何やら哲学的なことさえ頭に浮かんでくるくらいで、しばらくその場で呆然とするしかない。そもそもトリガーの制作上、迅の生態データであるメディカルチェックの結果は、鬼怒田が一番見る立場にあるんじゃないかとさえ思っている。そんな、迅以上に迅の身体データに詳しそうな鬼怒田からの突然の謎発言には驚くしかないのだ。
「以前からちらほらだが、本部の隊員の中で噂になっているのを耳にしたことがあるだろ?おまえは、本当はトリオン体じゃないかってな」
少し渋く難しい顔をして鬼怒田は、その都市伝説みたいな噂を拾い上げた。それは100%理系な人間がそんな奇怪な話を信じるとは思っていなかったから、意外とも思える言葉でもあった。
「んーまあ、聞いたことないわけでもないっていうか。実はネイバーかもしれないとかっていう奴とかかな?」
一般隊員に遊真の正体は知れ渡っているわけではないとは思うが、それでも玉狛支部はどうしてもネイバー寄りと思われているので、わりと神出鬼没で未来視なんて能力を持っていたりするから余計に迅の存在は謎めいて思えるらしい。ただ疑惑のまなざしに関しては色々なものを含んでいるので、今更迅が逐一気にすることはなくなっていた。
「そもそも、おまえがいっつも同じ隊服でいるのが悪い」
真に迫る声で鬼怒田は、がんっと言い切る。別に本当に怒っているわけではないだろうが、握りこぶしをきちんと作っているようだった。
「そんなこと言われてもな…風刃が服装設定出来なかったから、本部に来るときはなるべく隊服でってしていたのを今も引きずっているだけだし」
今は風刃を返上しているが、そもそも寝起き着替えを玉狛で済ませる迅にとっては本部内を隊服以外でふらつく理由がない。鈴鳴支部もそうだが、本部内の作戦室に支部隊員は余計なものをおかないのは、いちいちあれこれと管理するのが面倒だからという面もあるだろう。それに迅としては隊服でいても珍しいと噂されて目立つのに、私服でいたらもっと謎に怪しまれると思うのだ。
「一部からは、迅は服装センスが最悪なんじゃないかって疑惑まで出ておるぞ」
「ヒドいっ!」
鬼怒田の忠告に、間髪いれずに叫んでしまった。まさかそんな地味にダメージを食らう事項が存在しているとは思わなかった。
いや、別に自分のセンスがいいと言うわけではないが、普通だと思っているし、別に玉狛で非番の日だってプライベートで街をぷらついていても、何かあったわけではない。後輩の鳥丸にお下がりでアウターをあげたりしているが、文句を言われたこともないし。いや、もしかしたらあれはイケメンは何を着てもイケメンという法則が発動しているかもしれないという、ほんの少しの悲しさを感じる。
「着替えを面倒くさがっているから、そうなるんだ。というわけで、このトリガーを使え」
ここで、鬼怒田の横に並ぶいくつかのトリガーの中から、少しの異彩を放つ一つのトリガーを示した。
「何でトリガーなの?」
促されたので、仕方なくそのトリガーを手に取る。パッと見は本部規格の普通のトリガーに見えた。ずっと使っていた黒トリガーを手放して以来、迅は概ね本部のトリガーを使用している。玉狛独自のチップを入れ込むこともあるが、個人ソロランク戦に復帰した関係もあってそっちをメインにしているから、最近馴染みということもあるのだ。
「このトリガーは特別に改造しておる。起動させて本部に来るだけで、指定された格好になる優れものだ」
どうやら自信満々の品らしく、鬼怒田は腰に手を当ててズバリと言い切った。
「へぇ…」
だが、あんまり興味がない声を迅は出した。
確かにそれなら一々服装をあれこれと考えなくて楽かもしれないが、そこまでする必要性があるのかあまりわからなかったからだ。噂は、迅にとってそれほど有害であるとは別に思わなかったということもある。ただ、上層部からすれば古株の隊員に怪しいのがいるということが印象的に不味いと考えたのだろう。わざわざこんなトリガーまで作って。
「ほらっ、はよう起動せいっ」
脇腹を小突かれるかのように、催促の言葉がかかる。仕方ない………
「はい…はい。っと、トリガーオンっ」
利き手でその新しいトリガーをしっかりと握った迅は、そうして馴染みの声を出す次第となった。
換装自体は本当に一瞬の出来事だった。だからこそ、変だとかそんなこと察知する時間などあるわけがなくて………

そうして、その場には女性の身体になった迅悠一が降り立つことになったのだった。



何かの間違いかと最初は思ったが、真相はこうだった。
鬼怒田としては最初は純粋な気持ちで迅の服装を考えたらしいが、どうも世代が違うせいもあり19歳の私服がピンとこなかったらしい。そうしてあれこれ考えるより先に理系魂から働く。それほどガチではないとはいえ折角新しいトリガーを作るのならば、何か目に見えての成果が欲しい。迅を実験体にしようという、ソレだ。なんか本当に久しぶりにコレを食らった気がする。昔は今みたいに隊員がわらわらいたわけでもなかったから、スコーピオンの関係で開発部に入り浸っていた迅はちょいちょいとその人体実験に付き合っていたのだ。といっても、生身を使うわけでもなくトリオン体によるものなのでわりと気軽に引き受けていた。サイドエフェクトを持っている関係で迅のトリオン量は高くあったし、それこそ未来視で最悪な結末は回避できるだろうと、便利がられていたということもある。その昔の感覚を鬼怒田は突然と復活させたようで、詳しい説明もせずにいきなり迅を試してきた。きっと鬼怒田本人はこれがそれほど壮大なことだとは思っていないのだろう。もっとヤバいことをいっぱい実験しているせいか、感覚が完全に危ない人となっている。そうしていざ起動されてから簡単な説明を受けた。
どうやら遠征相手で女性が必要になる事態もありかるかもしれないから…だそうだ。確かに現状防衛隊員には圧倒的に男が多い。別に男女差別する気はないが、やはり交渉や暗躍には男が全面に出ることは間違いない。何かあったら野郎の方が対処しやすいとそれはわかる。だからって、女性化トリガーはどうなんだろうと確実に思った。

「ほれっ、さっさと疑惑を解いて来いっ」
言いたいことだけさっさと言うと、迅は開発部から見事に追い出された。
女性化といっても、案外そこまで気持ち悪いものでもなかった。というか、些細すぎた。鏡をさくっとしか見ていないからよくわからないが、髪形も元のままだし、まあ服装はさすがにちょっと違う。だってそれが一番の目的なのだから。上着はいつもどおりだったが、カーゴパンツがショートパンツに変化している。これでまさかのスカートだったら今すぐ換装を解くくらいだったが、それくらいなら…と妥協できた。ショートパンツだなんてホント、小学生以来じゃないか?とも思ったが。ブーツの丈もそのままなので露骨に生足ってところがさすが女子っぽい。その生足も男の無骨な骨ばったものではなく、きちんと太ももにそれなりの按配で程よく柔らかい肉が乗っているので、違和感はない。
「しっかし、なんだかなー」
傍から見たら激しくシュールな光景だとは思ったが、迅は自分自身の胸に軽く手をやって悲しみにくれる。本当に…本当に些細すぎるのだ、その胸が。折角、女性化したというのに一番主張すべきそこがほんのりすぎた。別に触っただけで何カップか分かるわけでもないが、まあ気持ち…胸あるかな?程度とは、別に過度に期待していたわけじゃないけどやっぱり残念な気がする。折角ならばギャップ萌え狙って、ナイスバディにしてくれれば良かったのにと勝手にこの場にはいない鬼怒田に恨み言一つ。
ついで、自分の尻もぺたりと触ってみるが、やはりつまらない。今までそれなりに女性の尻を触ってきた迅だったが、多分一番評価低かった。別にその尻が悪いというわけではない。やはり女性的であることは認めよう。だが、自分の尻を触って歓喜出来る程、迅は変態ではなかったから。
悲嘆にくれながらも、本部内の通路を淡々と進む。疑惑を晴らせといわれても…な。そんな難しいことを簡単に説明できるわけもない。むしろ今の状況が余計にややこしくなっている感がある。何だ、その格好は…と知り合いからは突っ込み満載に決まってるだろう。冗談で済ませられる自信はあるが。よく考えたらトリオンで変身しているようなものだし、根本的解決になっていないような気がしてきた。やっぱり鬼怒田は、結局実験したかっただけかもしれないと思い始めた矢先であった。
「あれは…」
仕方なくメインフロアへ降りようと階段を下っている時だった。階段脇に設置された目立たない小さな休憩所。それこそ自販機が一つしかなく置かれたパイプソファも簡易な過疎地に、見慣れた後姿があったのだ。
珍しい…それは広報隊長の嵐山准だった。
そういえば、この先のフロアはメディア対策室だったかもしれない。迅はそこまで用事があるわけではないから馴染みがないのだが。
どうやら嵐山は少しの休憩中のようで、缶コーヒーを横に置き、切り取られた窓から外の風景を眺めているようだった。角度的にちょうど三門市を一望できるので確かに景色は悪くないだろうが、だったら座ればいいのに…と思うくらいピンッとその場で立っている。背格好が綺麗なので、本当に立っているだけでも絵なる男だと感心する。
後ろから近づいた迅に、嵐山はまるで気が付いていないようだった。別に足音を立てないように歩いているわけではないが、やっぱりちょっと疲れているのだろうか。いつものように軽く声をかけようかと追いつつも、ここで一つの思いが浮かぶ。折角だから、驚かせようという悪戯の心がだ。よしっ、だったら自分のイマイチな尻と比較してこの目の前の男のでも触ってみよう。今なら異性だからセーフじゃないか…と。
そろりと近づくが、まだ全然こちらに気が付いた感がない。ぼうっと、外の風景でも眺めているのだろうか。だから右手をゆっくりと近づけて、その嵐山の腰元へと手を伸ばした…のだが。
「なっ!」
突然の感覚に、やはり嵐山は驚きの声を隠さずに出した。ここまでは迅の予想の範疇だった。そう、ここまでは…だ。迅に考えることが許されたのはそこまでだった。
次の瞬間には、反射的に振り返った嵐山の肘打ちが迅の顔面に叩き込まれたのだった。
「っ!!!」
声に出せない何かの叫びが、迅の口から漏れ出たと思う。
ちょっと…鬼怒田さん。痛覚設定どうしてんの…?と恨みがましく思ったのは後のことで。とにかく今この場で後ろに倒れなかった自分を褒めたいと思ったくらいの衝撃だった。予想外の顔面への強烈な一発は、嵐山が換装していると思わなかった油断もあった。ただ、結局のところモロに食らったことには変わりはなかったのだ。
「あ…えっ、………す、すまない!」
はたっと、ようやく自分のしでかしたことを自覚した嵐山が慌てて謝罪の言葉を入れてくる。
きっと嵐山は無意識でやったのだろう。生身ならともかく、換装体でいると外部からの刺激に過敏になって反射攻撃をしてしまうのも無理はなかった。
「…いや………悪い…のはこっちだし、」
痛みでまだちょっと顔を上げられない。
一応何か来ると思った瞬間の判断は出来た。迅だって換装しているのだから避けられた筈だ。普段ならば。しかしこの身体は駄目だったというか、圧倒的にまだ慣れてないのだ。身長もどうやら縮んでいるようだし、手や足の長さも男の時とは違う。おかげで嵐山の肘打ちが見事なまでにクリティカルヒットとなってしまい、反応速度が全くついていけなかったのだ。
やっぱり換装する時は、髪の長さ以外は弄るもんじゃないと鬼怒田に激しく助言すべきだと感じた。
「直ぐ、医務室に行こう!」
少し荒く迅の右手首を掴んだ嵐山は、その行き先を示唆するようにぐいっと引っ張られた。
「いやっ。換装してるから、平気だって」
正直、生身でこれを食らったら後ろへ数メートルくらい吹っ飛んでるに違いない。
そんな大げさにしたくなくて、ぶんぶんと手を振って大否定する。今、少しだけ頭がガンガンしているだけに決まっている。
「しかし…念の為に、だな」
確かに医務室では、生身ではなくトリオンに関する医療も受けることは出来る。だが、結局は一度使った換装体を捨てることになるので、後は生身の問題だけに違いない。
というか、この状態で医務室に行けるわけがなかった。なんでわざわざ女性の身体というシュールな事態を産業医に見せなくてはいけないんだ。向こうだって暇じゃないからそんな面倒を抱え込みたくないに違いない。
「本当に大丈夫だから…」
心配性な嵐山に向けて、なんともないと訴える為に、迅は少し笑うようにして顔を上げた。はたりと、不安そうな瞳を向ける嵐山と目が合う。あ、そうか。身長差が出来るのかと、何だか意外を感じた。いつも同じ身長だったからこれは新鮮だな…とそんな程度のことは思った。
「駄目だ。女性の顔を傷物にするなんて…」
「え?」
こちらをしっかりと認識した筈なのに、嵐山はとんちんかんな事を言った。
女性?今、迅のことを女性だと言ったぞ。いや、確かにそうだ。この身体は確かにそうなんだけど…トリオンで変えているだけだし。いや、今はっきりと迅の顔を見たよね?嵐山。おれですよ?実力派エリートの迅悠一ですよ。見間違えるようなものだろうか…
女性化した時に確かに迅は自分の顔を見た。別段の代わりなんてなかった。いつもどおりだ。多少女性的な丸みや輪郭の違いあるかもしれないが、別に程度の評価だ。大体、迅と嵐山は気軽な関係のはずだ。確実に友達と言える程度には付き合いがあるからこそ馴染みで。
もしかして…気が付いていない?そんな疑惑がふつふつと沸き上がった瞬間。
「あの…えっと、迅なんだけど………」
別段意識したことはなかったが、何だかこの姿で改めて名乗ると恥ずかしいな!と思いながらも戸惑いながら名乗ることとなった。
「ああ、わかってる。君は、迅のいとこなんだろ?」
「はい?」
どこまでも前向きな嵐山とは対照的となる。まるで未知の単語が迅の耳に到来したかのように、どういうことだと腑抜けた声が勝手に出る。
「迅は一人っ子だと聞いているからな。そんなに迅に似ているなら、いとこだろうと思って。ボーダーにはいとこが多いからな」
そうして嵐山は自分の疑問を確定にするべくが如く明るく言うのだ。
確かに…確かにボーダーには不思議といとこの組み合わせが多かった。それは目の前の嵐山を筆頭に、特に男女のいとこは多く在籍しているだけど。迅は確かに一人っ子だと言ったが、いとこがいるとは一言も伝えた記憶がない。謎の先入観怖いなと、思っていたところだった…

僅かにその場に響く振動音があった。それは迅からもたらされているわけではないとわかったので…
「ケータイ鳴ってるよね。出れば?」
それは恐らく嵐山の方から聞こえてくるものだと見当をつけて、促す言葉を入れる。
「え、いや…」
「急ぎかもしれないんだから…さ」
渋る嵐山の声から、確実な催促に変える様に迅はついで言葉を出すのだ。嵐山は何かととても忙しい。目の前の迅の事態よりは、電話の方が大切に決まっている。
「じゃあ、少しだけ…」
本当に申し訳無さそうな顔をして嵐山はポケットからスマートフォンを取り出した。その呼び出し相手を一度確認してから応答の為のスライドをする。そうして幾ばくかくぐもったような会話が、迅の前で交わされる。
「―――木虎か、すまない。ちょっと今、取り込み中で…………えっ、先方が時間より先に着そう?もうそんな時間か。いや、直ぐ作戦室に向かうのは無理……………待たせている?困ったな…そうだな。迷惑をかける。なるべく努力するよ」
端的な会話だけして嵐山はスマートフォンを切った。そうして迅へと改めて向き直る。
「話の最中に、すまなかった」
そうして律儀にぺこりと謝るのだ。
「えーと、なんか急ぎの用あるんでしょ?こっちはもう平気だから、そっちに行って大丈夫だよ」
それは別に遠慮しているからだとかそういうわけではなく、本当だった。最初こそはまるで脳震盪を食らったかのようにぐらぐらしたが、そんなものは換装体には本当は関係ないわけで、別に今は普通だ。どう考えても忙しそうな目の前の男をこれ以上引き止める理由はなかった。
「しかし、このまま一人にするわけには…」
未だこちらの容体が心配なようで、本心からにじみ出る表情をどこまでもしていた。相変わらず律儀だ。
「本当に大丈夫だから。別に気にしなくていいよ」
「だが、今は平気でも翌日は不調を感じるかもしれない。
…そうだ!明日は時間空いているだろうか?」
突然思いついたかのように、嵐山は先ほどより声を張り上げた。そうして多少伺うように首を少し傾げる仕草を入れた。
「あ、うん。まあ…」
その勢いに負けて、思わず反射的に迅はYESの声が出てしまう。
「じゃあ明日、今くらいの時間にまたこの休憩所に来てくれないか?本当に大丈夫か、改めて確認したいんだ…頼む」
「………わかったよ。そこまで言うなら」
少し悩んだが、嵐山があまりにも懇願する勢いで訴えてくるので仕方なく了承の言葉を返した。ここで変に渋って、作戦室へ戻るのが遅くなるのは本末転倒だと思ったからだ。
「ありがとうっ じゃあ、また。明日!」
最後まで明るくそう言うと、嵐山は少し小走りでその場から離れていった。その様子があまりにも爽やか過ぎて…



「あ、いとこって誤解…なんとかするの忘れてた………」
つい一人になってから気が付いたように迅は呟いたのだった。









「トリガーオン」

翌日。本部の人気の少ない通路の一角で、迅は昨日に引き続きあのトリガーで換装する掛け声をかけた。
何度見ても変わらない女性化である。昨日は初っ端から嵐山に誤解されるというアクシデントがあったわけだが、あれから多少は身体を慣らし、そして今日初めて換装したわけだが、少しは様になってきたと思う。さすがに少しずつある違和感全てを払拭できるわけでもないので気になった点はまとめて鬼怒田に報告しなくてはいけないと思っているが、やっぱりどう考えても実験体である。仕方ない…もう少しこの女性の身体と付き合わなくてはいけないと諦め気味の息を吐いた。
そうして、ここだ。ここに行かなければいけない。多少ではない重い足取りで、迅は嵐山が待っているであろう休憩スペースへと歩みを進める。最初はなかったことにしてバッくれようかと思ったが、嵐山がいつまでも待ち続けているという未来を視てしまい、それも叶わない。
しかも昨日から今日に至るまで随分と嵐山は忙しいようだから、迅悠一として女性化しての出来事を説明しようにも一切、時間がなかった。そうして数少ない嵐山の自由な時間…無理やり作ったその約束の時間なのだから、本当にタイミング悪い。

「良かった。来てくれたんだな」
てくてくと休憩スペースに近づくと、待ちかねていたように立ち上がった嵐山がほっとしたように笑顔を見せてくれた。
「うん、まぁ…」
「出来たら、座って話をしたいんだが… 良かったら、これを」
そうして嵐山がこちらに手渡してきたのは、さっき横の自販機で買ったばかりと思われる缶式のロイヤルミルクティーだった。うわっ、そのチョイスが既に女子相手っぽい。また妹が好きだからとかそういうのなんだろうなと瞬時に察した。
「ありがとう」
折角の好意を無碍にも出来ず、そのアルミ缶を受け取って簡易ソファに腰掛けた。まだ温かい…からやっぱり嬉しくはある。しかし、とんでもなく甘そうだ…と思いつつ、自分ではあまり選ばないその缶のプルタブを開けて、一口。案外美味しい…と感じた。自販機だからと侮っていたが、そこまで甘すぎずそれなりに上品な風味が漂う。
「その…身体の方は大丈夫だろうか?」
隣に座った嵐山が、昨日に引き続きまたその質問を繰り返した。
「昨日も言ったけど大丈夫。とくに問題ないって。ぴんぴんしてる」
なるべく嵐山が気兼ねしないようにと、言葉を選んで迅は軽く言うように努めた。
「そうか。じゃあ本当に平気なんだな。安心した」
ようやく迅の言葉を本当の意味で信じたらしく、嵐山はほっとしたかのように胸をなで下ろした。
「そうそう。平気。そっち忙しいんでしょ?こんなわざわざ呼び出さなくても…」
「君は俺のことを知っているのか?」
当たり前の質問をされて、あれ?ってなった。あ、そうだ。今は迅のいとこってことになってるんだっけ。そうなると面識はない…という話になるのかと。ややこしい現状にちょっと混乱しつつも、頭をリセットさせる。
「えーと、嵐山でしょ?嵐山隊の隊長で、広報担当をしてる。ボーダー隊員じゃなくても三門市の人間なら誰でも知ってるって」
どうも嵐山は自分の有名人っぷりに少し理解が疎い。嵐山としてはボーダーとして入隊してそして広報もやっているだけという当たり前のことをしているだけで、そんなに目立っているつまりはないのだろう。だが、外野は全くそういう認識でないことをいい加減理解した方がいい。ただ広報で忙しい嵐山は大学とボーダー以外の環境におかれることがそれほどないから、本当の一般人からの評価が視界に入りにくいのかもしれないが。
「そういうもの…か。それならちょうど良かった。実は、突然で申し訳ないんだか、君に少し相談したいことがあるんだ」
嵐山にしては珍しく、少し後ろを引くような物言いをした。座ったまま、腿に置いた指をぎゅっと少し立てるように動かした。
「えっと、相談?」
ほぼ初対面設定ではなかったのか?とまた考えながらも嵐山の言葉を反芻する形となる。もしかしてあまり見知らぬ人間の方が相談しやすいときもあるのかなぁと漠然とその時は思う程度だったが。
「君が…迅のいとこだからこその相談…なんだ」
あ、それかと。ぽんっと納得する。しかし何だ…自分に関する相談って。別段普通に友達やってるつもりだったのだが、何かある記憶がさっぱりない。迅もそれほど暇というわけではないから、忙しい嵐山と友達と言っても世間一般の友達関係よりは気薄な部分もあるに違いない。
「それ、本人に相談するんじゃ駄目なの?」
迅とて暇な身ではないが他ならぬ友人の嵐山の為なら、相談する時間くらい作ることは可能だ。それは単純にそちらへと仕向けようとする言葉だったのだが、この後墓穴になる。
「残念だけど…それは出来ない。だって、俺は迅が好きで………その相談なんだから」
それを聞いた瞬間、ベコリと迅が持っていたアルミ缶が凹む音が鳴った。大分呑んでいたから中身はこぼれなかったが、それくらい思い切り缶が無残に変形したのだった。それは換装体だからこその圧力だったとはいえ、あまりにも衝撃的な内容だった。
「すまない…突然、驚かせてしまったな」
迅のそんな様子を見て、ちょっと照れたような顔でこちらを見せる嵐山だったが、反面迅の形相は凄いに違いない。これはマジだ…とここでようやく、嵐山が自分なんかを好きらしいということが少しずつ脳内で理解されようと活動し始める。
「…好きって………本当に?」
聞き間違いであって欲しいとの強い念を含めて聞き返す。正気かと思って、まだ耳を疑っているのだから。
「ああ。迅の事が…前からずっと好きなんだ」
二度目。二回言われて、ここであやうく撃沈しそうなのを何とかぐっと耐える。
もう…単純に有り得ないと、それしかなかった。いつからそういう感情を持っていたのかは知らないが、二人はずっと仲の良い友達だった。一番の親友の名前をあげろと言われたら、迅は間違いなく嵐山だというそれくらいの…だ。多分普通の友人関係よりは一緒に遊んだりはしていないだろう。互いにボーダーで忙しいのだから。それでもわざわざ会ったりしなくても自然に振舞える…そんな関係だと思っていたのに、向こうはそうじゃなかっただと?と。それにしても随分と差のある認識違いを知った。
「………一応…話はわかったけど……特に役に立てる…とはまるで思えないんだけど、、、」
今の迅には少し震えるように混乱していて、絞り出した声で、そう答えるのがやっとだった。絶対的な無理を伝えるのは精一杯だ。
本当は少し殴られたくらいでも女性化の身体は平気だと示して、正体を明かせば嵐山も気兼ねなく受け入れてくれるだろうと思ったのに、どんどんと後ろめたい方向にばかり進んでいる気がする。
「別に、アドバイスが欲しいわけじゃないんだ。ただ…もっと迅の事を知りたいと思って。出来たら、迅の話を聞かせて欲しいんだ。迅は、どこか掴みどころがないから」
それは切実な思いらしく…懇願するように求める瞳を嵐山は向けた。
嵐山としては、迅のいとこだからこその相談相手ということだろう。そりゃあここにいるのは本物の迅悠一なわけだから、自分の事を知りたいなら最善…な相手とはいえ、現在の迅の立場ではどこまでもちくはぐであった。
「えっと、一応確認なんだけど…どこがいいの?」
あんなのの…とまで言わなかったのはそれが一応自分のことだからで、でも嵐山にそこまで好かれる要因が自分にはわからないのだ。嵐山に特別何かした記憶ない。絶対の信頼という刷り込みしているとか外野からからかわれたことはあるが、あくまで自然体のつもりだから、早く目を覚ましてとしか思えなかった。
それにボーダーの顔をしているという点を除いたとしても、対外的な女性人気は嵐山の方が圧倒的に上だ。上の年代からも素直だと可愛がられて、下の年代からはお兄ちゃん気質で頼りにされている。その嵐山が、何もわざわざ自分を好きにならなくてもいいだろうと激しく思うのだ。
「そうだな。たくさんあるんだが………。一昨日、久しぶりに迅に会えて…」
たくさんもあるのかと少しげんなりしながら聞きながらも、嵐山が言う二人が会った日を思い出す。うーむ。もしかして、A級隊長が勢ぞろいした臨時会議の事を言っているのだろうか。迅はその時、開口に状況を知らせる為に呼ばれた程度だった。
「その場で、迅は凄く可愛かったんだ」
ほうっと何かを彷彿させるかのように、嵐山は照れながらも確かに言った。
「は?………どこが?」
嵐山の謎発言に、即時に迅は突っ込んだ。
いや、普通。普通だよ。普通に会議してたよ。てか、ほぼしゃべっていたの司会進行の忍田本部長だったし。迅は冒頭でちょっと未来視を語っただけ…だった。どこに嵐山の言うように、可愛いとか言う要素があったのかと。
「あの時は、特に横顔が可愛いなって。笑い方もすごく柔らかくて。それに…俺の、隣の席に座ってくれたから」
そこだけは犬っぽい仕草で、ちょっと思い出したかのようにそわそわした。
「たまたま…じゃないかな」
いや…確かにその時、隣に居た位置的に近い風間を押しのけて嵐山の横に迅は座った。それは秘密裏の場で、会議室狭かったから、座席が二つしか開いてなないこともあったが。上座下座の年齢順も感じたし、何より玉狛派として城戸司令派と忍田本部長派の間に座っただけのつもりだったのだ。
「それでもいいんだ。俺は嬉しかったんから…」
うわぁーこれは、あれだ。絶対に恋は盲目って奴だ。迅は何もしたつもりないのに、少しなことにも気になっているようだった。そんな曖昧なのでは駄目だと思い、迅はズバリ聞くことにした。
「やっぱり、どこが好きなの?全然わかんないよ」
そうして嵐山が明瞭に言えなかったら、そんな感情は間違っていると言い聞かせるつもりだった。それくらい強い言葉で、迅は質問をぶつけたつもりだった。
「会議の後に声をかけた三輪につれない反応されても、迅はきちんと向き合っていた。正当な評価を受けにくくとも、必ず有言実行をする。迅は大変なサイドエフェクトを持っているのに、みんなの為に頑張っているんだ。だから…」
含みのない筋の通ったストレートな言葉がかかる。世のため人のために力を使っていると嵐山は思っているらしい。迅としては世話好きというよりも厄介ごとに首を突っ込むの好きという部分もあるのだが。そして何より。
「いや、嵐山の方が頑張ってるよね?確実に」
「それでも迅は、俺がとても出来ないことをしている」
ふっと、少し遠い目をして何かを悟ったかのように言うのだ。嵐山の世界がわからない。
「嵐山みたいに広報出来る人間の方が、そうはいないと思うけど」
傍目から見て全力出しているのは嵐山の方だろう。迅は所詮暗躍なわけで、全て人に見られて仕事をしているわけでもないから、力が抜けるところは抜いてやっている。暗躍は趣味だし、女の子の尻触って、ぼんち揚ゴリ押して、わり好き勝手やっている。でも、嵐山はそれこそ家の中以外は常に他人の目を気にしてしっかりとやっていかなくてはいけない。それこそボーダーの顔だからと相対評価が付きまとっていて、普通の人間ならば相当なストレスを感じているだろう。それでも嫌な顔せずにこなしているのが嵐山という男である。難しい立ち回りも辛いことも顔に出さないで、頑張っているのを誰もが知っている。
「迅は賢いし頭の回転も早いし、なんでもわかってて…」
あ、何か。語り始めた。こちらの言葉を無視しているわけではないが、自分のことなどもはや度外視するように嵐山は言葉を続けてニコニコとしながらしゃべり続ける。
これが、恋は盲目って奴か。だいたい、迅のことを深読みしすぎだ。頭だって嵐山より成績良くないって知っている筈じゃないか…と、変に未来視なんて能力もっているせいか、ふりをしているわけでもないのに過大評価されているようだった。
「よく相談も受けてるし…気安いし、みんなから頼りにされてる」
ほれ話はどこまでも続くので、自然とこちらの耳が赤くなる。とても恥ずかしかった。
「…、………それは、未来視持ってるからじゃないかな」
確かに言われるとおり、迅は他人から相談を受けることは多かった。未来視あるからいい感じになるように変に未来が捻じ曲がらない程度にはアドバイスしているけど、いざ自分のこととなると難しいんだなと思う。それがこれ。未来視は運命だと思って受け入れているから悲嘆にくれていないとはいえ、傍目からはそう視えるのだろうか。みんなに目をかけているというか、嫌がられても迅は構わずおせっかいみたいに声をかけているから、相手にとってそれが全て良いと思われているわけでもないのは事実だ。女性の尻を触るのもあまり褒められたことじゃないが、ぼんち揚にしても、人に話しかける機会としても使っている面もあり、きちんと殴られているくらいだから少しの免罪符にはなっていると思いたい。
影があるとか、悲しい過去だとか、そんなの誰にも一つや二つあるだろう。別に迅も変に押し隠したりはしてないし、嵐山はいつも心配してくれる声をかけるから、いつもほっとしていた。全てを無理に背負ったつもりはないし、嵐山を含め仲間がいるからこそ信頼してやっている。迅は嵐山に心配をかけさせてばかりだった。それでも、未来視という能力を持ったからこそやらなくてはいけないことという認識なのだ。嵐山なんて問題が起きるタイプじゃないからと今まで、そんなに心配したことなかった。それがもしかしたら今回の裏目に出てしまったのだろうか。
「頑張ってる…迅が好きなんだ」
あ、また好きって言われた。不意打ちのダメージヤバい。しかもキラキラしながらそう言うんだよ?これ普通の女性ならイチコロだよ、絶対。迅だって付き合い長いから慣れているはずだったけど、それが自分に対する好意だと思うと、さすがに熱い。もうそれこそパタパタと手で風を仰ぎたくなるくらいに。もうっ、本当にどういうふうに見えているのかと?嵐山だからこそ、目が腐っているわけじゃないのに、そう思ってしまうくらいだった。もういいから、迅の心の平穏の為にそれ以上はしゃべらないでと、思い始めてきたところだった。

「―――そろそろ告白しようと思うんだが、どうだろう?」
そうして、更に驚くべきとんでも発言が飛び出たのだった。
「それは、駄目だって!」
もう…間髪入れずに速攻で否定の言葉をかけた。ぎゃあっと瞬時に叫ばなかっただけでも自分を褒めたい。
「やっぱり…俺相手じゃ、見込みない…か」
迅の言葉を受けて、嵐山はわかりやすく落ち込んだ声を出して、俯く。ネガティブ気味な嵐山だなんてちょっと珍しいけど、今そんなことに気を回している余裕は迅にはなかった。
「いや、そうじゃなくてね。嵐山が悪いところ…なんて、ないよ。でも…ね。その…………えーと、まだ早いかなぁーって」
何とか留めさせるために、迅は適当に曖昧な言葉を並べた。面と向かって告白なんて受けたら大事件である。そんなことをされたら、取り返しのつかないことになってしまうじゃないか。今こうやってこっそり知ってしまった事態もどうしようもないが、間接的なのでギリセーだと思いたい。
「そうか。そうだな。まだアピールが足りない…かもな」
そんな迅の微妙な返しを嵐山は前向きに捉えたようだった。いや、まったくアドバイスになっていた気がしないが、押し留まってくれたのなら、もう何でも良かった。
「………う、うん。もっと嵐山の魅力を知ってもらった方がいいかもね、、、」
音質が半分棒になりながらも、何とか振り絞って迅は言った。ぼろが出ないようにしていたつもりだが、それにしても無理だった。いやホント何もしないでマジでと思いながらも、その延長を望んだ。
ダメだ。突然こんな事態になってしまって、迅としてもいつものように明瞭には頭が動かない。どうにかしないと、と普段以上に未来視を働かせるが、思い立った嵐山が直進して来る可能性が高すぎる。
「迅には、どんな告白をすると効果的だろうか?」
ぼんっとその光景が頭を過ぎり、迅は顔を若干伏せた。無理だ、今嵐山の言葉と未来視が被った。想像するのも無理だ。マジで、アドバイス求めないで本人に………と余裕がない様子で沈むのも、もう隠さなかった。
「…そうだね……… 今度さりげなく本人に聞いてみるよ」
うん。今は無理だと明確に悟って、迅はなるべく真顔になるように努めながらも、そういった。もう未来視含めても一ミリも考えられないと思い、先延ばしにする言葉ばかり出るとわかっていたとしても、それしか出来なかったのだ。
「こういうことは女性から聞く方が自然だろうから…よろしく頼む。
そうだ…君の連絡先。いや、女性に連絡先を聞くのは失礼だったな。次はいつここに来れる?」
次の約束をしないと離さない気満々で、嵐山は訪ねてきた。
「えっ!次?」
まさか次があるのかと…いや、さっきの話では確かに次があるように迅は言ってしまった。そんなつもり毛頭なかったのに。しかしよく考えたらこのまま放置したら、確実に嵐山は近いうちに迅に告白するだろう。それこそ未来視のサイドエフェクトがそういっている。ダメだ。それはなんとか軌道修正しないと。嵐山を正しい道に導かなくてはいけない。この場限りにする気満々だったが、抑えないと今度は本当の迅の方がヤバい。
「忙しいだろうか?」
「…嵐山に合わせるよ」
忙しいのはそっちだろ…と思いつつも、仕方なく迅はそう言うことになった。
そうすると嵐山がいくつか時間のあいている日を教えてくれて、次にここで会う日が瞬く間に決まってしまった。やっぱり嵐山は次の予定が詰まっているようで、相談に乗ってくれたことに感謝しながら、その場から去った。


残された迅は、手元に持っていた凹んだアルミ缶のロイヤルミルクティーを一口。
もうぬるくて仕方なかったが、それでもさらに甘く感じたのだった。









それから何度か、迅のいとことして嵐山と邂逅をした。それでも嵐山は仕事で断然忙しいし、頻度はそれほど多いわけでもなかったが。足取り重くも、約束をしないとと毎回嵐山は頑固だった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。これは最初に冗談でも嵐山に嘘をついてしまった天罰なのだろうかと、生まれて初めて天を呪うように思った。なんといっても、だからこそこの状況の種明かしをすることが余計に出来なくなってしまっていたのだ。

「はぁ…」
もう何度もしているため息をついてしまうのを、うっかり隠す。
本当に毎回思うのだ。何でおれなんだ…と。嵐山は、きちんとヘテロだったはずだ。それに嵐山ならどんなふわっふわな女の子だって、選びたい放題じゃないか、もったいない。あの遺伝子をきちんと残すのは、もはや義務だろとさえ思えるのだ。
正当な道を進んできたと思われる嵐山が、斜め上の方向に、なんで屈折してしまったのかと。だからこそ一途に迅を好いてくれているのだろうが。その人生…間違ってる。こうやって女の姿で言ってもまるで説得力ないなと思うけど。
もしかしなくとも嵐山の恋愛レベルって同年代から比べて些細なのでは…と。よくよく考えてみれば、あれだけモテているくせに嵐山に彼女がいた様子が一度たりともなかった。後から考えてみれば…それは…えと、…自分のことを好きらしいという原因なのかもしれないが。付き合った経験がないせいか、天然に拍車をかけた恋愛感情になっているじゃないか。困った。だからこそ、思うのだ。嵐山が言うそれは、本当は恋とか愛とかではないんじゃないか?と。迅だってそんな経験があるわけではないが、好きな感情っていうのは、こうもっとがぁーとなるものではないかと思うのだ。そうだ。きっと嵐山は一番仲の良い友達だからと迅への感情を勘違いしているに違いない。
嵐山は貴重な同い年だし、派閥の問題もあるし、変に未来視という見返り求めないし、いろいろと頼みやすいタイプだし、なにより前向きだから、一番頼み事をしやすくて迅としてはいろいろ話していた。どうも未来視なんて能力のせいでネガティブになりがちな迅を、救い上げてくれる大切な友達なんだ。それがちょっとおかしな方向へとねじ曲がって行きつく先、やっぱりおかしいよね?
「昨日。迅が、太刀川さんとランク戦していたんだ」
隣にはいつものロイヤルミルクティー。もはや定番となりつつあるなと思いつつも、今日もこうやって話を聞くしかない。
「えっと…わりと本部に来るといつもやってるよね?」
迅にとっては、それは当たり前の事だった。なんで今更、嵐山が改めてそんなことを言うのかよくわからなくて聞き返す。
てか、見てたのか。忙しい最中、時間を縫ってまめなことだ。昨日も太刀川が連戦申し込んで来てそれが毎回疲れるので、用が済んだらさくっと玉狛に帰ってしまったから、観戦していたらしい嵐山の存在には気がつかなかった。遠くから眺めるストーカー気質は危ないが、嵐山なら許せてしまう。
「戦っている迅は、可愛かった」
なんでそうなる…と、がくりと迅はうなだれる。
また可愛いかよ。嵐山は迅の性別認識間違いしているんじゃないかと何度か思ったくらいだった。もしかして周囲に、顔が整っているのが多すぎて美的感覚がおかしくなったのだろうか。まあ、確かに嵐山は顔で付き合う子を選ぶような性格してないが。あまりにも連呼されるのはどうかと思う。そういうのは可愛い女の子に対して使うものなのだから、今女性化している迅に言うのなら百歩譲って受け入れられたが、普段の迅相手ではNOだ。それにしても、せっかく女性の身体なのに嵐山はまるで興味ないようだった。いい加減気がつこうよ…迅としても、こんなに何度も可愛いだとか好きだとか聞けば慣れるかなと思っていたのに、ダメだ。毎回、ドキリと動揺してしまう。
「いや…その戦い見てたけど、太刀川さん相手に結構殺気だってギラギラしてなかった?」
見てたというより当人だったが、少なくとも迅はそのつもりで戦っていた気だった。ガチンコ勝負を見ていた外野の意見なんて知らないが、少なくとも可愛いとかそういう結論になるのは嵐山だけだろう。
「迅の戦い方は、流れるように綺麗なんだ」
恥ずかしくて悶えそうになったが、女子の反応だからと嵐山は気にしていないようだった。あくまで迅のいとこだからと、そういう認識だ。今、嵐山が横にいなかったら、きっと迅は地団駄を踏んでいるだろう。
「その後、ぼんち揚を食べていて」
嵐山の盲目発言は続く。いつもこんな調子だ。壁に向かって悶々と言うよりは誰かに言いたい…その気持ちはわかるけど、恋ってすごいなと素直に思う。できたらこれが他人事なら嬉しいんだけど、目の前にあるものこれが現実だった。こうやってほれ話を聞かされていても、当人だからこそ迅には謎しかないのだ。
「それこそ、いつも食べてるよね?」
そんなの迅は覚えてない。それこそ戦闘なんかよりも無意識に食べているからこそ、もはやいちいち他人から言われるまでもなくなっているのだ。迅自身は実力派エリートを二つ名にしているつもりだが、周囲からはぼんち揚でお馴染みと言われているのを知っているくらいな気持ちはあったが。
「ぼんち揚を食べてる迅は、特に可愛いんだ」
結局、なんでも可愛いって言うじゃないかと、やっぱり理解出来なくあった。そりゃあ小動物とかが飲食している姿は愛らしい。それは迅もわかる。だが、なぜそれが迅にも適用されるのかと内心のつっこみは激しい。
「あのさ、ぼんち揚だよ?食べてるの」
思わず改めての確認の言葉がでる。不貞腐れたのかのように言ってしまう。迅にとってはぼんち揚は素晴らしいお菓子という認識はあるが、そんな…若い子に大人気!という代物よりは上の年代に人気があるくらいはわかっている。
「チョコレートやクッキーとかじゃなくて、ぼんち揚ってところが可愛いんだ」
何も理由になっていない菓子を出して、嵐山はほほ笑んだ。ますますわからないよ。それは迅が言おうとした比較対象がつぶされた瞬間でもあった。まるで嵐山が、可愛いしか言えない頭のわるい人になってしまったみたいだと、そんなことさえ思う。
「嵐山だって、海の幸が好きだから…よく食べてるよね?好きなものを食べてるのは同じだと思うんだけど、なにが違うの?」
「ぜんぜん違う。迅がぼんち揚を食べてるっていうのが、可愛い」
あくまで連呼するのをやめるつもりはないらしく、確固たる言葉がぽんぽん出て来る。別に嵐山はぼんち揚信者ではない筈なのだが、いつもこちらを微笑ましく見ているようだった。
結局何も解決してない…そういつもそうだった。
嵐山には迅以外だって友達がいなわけではないとは思うけど、内容が内容だしきっと誰にも言っていないのだろう。それほど見知った相手なら、もっと親身になって嵐山に有意義なアドバイスをするだろう。だが、迅は何も行動を起こさなかった。起こせずにいた。だって、変に察しられて大告白されたらどうする。突き放すのは難しい。今の関係が壊れるじゃないかと。だったらたまにこんな感じで嵐山をガス抜きさせる方が効率的に思えた。こうやって、その想い吐き出させるに留まる。事実、しゃべることである程度は落ち着く。受ける迅の精神衛生上はあまり良くなかったが、仕方ない。発散させなければと、聞くしかないのだ。
最初は色々考えたのだ。自分の駄目なところを主張するとか…でも改めて考えると難しいし、何より盲目な相手には効果が薄かった。嵐山は何も発破をかけて欲しくて語っているというわけではないらしいので、押し留めるという名の迅の本当の現実を毎回言うが、まるで効果はないようで、こうやってあしらわれている。
べたぼれするのやめてと激しく思うが、迅は魅力的だとか普通に言い切られるからとても強くなんて言えなかった。

「最近、迅に避けられているような気がするんだ」
ふいに真剣な顔をした嵐山がしゃべったので、迅はぎくりと首を縮めこませた。迅に会いたいと切なくイケメンがつぶやくのだ。
「い、忙しいからじゃないかな?実力派エリートだし」
換装しているから背中に汗はかかない筈だが、そんな心情になりながらも、迅はフォローの声を入れる。そういえば、あまりきちんと最近素の姿では会っていない。それは友達にしては確かに少ないだろう。嵐山はスキンシップがやや激しい傾向があるが、迅とは良い距離感を保っている筈だった。どこを間違ってそういう認識をしたのか、今はこれだが。
「嫌われたのかな…」
多大に落ち込みながら、悲しみに暮れる声がしんっとフロアに響く。
「そんな…嵐山を嫌いになることなんてないよ。絶対」
それだけは本心で、自信を持ってと慰める言葉をかける。なぜ、当人が励ましをしなくてはいけないのかという矛盾は少し置いておいて。思い込みではなく事実だったが、迅が嵐山を避けているのは正直本当だった。そそくさと逃げることは未来視を持っている迅だからこそ可能なことで、フル活用していました。自分が小心者だったなんて初めて知った。
だって、とにかく恥ずかしい。広報をやっている嵐山はボーダーだけじゃなくて三門市でテレビやラジオやポスターやらと色々な媒体で見かけるのに、その度に肩をすくめてビクリっとしてしまう。嵐山の想いを知った今、隣にいたら絶対意味深に感じてしまうに違いない。今、嵐山と直に会うのは多大に勇気が必要だった。きっと真顔でなんていられない。変にきょどってしまうに決まっている。だったら逃げた方がまだマシだと思ったのだ。こうやって会っている時もかなり気恥ずかしいとはいえ、それでもこっちの姿の方が会いやすいっていうのはどういうことかと思ったが、女性の姿をしている時は、いくばくかではあったが他人事に思えるのだ。普段の姿だと嵐山の視線が気になりすぎる。
「迅が足りないんだ…」
何とも言えない儚げな色気をまといつつも、嵐山はさめざれしみじみとした溜息をつくのだ。いつもは明るい顔が、悲しみに暮れる顔をするだけで途端に悲劇の影が落ちる。わりと普段から喜怒哀楽が激しいから、身に堪えているというのがありありとわかる様子だ。普通の女子ならこれでノックアウトだろうな、きっと。
「―――そうだ。迅に電話してみよう!」
限界だ…と、突然思い立ったかのように、立ち上がって意気揚々と嵐山は宣言した。ヤバい。暴発する。あまりにも生身の迅に会えなくて、とうとうむちゃくちゃし始めてしまったようだった。
「ちょ、!待って!今はやめて。今だけは」
それだけは絶対に駄目だと、迅は押し留めるように嵐山の隊服の裾を掴んだ。今電話したら、ポケットにしまってある迅の携帯電話が鳴ってしまうじゃないか。
「ん?後なら大丈夫なのか?」
不思議そうな顔で、嵐山は颯爽と取り出した携帯電話の連絡先画面をタップする一秒前だった。
よく考えたら、後でもよくない。あまりマトモに嵐山と話せるとは自信はなかった。なんとか…なんとか良い案を考えなくては。
「いや、この前会った時忙しいって、言ってて………なんか悩み事があるみたいで…」
ろくに呂律も回らないまま、黙っているわけにもいかないので出まかせが勝手に口から出る。
「迅に悩み事?珍しいな」
実際、その悩み事の原因は紛れもなく嵐山なんだが、そんな思いは伝わる筈もなくて。
でもこれはチャンスだと思った。このまま諦めさせれば…と。あと一歩の後押しを、もう少しで思いつきそうだった。そうだ。相変わらず迅のいとこというこの人物をまるで疑ってないし、なにか良いように言って………それは嵐山が悪いわけじゃなくて、迅が悪いという事で、どうにか。えーと。
ふとその時はとても良い案に思えたのだ。それが。だから。
「………好きな人がいるって言ってたんだ」
当てずっぽう半分で、それを言った。本当は別に好きな人なんていなくて、現在進行形で存在しているわけではないが。
だが、嵐山を諦めさせるには一番これが効果的に閃いて、思ったのだ。
「っ!…そう、…なのか………」
迅に会えないというのとはまた違った方向性でわかりやすく、嵐山は気を落とす声を出した。
「だから、残念だけど…」
罪悪感が半端ないが、これも嵐山の為だと断腸の思いで残酷に言葉を続ける。さあ、早く次の真っ当な新しい恋へと向かってくれ…と。今なら傷も浅いのだから。それこそ別に嵐山が誰を好きになろうが、その未来が相当手ひどいものでなければ振られるとしても迅は見守るつもりだった。それも人生の経験なのだから、嵐山にも必要だろうと。でも、これはない…と思う。別に自分が男だからとかそういう偏見を言うつもりはない。だけど、迅では駄目だと思うのだ。
嵐山には申し訳ないが、成功したと思った。だが………
「そうだとしても、やっぱり迅を諦められない…」
視線を床に落としたままではあったが、ぽつりとつぶやいた。
え、えー折角捏造したというのに、なんとも効果が薄かった。言い損をしてしまったではないか。話を聞くにどうやら結構前から迅のことが気になっていたらしいから、予想外に引き下がってくれなかった。ちっ、積年の想い恐るべし。そうとはいえ…辛抱強いな。むしろ迅に好きな女の子がいたとしても、これは嵐山に寝取られるフラグじゃないか?と、うーだーと頭を悩ますばかりだった。
確かに、それこそ想うだけなら自由だ。誰かと結婚でもしていない限り諦める必要性はない…それはわかるけど。おかげで余計にややこしい事態になってしまった。結局のところ何を言っても、嵐山の迅に対する想いは変わらない…そんな気がますますするのだった。

もしかしたら迅は、嵐山に誰も好きになって欲しくなかったのかもしれない。
嵐山は………ボーダーの、そしてみんなの、嵐山准なのだから…と。









「うわっ、迅。何だ、そりゃ?」
その時も迅はいつも嵐山と会う休憩所を目指して、てくてくと歩いていた。そんな折、後ろから聞きなれた声がかかったのだ。
「あれ…太刀川さんとこの格好で会うの初めてだっけ?」
鬼怒田からトリガーを渡されていて以降、一応実験も兼ねられているのでたまには迅もこの姿で本部をぷらついたりしていた。おかげで周囲から、毎度今の太刀川のようなリアクションをされたので、もう何度目かの説明をしきったかとそう思っていたのだ。ただ、慣れない女性の姿では全力で戦闘をするのは難しいので、確かに太刀川と会うような場合はいつも普段の姿だった気がする。
「あ、もしかして。それが噂の女性化トリガーってやつ?」
どうやら小耳に挟んだことがあるらしく、思い立ってぽんっと手を叩いていた。
「そうそう。おれ、もうかなり調整に貢献したからさ。次は太刀川さんやってよ〜」
へらっと笑いながらも、押し付けたい気持ちを出す。別に女性化した太刀川なんて全く見たくはないとはいえ、話のネタに一度くらいは見て見たいような気がしたのでそう言う。それを差し置いたとしても、このトリガーのせいで嵐山との関係がややこしい状況になっているので、早めにどうにかしたいという愚痴も入っているには違いなかった。
「自由に身体を変えられるなら協力してもいいけど…それじゃあなぁ、、、」
明らかに残念そうに、太刀川は今の迅の胸をジト目で見た。そうして、とても可哀想なものを見る瞳を向けるのだ。迅もそうであったが、男というものは悲しい生き物なのである。出るところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいるのを望むのだ。暗に言われる…胸ないな、と。そうして太刀川はしばしその貧相な迅の身体を見下ろすのだ。
「言っとくけど、多分ボンキュッボンになったとしても、自分の身体じゃ触ってもまるで面白くないと思うよ」
もう経験済だから忠告しておく。期待しても無駄だと。
「ふーん。そういうものか…」
そう言いながら迅に近寄って来た太刀川は、試しにぺたりと迅のお尻を触った。別にそのことに驚きはしなかった。視えていたから。
「ほら、ね?」
軽く目線を上げて、普段よりだいぶ長身となった太刀川に合す。
「あー、確かに迅のだと思うと、心底どうでもいい…」
つまらないなーという様子を、一度軽くうなずいてから入れられる。その反応はわかっていたから、迅自身もどうでも良かった。そう…これでこの場は丸く収まる筈だったのだ。

「太刀川さん?何をやっているんだ!」
―――突然、横からそんな二人のやり取りを留める声が上がった。
「げっ…嵐山」
イレギュラーの登場に、迅はぎょってして慌てふためいた。だって、突然…新しい枝葉の未来がその場に到来したのだから、それも無数に。あまりの面妖とも思える数に、一番選ぶべきだったとりあえず逃げるという選択肢を迅は掴み取ることが出来ず、ずんずんとやってくる嵐山と見事に対峙することになってしまった。
「女性にセクハラするなんて、絶対に駄目ですよ!」
それこそ正義の味方がやってきたかというように、嵐山は太刀川に力強く言った。
「えっ…本人が了承してれば、良くね?」
なぜ嵐山が怒るのかあまりわかっていないらしく、太刀川は思ったことを口に出している。イマイチ二人の会話が噛み合ってない。そりゃそうだ。太刀川は迅だと思って、冗談で女性の尻を触ったわけだし。
「そういう問題じゃないです」
頑として断言するかのように嵐山は、二人の間に割り入った。
「ん?あー。嵐山って、フェミニストだったっけ?でも…だってこいつ、迅だし」
そうして―――口止めしていなかったとはいえ、呆気なくこちらに指を指されてその本当の名前を告げられる。あまりにも、あっさりとバレた瞬間となった。
そうして、迅の頭の中でも瞬時に未来が切り替わるのだ。ばちんと瞬きしている瞬間に、また選択肢が増えるからどうしようもない。
「えっ………迅?」
きょとんと一度だけはしたが、太刀川の言葉を受けて嵐山は少しその整った顔の眉間にしわを寄せるかのように改めて迅を凝視した。何か頭の中を整理して確認するような表情となる。
対して、迅はどこまでも罰が悪い顔をするしかないのだ。嵐山にバレないようにとうまく振る舞っていたというに、やはり人の動きすべてを未来視で呼応するのは難しい。それを思い知った。
「何だ。嵐山もトリガーで女性化した迅に会うのは初めてなのか?」
一人空気読んでない太刀川が軽快にそう言う。悪気がないからこそ、迅も止められない。
「えっと、あの…その」
戸惑うばかりの言葉だけがその場に出る。嵐山とて、この事態の呑み込みが全て得られたわけでないらしく、太刀川の問いかけに適切には答えられないらしい。
「まあ、普段の迅とあんまり変わらないよな。っと、嵐山が来たってことは忍田さん空いたかな?俺、そっち行くから、じゃあなっ」
その場の事態をまるで解決することなく、マイペースな太刀川はその場を去ってしまった。後に残された二人は、しばし立ち尽くすことになる。



どうしよう…
今更逃げるわけにもいかなくて、それでも気まずい雰囲気と沈黙に耐えられなくなった迅は。
「ごめん!」
もはや色々考えていても仕方ない。結局は馬鹿みたいに謝ることしか出来ないと、そうなった。言い訳なんて通じない。迅が全部悪いのだから。
「…本当に、迅本人なんだな………」
何か納得したかのように質問という問いかけではなく自分自身に言い聞かせるように嵐山は言った。さっきまで茫然としていた顔が、少し悲しそうに眉へと変化するのだ。ああ…わかっていたけど、酷く傷つけた。
「おれ、ずっと嵐山を騙してた。謝ってすむとは思ってないけど、それでもやっぱりごめん」
言葉をただただ、重ねる。意味なんてないとは思うが、謝るくらいしか出来る事はないかのように思ったのだ。本当に取り返しのつかないことをしてしまったが、今更取り繕っても遅い。
「迅ばかりが悪いわけじゃないさ。俺が勝手に勘違いして…それで………」
嵐山の言葉が続かない。いつもは真っ直ぐな視線をも少し反らされた。もしかしたら、迅のいとことして会った数々の出来事を思い出しているのだろうか。
「それでも、何度だって本当の事を言う機会はあった。だけど、おれ言えなくて…」
正体を明かすチャンスは数えきれないほど存在していたというのに、勝手に堂々巡りをしていた。どうしても言い出すタイミングがなかった。さっさと言えば良かったのだ。そうすれば笑い話で終わったというのに、ずるずると結局先延ばしにして、ほらっ今こうやって最悪な結果がやってきてしまって、思わず口ごもる。
「俺が迅のことをあれこれと言ってたから、言い出しにくかったんだろ?迅のせいじゃないさ。俺が………そうだな。謝るのは、俺の方だな。一人で勝手に浮かれて、ようやく相談できる相手が見つかったと。迅からの信頼を勝手に都合良く思って。すまない…」
そうして嵐山は、律儀に頭を下げた。気持ちを押し付けていたことを謝るのだ。
「っ、顔をあげてよ。嵐山の言う事、全部が嫌だったわけじゃない…ただ、恥ずかしかったんだ。だって…なんでその、相手がおれなんだって………嵐山には、もっと可愛くて綺麗な女の子たくさんいるって思ってて」
本当に嫌だったら、聞いていなかったと思う。だから、どこかで逃げていただろう。でも、迅の事をしゃべる嵐山はいつも嬉しそうだったから。そう…迅も嵐山の好意、真っ直ぐな気持ちは嬉しかったんだと思うのだ。
別に迅は、自分の事を駄目な人間だとか社会不適合者だとかそこまで謙遜して思っているわけではない。ボーダーに所属している時点でアウトなのかもしれないが、そういう専門的な能力とかをのぞけば人間としては普通だとそう思っていて、だからこそそんな別段嵐山に心底好かれる要因はないと思うのだ。割とボーダーに引きこもり気味な迅と違って嵐山は広報をやっているから、ボーダー外の人間と会う機会も多いし、何より忙しい最中でも大学に通っていて、そこは一般人と同じ生活をしている筈だ。迅は通っていないのでピンとこないが、キャンパスライフしてればいくらでも恋愛をする相手なんているだろうと…そう思うのに。
「迅じゃなきゃ駄目なんだ。それに俺が迅を好きな理由、もうたくさん話したと思うんだが…もう一度言った方がいいのか?」
「ううん…それはよくわかったから、もういいんだ」
身に染みるほど実感した、そう…十分すぎるほど聞いた。
その告白を留めていたのは、叶わないのに男に告白するなんて汚点を嵐山の人生に作らせない…そのつもりだった。最初は単純に。でも迅の為…でもあったのだ。告白を受けたら、絶対ぎこちなくなる。迅はなかったこととして振るまえても、きっと嵐山が遠慮してしまうに違いない。そんな未来、未来視でさえ視たくないのだ。でもそれは勝手に迅が無理矢理していたことで…あの人懐っこい嵐山がもう離れてしまう。そんなことは嫌だとそれだけはわかった。
「迅にも好きな人がいるんだろ?別に邪魔をしようとは思わないが………それなのに、迷惑な事を色々聞かせて。嫌な思いをさせてしまったな」
こんな状況でも、こちらに気をつかう言葉が続く。本当に嵐山は出来た人間なのに、迅と来たら…ろくな言葉が出ない。なんて駄目なんだ。
「え、えーと」
あれ…あれ、、、それって。ちょっと忘れてた。そうだ、断る為にも迅の好きな人を何とか捏造しないと…えっと、自分の好みって何だっけと迅は必死に頭を働かせる。
とりあえず、顔は良いに越したことはないな。あともちろん性格は明るくて、何事にも真剣で、未来視なんてやっかいな能力持ってる迅に気兼ねしないで、どこまでも対等な立場で………そんなこんなをぐるぐる考えていて、それを、はたりと気が付く。
連想してしまうのだ…それを。あれ、もしかして目の前にいる?
だって、嘘だろ。考えたこともなかったんだ。別に感化されたわけじゃない。あまりにも自然に過ぎる相手だったからこそ彷彿とさせる人が、ただ一人。もう…一人しか思いつかなくあった。だって今まで彼はみんなに優しいのだと思っていて、でも本当は迅だからこそ特別なんだって知って改めて思うと…言い表せない何が胸の内に、ぎゅうっとやってくる。こんな、こんな感情。これが、好きって事なのかと。別段、意識したことなんてなかった。この目の前の男は好い奴だって、そればっかり。
「迅、換装を解いてくれないか?」
「あ…そうだね。トリガーオフっ………でも、何で?」
言われてみれば、まだ女性化トリガーを使ったままであった。こんな非常時に嵐山と対面するには相応しい格好ではないことには違いない。
簡単に解除の言葉をかけると、いつもの格好になった。そうして改めて、いつもの様子で向き直ることになる。今初めてきちんと嵐山と向き合った気がする。
「せめて…きちんと告白してから、諦めさせて欲しいんだ。だから思いっきり振ってくれ。頼む」
そう言って嵐山から未練を晴らしたいと訴えられた。今まで換装している迅ばかりに、好きだ好きだと言ってたから、けじめをつけるつもりなのだろう。
「えっ、するの。今?」
きちんと宣言されて…だなんて、予想外過ぎて… 自分の気持ちの整理だってろくについていないというのに、展開が怒涛過ぎた。だが、迅の戸惑いなどものともせずに、嵐山は言葉を続ける。

「俺は、ずっと前から迅の事が好きなんだ」
玉砕覚悟で潔く言われた。通る…どこまでも通る声で、真剣に…だからきちんと迅も言わないと。
「ごめん…」
「ああ、わかってる。迅が気に病む必要はない…」
それでも嵐山は少し辛そうな顔をして悲しげにこちらを見た。
「そうじゃなくて、前に好きな人がいるって言ったのも、嘘なんだ。あの時は、嵐山におれの事を諦めさせようと思って…」
嘘に嘘を重ねていたことをこれ以上無くそうと、そのでっちあげを訂正する言葉を入れる。
「そうか。迅にそこまで言わせてしまって、本当に悪かった」
それさえも自分のせいだと思い込んだ嵐山は、また謝りの言葉を続けるけど、そうじゃない。迅が本当に求めているものは。
「っ、!待って。あの、おれ今………好きな人が出来たんだ。だから!」



そうして、迅は改めて彼の名前を言うだろう。語るように。
迅の好きな人は、先輩にも後輩にも慕われていて、とても面倒見がよくて、もちろん頭もよくて、運動だって出来て、どこまでも真面目で、動物にも優しくて、優秀な理想の人なのだから。その、好きなところを迅は照れながらも言い続けるだろう。

そう…今まで迅がいっぱい好きだと言ってもらった分をお返しする為に。





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