attention!
ジャンプ本誌ネタバレ。嵐迅が、だらだらしゃべってるだけ。
「そろそろ、いい時間だな。んじゃ、嵐山。俺は、北側のエレベーター使って隊室帰るから」
「わかりました。じゃあ俺は、反対のエレベーター使うので」
ガロプラおよびロドクルーン接近に際しての緊急防衛対策会議に対する粗方の案件がかかると忍田による終了の声がかかり、各自やるべきことの為にこの場から退室していった。僅かに和みを見せるコミュニケーションも忙しい隊長格にとっては些細な時間となり、ある程度の話がまとまると皆各々の持ち場へと戻って行った。そんな中で、迅と嵐山と太刀川の三人はしばらく会議室に留まり久しぶりの雑談に花を咲かせていた。雑談と言っても本人たちからすればそこまで深刻ではなく他愛無い内容のつもりだが、ボーダーに関する厄介なあれこれを確認し合うという事で揃って意見をしているのだった。
そんな中、わずかに腕時計を見やった太刀川は軽く嵐山に声をかけてから、去り際に迅に向けてじゃあなとひらひらと軽く手を振ると、さっとその場を退室したのだった。呼応するように嵐山も声を出して当たり前のように見送る。そうして最後に残ったのは、とうとう嵐山と迅だけになってしまった。
「あれ……この後、太刀川さんと嵐山って別に会ったりするわけじゃないんだよね?」
僅かなその未来を垣間見て、ちぐはぐな二人のやり取りに迅は疑問の声を出した。わざわざ行先を分かれて伝え合うということがどこか引っかかったのだった。
「今回の会議は、防衛任務中以外のA級隊長が全員呼ばれたからな。一斉に集団でフロアに戻ると、他の隊員に何事かと不必要な不安を抱かせても困るから、帰りは別々でってことになってるんだ」
系統的に本部長筋からではなく別ルートで呼ばれた迅の立場を思ってか、嵐山は丁寧に事情を話した。そう言われてみれば、隊長格が一堂に勢揃いするっていうのは珍しいかもしれない。定例会議ではいつものことだろうが、その範疇を越えて集まるということは何かあると勘ぐる隊員がいるのは当然のことだろう。事実、防衛任務がなくとも嵐山などは普通に忙しいので、それを鑑みて全員が集まれるという時間はわずかだろう。だから、今回の会議も必要な通達を忍田は素早くこなして早めの終了となったのだ。
「あ、そっか。だから風間さんは先に退室したのか。えっ、じゃあもしかして今回みんな私服なのも、それ?」
いつもはこの三人の輪に入る風間が、颯爽と急いで会議室を後にした疑問がようやく腑に落ちた。迅は入室前に話をする機会があったので、わざわざ引き止めなくとも良かったとはいえ、いつもならあれこれとそろって話をして良いアドバイスをもらったりするのだ。まあ本当に時間がないということもあるだろうが。今回の任務で一番忙しないのは間違いなく風間だろう。
上の人から順次退室してそうして残った面々でふと思い出すのが、みんな私服だったということだ。ただ一人だけ隊服な迅の居心地の悪さが、若干胸に残った。
「なんだ。迅には連絡入らなかったのか?てっきりわかっていて、だからこそわざと外すために隊服なのかと思ってた」
少し驚いたかのように嵐山はポケットからボーダー支給の通信機器を出して、その内容を確認している。何度かスライドさせてその画面を表示させて迅の視界に入れてくれれば、確かに今回の会議の子細が明記されている。
「あー多分、おれが私服で本部ふらつく方が目立つからってことかな」
今回のように、サイドエフェクトの為にわりとなるべく本部を違和感なくぷらぷらするようにとしているとはいえ、ホームが玉狛な迅にとってはわざわざ私服で本部にいる意味はない。普通に歩いていても元S級ってだけでわりと騒がれるし、未来視なんてものを持っていると知れ渡っていることもありそういうのが原因ということもあるが、ボーダーの顔である嵐山とはまた注目のされようが違うのだ。
「確かに。迅が本部にいるってことは、何か意味のあることをしているってことになるからな」
納得するように軽く嵐山は頷いて言葉を出す。そういう正当な評価をする人間はわりと限られている。だから迅も開き直って趣味は暗躍だと言うくらいなのだ。
「そんなことないよ。嵐山に会う為だけに来ることだってあるしね」
未来視は勝手に発動してしまうため、色々と詮索する意図がなく歩いていても予想外の情報をもたらすことは確かにあった。
でもたまには…完全に仕事のことは忘れて、ボーダーの為だけではない迅悠一として好きな人に会いに行きたいとそう思う時だって存在するのだ。まあそんなときは、わざわざ人目につかないルートを歩いているから必要以外の人間と遭遇するのは気を付けている。それは、変に浮足立っている様子を見られたくはないという内心も存在している。
「そう…だな。俺も、もう少し迅の為に時間がとれればいいんだが…」
本当に申し訳ないという顔を見せて、嵐山はわずかにその綺麗なまつ毛を伏せがちにした。
そうだ。こうやって仕事で会うのでさえ相当久しぶりなのだ。アフトクラトルによる大規模侵攻後、どうしても互いにずっとバタバタしている感があった。ボーダーという仕事柄、忙しいよりは暇な方が世界は平和だということはわかっているが、ああいった侵攻があった後だからこそ広報である嵐山隊は以前にも増してしっかりとボーダーをアピールしていかなくてはいけない立場となり、重圧が増えたに違いない。
「嵐山が目に見えて忙しいってわかってるって。
しっかし、ちょっと読み外したなー 嵐山が久しぶりに私服だから、このあとオフかと思ってた」
別に尊大な未来を視たわけではないが、僅かな期待がちょっと砕かれて残念がる。別にいちいち自分の気持ちを隠さないのはその相手が嵐山だからだ。まあ正直、それに気になって内心そわそわしてしまい、他の隊員の私服がちまちま気に回らなかったという事もあるが。正直言うと、太刀川がさくっと席をはずしてくれたのも二人の関係を知っているからこそ、こちらを気遣ってくれてのことかと思った。
「すまない…この後、会議の内容をうちの隊員に報告することになってるんだ」
そうだ。今日の会議で明確な作戦が決まったというわけではないが、方向性を見据えることは出来た。嵐山隊はいち早く市民に向けてという重要な役目もある。それを差し置いて、迅がでしゃばるわけにもいかなかった。
「そうだよね………え、あっ…!」
ちょっと困り顔をした嵐山に視線を外した瞬間、ふと迅の眼前に浮かんだ明確なビジョンが到来する。それは必要な情報だけを迅の脳裏を霞めて、バチッと光が弾けた閃光のように駆け巡るものだった。
「何か視えたか?」
迅が嵐山の前でそういう反応するのも慣れているので、促す言葉をこちらにかけてくれる。だから視たいくつかの情報を淘汰して、まとめて整理してから言葉を出すことにする。
「いや、今うちのメガネくんが嵐山隊の作戦室に居るみたいで。それで、嵐山が帰って来るの待ってるみたいだから」
視た未来をなぞるように告げる。その律儀な後輩の姿がいくつか、迅の未来で錯綜としている。
「三雲くんが?じゃあ、俺も早く戻った方がいいな」
それを聞いて嵐山は、身体を少し入口であるドアに向けて次の行動を示唆した。このままなら、きっと速足で戻るだろう。
「いや、今戻るとタイミング悪いかな。今後のメガネくんに必要な話が始まるから…もうちょっと後がいいかも」
鳥丸から三雲が嵐山隊で特訓しているとは聞いてはいたが、今回はまた別方向から成長できる要因が加わるようだと迅は達観した。
「そうか。それなら、しばらくここで待つよ」
別段多くを語らずともにそれで嵐山はすぐさま納得してくれる。後の予定が詰まっていることは嵐山もわかっているだろうが、他人に対して彼はいつも惜しみない。
「おれもメガネくんにちょっと用があるから、このまま嵐山と一緒に行こうかなと思ったんだけど…」
迅も、水を差してタイミングではないとは判断出来る。それに変に年長者が茶々を入れるよりは若人で話を進める方が良いと、どこか感じることもある。
チームに誘われたということもあるが、迅の知識や能力であればもしかしたらある程度のレベルまで三雲を引き上げることも出来るかもしれない。だけど迅は思うのだ。出来うるならば本人の力で考えて進んでのし上がって欲しいと。遊真を含めて時間がないということはよく…わかっている。その見極めすべてを迅が身知っているわけではないとはいえ、本当に今必要なのは迅の力ではないとそう思うのだ。もちろん彼らを見捨てるつもりは毛頭ない。今回の緊急防衛を無事に終結させること…それも含めて彼らの成長なのだから、直接的ではなく間接的にでも時間の許す限りは助けたいと思っている。
「迅も十分に忙しいだろ。無理に俺に付き合わなくてもいいんだぞ?」
そんな迅の立場を察してか、忙しい身を心配して嵐山は促してくれる。確かにここ最近、今回の件でボーダー本部内だけではなくあちこち行き回っていた。それでも市内で広報活動中の嵐山隊と偶然という名の必然で、外で鉢合わせるのは迅が多少狙ってやったことだが。わりと休みがなかったから、そういう役得くらい許しい欲しい。それでもほんの少しの邂逅には過ぎなかったのだから。
「本当は、おれがもっと嵐山と一緒にいたいだけかも…」
自分の気持ちなのに曖昧に返事を返してしまう。今、こうして嵐山が目の前にいてくれて、これが本当に会っているってことなんだな…と心が落ち着くのがわかる。勝手に気が抜けてしまい、こてりと嵐山の肩におでこを乗せる。もうすっかり馴染んでいると思っているが、やっぱり過度に他人の未来を視ることが身体に良いわけがない。ああ、もしかしたら自分はちょっと疲れていたのかもしれない。
「迅。あと何分くらい時間ある?」
ぽんぽんと軽く迅の背中を優しく撫でながら、嵐山が問いかけて来る。
だから、迅は埋めた顔を軽く上げて―――
「そう…だな。嵐山とキスする時間くらいは余裕かな」
わざとあてずっぽうっぽく悪びれながら言うのだ。続きを求めて…さぁっ
「それは、随分と長い時間………になるな」
それから迫った嵐山の顔が、唇が…迅にぴったりと覆いかぶさるのに数秒をも必要とはしなかった。
この結末は迅にとって、視えていても視えていなくても、一番嬉しいものなのだから。