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嵐迅で、嵐山さんの結婚式に参列したい迅さんの話。
それを始めたのはいつの頃だったか、かなり前すぎて…迅はもう正確には覚えていないけど。
「あ、嵐山と綾辻だ」
ぶらりと本部を歩いていて、ひょいっと嵐山隊の面々と遭遇することは迅の能力的にそれほど難しいことではない。ただ迅も彼らもそう悠長に時間があるわけではないから、会話を交わすのはちょこっとだけだが。
「こんにちは。迅さん」
「こんちわー」
両手を膝で揃えて丁寧に微笑みかけながら挨拶してくれる綾辻に、迅は軽く言葉を返す。どうやら今は嵐山隊勢ぞろいというわけではなく、二人しかこの場にはいないようだ。
「迅も上に行くのか?」
上層部フロア専用エレベーター前で行き会ったので、当然の如く嵐山にそう尋ねられた。
「うん。あ、ボタン押した?」
「私が押しますよ」
エレベーターホールのボタンの近くにいたのは綾辻だったので、率先して先に押してくれた。途端、ポチリと控えめなネオンカラーが照らされる。さすがの気遣い。まだまだ若いのに、やはり嵐山隊の面々はしっかりしている子ばかりだ。うんうんと独りでに納得の頷きさえしてしまう。
「ありがとう。ああ、わりと直ぐに来たな」
軽く感謝の言葉を述べる嵐山がエレベーターの現在の階層表示を確認すると、意外と近くに待機していたらしく、直ぐにこの階の数字が表示された。それはメインフロアにある大型エレベーターなどではなく、認証が必要な上の階にしか行かないという用途が限られているせいだったのかもしれない。ほどなくすれば整然とした音を立てて、エレベーターは上の階を示してこの階に止まってくれた。毎回使うが、大方の予想通り誰も乗っていなかった。嵐山は後がつかえないようにと颯爽と奥へと乗り込む。
「嵐山は何階?」
先に乗り込んだ嵐山がこちらの為に開ボタンを押している間に迅は、自分の向かう階のボタンを先に押す。
「迅と同じ階だな。俺たちは根付さんに用があるんだが」
ちょうどよかったという声と共に、その行先を示唆してくれる。
「おれは城戸さんに呼ばれてるけど、多分そっちとは別件かな」
降りる階は一緒だが、向かう先は別だと判断して言う。最後に綾辻も乗り込むと、他に待っている人もいないので、嵐山は開ボタンを離したようだ。ガコンと小さく音を立てて扉が閉まり、瞬く間にエレベーターは上階を目指す。ボーダー本部の構造的にこのエレベーターには窓など存在しないが、三人程度が乗っても窮屈を感じない程度の広さはあった。
「あ、そだ。嵐山の未来を視てもいい?視たい未来があるんだ」
エレベーターの初動が安定し、ようやく落ち着いたところで、迅はそう尋ねる。エレベーターに乗っている時間なんて正直短いものだが、迅のやりたいこともそう時間のかかるものではない。傍から見れば随分と唐突な頼みだったが、迅にとってそれはいつものことだった。嵐山に会うと、だいたいこれを言うのだ。
「別に構わないが」
それもいつもの嵐山の答えで、それが合図なる。
迅は少し体の角度を変えて嵐山の真正面に向き直ると、むむっと少し眉間にしわを寄せるようにしてその整った顔を見据えるのだ。チラリと垣間見ることの出来る嵐山の単純な未来だけではなく、もっと…その先を―――
それは、時間からするとほんの僅かと言っても過言ではない。その程度あれば十分なのだが、さすがのサイドエフェクトとて他人の未来すべてが把握できるわけでもなく、迅はその代り映えのしない内容達を改めて脳内で確認する程度で終わる。ここ最近はいつもそうだった。嵐山の未来は変わらない。別に迅が他意を持って嵐山の未来に干渉したことなどないから、それが当たり前といえばそうなのだが。だからと言ってどうすれば迅が望むように嵐山の未来が変わるのか、それがわかるほど直接的な行動に移る気も起きなかった。
「………ありがとう。もう大丈夫」
右手で軽く嵐山を労わる仕草を入れる。肩をがくりと落とすとか軽いため息を押し殺して、顔にも出さないように努めているが、大抵こう言ってこれを終わらせるので、どこか迅が残念そうにしているのをもうバレているのかもしれない。対する嵐山もちょっと複雑そうな顔をしている。
「毎回思うんだが、どうして俺の未来を視るのに、わざわざ了承を得るんだ?」
確かに、逐一断りを入れているのは嵐山相手くらいだった。それは迅にとって嵐山が気安い友達だから頼みやすいという関係だというのが一番なのだが、他の人に言っていないというのもまた事実で、気になったのだろう。
「うーん。それはおれの個人的希望だからかな」
ぐるりとちょっと考える様子を示しつつも、ぼかした。多分、本当の目的を嵐山に言ってもあんまり理解してもらえなそうだから、今は言うつもりはない。嵐山もそれほど突っ込んだ言い方で尋ねてこないし。
「サイドエフェクトは常時発動しているんじゃなかったか?」
それが迅以外のサイドエフェクト持ちもそうであるからこその認識のはずで、でも疑問に思ったのか嵐山は再度の確認の言葉を出した。
「んーまあそれはそうなんだけど…あ、綾辻のも視えてるよ」
ひょいっと、横に立っている綾辻に顔をやって伝える。
「迅さん。私は構いせんけど、あまり直接女性に言わない方がいいと思いますよ」
綾辻のいう事はとてもありがたいアドバイスだった。いくらサイドエフェクトが無差別に発動するものだから本人のせいではないとはいえ、無作為に向けられて気分が良いと思わない人間もいるだろうと、それはわかる。とくに、男である嵐山はともかくとしても繊細な女性には、男である迅に色々と知られたくないこともあるだろう。
「ごめん。ごめん。勝手にあんまり視ないように一応してるつもりだから」
あまり制御できる能力ではないとはいえ、女性相手は特に視界からは外している。この能力との付き合いも随分と長いものだから、そういった気遣い配慮はしているつもりだ。だが、他人には迅がどれくらいの内容のどの範囲で未来が視えているのか理解してもらえるはずもないので、たまに口がうっかり滑ってしまうから、気をつけようと思った。
「迅さんの予知が有益だという認識はしていますけど、気兼ねなく毎回了承する嵐山さんも凄いですね。お二人の仲の良さには感心します」
軽く会釈をしながらも綾辻は、こちらを見て納得するような声を出した。
確かに嵐山は、迅相手ではなくとも別段何か隠し事をしたりするタイプではなかった。別に迅は嵐山の秘密を暴こうとしているわけではないが、未来視という能力ではそういうものも垣間見れることが多いのだ。でも、嵐山は違う。見た目と言動がそのまま輝かしい未来に繋がっている真人間なのだ。こういう人間の未来を視た時、迅としてはつまらないという感想を最初は持った記憶がある。あまり予想外の事が起きないのだ。せっかくなのに、予知し甲斐がないというか。それでも広報というある意味奇特な仕事を請け負っているからこそ、視えるものはあるが、嵐山の人生にそれ以上の奇想天外はなかった。だから迅が心から安心して友人として居ることのできる数少ない人間でもあった。
未来視は迅が望むほどうまく制御できない。波乱万丈な人間と一緒にいると、迅の意識も飲まれてしまうということが、今までに何度もあった。結局迅は、自分にとって安全で安心な友達を取捨選択して自分の横に置いたに過ぎない。それがどれだけ傲慢であるかわかっているけども、だからこそ誰よりも先に嵐山の幸せな未来を視てみたかったのだ。彼の未来に祝福があるように…と。
「別に迅に視られて困るようなものはないからな」
いつもと同じ声を出して、嵐山は平然と言った。もちろんそれは嵐山の本心に違いなかった。今まで嵐山の未来で…そりゃあ子どもの頃には何かしらあったのかもれしないが、生憎迅は過去は見れないから、もう出会った時には互いに子どもではなかったし、嵐山は変わらないからこのままの人格で道を外すこともなく進めば、何かやましいことなんて視える筈もなかった。まあボーダーに入隊するという人間がすでに犯罪率が低い人間が選ばれているわけでそこまでの詳細は迅とて滅多に視ることはなかったが、正義感強い嵐山なんて特に…別に不味いものなんて………
「ん?」
ふとそんなことを考えつつも嵐山の顔を見ると…今までは視えて来なかった新たなビジョンが独りでに浮かび上がった。それはいくども見て来た中で、初めて迅の脳裏を霞めるもので。
「そういえば、一体いつも俺の何を視ているんだ?」
それが一番の疑問となるのは仕方ない事だろう。それは嵐山にとって何気ない一言に違いなかったが、今の迅はさっきチラリと視えたもので、それどこではなくなっていた。しまったと思った。
「…え、と………内緒」
軽く人差し指を立てて誤魔化すと、いつの間にかエレベーターはチンと音を立てて目的の階へと降り立つ。エレベーターからまだ降りない二人には挨拶もそこそこに駆け足をすると、迅は大慌てその場を離れたのだった。
それ以降、迅は何度か嵐山と会う機会があった。いつもならまた未来を視てもいい?と気軽に尋ねて近寄るのだが、それが出来なくなってしまったのだ。大体、そう言う前に未来視の有効範囲に入れば、元々勝手に嵐山の未来は簡単には視えていた。そう視えてしまうのだ。あれ以来、その内容は毎回同じだった。未来というものは起こりうる一番近くの確定した現象を一番強く迅に示す。ある程度の時間をかけて頑張って探ればいくつか他にも視えるものであるのだが、そのインパクトが強すぎて他のを視る余裕がなくなってしまったのだ。
そう―――未来の嵐山は、いつも誰かとセックスしているのだ。
別にそういう未来を視るのこと、迅の中では始めてというわけではない。人間なのだから、そういうものが未来の中に存在しているのは当たり前のことで、現にほかの人間の情事を見たことだって回数的にはそれなりにある。だが、嵐山のそういうのを視たのは初めてで、それも毎回となると困ったことになったな…と思い出す度に小さく呟く。こういうの別に今まで見えてないわけじゃないけど、目を逸らすようにしていたからこそ、何だか気恥ずかしいという気持ちを久しぶりに感受したなと思った。
あまり露骨に視ないようにしているが、嵐山の逞しく艶めかしい姿が映る。ベッドの熱ささえ伝わりそうな真剣な熱っぽい顔。必死に誰かの名前を呼んでいるのだ。相手の姿は、うすぼやけてぼんやりしているからわからないが、きっと嵐山にふさわしい美人だろう。相手なんてどうでもいい。どうせ美男美女理想のカップルだろうと思う程度だ。だいたい嵐山は健全な大学生なわけだし、顔も性格もよくて仕事柄モテまくっているし、別に何もおかしくないだろうと。それなのにどうも釈然としないというか、なんだか気に入らない。毎回見せ付けられている気さえする。勝手に未来を覗いているのは、迅の方だというのに。他人のプライベートを見まくっているせいか大抵のことは気にしなくなったが、これはどうしてか慣れなかった。赤の他人ならともかく仲の良い相手だとやっぱり受け取る迅の方もそう感じるのだろうと、どこかチリチリする違和感をわだかまりを…こんなものを望んではいなかったのに。
「迅には未来視があるから全てわかっているのかもしれないけど、俺にはきちんと言って貰わないとわからない」
「えっ、何。突然どうしたの?」
ようやく嵐山と直接対面したのは、上層部の定例会議に呼び出されたところだった。用が済んだからと途中退室したところで、部屋の外で待ちかねていたのは相当びっくりしたから、逃げることは出来なかった。しかも挨拶もせずに開口一番にそう言われたら、迅がそういう反応を返すのは当然だったかもしれない。しかし今は突然すぎて、切り出す良い言葉が思い浮かばなかったのだ。
ともかくこんな場所で話すような内容じゃないと嵐山も思ったのか、そのまま二人は歩いて人気の少ない自販機が置いてあるフロアまで移動する。上層部エリアはトリガー認証でそもそも入れる人間が限られていることもあって居る人間が少ない。しかもここの自販機のラインナップは、コーヒーとか栄養ドリンクとか偏り過ぎているのも原因かもしれないが。買う人の人間性が悲しくも現れている。自販機と簡易なソファがある休憩エリアはそれほど広くないとはいえ、がらんとしていて誰もいなかった。
「で、どうしたの?」
ガコンと自販機で買った缶コーヒーを片手に、迅は嵐山から多少距離をとって壁にもたれかかっていた。
「迅、最近俺を避けてないか?」
嵐山の不機嫌の原因はだいたいわかっている。エレベーターで初めて視てはいけない嵐山の未来を視て以降、何度もふいに出会うことはあったが、未来を視ていいか?と問うことはなくなってしまった。きっといつものやり取りがなくなって、物寂しい気持ちになったに違いない。迅としては、それが無くなっただけで、他は何も変わりはしない、いつも通りにしていたつもりだったのだが。ただ確かに、あまり嵐山の方を見なくなってしまった、だから問い詰めたいんだろう。やっぱり困ったな。
「そういうわけじゃないんだけど…」
そう口ごもりながらも当然のように目を逸らしてしまう。こんな仕草ではさっぱり説得力がないのはわかっているが、嵐山の未来を視たくないから仕方ない。
「俺の未来に、何か都合がよくないものでも視えるのか?」
ギクリと心臓が震えるほど鋭い指摘だった。さすが、それなりに付き合いが長いだけある。察知していたのかと顔をしかめる。確かに嵐山の言う通りだったが、スバリとその内容を口に出すことも出来ない。そういう内容じゃない。
「別に…嵐山にとっては良い未来だから心配しないで」
不満に思っているのは迅だけなのだ。別に嵐山に不利益が及んでいるわけじゃない。それなのにこんな態度を取ってしまうのが悪い事だとわかっているが、頭と身体の動きはそう簡単に連動してくれない。
「言っておくが、俺は自分の未来を知りたいわけじゃない。だから深くその内容までは詮索はしない。だが、迅が今そういう態度を取る理由だけは教えてもらうぞ」
頑として言い切られた。きっと嵐山が納得いく返事をしなければ、この場から逃がしてもらえないだろうと確信できるほどのソレをだ。
どうするかと考えても、あまり良い案は浮かばないし、チラリと嵐山を視ようとしてもの未来の嵐山はセックスしてるし、ああ面倒くさい。仕方ない、観念するかと開き直ることにした。あの下世話な未来を回避しつつ、本当の事を言おうと思ったのだ。すっと息を吸い込んでから、伝える。
「おれが前に嵐山に会うたびに未来を視たかったのは、嵐山の結婚式に参列したかったからなんだ」
「は?」
迅の言ったことに、嵐山はあまり実感が沸かないようで、飲み込めていない反応が返ってくる。
「だから、嵐山の結婚式を視たかったの」
ふてくされたかのように、その多大なイベント名を連呼する。ああ、こういう反応されると思ったから言いたくなかったのに。
「どうして?」
何となく認識としては頭の中に組み込んでもらえたようだが、未だに内容としてはピンとこないようで、ただ嵐山の口からは疑問がつぶやかれる。
「今まで、そういう予知が視えなかったんだ。だから、もしかしたらおれ誘われてないのかなって思って、不安になった。だって、嵐山が結婚できないとかおかしいじゃん。世界が。どうなってんの?ヤバいって思うの当たり前じゃん。いや、確かに未来の嵐山はいつも幸せそうにしてるよ。でも絶対美人な奥さんとか子どもとか視えないの。どうなってんの?って思って、探ってたの!」
それも意外と変な形で脆く崩れ去った。嵐山は誠実だからセックスするくらいの相手がいるなら、きっとその人と結婚するだろう。だから迅の視たかったものは、その先に存在しているに違いない。きっとそれは素敵だなと思うべきだった。嵐山の結婚式は、誰よりも恵まれていそうだから。それは幸せの一角。迅は嵐山のそれを誰よりも祈っていたはずだった。望んでいる自信があったのに、どうもむしゃくしゃしてしょうがない。
「それで、俺のそういう未来が視えるようになったってことか?」
納得いったのかはわからないが、どこか反芻するかのように質問される。
「まあ…そんなもんかな。嵐山、今付き合っている人いる?」
本当は単純にそういう公式ではなかったが、未来の内容を口に出すのはさすがに憚られるので、話を切り替える。
「いや、いないが。でも、好きな人はいるぞ」
微塵の照れも見せずに嵐山は事実を述べた。そういう嵐山の現状だとすると、確かに迅が言うように結婚だとかそういうのは吹っ飛んだ会話だと思ったに違いない。
「そう…おめでとう。きっとその人と幸せになれるよ」
未来視のタイムリー的に多分、それが相手だ。じゃなかったらあんなに頻繁に視えるわけがない。これから彼女と仲良くしてね…と思った。そう…それが、迅が今まで望んだ未来じゃないか。それなのに、どうしてか釈然と祝福の言葉に心がこもっていなかった。
「わかった。受け入れてもらえるかどうかはわからないが、告白しようと思う」
迅の言葉を受けて、一つ頷いた嵐山はその決心を口に出した。嵐山が告白して受け入れない相手なんて存在するわけがないとは思ったが、真面目だかそういう可能性も示唆した言葉だったのだろう。だが、それは杞憂に違いない。だって嵐山の未来には幸せしか存在していないのだから。
「じゃあこんなところでおれになんて構ってないで、行ってきなよ」
もう結論は出たのだから、その好きな人とやらのところに早く行ってもらいたかった。もう嵐山は迅に用なんてないだろう。疑問もこれで解けた筈だ。迅としてもうまくごまかして嵐山を本来進むべき道へと示した…つもりだったのだから。でも…
「そうだな。じゃあ、迅。顔をあげてくれ」
嵐山はその場から立ち去らなかった。それどころかあろうことにか、下を向き続けている迅の両肩を掴んだのだ。
「…なんで?」
そう答えながらも、迅は顔を上げない。上げられないのだ、嵐山の未来はもう確定したからどうでもいいとはいえ、その目が駄目だった。あの瞳を見ると震える。セックスのときの嵐山の扇情的で情熱な様子を思い出して、どうしても勝手に身震いしてしまうのだ。今まで嵐山に彼女はいなかった筈だから、別段気にならなかったのかもしれない。今まで迅にだけに向けてくれたものが…だから、嫌だった。早く彼女といちゃこらしなよと茶々でも入れて去って欲しかったけど、それを言う元気もない。今まで他人の情事を盗み見して、こんな気持ちになったことはなかった。それは相手が嵐山だからだとわかってるけど。
「ずっと迅が俺の未来を視るのを了承して来たんだぞ。今回は俺が迅の顔を見て言いたいことがあるんだ」
今まで散々見て来たからという理屈はわかったが、それでもどうもこうも顔を上げられなかった。嵐山がこちらを掴む力が少し増したのか、両肩が酷く熱く感じる。それはじんわりと迅の身体を伝っていくような錯覚にさえ陥る。
「今は、無理。何なの?嵐山っておれの顔でも好きなの?訳わかんない、ホントに!」
ぎゅっと目をつぶって、駄々をこねるかのように言ってしまう。
「ああ、そうだ。俺は迅のことが好きなんだ。だからきっと迅は俺の結婚式に客としては呼べない。だから、今までそういう未来は視えなかったんだと思う」
「え…?」
まさかの告白だった。何で…何で嵐山は自分に告白をするのか、迅には直ぐには掴めなかった。そうして混乱している間に、また嵐山の言葉が続く。
「俺はずっと迅と一緒にいると思う。だからきっと俺の未来が幸せなのは間違ってない」
そのまま顔を上げない迅は、がばりと嵐山に抱きつかれた。強く…どこまでも息苦しい。それが嵐山が力強いせいか迅の心が苦しいせいか、直ぐには判断できなかったけど、それでも感じるものがあったのだ。この光景…未来で視たことがあるから。まさか…
おれか!あれ、おれか。
ここに来て、嵐山の未来に登場してきた相手の正体が鮮明に判明した。灯台もと暗しって奴か。嵐山といつもセックスしていたのは迅だったのだ。あんな醜態を晒しているのが自分自身だなんて、そう簡単に認められない筈だ。あまりの恥ずかしさに、そのまま流されるように嵐山に顔をうずめた。今、とても嵐山の顔を見られない。さっき以上に無理だった。
次に顔を上げたときは、きっともっと確定した未来が観えるだろうから。
未来視は、使用者が過度に壊れないように幾ばくか都合のよい未来を見せる。でも今回のは少し、迅に都合の良すぎる未来が、現実となった瞬間だった。