attention!
ジャンプ本誌ネタバレ等を含みますので、冒頭の注意書きをご覧ください。








追伸なし
※ if…玉狛第二に迅さんが加入したら話



コン コン コン
流れるように規則正しい三度のノックを耳にして、迅はその相手の正体を知り、さくっと入室を促した。
「どーぞ。嵐山」
ガチャリと丁寧に開かれた扉の先にいたのは、やはり予想したとおり嵐山だった。
「一応、真面目に机には向かっているんだな」
少し驚いたような声を出した嵐山は、そう呟きながらもこちらへと歩んでやってきた。ここはボーダー本部の空き部屋の一室で、普段はこれといった用途がないのだが、そこに一つの簡易的な机と椅子だけが運びこまれている。そう迅は只今、この部屋にプチ缶詰状態を食らっているのだった。目の前にある紙をきちんと書き終えないと出られないという奴だ。
「まさか嵐山が催促する係とはなあ」
頭を軽く抱えるようにくしゃりと髪を少し掴んで、迅はちょっと困ったかのような顔を示した。迅が嵐山に対して弱いのは知っている人物は知ってるからこその人選なんだろうが、ちょっと複雑なキモチだ。誰かが来るとわかった時点で仕方なく机に向き直った程度の気持ちではあったのだが、相手が嵐山だとすると、のらりくらりかわせる状況ではないことを理解し、少し観念する気持ちにさえなる。
「迅の動向には、みんな慎重になるさ。それでどうだ。少しは書き進んだか?」
几帳面な嵐山はこちらの机の上を勝手に覗き見たりはしないから、迅はそのぺらりとした一枚の紙を持ち上げて見せつけた。
「残念ながら、まだ真っ白」
示したその紙の正体は、遺書だった。ボーダーからそれは遺書だとか遺言書だとかそういうことをはっきりと断言されて書くようにといわれているわけではないが、一応そういう制度は存在している。と言っても、これは全員が書くわけではなく…A級隊員のその中でも遠征選抜試験を突破した者だけが書くことを義務付けられた代物だった。遠征の度に書くのは時間的問題と本人の心情の問題があるので、半年一度更新することになっている。今日はその提出期日だった。内容が内容だし、A級隊員は総じて防衛任務が忙しい為、わりと早く配布されたのだが、迅はさっさと提出することが出来ずこうやって絶賛プチ缶詰を食らっている最中というわけだ。パソコンやタブレットに向かってではなく、いまどき紙に向かってというのがまた迅の頭を悩ます要因だった。
「俺もそう簡単に書けたものじゃないけどな」
そう言う嵐山も過去に遠征選抜試験を突破しているので、もう今回の分は提出したのだろう。ただ、嵐山隊は外向きの仕事があるので嵐山本人が遠征などに参加することは通常ならば有り得ないわけで、それを含めて危険性の確率を考えると、本人にも難しい作業だとは思う。
「嵐山は、やっぱり家族宛?」
こういう中身を詮索するのはあまり良い事ではないと思ってはいるが、自分と嵐山の仲だから別に構わないだろうと、迅は疑問の声を出す。参考にしようとかいう気持ちよりは、素直な疑問という形の方が強かったかもしれない。
「そう…だな。書き始めると切りがない気がするから、家族に留めている」
難しい顔をしながらも丁寧に教えてくれた。嵐山は真面目だから期日より早く提出するタイプだろうが、内容も整然と吟味しているに違いない。というか、それが普通の筈だ。迅だって自分がそれでは駄目だという自覚はあるのだが、思い切りが時間の経過というもので解決してくれるわけではなかったのだから、仕方ない。
「それが無難だよなあ。おれはなんかピンとこなくて…最上さんが生きてた時は、最上さん宛とかでいいかなあと思ってたんだけど」
迅には兄弟はいないし母親も早くに亡くしているからこそ、家族にっていうのがどうも想像しがたくあった。だからといって今家族同然と思われる玉狛のメンバー宛っていうのもなんか違うし、正直柄じゃない。たとえ向こうが望んでいたとしても、それは申し訳ないと思う。残された者からすれば形のある者が欲しかったりするのだろうが、それは相手にとって重みとなるのだ。血の繋がりはそれを凌駕するかもしれないが、単純に選んでよい相手など限られている。
「この制度、わりと昔からあるんだな。迅は何度も書いているから、余計に困るんだろう…」
気苦労をねぎらうかのように声がかかる。嵐山が言うように、迅は最初から書いている。というか、今一般的にやっている遠征選抜試験なんぞ一度たりとも受けたことがない。迅は初めから教官側にいたのだから。そうなると、これを書くのも何度目かで、もう正確な回数なんて覚えてない程だった。
「そう…正直、あんま書くことない」
はっきり言い切るとそれだった。何度も同じ紙と対面してバリエーション豊かなほど、迅の頭は良く出来ていないのだから。
「半年前は何て書いたんだ?」
名目上は半年更新なので、一応半年前に書いたそれは本人に返還される。ネガティブなことを書いてあることが大体の前提なので、返されても読み返すかどうかは本人の意思という奴だが。
「なんも書いてない。白紙。ここ数年は大体白紙で提出してるし」
別に白紙提出がNGというわけではないというか、いざ死ななきゃ他人に開封されることはないわけで、抜け道みたいにそうしていた。だから今までこれはスルーしてきたのも同然で、いざ向き合うと大変面倒な事だとよくわかった。そうして自分が、なんか中身のない人間みたいだなあと感じた。後に残すものなど、結局人間は生きていなければないのだと思い知らされるようだった。思い出なんてものが一番顕著なのかもしれない。
「迅は…自分の死期を知っているから、今まで白紙だったのか?」
そうして、身が入らない理由の一つをズバリと指摘される声が落下した。きっと嵐山からすれば他意などないのだろう。というか、嵐山以外の人間にそう言われると色々勘ぐってしまうからこそ、嵐山が言ってくれるのが迅にとっては一番胸を打つものだと言っても過言ではない。
「まあそれも少しはあるけど、おれの死ぬ日は何年何月何日何時何十分ですと宣言したら昔、最上さんに殴られたし」
今だからこそ笑って言えるエピソードなのかもしれないが、事実だったのではっきりと言った。
「それは、俺でも殴るぞ」
明らかに不機嫌そうな音色を立てて嵐山は同調した。それはかつての師匠と同じ反応だった。
「嵐山を怒らせる方法があるって、それはそれで貴重かもしれないな」
嵐山が手を出すほど怒るということは相当だ。迅は嵐山にとってそれほどの相手だということが、嬉しくもあるが、それを嵐山本人が喜ぶはずもない。
「迅、冗談でも言うなよ。口に出すと現実になる可能性が高くなる」
迅の未来視に対してほぼ全幅の信頼を無条件で持っている嵐山だからこその、それは示唆だったのだろう。人間はいつかは死ぬもので、大まかに言えばそれが早いか遅いかの違いだけということでもある。未来の人の死を見すぎた迅にとってはある程度割り切って受け止めなければいけない事実でもあったから、あの頃は特に自分の死さえもその他大勢にしか視えていなかったのかもしれない。
「わかってるよ。じゃあやっぱり嵐山は、自分の死期を知りたくないってことかな」
雰囲気を緩める為に、少しおどけて質問する。そう…目の前にいる嵐山の死として例外ではない。ただ、それが明確かぼんやりかは、どれだけ未来が確定しているかに寄るだけなのだから。
「どうかな。俺は、毎日を悔いのないように生きているつもりだ。だからこそ、迅が俺の死ぬ日を知っているならそれは幸せだと思う」
それはとてもずるいことだと、嵐山もわかっているのだろう。死期を共有することはとても難しい事なのだから。未来視を持っている迅とて、それは完全ではない事項で、回避ではないものの方が正直多い。その未来が遠くあるのならば、少しずつ道をずらしてずらし続けて多少の融通はきくが、限界もある。
「嵐山がそう言うなら、おれは嵐山より長生きしなきゃいけなくなるじゃないか…」
困ったなと苦々しく笑う。嵐山もいつか死ぬのだ。それが迅より後か先か、そんなことあまり考えたくもなかったけど、いつか現実はやってくる。
「別に一緒に死ぬんでもいいんだぞ?」
決してそれは嵐山の趣味ではないだろうが、それでも迅一人を先に殺すのならばと、彼はそう言う男だった。その優しさが酷く心地いいんだ。結局は、迅も嵐山に対しては我が儘な人間でいれて良いのだ。
「んー考えとく」
わざと視線を外して、気軽にそう伝えた。きっとそれは今目の前に必要な出来事ではないと、迅は知っているから。
「それで…今回は白紙で提出するつもりはないってことは、やっぱり三雲くんたちの隊に入ったからか?」
嵐山の鋭い指摘が放たれる。そうだ、今回に限ってどうしたんだと思うのは別に嵐山だけではない。上層部だってそう思ったからこそ、嵐山をここに呼んだに違いない。
「嵐山に隠し事は出来ないな。もうすぐ、今までより少し長くネイバーフット遠征に行くことになりそうだからさ」
先日、迅は玉狛第二に加入した。嵐山からすればそう単純に驚いた事項というわけではなかっただろうが、これで今まで以上に迅の立ち位置は微妙になったには違いない。迅は今まで誰かの隊に属したことはなかった。未来視の能力を活用する為に、ずっと遊撃兵的なボディションにいた為、これは初めてのことだった。
「その遠征で…迅の身に何かが起きる可能性があるってことか?」
嵐山は直接的な言葉を避けて、こちらを問いただした。不安そうな顔をされるのも、少し仕方ないと思う。
「別におれが死ぬって確定してるわけじゃないよ。ただ念のため」
迅の未来視とて性能は100%ではない。他人の行動で簡単に左右されるものでもある。今までの周囲の様子を見て判断する限り、不幸が重なり急に死ぬこともないわけではなかった。初めから未来が固定されていて、とても回避できないというパターンが多くを占めるのが常だったが、だからこそ遺書を前に色々と考えることがある。そう言う事こそ、死亡フラグっぽいなあと我ながら思う。自殺するわけじゃないけど、本当の意味での遺書になってしまう。
「迅が年長者として自分の命より三雲くんたちの命を優先するのは、わかるよ」
玉狛が大切という気持ちを嵐山は汲み取ってくれた。全てを納得し言えないだろうが、無理やり感情を押し込めるような声色で言われる。
「嵐山もずっとそうしてるもんな…おれは今まで何度も遠征に行ってるけど、守るものが多い方が大変だとかそういう枷は感じてないよ。そうだからこそ、自分の力をより出してやっていける…そう思うんだ。嵐山もそうやって強くなったんだよね」
嵐山だって自分の命より隊員の命をずっと優先して行動してきた。それが繋がって今に至る。
目の前の人間を守るのは当然の事だとしても、迅は自分の覚悟が足りなかったとは思ってはない。でも、今までの迅は割と気楽だったが、これで背負う物ができたのだ。アフトクラトルが攻め入った大規模侵攻で、迅はあの三人にこれ以上はない借りが出来てしまった。それを果たす為にも、彼らを二度目の命の危機にさらすことは出来なかった。絶対に守らなくてはいけない。その優先順位の中で自分の命が、少し下がっただけだ。
「必ず無事に帰って来るって俺と約束してくれるか?」
「もちろん。それに、嵐山がおれの帰る場所を守ってくれていると思うだけで、ずいぶん気持ちは違うよ。嵐山がいないところでは死なない。たとえ息耐えたとしても、それならこの胸の中がいい」
するりと立ち上がった迅は、嵐山に抱きついた。この、どこまでも暖かい場所に顔を埋めるのを望もう。それは最期まで。それくらいの贅沢は未来視に求めていいだろうと思った。迅にとって、死とは身近なものだった。隣り合わせと言っても過言ではない。常にギリギリのところで立ち振る舞い、最善の道を選んでいる。一歩間違えれば、そこは奈落。それを排除して、今この場にいるのだから。
「そうだ、思いついた。書く内容!」
がばりと顔を上げて、その閃きを迅は口に出した。
「ん?やっぱり白紙…にはしないのか?」
「これを嵐山との約束にするよ。ここに、嵐山への大告白を書く!これを他の誰かに見られたくないから絶対、おれ死なないから」
くるりと置いてあったペンを手に取った迅は、するすると今の嵐山へ対する気持ちを書き綴り始めた。

それは半年後、本人の元に戻って来る時に、直接嵐山に伝えたいからと、希望を託して―――









誰がために嘘をつく
※ 遊真くん視点



遊真にとって朝という概念は若干乏しい。そもそもこのニホンという国の一日の流れは、遊真が今まで行きかった星の中で一番忙しく感じた。それこそ日が昇る前から活動して会社というものに行く人間が多いだとか、自分が所属しているボーダーという機関はそもそも家に帰らない人間が多いだとか、色々知っている。だから、玉狛支部の裏口でばったり迅と行き会った時、別に遊真はそれほど驚かなかった。
「っ!な、何だ。遊真か」
ただ遭遇しただけなのに、遊真に比べて迅はなかなかのリアクションを向けてくれた。おっかなびっくりとした様子とでも言うだろうか。確かにこの時間に誰か知り合いと外で会うのは珍しいと言ってもいいだろうが、何もそこまで驚くことないとは思った。
「迅さんは、今帰って来たの?」
遊真はここに住んでいるわけではないが、迅は住み込みの筈という頭があったので、外からの通用口でバッタリ行き会うのは初めてだった。
「あ、ああ。実力派エリートは忙しいから…な」
つまり朝帰りという奴か。テレビでこの前見たなと記憶を手繰る。午前様との違いが未だ遊真にはわからなかったが、そちらの表現の方が適切に感じたのだ。迅がいつも何かしらの暗躍をしているらしい程度のことは遊真にもわかっていたし、その行動には何かしらの意味があるとは思っていたが、いつもより多少濁した口で答えられると、はて?と頭を傾げたくもなるのは仕方ない。
しかし、迅はそのまま入口認証をして中に入るので、遊真も後に続く。二人は歩幅が全然違うので、遊真がいつも通りにてくてく歩いている程度では普通ならば迅の後ろに着くのは大変なのだが、今日は少し様子が違うようだった。
「何だが、だるそうだね」
何となくだが、普段よりもどこか迅の足取りが重い様子だった。遊真の中での迅は、先輩風を吹かせていつも余裕な姿を見せているので、こんな様子は珍しいと思った。遊真も、どうもこの国の曜日感覚というものが薄くはあったが、学校に通っていない迅は尚更そうなのだろうかとぐるりと考える。
「…あんま、寝てないからな。遊真はどうしてこんな早くに?」
はふっと、半分あくびを生殺ししたような顔を向けられる。睡眠を必要としなくなった遊真からすると、それは随分昔の感情ではあったが。
「昨日、小南先輩が玉狛に泊まるって聞いたから、朝稽古をつけて貰おうと思って」
別に遊真が朝から晩まで玉狛にいることが珍しいわけではないが、一応その目的を口に出した。こんなこともあろうかと三門市には父親が用意してくれた家は存在しているが、遊真の今の身体は寝れるわけではないし、正直暇と言っても過言ではなかった。自分より強敵である小南が相手してくれるならば、これ以上はない。それでも一応、家に帰るのは父親への義理立ての一環なのだ。
「若人は朝から元気だな。感心感心。おれは、きちんと寝なおす事にするよ」
迅は少し伸びをする仕草を入れるが、それでも身体は正常に戻らないようで普段から少し重そうな瞼がより霞ががっているように見えた。
「どっかで、寝てたの?」
その言い方が気になって、単純な疑問としての質問を放つ。
「ああ…ちょっとだけな」
ん?と声には出さずに遊真は顔の表情として再度訪れた疑問を出した。生憎、迅は眠いことで頭がいっぱいらしくこちらの顔を見ていなかったようだったが。だから、その言い方にも引っかかったから、遊真は質問を続ける。最初に覚えた違和感をだ。
「迅さん。いつもジャージのチャック開けてなかったっけ?」
少し立ち止まった遊真は、迅に向き直ってきちんと尋ねる。正直、遊真は迅の隊服姿しか今まで見たことなかったし、事実今もそうなのだが。その上着のチャックは一番上までキッチリと閉められていた。別にそういう風に隊服を着る人間は何人も見て来たというか、そちらが大体なのだが、迅はいつも前を広げているのがトレードマークのようなものだったので、これを質問して悪いものだとは思わなかったのだ。
「………ああ、少し寒いからな」
明らかに目線を外されて言われた。だからこそ遊真もはっきりと言うことにした。ていうか詰め寄る。
「迅さん、何で嘘つくの?」
さっきから、ちょいちょいと引っかかっていた事を口に出す。チリチリと遊真の意識に反応があったのだ。遊真の嘘を見抜くというサイドエフェクトの事、迅は知っている筈だった。互いに能力を知り合っているので、遊真としては迅と対等に立っているつもりではあったが、それでも嘘をつくということがわからなかったのだ。世の中には知らない方が幸せな事もあるということは父親から教育されて知っていたのだが、それでもこの能力は常時発動するから仕方ないとも言える。正直、隠されると余計に気になる。迅が直ぐに遊真の求める答えをくれないので、行動するしかないと思った。一歩素早く間合いを詰めて、迅の正面に立つ。
「お、おい!遊真」
迅が少しの挙動不審な声を出した瞬間には、すべてを終えていた。背伸びをして迅の首元に手を伸ばした遊真によって、目の前のジャージ上着のチャックは素早く全て下までおろされていたのだから。迅も突然の事態にあまりにびっくりしたらしく、ぎゃっと少し変な声が出ていた程だ。
「ん?迅さん、いつも白いTシャツ着てなかったっけ?」
多少の違和感の正体はそれだった。中に着こむのは黒いTシャツという、普段とはミスマッチな迅がそこにいたのだ。
「いや…これはだな」
もう遊真に単純な嘘をつくのは無理だろうと観念した迅が、言葉を濁す。そうだ。確かに口に出さなければ遊真に嘘だと見抜かれることもないから、それは正しい判断ではあるとはいえ、全てのとりなしが片付くというわけでもなかった。
そうして、何の解決も成されないまま疑問を重ねている合間に、割り入った声があった。
「あらっ、遊真。もう来たの?」
「小南先輩」
ひょいっとやってきた馴染みの顔を見つけて、遊真の意識が少しそちらへと向かった。
「迅も今帰ったの?」
そうして次にくるりと迅の方へと顔を向けた小南が、こちら全体を見渡して声を出す。
「あ、ああ」
別に嘘はついていないのに、相変わらず迅は罰の悪そうな顔をしているのはなんでだろう。不思議だ。謎だ。これが大人って奴なのか?いや、ニホンという国は二十歳から大人になると聞いたことがある。迅はまだ二十歳ではなかった筈だ。なら、子どもで嘘をつくってことはやはり悪い事なのだろうかと、遊真は考える。
「また准と一緒だったの?相変わらず仲いいわね」
遊真がそんなぐるぐるという考えに頭を回していたところに、軽く迅を見やった小南は自らの従妹の名前を出した。
「小南先輩、どうしてそう思うの?」
なぜ突然嵐山の名前が出て来るのか、遊真には理解できなかった。迅と嵐山が、仲が良いらしいということくらいは知っているが、この話の流れで突然出た名前としか思えなかったから。
「だって、あれ、准の隊服だし」
当たり前のごとく、軽くその黒いTシャツを指さしてこちらに教えてくれた。
「そう言われてみれば…そうかも」
遊真からすれば何の変哲もない黒いTシャツだが、見る人が見ればわかるのかもしれない。ボーダーの基本隊服というものは存在しているが、各隊は特色を出すためにアレンジしている。中ならともかく外で一番見かけるボーダー隊員の嵐山隊は、そんな印象が頭の片隅に残っていた。
「迅ってよく、准の隊服と自分の隊服間違えるわよね。黒と白を着間違えるって、なかなかうっかりよね」
「ど、どうかなー」
はっきり断言するのは不味いと感じたのか、ここでも迅は言葉を濁した。つまり間違えたわけではないのだなと遊真にはわかったが、小南はまるで気が付いていない様子だ。これが普通の人の反応なのか、それとも小南だからの反応なのか、嘘が通用しない遊真にはイマイチわからなかった。
「じゃあ、遊真。あたし、朝ごはん食べたら訓練室行くから、先にそっち行っててね」
元々そちらへ行く最中に声をかける形となったのか、小南はそれだけ言うとリビングダイニング方面へと足を向けて行ってしまった。小南が去った後、そこで茫然と立ち尽くすわけもなく、二人も目的の部屋へとまた歩みを進めることになる。各々の個室へ向かう最中、ようやく行先が分かれる。手前は遊真の宛がわれた部屋だが、迅の部屋はもっと奥だ。だからこそ最後に疑問を投げる。
「迅さんと嵐山さんって、友達なんだよね?」
「…そうだな。友達でもあるな」
もはやどこか開き直ったのか、迅は言った。それも半分本当で半分嘘だと遊真のサイドエフェクトが言っている。
「うーん、まだ何か隠しているよね。迅さんがその服の下に何かを隠しているっていうのはわかるんだけど…それ以上はわかんないな。おれの能力もまだまだ修行不足かな」
嘘をついてもらっても、全てを知りえるわけでもない不便さを感じる。だが、遊真の言ったことは全てが不正解というわけではなかったらしく、その言葉に反応してビクリッと鼓動した迅が、その開いたシャツの裾を掴んだ。また遊真にめくられることを警戒したのだろうが、それ以上はさすがにするつもりもない。
「…きっと遊真も、もう少し色々な事を知ればわかるようになるさ」
「そっか」
その迅に言葉に嘘偽りはなかったから、遊真は納得の言葉を出したのだった。迅が言うのだから、それがわかる未来がきっと遊真には用意されているに違いないと。ふむふむ。これが大人になるという奴かと、今はそれだけを思うことにした。



「嵐山の奴…毎回、痕つけすぎ………」
だから、小さく迅がつぶやいた言葉の意味だなんて、遊真には理解できる筈もなかった。









デウス・エクス・マキナ
※ ループ物で悲恋気味



迅悠一は、いつも【デウス・エクス・マキナ】と呟く。それは呪文のような魔法の言葉なのだから。

―――決して自惚れているわけではないが、嵐山は迅の事を好きらしい。何度も告白されたから間違いないだろう。そう言えるのは、未来の中でだけど。しかしこうも数が多いと、現在進行形もある程度の過去もきっと全てそうなんだろうと思う。だからこそ、迅は嵐山に告白されないようにといつも回避の道を選ぶのだ。それが多少無理やりでも強引でも、相手に言わせなければ迅の勝ち逃げだ。それでいいと思っていた。出来うることならば、嵐山にそういった気持ちが芽生えた瞬間も逃げたかったけれど、いくら未来視であろうが、他人の気持ちまでわからないから仕方ない。自分のことも一番自分がわかっているようで、本当はわからないのだから。そう…迅にとっては嵐山の告白を断るというたった一言の方が、より大変なのだ。嵐山の告白を受けて、その後断って、今までのような良い友人関係が築き通せた未来がまるで視えないのだから。つまり、迅が嵐山の告白を受けた時点でアウトなのだ。その瞬間に二人の関係は脆くも崩れる。その程度の友人関係だったのかといわれれば、そうは思いたくなかったけれども事実なのだから、未来が示しているのだから、どう迅が行動してもそれだけは変わらなかった。だからこそ迅は嵐山が告白するタイミングに至る前に全力で逃げる。いつか彼が自分を諦めてくれることを祈って。
そうして………待ちかねているわけでもないのに、そのまた…が来た。
「迅、見つけた!」
ボーダー本部の何の変哲もない曲がり角で、こちらの姿を発見したと思われる嵐山が小走りで詰め寄った。がらんどうなフロアという、なんというタイムリー。告白なんて、あんまり人気があるところでするものではないから、他人の未来視を覗いてもいつ嵐山が迫ってくるかなんてわからないわけで、でも今ならはっきりわかる。未来をわざわざ視なくともわかる。甘い雰囲気だとか立場だとか時間だとかそんなこと全てを吹っ飛ばして、嵐山は今言うに違いないと直感を受けた。
「ごめん!嵐山、今ちょっとおれ急いでるから、用があるならメール入れといて」
嵐山の性格からして、告白は直接言う以外の手段は取らない。それを逆手に取って今回はそのまま逃げ切るつもりだった。だが、そのまま迅の足が前へと進まなかったのは、後ろ手を絡め取られてしまったからで。
「ほんの少しで良いんだ。頼む」
本当に急いで来たのだろう。汗ばむくらいにぎゅっと右手を握り締められて、嵐山に引き込まれる。ああ…不味い不味い。絶対ヤバいやつだ。コレは。
「俺は、ずっと迅のことが!」
熱い言葉で紡がれる続きの言葉、それは聞いては駄目なやつなのだ。仕方ない。言わせない為の実力行使に出るしかない。過去は巻き戻らないのだから。過去には戻れ…ない。戻らない。
「むぐっ、」
確定する言葉を発せられる前に、迅は辛うじて空いていた左手で嵐山の口をふさいだ。迅の耳をふさいだとしても言ってしまったという事実がもうヤバいのだから、これしかない。本人の中で何とか留めさせないと。とっさとはいえ、なんて馬鹿なことをしたんだという自覚はあったけど、最後は人間は動物的な行動しかとれないんだから仕方ないと、随分と間抜けな構図になった。
「嵐山、言わないで。マジで。ホント、ごめん。おれの為に黙って」
今更断っておくが、迅は嵐山のことが好きである。別に嵐山に告白されるという未来視を何度も視たからこそ意識したわけではなく、もうそれこそ、ずっと前からだ。でも迅は未来視という能力のせいで誰よりも現実が見えているのだ。間借りにも嵐山と今は両思いだとしても、だからといってどうにかなりたいとか、そういうものは違うのだ。それを幸せだと思って、両手放しで喜ぶこととは単純に出来ない。それほど迅は素直ではないのだ。迅の未来には現実が見えるから、高望みは諦めている。なんといっても、嵐山には優しくて美人で気だての良い女の子が似合っている。その様子を視ることの方が迅には重要だった。それが嵐山にとっての最善の幸せなのだから、それは間違いないから揺るがない。だからこそ、この一連の間違った出来事は些細なイベントで終わらせなくてはいけない。
「ごめん。おれ、嵐山のことなんとも思ってないから」
導きされたたった一つの道がそれだった。そこまで来てしまった。もう後戻りは出来ない。ゆっくりと彼の口をふさいだ手を離すと、嵐山もこちらを掴んでいた手を離してくれた。そして。
「………そうか、悪かった」
そう、寂しく肩を落として…お決まりの気遣いを声に出されるのだ。それは、迅が一番見たくない嵐山の顔だった。

そうして迅は【デウス・エクス・マキナ】と呟く。それは呪文のような魔法の言葉なのだから。





迅はあまり神様を信じていない。だかこそ、その神の名をつぶやくのだ。どうせ叶わないと思っているのだから、だったら迅にとって都合の良い神様を相手にする方がいいんだ。世界を、未来を、どうか流転するように変えて、と。
「なんで迅は、いつもデウス・エクス・マキナって言うんだ?」
自分以外がその名前を口にしたのを初めて耳で聞いて、迅の意識は一気に押し上げられた。
「あれ…嵐山?」
何だろう。自分は寝ていたのか?倒れていたのか?ここがどこだかもわからない。頭の曖昧が取れない。ふわりとした感覚となるのは、目の前にいるのが嵐山だからなのだろうか。そもそも嵐山が、その言葉を出すわけがないと思った。未来でしか言っていない言葉なのだから。だからこれは、嵐山が起点となっているいつものパターンの夢か何かだと思った。
「迅、大丈夫か?」
そのまま押し黙る迅相手に、嵐山は不安そうにこちらを覗き込んだ。しかし、うーん。こんな変なルートあったっけ。世界がどうもおぼろげだ。デウス・エクス・マキナと神の名を呼びすぎて、未来視がおかしくなってしまったのだろうか。これはどの未来だろう。嵐山がいるんだから、きっとそうだ。また告白の…だ。このループする中で、試作しなくてはいけない。ありとあらゆる可能性の芽を潰すために。だったら、さっさとしないと。
「嵐山、何かおれに言いたいことあるんじゃなかったっけ?」
混乱したままではあったが、そんな事を考えるより先に重要なことが目の前にこれからやってくるのだろうからと思い、迅は嵐山を唆した。
「そう…だな。迅には未来視があるんだから、俺の気持ちはお見通しだったな」
少し残念だったのだろうか、感傷的になる声を出された。
「何となく予想がつくって程度だけど、やっぱりきちんと嵐山の口から聞きたい」
そう…迅は嵐山へ対しての報われない気持ちを未来の中で感受するだけなのだ。それは贅沢な事だったが、どうせ現実では逃げるしかなくて、叶わないのだから。だから未来の中でだけ嵐山を占領したがってしまう。なんて卑しいんだろう。そうわかっていても、何度聞いても彼の告白は何よりも嬉しいものだったから。
「俺は、迅のことが好きなんだ。付き合って欲しい―――」
真摯に真っ直ぐに使わされる。何度聞いても待ち望んでいたからこそ、泣きたくなる。だから未来の中だけではこう言っても許されるのではないかと思った。
「…おれも嵐山のことが好きだよ」
そう言うと、ふっと迅の気が抜けたのだ。ぐらりと世界が落ちたかのように、明瞭にやってくる。我が儘にもそれを受け入れてしまったのだ。

そうして迅は【デウス・エクス・マキナ】と呟く。それは呪文のような魔法の言葉なのだから。



これが未来の中だけ使える終焉。これがこの出来事が、どうか喜劇であるようにと思い願い神の名を呼ぶ。そうしてまた現実へと巻き戻るからの起因として。そうすれば迅は、現実へと飛び戻るはずなのだから。
「ありがとう。ようやく受け入れてくれたな。迅がそう言ってくれるのを俺はずっとずっと待っていたんだ」
次の瞬間には、嬉しそうに破顔した嵐山が喜びを体現するかのように、迅に抱きついた。
なんだ、これ。感覚がきちんとあるぞ。おかしい。未来視っていうのはそんな鮮明なものじゃない。人が見る夢がセピア色じゃなくてもっと色がついていて割合とはっきりとはしている程度のものなのだ。味覚だとか嗅覚だとか痛覚だとかそういうものは、曖昧な情報で迅の脳内に伝わるだけのはずだ。でも、今目の前の嵐山に抱きしめられている感覚は、現実の迅が体感しているものに違いなかった。
「えっ、えっ?ちょっと、待って。嵐山、はなれてっ」
思いめぐらせて色々考えたくてもあまりに激しく嵐山が抱きしめるので、苦しくて他の事が考えられない。嵐山のことで余計に頭がいっぱいになる。頭が痛くなってしまう。
「嫌だ。はなさない。開放したら、また迅は逃げてしまう。もう何度も逃げているんだからな」
迅の意識の世界の中での出来事の筈なのに、その意思は全く呼応されず、嵐山によってさらに力を込められているかのようだった。
「おれ、逃げたことあったっけ?」
なんだ、なんだ。今の迅には、嵐山が何を言っているのか理解できるはずもなくて。
「俺が迅に告白するの、そろそろ二桁目だからな」
至近距離の耳元でささやかれるので、ぶわっと迅の身が勝手に震えて仕方なくなる。
「は?えーと、あれ。これって、未来じゃなかったの?」
迅の未来であり嵐山の未来でもある二人の邂逅だとずっと思っていたのに、どこから…どこまでかがわからなくなる。
「迅がどう捉えているのかは知らないが、いつも俺の告白を断った後にデウス・エクス・マキナって言ってたぞ」
呪文のような魔法の言葉を単語として嵐山が口にすると何か変な感覚になる。誰が望んだのか。迅が望んだ筈だというのに。
「えと、じゃあ。嵐山って、おれが断っても毎回告白してたの?」
そんな、そこまでの執念があるとは思っていなかった。嵐山は聞き分けの良い人間だと迅はずっと思っていたのだ。だからいつもそれで終わりだと感じていたというのに。
「そんなに簡単に迅のことを諦められないからな。当然だ」
ああ、なんか絶対的に迅は嵐山に勝てないと思った。一歩先の優位は彼の方にあると悟ったのだ。
「嘘…だろ。えーと、嵐山も未来がわかったりするの?」
「いいや、わからない。でも自分の好きな相手のことぐらいわかるさ。いつも見ているんだからな」
迅は未来をいつも操っているつもりだったのに、全てがそうではなかったのだ。でも、どこまでが現実でどこまでが未来なのか。いや、これさえも現実ではないのかもしれない、だからこそそれを確認するために、未来無限ループを望んで。
迅は、いつもと同じように【デウス・エクス・マキナ】と呟く。それは呪文のような魔法の言葉なのだから。



もう一度、瞳を開いた先で嵐山はきっと…また、迅に告白をするに違いなかった。
このループする現実と未来の中だけで、迅が生きるのが幸せなのかもしれないから。
行き着いた先は、きっと―――









椅子取りゲーム
※ 嵐迅・太刀風・城戸三輪でわきゃわきゃ。ジャンプ本誌116話終了直後。



迅  「おつかれさまでーす」
忍田 「揃ったな。では、緊急防衛対策会議を始めよう」
迅  「あ、椅子足りないね」
風間 「冬島さん、東さん。どうぞ」
東  「いいのか?」
迅  「おれは居るトコあるんで、いいですよ」
冬島 「もう席余ってないぞ。どこに座るんだ?」
嵐山 「迅、俺が席を変わろうか?」
迅  「いや、嵐山はそのままそこ座ってて。よいしょっと」
冬島 「迅…オレにはおまえが嵐山の膝の上に座っているように見えるんだが………」
迅  「定位置ってことで。嵐山、重くない?」
嵐山 「別に大丈夫だ」
迅  「風間さんも座れば?」
風間 「…まさか俺に、そこのドヤ顔で待ちかねている男の膝に座れとでも言うのか?」
太刀川「風間さん、一人で立ってるって雰囲気じゃないから、座ってくれると俺もうれしーなー」
風間 「忍田さんも立ってるだろうが」
ガタリッ
忍田 「三輪。別にこの場で年少だからって、私に席を譲らなくてもいいぞ。私はプレゼンするから立ったままで構わない」
三輪 「いえ、俺は司令の後ろに立つのでいいです」
城戸 「…三輪。私の膝に座るか?」
三輪 「え?………」
沢村 「(カオスだわ…)」





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