attention!
嵐迅で、迅さん女体化。嵐山さんだけが、迅さんのことをずっと男だと思っていた設定。周囲のお膳立てが色々アホなギャグ話です。
「あら、准」
夜。外で突然後ろから声をかけられたら普通なら多少なりとも驚くだろうが、そう思わなかったのは声をかけてきたのが嵐山の従妹の小南で、尚且つここがボーダー玉狛支部の入口だったからだ。
「桐絵、来てくれて助かった。インターフォンを押しても、反応がなくてな」
振り向いて鉢会った小南に、嵐山は困り顔で事情を説明した。別に自分は短気というわけではないが、それでも一度インターフォンを押して随分と待ったのに未だなしのつぶてではどうしようもなかった。そうして二度目を押すかどうか悩んでいたところで、後ろから現れた救いに素直に感謝する言葉を出したのだ。
「おかしいわね。みんな出払っているってことはないと思うんだけど」
嵐山もそうは思った。夜だからこそ、玉狛支部から漏れる室内の照明はいくつか目視で確認出来る。わざわざ好んでボーダーの支部に空き巣に入る輩はいないとはいえ、つけっぱなしにするような習慣はなかった筈だったから。
「迅に呼ばれたから、てっきり迅はいると思ったんだが…」
僅かな困惑の顔を向けながら、嵐山はここに来た成り行きを話した。
「また、迅に呼ばれたの?」
いつものことかと少し納得しながら、小南に尋ねられる。
「ああ。泊りに来るのは随分と久しぶりだがな」
そう…最近は随分とご無沙汰だった。嵐山が忙しいのは迅もわかっているから、それも無理には言わない。というか未来視があるからこそ、本当に大丈夫な時なだけ、こうやって何気なくお誘いが来る。ちょうど今は季節の変わり目で、広報の仕事がひと段落したからこそ、そのお誘いに乗った形になった。
「相変わらず仲良いわね」
そう言いながら小南は避けた嵐山の横を通り過ぎ、入口の前で手認証をかざした。あっさりと扉のロックが解除し開かれて、二人は室内へと入ることとなる。玄関ホールを歩き抜けて、真っ直ぐ団らんの場でもあるリビングダイニングへと向かう。
「誰もいないな」
小さな照明はついているものの、がらんとしたリビングの様子を見て、嵐山は一言声を漏らす。
「陽太郎はもう寝ている時間だけど…他のみんなは………んーと、准はとりあえず迅の部屋を見て来て」
「わかった」
小南に促されて、勝手知ったる玉狛支部の廊下を歩く。ところどころ廊下の電気を点けて、隊員たちの私室が立ち並ぶフロアまで進む。迅の部屋は一番奥で、試しに控えめなノックをしてみたが反応はなかった。そうして一つ声をかけてから、そのドアノブを回すと、不用心にも鍵はかかっていなかった。玉狛の面々は家族のようなものだから、元々迅はわざわざ部屋に鍵などはかけていないことは知っている。少し開いた扉の先から中の様子をうかがっても、やはり迅はそこにはいなかった。暗闇の中のベッドは無人だ。仕方なく嵐山は来た道を戻ることになる。立ち並ぶ他の私室も様子は伺ってはいないが、扉の隙間から漏れ出でる光などはないし、やはり誰もいないようだった。
「あらっ、早かったわね。迅は?」
他のところを確認したのだろうか、別のフロアから戻って来た様子の小南とちょうどリビングの先で鉢合った。
「部屋にはいないみたいだ」
「そう…やっぱりね。迅は神出鬼没だから、そのうち帰って来るんじゃない?シフト表みたらレイジさんは今日、防衛任務が夜勤みたい。ボスはさっき本部に呼ばれたみたいだし、他のみんなももう帰宅したようね」
少し歩いてホワイトボードで書かれた行先予定表を見ながら、小南が答えてくる。他の面々は元々玉狛に住み込みではないし、まあこういう日もあるのだろう。
「そういえば、桐絵はなんでこんな時間に玉狛に?」
ボーダーに所属している時点で門限がどうたらと口うるさいことは言うつもりはなかったが、それでも普通の女子高生が制服で外を歩いていたら確実に警察官に声をかけられる時間帯だったので尋ねたくもなる。
「任務の休憩時間に宿題をやってたんだけど、明日学校に提出する分をここに忘れちゃって、取りに戻ってきたのよ。気が付いて良かったわ」
どうやらそれを探していたようで、ノートらしきものを片手に軽く掲げて小南は言う。嵐山も大学生だから課題等はあるが、やはり高校生の宿題とは量が違うので昔を思い出し、その苦労を感嘆とした。
「そうか。これから家に帰るなら、送っていこうか?」
まだ夜間といわれるような時間帯ではなかったが、普通の女子高生相手にはそれが相応しい時間にそろそろ差し掛かっていたので声をかける。
「平気よ。トリガーあるんだから、変な奴がいたら逆にとっつかまえてあげる」
相変わらず過保護だとでも言いたいのか、こちらを心配させないように、得意の武器である双月を振りかぶるポーズを入れてくれた。実際にトリガーをオンしていたら嵐山の首は十分な範囲内だ。
「はは…それは頼もしいな」
ただの女子高生だと思って近づいたら、下手な人間は確かに返り討ちにあいそうだと嵐山はわずかながらに苦笑した。
「それに…直ぐ帰ろうかと思ったんだけど、准がいるなら期待出来そうね」
「何がだ?」
はてと思い当る節がなかったので、小首を傾げながら嵐山は尋ねる。
「夕食よ。あたしまだ食べてないから」
そう言いながら、小南は嵐山の横を抜けて颯爽とリビングに併設されているキッチンへと向かった。冷蔵庫を開ける前にコンロの前へと仁王立つ。
「やっぱり。レイジさんが夕食準備してから任務に行ってくれたんだわ。たくさんあるみたいだから、あたしも食べて平気ね」
大鍋のふたと思わしきモノを開けながら、喜ぶ声が入り混じる。
「レイジさんの手作りか。それは有り難いな」
何度か玉狛で食事を一緒にさせてもらったことがあるが、木崎の料理は毎回家庭料理の域を越えている素晴らしい出来だった。玉狛第一の隊長として忙しい日々を送る中で、本当にまめな人だと思う。
「しかもシーフードカレーよ。きっと迅が、准が来るって伝えておいたのね」
納得のメニューに小南はうんうんと頷いている。鍋のふたを開けたので、こちらにまでカレーの香しい匂いと共に魚介の旨みも漂って来る。匂いだけでわかる渾身の出来だ。
「これは、期待以上の美味しさだろうな」
小南がお玉で鍋をかき混ぜると、ただの冷凍シーフードミックスではない手の込んだ魚貝類の様子が目に飛び込んできた。かなり量もあるので玉狛の明日のご飯も兼ねているのだろうか。
「あたし、サラダ作って夕食の準備するから、准は先にお風呂入れば?」
冷蔵庫を開けて野菜室を確認し始めた小南は、後ろにいた嵐山に声をかける。既にメインのカレーは完成しており実質温めるのみだし、サラダや配膳の準備に手間取ることはないだろうから、一人で大丈夫だという言葉だったのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて借りるよ」
「予備のバスタオルいつものトコにあるから、勝手に使って大丈夫だからね」
玉狛支部の浴室は、キッチンとは別の水回りがまとまっている北側に存在している。ここは元々純粋に人が住まうような施設ではなかった為、それほど大規模なものというわけではないが、現状ここに住まう人間の人数から考えると標準的一般家庭と大差ないので順番ずつ入れば別に問題ない。ただ後からリフォームした関係で、リビングからは大分離れているので、奥へと続く通路を嵐山は進むこととなった。着替えと借りたバスタオルを持って、何でもないように嵐山は洗面脱衣室へと続くスライドドアをがらりと開けた。
「あ」
その声を出したのは、嵐山ではなかった。
先客がいたのだ。いや、正確に言えばここの住人だったのだが。
「ごめん。今、脱衣室の鍵壊れててさ」
そう答えるのは、嵐山をここへと呼んだ迅だった。どうやらこれから風呂に入ろうとしているのだろう。既に上半身の衣服は脱ぎ去り、ジャージのズボンを下ろそうとしている瞬間に遭遇し、そう言われた。
「悪いけど、服脱いじゃったし先に入るから」
そうして迅はそのまま残りの服を脱ぎ去り、がらりと浴室の扉を開けて行ってしまった。
その光景を嵐山は呆然と立ち尽くして見ていた。な…なんだろう。何か、その違和感の正体がわかっていたとしても直ぐに頭の中で処理仕切れなかったのだ。相変わらず迅と遭遇した時のまま、脱衣室のスライドドアに手を当てたまま固まっていたが、ようやくじんわりとこの事実を胸元に解けさせ始めた瞬間、どうにかして扉を閉めることに成功した。そうしてそのまま、ふらふらとしながらリビングへと戻ることしか今の嵐山には出来なかった。いくら多少は離れているとはいえ、リビングへの道のりは物凄く長く感じた。それくらい嵐山の足取りはおぼつかず、ゆっくりとしたものだった。ようやくたどり着いたリビングのソファに、身体を預けるようにどさりと座り込んだ。
「あら、准。お風呂に行ったんじゃなかったの?」
外から話しかけてきたのは、ダイビングテーブルに食器の配膳をしている途中の小南で、不思議そうな顔をしながら挙動のおかしいこちらの顔を覗き込む。
「………迅がいた」
そう…ありのままその事実を口に出すことしか、今の嵐山には出来なかった。
「ふーん。迅、帰ってたのね。お風呂入ってたから、あたしたちに気が付かなかったのかしら」
そこまで確認しなかったな的な顔をしながら、小南も納得した様子を見せた。
しかし嵐山は納得出来ないことがどうしても一つ、今この胸の中にくすぶっていたので、それをその場で質問として出すことに躊躇いだとか、そういうものの観念さえもうわからなくなっていて…だから、それを口にした。
「…迅は、いつから女の子になったんだ?」
後から思えば自分は何を口走っているんだと思う言葉だったが、その時はそう言うことしか出来なかったのだ。
「はい?」
小南の反応も最もで、聞き返えされた。彼女は他人に対してあまり謙遜などを表現はしない方ではあったが、それでも従兄弟の嵐山に関しては優しい方で、そうでもあってもこの言葉だ。つまりもっと説明をということだろう。だが、嵐山はなんと言っていいかわからなかった。だからほぼ同じことを繰り返す。
「迅が、女性だった」
さっき浴室で見たことを話す。どこを見ただとかそんなこと今は考えることは出来なかった。ただそれだけだ。
「迅は最初から女よ。もしかして…もしかしてだけど………准。あなた…」
その後の言葉が続かないのか、今度は小南が押し黙った。
「迅は…男じゃなかったのか?」
そうして、ようやく顔をあげてその決定的な疑問を口に出したのだ。
「男だと思ってたの!?ずっと今まで?」
広いリビングに響き渡るくらい大きな小南の声が嵐山の近くで叫ばれたが、それに反応できるほどまだ嵐山の思考は正常ではなかったから、そのままだ。女性独特の金切り声に近い声量が飛ぶが、そこまでは突き刺さりはしなかった。
「…迅の一人称は、昔からああだったのか?」
今まで気が付かなかった不甲斐なさから、男として嵐山は断固言い訳するつもりもないが、単純に自分だけがどうこうという問題でもないような気もしたので、尋ねる。
「そうね。あたしがいくら言っても、一人称おれは昔からね。ていうか准って、高校の時に制服姿の迅を見たことなかったの?」
嵐山と迅は今まで同じ学校に通ったことがない。学区が全然別だったからだ。迅はボーダーの任務もあり、あまり真剣に学校に通っていないとは聞いていた。だが、そもそも二人が会うのはボーダー本部が主だったので、隊服姿が基本すぎた。昔は別に私服でも会っていたが、迅が風刃を所持して以降…黒トリガーには服装設定が出来ない関係もあってか、余計にボーダー関連施設ではほぼ隊服を身にまとうようになっていたし、そもそも嵐山自身も広報隊長になってからはあまり私服で動くこともなくなったので、わざわざ気にしたことなんてなかった。
「見たことない」
確かに女性なら制服はスカートの筈だが、私服で会う時だって迅はスカートなんてはいていない。それが嵐山の目の前の事実だとしてもだ。
「はぁ…確かに迅はちょっと掴みどころがないから普段の言動が男っぽいかもね。当たり前すぎて改めて迅の性別の話なんてすることなかったし…よく考えると准みたいなフェミニストが女性に対してあんなに気軽に対応するわけないか」
小南は変に納得したらしく、今までの嵐山の行動を振り返り言葉に出す。そうだ今まで、嵐山はずっと迅を同姓だと思って対応をしていたのだ。
「桐絵。俺はどうしたら、いいと思う?今まで女性と知らず、迅に対して失礼なことをたくさんしてた …と思うんだ」
今までを思い起こすと頭が痛くなる。同姓だと思っていたからこそ、普通の女性になら絶対にしないような振る舞いをしていた。従姉妹の小南に対して以上の気軽さだった。それは今更取り返しが付くとも思えなかった。
「別にいいんじゃない?ていうか、思うほど別に何もやってないでしょ。考えすぎよ。男同士の友達事情はよくわからないけど…ただ仲の良い友達の平行線程度でしょ。だいたい今まで気が付かなかったくらいだし」
困惑する嵐山とは対照的に小南にあっけらかんと言われた。確かに迅とはそれなりに長い付き合いをしていたのに、全く気が付かなかったことは事実で、その言葉は少しぐさりと嵐山に突き刺さった。
「しかし…だな」
別段迅に変なことをした記憶はないが、それは嵐山の中でだけだ。嵐山とて、自隊の隊員である男性の時枝と佐鳥、そして女性の綾辻と木虎に対しての扱いは違っている。そもそも女性とは繊細なものだと思っている。知らず知らずのうちに迅を不快な思いをさせていたとすると居たたまれなかった。
「もう過去はどうしようもないんだから、これから気をつければいいでしょ。それにあんたたち仲いいんだから、今までもうまくやって来たんだし、大丈夫よ」
思い切りよく、ずばりと言い切られた。さすが女性は強い。小南としては最初は驚きはしたが、よく考えればそれだけのことかと思ったらしく、また配膳作業の続きに戻ってしまった。どうしよう。
「おっ、小南もいるのか?」
そんなこんなしている間に風呂上りと思しき迅が、リビングへとやってきた。渦中の最中とは知らず、タオルを首からかけてリラックスした様子で、歩み寄って来る。
「忘れ物を取りに来たのよ。ついでに、サラダを作ってあげたから感謝しなさい」
先ほどの嵐山とのやり取りなど忘れてしまったのか、いつもどおりの調子で小南は答える。何も変わらない。迅だっていつも通りだ。だから嵐山もここは普段通りにしなければいけない…それはわかっているけど。
「サンキュー。嵐山が来るのもうちょっと遅いかなと思っててさ。おれが作ろうと思ってたから、助かった。あ、嵐山。さっきはごめんな。風呂空いたから、入ってくれば?」
こちらへと視線を向けて促されると、さきほどの脱衣室での様子を思い出してしまう。嵐山があそこで見たモノ、、、いや具体的には考えてはいけない。でもやはり男性の体つきとは明らかに違って、どうしても意識して見てしまう。今の迅の格好は、これから寝ることもあってかショートパンツに身体のラインが出る短かめのTシャツというとてもラフな格好だ。惜しみなくすらりと伸びた足、男性とは違う丸みをおびた体つき。ていうか、どうして裸を見られて迅は動揺しなかったんだ。やはりこちらを男だと思っていないのだろうか。長く友達関係をやっているし、別に意識されていないのだろうかとも思う。
「お、俺はもう少し後で入るよ」
女性が入った直後の風呂に入るだなんて…下世話ではなかったが、今の嵐山にはとても無理だった。その相手が迅だからこそ余計にだ。まだ冷静になるのは早すぎる。
「そう?」
「じゃあ、あたしが先に入るわ。なんだか家に帰るの面倒になったから、今日は泊まって行くし」
タイミングが良かったと率先して小南はそう言い、持っていたトレイをキッチンに戻すと、とっとと行ってしまう。ちょっと、待て。今、迅と二人きりにされるのは…と引き止める時間もなかった。ああ、無情。
「じゃあ、おれたちは食事にするか。レイジさんがシーフードカレー作ってくれたんだ。嵐山、好きだろ?」
「あ、ああ…」
迅の口から好きとかそういう単語が出るだけでも、今の嵐山には刺激的すぎて、ビクリとする。
そうして小南が中途半端にした残りの配膳を始めた迅にどうも続けない。別に迅は客でもある嵐山に手伝ってもらう気はないらしく、慣れた様子で鍋からカレーを盛りつけて、冷蔵庫にしまわれたサラダのラップを取ってダイニングテーブルに促されたので着席する。二人していただきますと手を合わせたが、嵐山の声は弱々しく、食事が始まる。一つ口にすると、それは海老の殻を出汁にイカ・海老・アサリを白ワイン蒸し焼きにしたゴージャスなカレーだった。大好きな海の幸が入っているのに残念ながら味がよくわからない。せっかく作ってくれた木崎に申し訳なかった。もくもくと食べ進めるが隣に座りしゃべる迅には、ああとかうんとか気の抜けた返事しか返せずにいた。
そうして小南が風呂から戻ってくると、食べ終わった食器を手早く洗い、入り代わりのように嵐山は風呂へと逃げ込んだのだった。
元々は長風呂な方ではなかったが、それでも今はあれやこれやと考えてしまい嵐山はしばらくバスタブにつかっていてた。
よくよく見ればどうして自分は今まで気が付かなかったのかと、昔の自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。いくら既成概念があったとしても、迅はとても魅力的な女性だった。考えも…しなかったんだ。今まで女性と言う視線で迅を見たことがなかった。ずっと仲の良い同姓の友達だと思っていた。それが変わった瞬間、見る目が勝手に変化した。マトモに直視なんてとても出来ない。男というのはなんて勝手で都合の良い人間なんだ。今まで迅に対して胸の奥がわずかにチリリとしてきたモノは気のせいだと思っていた。改めて意識して確認すれば、迅はとても綺麗で可愛くて一瞬で嵐山の胸の中で感情が移り変わった。間違いなく好きになってしまった。迅は嵐山を分け隔てなく接してくれる。男だとか女だとか関係なく、仲良くしてくれる。だからこれからはきちんとけじめをつけなければと思った。
「嵐山。風呂からあがったら、おれの部屋に来てくれる?」
そんな考えの中、脱衣所の向こうから迅の声がくぐもって聞こえた。こんなやりとり別にいつもの事だったが、今は心臓になかなか悪い。ビクリと震えた嵐山は観念して、ようやくバスタブを出た。
コンコンコン
迅の私室を控えめにノックして、嵐山はしばらく扉の前で待つ。
「ん?どうしたの。ノックなんかして」
不思議に思った迅が、内側から扉を空けて尋ねてくる。玉狛のメンツでもそんなことをわざわざするのは律儀な後輩の雨取や三雲くらいだろうし、確かに今までは、迅入るぞと程度の声をかけて返事も待たずに入室していた。が、それは以前の話だ。そんなぶしつけはもう今後、無理だった。
「いや…もう迅が寝てるかもしれないかと思ってな」
それは嵐山の願望だったが、もちろん叶わない。迅に呼ばれて今日は来たとはいえ、寝ていればそのままもう顔を合わさなくても良くなくなる。それにあまりマトモな対応が出来る自信がない。
「そんなわけないって。さ、入って。入って」
引き入れるように背中を押される。そんな荒々しいものではなく、柔らかいものだったが。丸い手がぺたりと背に付く。以前から嵐山も迅の背中を押すくらいのことは日常茶飯事にしている。なんでそんな軽々しく触れていたのだろうという後悔。
別に迅が女性だからといって、その室内がいつもと変わるわけでもない。相変わらず殺風景な部屋にあるのは、寝るためのベッドやノートパソコンが乗っているラックと机と椅子など。衣類はクローゼットの中にしまってあるので簡素だ。大きく見える私物といえば、迅の大好物なダンボールの山くらいだ。嵐山の部屋だって別にそうたいしたものは置いていない。大学生なので参考書が並ぶ本棚があるくらいだが。いつもなら並んでベッドの縁に座るのが定位置なのだが、そんなことも出来ないので、呆然と引き入れられた部屋の中央で立つだけだ。
「何、突っ立ってんの?さ、座って座って。見て見て、じゃーん。新作のぼんち揚!」
いつもの場所へと嵐山を促した迅は、ダンボールの山からとりだした好物の袋菓子を嵐山にどどんっと見せ付けた。嬉しさに心なしか迅の瞳はキラキラと輝いていた。
「えっと、今日はこのために俺を呼んだのか?」
いつも迅が持っているパッケージとは幾分何かが違うそれをちらりと見ながら尋ねる。
「もちろん。嵐山と一緒に食べようと思ってさ。今日まで我慢して待ってたんだ」
玉狛ではよくリビングでお茶請けの菓子を食べているが、これだけは別だと言わんばかりの言葉だった。
「最近、俺忙しかったから別に我慢しなくても…」
賞味期限的な問題はないだろうが、迅のぼんち揚好きはよく知っている。食べ過ぎと言ってもいいくらいだが、体型はずっと同じく維持しているので、特に何か言ったことはなかったが、大好きなぼんち揚に対して迅が我慢の気持ちを持っているということを知ったのは少し意外だった。
「新作のぼんち揚は、嵐山と最初に一緒に食べるって決めてるんだ」
「いや、そこまでしなくても」
なんだ別に嵐山はそこまでぼんち揚が好きだとは言ったことはない。確かにぼんち揚は美味しいと思うし、実際好きだが、目の前の迅には到底はるか及ばないというか、迅が好きだからこそ気になって貰うし一緒に食べるしという感じだった。これは別に嵐山に限ったことではないだろう。ボーダー内で迅のぼんち揚好きは有名すぎるほどだし、だれかれ構わず配り歩いている姿を目撃している。
「だって、前に嵐山に新作のぼんち揚を貰って食べたとき凄く美味しかったし」
戸惑う嵐山とは反面、満面の笑みで迅は昔を語る。
「それは…俺が広報で三門市を出たときに買って来たぼんち揚か?」
そこまで言われて、ぐるりと頭を過去へと巡らせて思い出す。大学とボーダーで忙しいのであまり遠出をしない嵐山だったが、三門市の外でたまたま広報活動する機会があり珍しく電車に乗ったときにそれを見つけたのだ。ぼんち揚を。普段と違うパッケージが気になり、移動の途中の駅の売店で何となく買って迅に渡したら大喜びされた。
「そうそう。あれ、美味しかった。地域限定のぼんち揚。関東と関西じゃ、味が違うっておれも聞いたことがあったけど実際食べたことなくてさ。醤油が違うだけであんなに風味が違うと思わなかったよ。あれ以来、色んな味のぼんち揚食べるの楽しくてさ」
嬉々としてぼんち揚を語る。そういえば、どこから取り寄せたのかご当地限定品やコラボぼんち揚もここで一緒食べたような気もする。無理な変り種は少なく、確かにどれも美味だった。
「今日は、どんなぼんち揚なんだ?」
迅の後ろにそびえるダンボールの中に軽く視線を向けながら、尋ねる。
「今回は…コラボぼんち揚だよ。ピリ辛風味が特徴なんだ」
わくわくとしながら、パッケージをこちらに見せてくれる。そこには唐辛子のようなものも描かれており辛味を生かした様子が覗える。そのまま手馴れた様子で、袋を開くと中から一つ迅は取り、こちらの前に勧めてくるのでありがたく貰う。ぼんち揚は一口サイズではないが、他の袋菓子よりは小ぶりだから掴み易い。確かにいつもより若干色が濃いような気がするが、見た目では単純に辛さはわからなかった。
「いただきます」
一口いれて迅が満足そうに食べるので嵐山もつられて、食べる。予想よりは辛くなかった。ただいつものぼんち揚の風味に、僅かに舌を刺激するものがあり、互いの良さを出し合っている。油で揚げているが、しつこくもないし口当たりも悪くない見事な相乗効果を生み出していた。
「うん、美味しいな」
素直にそう思って嵐山は口に出す。普段のぼんち揚より幾分か、味わい深いような気もする。
「だよな。あっ、普通のも食べよう。折角だから食べ比べしよう」
賛同されたことに喜び、また迅はダンボールの山へと向かって、なじみの袋を出してくる。ベッドサイドに二つのぼんち揚を広げて、交互に食べる。やはりノーマルと比べるとコラボ味はやや大人の味と言ったところだろうか。それでも子どもが食べても十分によく出来ているし、酷く辛いと感じることもなかった。何個か食べ進めても、悪くない後味が続く。
「迅。よくそんなに食べられるな」
確かさっきはシーフードカレーを普通に食べていた。嵐山は色々考え事もあり控えめな夕食となったが、迅はぱくぱくと次次々ぼんち揚に手が伸びている。
「ぼんち揚は別腹だって。ま、寝る前にあんまり食べるのはさすがに心配だけど。あっ、そうだ。お茶、飲む?」
「貰うよ」
思い出したかのようにペットボトルのお茶を示されたので、さすがに菓子ばかり食べるのは喉が渇くから助かった。ありがたく頂く。真新しいボトルキャップを捻って、ぐいっと一口。迅は常々ぼんち揚にはやっぱりお茶が合うと言っているが、本当にそうだと嵐山も思った。落ち着く。
「あ、おれも飲む」
嵐山がボトルのキャップを閉めようとした瞬間だった、流れるような仕草で迅はこちらのペットボトルを受け戻して、そのままくいっと一口飲んだ。
「じ……、迅!」
「え、何?嵐山、もっと飲みたかった。はい」
声を張り上げる嵐山に戻してくる。そうだ。いつも別に気にしたことはなかったし、同姓同士でペットボトルの飲みまわしぐらい普通。嵐山だって友達とは誰とでもやっていたので、それはもちろん迅もだったが。今はこう…あまりにも。勝手に色々と考えてしまい瞬く間に俯き顔になった。とりあえず…とりあえず、申し訳ないがもうこれ以上は飲めない。持って帰ろう…と思った。
「やっぱり嵐山と一緒に食べると、ぼんち揚がいつもより美味しい」
そんな嵐山を後目にするように、迅にそこまで言われてもう何も言えなくなった。
そうこうしながら、ベッドサイドで歓談は普段ならば話は幾分か弾む。迅は玉狛支部所属とはいえ、未来視があるのでボーダー本部の事情も精通しており、嵐山がまだ知らない新しい隊員の話などにも詳しかった。特に新しいオプショントリガーの開発の話などは本当はいくつかオフレコなんだろうが、差しさわりのない範囲で教えてくれる。嵐山は広報の仕事が忙しく、気を使いたくても細かいところまで全て把握するのは無理だったから、色々と迅が気をつかってくれて教えてくれてとても助かった。迅も、あまりボーダーの外には出ないらしいので嵐山の大学の話や広報で体験した話をすれば、とても興味深く嬉しそうに聞いてくれるのだ。
夜も更けると段々と迅もうつろうつろとしてくるらしく、やがて嵐山の肩にもたれかかってきた。普段は気を張っているせいか、自室だととてもリラックスする様子を見せる。これは毎回の事だったから今更とはいえ、単純に顔との距離が近くて困った。迅のふわふわした髪がこちらをくすぐる。重なる二の腕がふにっとしていて、とても柔らかくて、こちらが身震いする程だ。
「迅。眠いのか?」
「… うん、寝…る」
半分閉じかけた瞳をこすりながら、曖昧に答えられる。嵐山はベッドサイドから立ち上がって、迅を優しく横に倒す。成されるがままにベッドに横たわる迅はもぞもぞと動いて、ちょっと丸くなって落ち着いたようだった。
「…嵐山は、寝ないの?」
迅はいつものようにベッドのスペースを半分空けて、その場所を作ってくれる。そうなのだ。いつも二人がこうやってしゃべっているうちにいつのまにか寝てしまうのは常で、同じベッドで寝ていた。今となっては有り得ないことだ。友達同士だって相当仲良くないと同じベッドだなんて寝ないし、事実嵐山は迅としかこれをやってない。でももう何度もしているから今更おかしいか?と言われても、よくわからないほどに。でも迅の本当の性別を知ってしまった以上、それは到底無理な事態となった。
「…あ、ああ。少ししたらな。おやすみ、迅」
「おやすみ…」
もう眠りも限界だったのか。嵐山に返事をすると、途端に瞼が重く落ちてすうっと眠りの息となる。ほんの少しの安心しきった様子で、あっという間にあどけない寝顔を見せてくれた。そこまで確認すると、パチリと電気を消して嵐山は迅の部屋を出た。もちろん同じ部屋で寝るわけにはいかないのだから。
小南に頼んで空いている客間を借りて、ようやくそのベッドに横たわった嵐山だったが、今日のあまりの出来事にそわそわしてなかなか寝付く事が出来なかった。
「嵐山、昨日どこで寝たの?」
大学生の朝は、それほど早くない。今日は大学に行く日ではなかったから、忙しい高校生である小南が学校に行くのを玄関まで見送った後、嵐山は自分も朝食を食べようとキッチンを借りて昨日の残りであるカレーうどんを作って食べようとしていた。そんな折り、不機嫌そうに朝の準備を整えた迅と遭遇したのだ。
「えっとな。桐絵が客間を用意してくれたから、使わないと申し訳ないだろ?」
半分本当で半分嘘だった。それは嵐山が頼んだから用意されたもので、なぜか小南自身にもいつもみたいに一緒に寝ればいいんじゃない?と言われた程だったが、ともかく。
「いつも、玉狛に泊まる時はおれと一緒に寝てるじゃん」
軽く頬を膨らませて、こちらの行為に対しての非難の声が混ざる。
「そ、そうだったかな…」
たじたじとしながらも迅の追求を受け流そうとしたが、うまくいかない。どうにかして、かわすことは出来ないかと考えていた最中、救いの声が現れた。少なくとも一瞬だけ。
「おっ、おまえら。丁度良かった。これから本部に行くぞー」
いつのまにか帰ってきた林藤がひょいっと裏口から姿を現した瞬間、そんなことを言ってきた。
「ボス。おれ、まだ朝ごはん食べてないんだけど」
突然の上司の登場に意識がそちらに向いたのか、迅は早々に文句を言った。
「食ってからでいいぞ。おれも食うし」
ははっと笑いながら、そのままキッチンへと向かい、ちゃっかりカレーの残りを確認している。
「もしかして、俺も一緒に本部に行くんですか?」
改めて思えば何だか自分も一緒くたになっているように驚いて、嵐山は声を出す。林藤は嵐山の直属の上司ではないから、呼び出されるような事をした記憶今までになかった。
「根付さんが呼んでるからな。嵐山がここにいてくれて助かった。これで昨日の幹部会議の問題も万事解決だ」
「はぁ…」
何のことやらよくわからなかったので、嵐山は気の抜けた返事を返す。迅と違ってあまり嵐山は幹部会議に呼ばれないから、上役が何をいつも話しているか検討がつかない。とりあえず人数分のカレーうどんを用意したところで、林藤の息子である陽太郎も起きてきたので食卓が騒がしくなり、その場の話はうやむやになってしまった。
林藤が運転する車で本部へと移動すると、外縁にある玉狛支部からでも随分と早く着く。わりとのんびりペースの玉狛メンバーに合わせて朝食を取ってしまったので、急いで根付の元へと向かうことになった。広報の仕事は特に時間厳守だ。待ち合わせしていた第三会議室には、時間よりほんの僅かに遅れてしまった。きっと根付は待ちぼうけているから多少ご立腹だろうと、予想していたのだが。
「「失礼します」」
慌てて入室した嵐山と迅を迎えたのは、いつもより無駄にニコニコとした根付だった。
「遅れてすみません」
それは気にはなったが表情には出さず、とりあえず間髪いれずにぺこりと嵐山は謝る。時間にしてギリギリ間に合ったという程度であったが、たとえ学生でなくとも五分前行動というのは当たり前だった。
「いや、こんな朝早くから呼び立てたこちらが悪いんだよ。わざわざ来てもらってすまないね」
「いえ…」
何だろう…いつもの根付と様子が違って気味が悪かった。決して根付は悪い人間というわけではないが、この笑顔…それは普段の自分たちに向けられるものではない。広報をしている嵐山は出先で根付と一緒になることも多く、だからアレだ。これはボーダー内部の人間に見せる様子ではなく、そのビジネスの場というか。得意のメディア向きの顔だと悟った。なぜだ?
「嵐山くんは、よく玉狛に泊まるんだって?今日みたいに」
「ええ…たまには」
何だろう。それが何の関係があるのかと不安は募る。しかし事実だから答えるしかない。そもそもよく考えたら、なぜ嵐山と迅の二人が呼ばれたのか謎だった。一応同い年ではあるが嵐山と迅が背負っている役割はまるで違うので、あまり一緒に何かをすることはない。やはり根付が何を求めているのかと一行に掴み取れない。
「別に嵐山を玉狛に引き込もうなんて考えてないよ。ただおれが友達として嵐山を呼んでるだけ」
ここで迅のフォローの一言が入る。嵐山は忍田派に属している。他の派閥と問題ごとなど基本的に起こさないが、嵐山のボーダーに対するポリシーが忍田本部長と一番近かったため下についているだけだ。他の派閥の考え方を否定するつもりもないが、だからといって別に移動するつもりもない。玉狛に関してもそうだった。ネイバーに対して柔軟な考え方ができるのは素晴らしいと思っている。城戸派の面々とも別に仲が悪いわけではないし、その気持ちもわかる。一応派閥はあるものの、普段はそこまでピリピリはしていないし、師匠部下関係はわりと派閥を越えて成立しているので、本当にそれが現れるのは水面下だけと言ってもいいだろう。だから、嵐山は迅以外にもボーダーで友人はいるので普通に外で遊んだり大学で共に謳歌していた。
「そうだよなーおまえら、仲いいよなー」
ここで車を停めるから先に行くようにと指示した林藤が、この第三会議室に入ってきた。結局車の中では肝心の昨日の幹部会議で話し合われた内容がわからなかったので、ようやくということにもなる。
「そ、そうかもしれませんね」
今までなら当たり前のように言えた言葉も、少し自信がなくなりつつも伝える。確かにはたから見れば、嵐山と迅はとても仲の良い友達にうつっただろう。性別違うけど…でもそれは嵐山の今の気持ちではない。迅はただの友達じゃない。好きな人になってしまったんだ。だからこそ複雑な気持ちで、周囲の言葉を受け取ることとなった。隣にいる迅は、なにを今更的な顔をしている。他人に言われるまでもないとでも思っているのだろうか。迅は何も変わっていない。変わったのは嵐山の方だ。自分は迅との仲良しをこのまま続けられるだろうか…と不安を覚えたところだった。予想だにしない言葉が飛び込んできたのは。
「ということで、おまえら結婚しろ」
「「は?」」
ここで嵐山と迅の疑問の声は見事に折り重なった。それくらい林藤の言葉は突拍子もなかったのだ。
「どういうこと?」
一瞬で思考の頭が吹っ飛んだ嵐山より随分と早く、迅の言葉が会議室に響いた。別に怒っているとか喜んでいるとかそういうものではなく、平坦な声だった。もしかして迅さえも、あまり視えていない未来だったのだろうか。
「二人が結婚してくれると、助かるんです。お願いします!」
次に深刻そうな顔をしたのは根付だった。まさかこんな茶番みたいな林藤の言葉に根付が乗っかるとは思わなくて、二度目の驚きが重なる。さきほどのニコニコはこの布石だったのか。さすが侮れないな、大人って。自分も高校を卒業し、ボーダーとして広報の仕事をやって世間の荒波は多少なりとも知ったつもりだったが、色々なことがあるものだ。こんなことを言われるだなんて全く想定していなかった出来事なのは当たり前だが。
しかし結婚。結婚ってなんだ?と嵐山はまるで冷静になれなかった。男の嵐山と女の迅がということだ。それはわかっている。つい、昨日まで迅を男性だと思っていた嵐山には寝耳に水すぎる事態で、ついていくのがやっとだった。迅の性別云々を差し置いても、誰かと結婚するなど想像したこともなかった。だいたい昨日、恋心を自覚したとかまだそんな段階だったのだから。別に自分が結婚できる年齢だとは知っているが、だからといって十代やそこらでそんな自覚が出でくるほどボーダーでの生活は忙しくて考えられるわけもない。
「実はなー うちの組織ってブラック企業だとかちょっと噂になってるみたいでさ」
「何、今更言ってんの。だって事実でしょ?」
上司相手に、手加減なく迅は切り替えした。嵐山も口には出さなかったが、それは何度か小耳に挟んだことはある。言葉の綾というものもあるが、労働時間という名の拘束時間を考えると確かに一理あった。別に強制されているわけではなくみんな進んでやっているというところがブラックの尾ひれを広げているのかもしれないが。一番ヤバいと噂のエンジニアの闇の深さの全てを知りえないが、正社員である大人も大概そうだし、ボーダー隊員は未成年が多いため、義務教育中の中学生含めて労働させていることに違いはない。危険手当ついているので給料は破格とはいえ、任務が忙しすぎて使う時間もないという負のスパイラル。それにネイバーが24時間体制なので一部には夜勤も存在する。特例で普通の未成年よりその幅が広げられている件もあり、アンチボーダー組織から突かれた事もある。詳しく知らない人間からすれば相手は未知の宇宙人だし、それくらい忙しいと、やはり外からみればブラック企業疑惑が出るのも仕方なかった。
「えっと、すみません。それと俺たちの…け、結婚?に何か関係あるんでしょうか?」
その単語を口にするのにも少しどもったが、照れた顔を隠しながらようやく少し頭が働くようになったので嵐山は尋ねる。
「何とかブラック企業のイメージを改善しようと、ボーダー内の正社員一人一人の状況を調べたら………気が付いてしまったんですよ。未婚率に」
悔しむように、だんっと根付は会議机を叩いた。軽く机が跳ねるのさえ視界に入る。
そう言われてみると既婚者が少ないような…いや、誰か結婚していた人っていたかな?ってぐらいだ。嵐山は普段それほど正社員の人たちと接しないが、それでも広報活動をサポートしてくれるメディア対策室の面々を思うに、凄惨だった。特に男性が多い部署なんて深刻かもしれない。ぱっと見、一番最初に思いついた既婚者はこの目の前の林藤である。普段支部にいてそうそう目に触れない林藤を最初に思いつくぐらいには既婚率は酷いとわかる。
「これから厳しい就職氷河期がやってくるというのに、ボーダーに入ると仕事が忙しくて温かい家庭を築けないだなんて噂が立ったら、もう終わりです」
根付さんの本気度が知れる悲嘆に暮れる声が、たちまちこの場に響く。
「そう言うなら、まずは根付さんが結婚すれば?」
さくっと、迅が勇気のある言葉を出した。未婚の人に言われても説得力薄いというか、ああだから林藤も呼んだのかと納得した。
「私が今更したところで影響なんて些細なことですよ。若い頃にチャンスがなかっただけだと、もう遅すぎます。それに華やかじゃない」
自分の結婚さえ利用しようというのか、打算を聞かされて嵐山は一歩引いた。本当に凄い人だ。言い切った。きっと根付は持てるもの全てを利用するつもりなのだろう。その渾身は感心したい部分であったが、こちらに火の粉が降りかかるとなるとまた別だった。そもそも嵐山は家族を大切にしているが、別に結婚を全てと思っているわけではない。だが、世間一般には結婚が一種のステータスになることは知っている。
しかしなんかと恐ろしい。上層部でこんな会議をしているだなんて…そういえば一応は技術部長の鬼怒田がバツイチだったような…まさかの城戸司令にそんなこといえる人間はいないだろうし。営業部長の唐沢はひょうひょうとして掴みどころがないから、わからない。年齢と対外的なインパクト的には本部長の忍田あたりが一番可能性ありそうだけど、想われている横にいる女性の存在を思い出して…。そうは簡単に気がつかなそうだ。上層部の例を見ても、やっぱりどう考えても仕事が忙しいから結婚出来ないに違いないと改めて思った。
「それで、ボーダーの顔である嵐山に白羽の矢が立ったってわけだ」
自分が結婚しているからといって、余裕綽々な林藤が声を出す。さすがこの場では一番の優位というわけだ。
「だからって、俺ですか?無理ですよ」
確かに嵐山は今年19歳で、未成年とはいえ結婚できる年齢であることは事実だったが、自分の話題性なんてあまり信じてない。広報としての活動も出来ることをやっているに過ぎないのだから。
「別に、本当に籍入れろってわけじゃないです。ふりでいいんです。結婚しているふりで!」
ここにきて一段と力強く根付に押される。相当な凄味に押し切られて、今までYESと頷いた人間はきっと多いんだろうなと納得する。たまに外部の人間に対して画策している根付を見ると常々凄いなと思っていたが、自分に向けられることは想定していなかった。強い…
「ボーダー内カップル一号でめでたいぞ。おまえらを皮切りに社内恋愛促進にもなるしな」
どうやら社内恋愛もありだと知らしめたいらしく、そのあたりも隙がなく抜け目がない。笑いながら、林藤に茶化される。こうやってのらりくらりとされると、どこまでが本気だか本当に読み取れなかった。
「ところで嵐山が選ばれたのはわかったんだけど、何で相手がおれなの?」
ここで色々考え込んでいたような迅が、声をあげた。
そうだ。非常に大切な問題があった。嵐山もそれは疑問だった。ボーダー内には数多の女性がいる。戦闘隊員では同年代が少ないが、オペレーターはほぼ全員が女性である。それでも年下が圧倒的に多いけど。その中で迅が選ばれたのはどうしてか?と。
「お二人とも、普段から仲がいいので真実味ありますから。それに、いくら嵐山隊の隊員とはいえ今の年齢の木虎くんや綾辻くんと結婚したらちょっと問題がありますし。イメージ的に、ね?」
そんなことに同意を求められても…嵐山は、もはや乾いた笑いしか出なかった。
たしかに嵐山隊の女子二人とも嵐山からすれば年齢差はそれほど離れてはいないが、現状からすると納得できた。確かに魅力的な女性に違いないが、弟や妹に近い年齢なので恋愛対象としての実感は全くない。嵐山にとって二人は、とても良き隊員という認識以上でも以下でもなかった。
「安心しろ。昨日の幹部会議で、全員一致で嵐山の相手は迅だと決まったたからな」
その光景を見たくなくて、何だか頭が痛くなった。はっはっはと笑いながら他人事だと思って言う林藤は無駄に豪快だ。
「…事情はわかりましたが、しかしだからと言ってそう簡単に引き受けられません」
チラッと迅を見ながら、嵐山はきっぱり答える。
「なんだ。嵐山は、迅こと嫌いなのか?」
あまりその返事は想定していなかったのか、不思議そうにこちらに尋ねられる。しかし嵐山とすると、そもそもそういう問題ではない。男の嵐山だって相当な深刻事態なのだから、女性の迅からするともっと大変な事件だろう。女性は結婚に対して男性よりもっと大切なことがあるに違いないと思っている。いくら演技だからといって、気軽にぽんぽん引き受けられるわけがない。
「そういうわけじゃありませんが」
迅の事は、嫌いどころかその反対だ。だけど、結婚とかまだそういう段階ではない。昨日やっとこの恋心を自覚したところだというのに、いきなり吹っ飛びすぎだ。正直、まだ自分の中の整理もついていない。だからもっとじっくりゆっくりと考えていた矢先だったというのに。
「嵐山くんは、誰かお付き合いしている人いるんですか?ならばその方を、、、」
気を使ってくれた根付がフォローしてくれるが、それは逆効果だった。
「いないです。…でも好きな人はいます」
せめてこれだけは言っておこうと思った。この場を断る良い理由になると思ったからだ。その相手は隣にいる迅だけど、さすがに本人の顔を見ながらは言えない。
「じゃあ早くそいつと結婚しろ」
間髪入れずに、林藤の言葉が飛ぶ。少し無責任だ。既成事実が知らしめれば結局誰でもいいのかと、困惑する。
「そんな…それが出来ていたらとっくにやっていますよ」
そうだ。時間があまりにも急すぎる。それにこれは嵐山の密かな願望であって、別に迅からOKを貰ったわけもない。まだその足がかりの何も出来てはいないのだから。
「んじゃ、やっぱり今は迅しかいないな」
うんうんと勝手に納得している。消去法みたいな言われ方にも聞こえて、どうしようもない。迅が機嫌を悪くしてないかなと心配になって、少し視線を向けようとすると………
「おれは別にいいよ。面白そうだし。それに、おれのサイドエフェクトでは変な結果にはならないって言ってるし」
混乱の最中、予想外な迅の言葉が飛び込んできた。思わずがばりと迅の方を見ると、頭の後ろで手を組んでいつもと同じ様子だった。
「ほらっ、迅くんも了承してくれたことですし。お願いします。未来のボーダーを助けると思って」
ここぞとばかりダメ押しも含んで、根付がより深く押してくる。ぐいぐいと来るのは、流石タイミングをわかっている。このままの勢いだと、よろしくお願いしますとこちらに頭を下げそうな勢いだった。どうも嵐山は他人の頼まれ事に弱い。しかも迅が引き受けてしまった以上、もうこの場の包囲網は完成してしまったも同然だった。
「…わかりました」
はぁ…と、ため息をつきそうになりながらも肩を落として答えた。嵐山は迅が好きだったけど、あのリアクションでは迅はこちらをどうとも思っていないこと思い知ったのが、少し辛かった。
ボーダーには、独自の連絡網がある。機動トリガーを起因に組み込まれているのは、その情報たちに機密性が高い為だ。通常の電子網とは異なった連絡方法で送られるそれはさぞかし重要なものと思われがちだが、そんな中ボーダー内の一斉メールが送られてきた。何事かと思い、隊員は皆内容を疑って開くだろう。だからこそ、嵐山と迅の………おれたち結婚しました!的な捏造文章が勝手に根付によって作成されたとき、翌日には瞬く間にボーダー全体に知れ渡っていたのだった。
「おめでとうございます!嵐山さん!!」
嵐山隊の隊室に入った嵐山は、その声を聞いてビクリッと一歩後ずさりした。
「ああ…賢か。おはよう」
それを言ったのが佐鳥だとわかって、ほっと胸をなでおろしながら嵐山は答えた。よく考えれば、ここは嵐山隊しか基本入れないのだから、声をかけてくるのは隊員しか有り得ないのだが、そう…ここに至るまであまり冷静な状況になれなかったのだ。気を重くしながら、いつもどおりのルートで本部にやってきたのがいけなかった。それこそ、この本部から隊室まで嵐山は周囲から声をかけられまくった。幾度となく足を止めて、とても時間がかかった。さきほど佐鳥が言うように、おめでとうのたくさんの言葉をかけられたのだ。これという演技も任務の一貫のようなものとはいえ、嘘をついていることに変わりはなく、温かい祝福の言葉ばかりで正直後ろめたく、良心が痛む。嵐山とてここまでの騒ぎになるとは思っていなかったのだからこそ、この捏造メールを受け取った時には当事者として酷い眩暈がした。それが送られたのが昨日の今日で、ホットなニュースといえばそうだが、いきなりすぎたのだ。嵐山だって、きっと見知った隊員が結婚?したと聞いたら、おめでとうと言うだろうから、彼らに悪気はない。だが、度がすぎていた。迅にはしばらく本部には来ないように伝えておいた方がいいなと、確実に決意するほどにだ。さて、とりあえずは目の前にいるざわついた佐鳥への対応だ。
「突然結婚したと聞いて…でもおれたち、いつ嵐山さんと迅さんがくっつくんだろうってずっと思ってましたから、そんなに驚かなかったですよ。そういえば、式はいつするんですか?二人とも忙しいですから…でも女性としたら、やっぱり六月ですかね。ずいぶん先ですけど、式場予約とか準備とかしなきゃいけないことを考えるとそれでも大変ですね。手伝いますから何でも言ってください!」
飛躍された佐鳥のまくしたてるマシンガントークが、嵐山に突き刺さる。気が早い…と思ったが、現実はこんなものだろうか。先ほどここに来るまでに、何度かこういう詳細な言葉もかけられたから、多少免疫が出来ていて救われた部分もある。きっと佐鳥としたら嵐山が結婚すると聞いて、嬉しくて色々と調べた結果の言葉だったのだろう。無下になって申し訳ない。
「賢。嬉しいのはわかるけど…少し落ち着いて」
たじろぐ嵐山の様子を察したのか、横から時枝が顔を出して言った。佐鳥と違って浮き足立ったりしていないのが流石で、とてもありがたかった。
「充もいてくれたんだな。助かった。木虎と綾辻は?」
ほっとしながら、直接佐鳥の言葉に返事はせず嵐山は周囲を覗う声を出した。
「お茶が切れたので、二人は給湯室に行きましたよ」
「そうか。全員揃ったらきちんと改めて話しをしようと思うんだが、とりあえず言っておく。今回、俺と迅が…その結婚するだとかそういう事になったのは演技なんだ。上層部からの要請でな」
時枝はともかく、浮き足立つ佐鳥を抑える為に、一先ずその言葉は先に伝えることにした。
「えっ!そうなんですか?」
それを聞いて、佐鳥は明らかにがっくしと肩を落とした。一体、何を期待していたんだろうか。
「なるほど。何となくわかりましたが…それを俺たちに教えてくれるということは?」
どこまでも冷静なのは時枝の方で、続けての質問が下る。
「ああ。さすがに自分の隊員を騙すのは心苦しいだろうから、伝えて構わないとなっている。だから、これは上層部とうちの隊と玉狛の面々以外は秘密ということだ」
ここで人差し指を口元に一本立てた嵐山は、周囲に漏らさないようにと重ねるジェスチャーを入れた。
「それは大変そうですね…」
「ええー俺たちも黙ってるの?本当に結婚しちゃえばいいじゃないですか」
面倒ごとになったと察した時枝からは労わりの言葉が含まれていた気がするが、佐鳥からは落胆からの落差が激しかったらしく、ぶうぶうと文句が入る。
「賢。あんまり無理を言っちゃダメだよ」
嵐山の気持ちを汲み取ってくれた時枝が、佐鳥を諌める声をかける。
「え?そんなに無茶な事かなぁ。ま、とりあえず俺たちで出来ることは協力しますよ」
そこまで時枝に言われてさすがに佐鳥も悟ったのか、改めて嵐山に向き直ってそう言った。
「ありがとう。苦労をかける」
この事態に、多少なりとも隊員たちに迷惑をかけることになるだろうからと、嵐山は素直に感謝の言葉を伝えた。
「早速なんですが、嵐山さん。ここに来たら、直ぐにラウンジに来るようにって太刀川さんから伝言受けているんですけど…」
この場が収まったかと思ったら、時枝が次の問題になろう事を教えてくれた。
「太刀川さんが?」
意外な人物の名前に反復する。太刀川には今まで、個人的にあまり呼び出しされた記憶がない。もちろんA級隊長同士で見知っているが、言うほどとても仲が良いというわけではないから。どちらかというと太刀川は、迅とよく戦っているから仲が良いというか、迅ぐるみの兼ね合いが多かった。
「おそらく迅さんとの件に関してだと思いますけど」
時枝もここに来た時の太刀川の口ぶりを思い出しているようで、その見当を伝えてくれる。
「わかった、行ってくる」
次の問題が発生しそうな予感を抱えながらも、嵐山は部屋を出て行った
「なんだ…おまえたちまだ結婚してなかったのか?嵐山が18になった時にとっくにしたかと思ったぞ」
ラウンジにたどり着く前に廊下ですれ違った冬島に野次を入れられるというエピソードがあったが、嵐山は鋼の心で何とか耐えた。これから太刀川と対面するということがあまり好いことではないだろうなきっとという予感がある以上、警戒していたから対応出来たことだった。不意打ちじゃなくて良かった。
本部内でもラウンジは隊員が一番多く集まる場所で常に賑やかである。そこを嵐山が往来しようとすると、いつもの倍以上時間がかかった。面識がなくともあってもほぼ全員が行きかうと声をかけてくれるのだから。広報担当として、普段ならありがたいことだが今回は悲しい対応となった。申し訳ないが太刀川を待たせているわけだし、早足でその場を乗り切り急ぐ。ラウンジと漠然と見ればとても広いワンフロアだ。それでも全隊員が収容できるわけではないが、ある程度の人数が集まっても不都合が起きない程度にはなっている。中庭から切り取られた光が差し込むのでとても明るい。基本は自由席ではあるが、自然と決まる席が何となく決まっている。ボーダー内に見えないグループはあるが、単純にそういうものではなく便利な場所は年齢の高い人物や隊長格に席を譲るという暗黙の了解だ。自然と年齢を重ねればA級B級の上位に席を置くことも多いから、それは道理なのかもしれない。太刀川はラウンジの一番奥にいる事が多いからと見当をつけて、嵐山は闊歩する。そうすれば見慣れた姿をすぐさま発見することが出来た。
「おっ、嵐山。こっちこっち」
殆ど同時にこちらを発見したであろう太刀川は軽く立ち上がり、片手を挙げられてその場を示唆される。四人掛けのソファテーブルのドスンっ座った太刀川の合い向かいには、風間が座っていた。
「風間さん…もですか?」
予想外の人物に驚いて、その名前を呼んだ。
「何だ、俺がいたら不味いのか?」
悪意があるわけではないが、そんなに驚かれるつもりもなかったらしく、風間の疑問の声が飛ぶ。
「いえ…それで、太刀川さん。俺に何の用ですか?」
むしろ太刀川単体より風間が居てくれた方が変なことが起きなさそうで逆に安心したくらいなのだが、それを口に出すわけにもいかない。とりあえず太刀川に向き直って尋ねる。
「用も何も、おまえと迅のことだよ。あーもう迅って呼ぶのはダメか。苗字だからな。しかし、ややこしいな。二人とも今度から下の名前で呼べばいいか?」
そう簡単に今までの呼び方変えられない的な言葉を出しながら、やはり太刀川も佐鳥や他の面々と同じく一歩も二歩も踏み込んだ言葉を出してくる。ありとあらゆる方向から嵐山が想像していなかった事が飛び込んでやってくるので、もう何度目かの後悔をまたすることになる。
「い…いえ、それはいつもどおりでお願いします」
変に定着されたら、実は演技でしたとバラした後にきっと困るから、動揺しながらも留める発言を組み込む。
「ま、いや。とりあえず、めでたいことだから飲み会しようぜ!さすがに全員は集められないし、酒入るなら大学生組ってことで。シフトみて決めようぜ!」
嵐山からすれば突発的な提案に聞こえたが、太刀川の中ではそれは既に確定事項らしくどんどんと進めようとする勢いが満々に見えた。
「あの…俺と迅は成人してないんですが」
事情は分かったしそういう提案を言い出すのも納得はいったが、太刀川が言い出したメンバーに一抹の不安を感じて、やや否定的な言葉が出てしまう。しかしなるほど、だから大学生の風間もこの場にいるのかとそれだけは理解したが。
「いーのいーの。俺らが騒ぎたいだけだから」
つまりこれはただの口実かと嵐山は悟る。嵐山はボーダーが忙しく大学のサークルなどには所属していないが、誘われることは多々ある。合コンだとかが多いが、まあ基本はそんなノリだ。飲めて騒げれば何でもいい的な印象ばかり受けて、あまり誘われても有意義性を感じず、申し訳ないが最近は断ってばかりだった。ボーダーでの面々でも誘われることはあるが、規模が大きいというよりは友達関係の延長程度の人数が多い。隊員には防衛任務があるため、時間的に折り合いがつかないことが基本だ。その場で行こうぜ的なノリになっても非番の面々は少なくあった。
「一緒にするな。俺はきちんと祝うつもりはあるぞ」
腕組みをして眉間にシワを寄せた風間が、太刀川へ忠告を入れてくる。
「あ、ありがとうございます…」
やはり心苦しい…根付などと話したときに、A級隊長クラスには暴露していいかと頼んでおくべきだったと思う。よくよく考えれば彼らこそ自分より年上で結婚に近いから、ダメだったかもしれないが。本当に自分たちが結婚したという演技で触発されるのだろうか…と、あまり思えないような。
「風間さん、今月のシフトどうなってる?つか、大学生だと隊長クラスばっかだから全員オフの日は流石に無理か」
ポケットから取り出したスマホをぽちぽちと弄って、どうやら太刀川は自分のシフトを確認しているようだ。
「おいっ、勝手に進めるな。迅の了承は得ているのか?」
真面目な風間は渋い顔をして太刀川を諌める声を出す。そうだ。一応名目上の当事者は嵐山と迅なのだから、二人揃わないと口実にもならない。
「えっ、迅にメールしたけど、二つ返事だっけど?」
トントン拍子に勝手に話は進んでいるようで、嵐山はリアクションしている間もない。こちらのシフトも聞かれたが、あまり頭が回らずおぼろげに答える程度だ。そんな嵐山の反応など気にはせずに太刀川は、大学生二人いるから諏訪隊は必須だとか女子がいないと一応花がないからと加古と月見を誘う算段を風間としていた。
「おっ、飲み会なら経理から寸志を出そうか?」
そんなぎゃあぎゃあと太刀川一人が騒がしい中、どうやらその騒動が耳に入ったらしい、唐沢が声をかけてくる。きっとラウンジ横にある喫煙所にタバコを吸いにきたのか、片手にその名残が見える。
「さっすが、唐沢さん!多分、十人くらいは集まると思うんでヨロシクです!」
事情を知っている唐沢の顔も若干にやにやしているように見えた。唐沢さんこそ結婚して下さい!と心の底から嵐山は思った。
大学生組のシフトを何とかやりくりした結果、その飲み会が叶ったのは幾日か先のことだった。太刀川は個室を予約したとはいえ、所詮は大学生が集まる居酒屋だ。その壁の薄さは知れたもので…嵐山が外からやって来る時点で既に音漏れしていた。
「遅れて、すみません」
広報の仕事で遅れると連絡していたが、嵐山が合流し到着した時、その場はもう出来上がっていた。嵐山はまだ未成年なこともあり、それほど酒を飲む場に何度も踏み入ったことはないとはいえ、結構な有様だったのだ。今回の面々はA級とB級の隊員が中心で、つまり女子は少ないので、男たちはかなり好き勝手やっているようだった。迅はともかくとしても加古も月見も、男たちに囲まれるのはボーダーではいつものことなので全く気にしていない様子だ。しかしこの騒ぎよう、ボーダーでのストレスが溜まるせいだとは思いたくない。それでも十人弱。月見、加古、二宮、木崎、風間、太刀川、堤、来馬、柿崎、諏訪、そして迅と嵐山という面々で全員だろう数えるに恐らく。隊長クラスばかりなので全員が集まれたわけではないが、それでも下の世代から見ればなかなか壮観な面子だろう。
「おっ、嵐山来たな!」
一番に目ざとく声をかけたのは酒に強そうな諏訪で、もうかなり飲んでいるだろうがテンション非常に高い。その声も大きい。
「はいはい。主役はこっちこっち」
豪快な押しに、普段ならストッパー役になる堤はあまり機能していないようだ。仕方ない。事情を知っているわけでもないし。だたいこの場で事情を知りえているのは迅、嵐山の両人と木崎くらいか。嵐山隊は全員高校生以下なのでそもそも呼ばれていないことを考えると、殆どアウェーである。現状居て一番真面目そうな風間でさえ、嵐山が来るのが遅かったせいか結構酒が回っているような状況である。
そのまま諏訪にぐいぐいと背中を押されて促される。テーブルの真ん中の席、もちろんと言うかのごとく迅の隣だ。それは構わないが、多少不機嫌そうにグラスを持って横に移動する二宮が怖い。やはりこれは誰かが無理やりつれてきた感がある。偽証していることもあり、別に無理に祝ってくれなくてもいいとは思うが、それも言える雰囲気ではない。
「嵐山、お疲れ」
そうして隣にはいつものように迅がいた。実のところ忙しくて、こうやってきちんと迅と対面するのは林藤に言われて結婚しろと言われて以来だった。だから外野より本当はこっちの方が緊張する。どぎまぎと勝手に動く心臓を押さえながらも当たる。
「あ、ああ。遅くなって悪かったな」
珍しく迅は私服だった。外だから当たり前といえばそうなのだが、いくら迅の隊服が他の隊より目立たないジャージとはいえ、居酒屋スタイルとの兼ね合いを考えれば着替えるだろう。それでも、ラフなパンツスタイルであることに違いないが。
それにしても、後から来たということで宛てがられた席がとても狭い。隣の二宮はこれ以上横に移動する気がないのは、その端に座る木崎のガタイが大きいからだろうか。まさか二宮にぶつかるわけにもいかないし、そうなると必然的に嵐山は迅と近づくこととなる。寄り添うとまでは行かないがそれでも肩や肘が自然と時々当たってしまうから、その度に震える。
「何、飲む?って言っても居酒屋だから酒ばっかなんだけど、ノンアルもあるよ」
後から来たせいか、気を使って迅が色々と勧めてくれる。
「迅は、何を飲んでるんだ?」
迅の目の前に置かれたグラスには、ソフトドリンクとは思えない色鮮やかな色を見て尋ねることとなる。
「おれはこのノンアル。ちょっと甘いけど、美味しいよ」
嵐山が見ているドリンクメニューのそれ指し示しながら教えてくれるのはいいが、メニュー表示が小さいせいかよりぐいっと迅の頭が近づいて困った。
「…せ、折角だから、俺もそれを飲んでみるよ」
正直もうメニューなんてよくわからなかったが、その場を収める為に慌てて声を出す。
「あ、俺もドリンク追加するんで店員呼んで頼んでおくよ」
「お願いします」
はす向かいに座る来馬が気を使って声をかけてくれて、テーブルの端にあった呼び出しボタンを押してくれた。タイミングが良かったらしく、しばらくすると店員さんがすぐ来てくれて、こちらの分も頼んでくれる。
「嵐山、何も食べてないんだろ。追加で何か頼む?ご飯物もあるよ」
続いて迅はフードメニューの方を渡してくれて、ぱらりぱらりとめくってくれた。さすが居酒屋だけあってつまみとなるメニューは豊富だ。自分たちは頼んでいないが、やろうと思えば焼肉なども出来るようで専用のページが出来ている程だ。
「そうだな。とりあえずはここにあるのをつまもうかな」
ここに入ってきた途端にも思ったことだが、メニューよりまずこのテーブルに広がる料理の方が気になっていた。サラダに揚げ物、串焼きにピッツァまで見境なく存在しているから。これだけの人数が集まると、皆が好きな物も一様なようで、広い長テーブルに乗り切れないほど並んでいる。そのどれもが中途半端に残っていて、皿を下げられないでいた。残すわけにはいかないから消化しなくてはいけない。とりあえず手短に並ぶ刺身からまぐろを選んで口にする。
「嵐山。そこの、ささみ梅しそ巻きとかも美味しかったよ」
「そうか。じゃあ、もらおうかな。と、迅。すまない。前をちょっと邪魔する」
迅が軽く示した皿は確かに美味しそうだったが位置的に遠いので、嵐山は中腰から立ち上がり、少し箸を伸ばして横切ろうとした。
「あ、おれが取るよ」
さすがに距離があると思ったのだろうか。嵐山を制止させて、代わりに迅がそちらに手を伸ばそうとする。範囲的には迅が右手を伸ばせは難なく届く位置だった。箸でちょんっとつまむ。
「はい。嵐山」
一口サイズのそれを器用に宙を移動して、嵐山の口元まで迅は持ってきた。
「じ、…迅」
もしやこれは、はいあーんというシチュエーションだろうか。食べろという示唆が加わる。
「美味しいよ。ほらっ」
いつまでもその状態で待たせることも出来ず、だが気恥ずかしさに簡単には耐えられないので、仕方なく目をぎゅっとつぶって口を僅かに開く。
「おおっ…」
正直周りは騒がしくてこちらを見ていない人間の方が多かったが、それでも二人の真正面に座る堤はそうではないらしく、その光景を見て賞賛の声を漏らした。正直、恥ずかしくて仕方ない。だが、迅の厚意を拒絶するわけにもいかない。
「どう?」
「あ、ああ。美味しいな」
迅には悪いが、正直味がよくわからない。ここ最近こんなことばかりだが、それでもそう答えるしかない。結局は、もぐもぐと咀嚼するに留まる。
「よぉー、嵐山。飲んでるか?」
そんな中、ノリよくテンション高い太刀川が後ろからがばりとやってきて嵐山の背中を強めに叩いた。そうしていつの間にか勝手に肩を回している。強引割り入られた隣の二宮がこの以上ないという顔で嫌がる視線を飛ばしたが、太刀川にはまるで効果がないようだ。そんな中、嵐山がどう言おうと無駄だと悟る良い判断材料にはなったが、それでも喜ばしいことではなかった。
「さっき、来たばかりですって」
まだドリングを注文したばかりで、さっきようやくお通しが回ってきた程度だ。飲むも何もまだ目の前には水しかない。なんだろう…改めて乾杯でもしたいのだろうか。既に出来上がっているから、嵐山としては別にそんなつもりはなかったのだが。
「じゃあ、俺の飲め飲め」
ぐいっとその中途半端な量が入ったグラスを、目の前に押し付けられる。
「それ、ビールでしょうが。他の人にも勧めてませんよね?犯罪ですよ」
この場にいる未成年組は嵐山と迅と柿崎と月見だが、幼馴染の月見あたりにそれをやったら大変なことだ。
「冗談に決まってんだろ」
豪快に笑いながらも、グラスを戻して太刀川はぐいっと一気に残りを飲み干した。
「どうだか…」
呆れた。普段からテンション高いが、酒のせいで余計に無秩序となっている。ボーダーの大学生組なら真面目な面々が主を占めるため、目立ってはっちゃけているのは太刀川と諏訪くらいとはいえ、酒が入った他の面々はもはやこちらに関知などしていない。
「まーまー。そうそう、せっかくお前らの結婚を祝ってだからな。俺らでプレゼントを用意したんだわ」
「はぁ…ありがとうございます」
ニヤリと笑われて若干嫌な予感がしたが、とりあえず感謝の言葉を述べる。一応今回のお題目が二人の結婚祝い?という口実なので、それは用意されたのだろうが。
「じゃーん!」
ここで一つ太刀川の通る声が過ぎ去った。そして、何か顔の周りを素通りしたものがあったと思った次の瞬間、嵐山にかけられたのは南国の島々で見られる花の首飾りだった。と思ったのは一瞬の事、その首飾りにつけられていたのは可憐な花々だけではなく、栄養ドリンクのような小瓶だった。
「………太刀川。俺は、嵐山が疲れているから栄養ドリンクを渡すということで、寸志を頼まれた筈だが?」
ここで開墾一番に声を出したのは、端に座ってみんなの給仕をする木崎だった。あくまでスルーする二宮を飛び越えての一言だ。どうやらこちらの光景があまりにも目が余ると判断したらしく助け舟?のようなものを出してくれたらしい。
「だから、疲れている嵐山に夜も頑張って貰おうと思って、精力ドリンクにしたんじゃんっ」
にやにやと笑いながら当然顔で主張されて、太刀川はその栄養ドリンクだと思ったものの正体を明かした。
「た、太刀川さん!祝う気持ちだけで十分ですから、これは返します」
自分の首にぶら下がっている物体を知り、瞠目しながら嵐山は慌てて首飾りを外す。隣に座っている迅が、加古と月見との女子組で話し込んでいてこの下世話な会話が聞こえていなくて良かった。今はその気持ちでいっぱいだった。
「そうか、悪いな。嵐山のプライドを傷つけてしまったか。こんなのなくても期待していいってことだな?」
「勝手な解釈しないで下さい!」
どうにも話が飛躍しすぎる。嵐山は声を荒げて反論する。
「だって、おまえら新婚の雰囲気ないし。いつも通りだし」
嵐山が慌てふためくのが楽しいのか、それでもつまらないのか、3の口をしながら言葉を挟んでくる。一体、何を期待しているんだ。
「余計なお世話です」
断固拒否しておかなければ、この波紋が迅にも飛んでしまうと思い、嵐山は必死で食い止めようと頑張ったのだが。
「でもせっかくお前らの結婚祝いって名目で俺たちは集まったわけだから、それなりに二人にもやってもらわないとな」
プレゼントがダメなら何か他にと思ったらしい太刀川は頭を巡らせて、次を示唆してくる。
「一体、何をですか…」
ここに来るだけでも精一杯だった嵐山は、もう帰りたい気持ちでいっぱいだった。正直、迅のことだってまだ何も伸展してないというか、整理がついていないというのに、これ以上周りに振り回されると限界を迎えてしまいそうだった。
「そうだな…おまえらキスしろよ」
「は?」
ぽんっと閃いたらしい太刀川は、見事にとんでもない提案を口にした。きっと太刀川の中でこれは、結婚式の二次会的ノリだったのだろうが、押し付けられる方はたまったもんじゃない。
「おっ、それはいいな!」
そんなこんななのに、ここにきて逆サイドに座る諏訪も声をあげてきた。この場で一番騒ぎが好きで厄介な二人が意気投合してしまったのだ。なんてことだ。ここで会話する人数が増えたせいか話が勝手に肥大してしまい、さっきまで酒で死んでいた面々も少し起きたことで、何やら男同士がうるさいことに女性陣も気が付いたようだった。
「何、どうしたの?」
何事かと騒ぎを聞きつけた女性陣、そして迅がこちらを向いて尋ねてきた。
「えっとな…」
何とかどうにかこの場を収めようと、自分が言い出したわけでもない言い訳をぐるぐると考えていた嵐山だったが、またしても邪魔が入る。
「迅。嵐山がキスするっていうから、こっち向いとけ」
間髪居れずに太刀川が横やりを入れてきたのだ。くいくいと人差し指で嵐山の方を指す。ちょっと待って欲しい。誰もやるとは言ってない。賛同しているのは周囲だけだ。
「なんで?」
その内容自体より疑問の方が先に浮かんだようで、迅は嵐山を挟んで太刀川に尋ねている。
「俺らが見たいから」
明確な事実をさくっと告げる。その後は散々なものだった。キース!キース!という諏訪の連呼に手拍子まで背後から加わったのだ。遅いぞーとか、野次飛ばされる。完全に見世物になっているせいで、この場の視線全てが迅と嵐山に集中する。進んで促したりはしていないが興味津々な人物も存在することは確かで、待たれている空気が流れる。
対して迅といえば向き直ってこちらを見つめている。正直嵐山には、迅の意図が読めなかった。未来が視えている筈の迅がする行動には意味があると思いたいが…男である嵐山にこの場は、任せるとでもいうのだろうか。確かに二人は結婚しているという演技をしている。だが、公衆の面前でキスをするなんてことまで了承した記憶はない。
「だ、だめだ」
だからそれは、突発的な否定の言葉だった―――
「失礼しまーす!ご注文のドリンクをお持ちいたしました」
この緊張感の中、店員が割り込む声が入って、皆の注目も一気にそちらに移る。溜まっているドリンクが配膳され、料理が平らげられた大皿たちが片付けられると、中断されたその場の雰囲気は所変わる。
後には…なんだ?新婚は一年は持つだろ。もう倦怠期か?という野暮な言葉だけが響いた。
結局、飲み会はだらだら飲んだり食べたりとしただけに過ぎなかった。太刀川が時間単位で部屋を取っていたため、女性もいることだしとさっさとお開きになった。一番遅れてやってきた嵐山としては数十分しかいなかった程度だったのに、どっと疲れが出たのだった。
「二人とも…演技出来ないの?」
翌日、嵐山と迅は揃って根付に呼び出された。嵐山が根付に呼ばれるのは仕事柄いつものことではあったが、前と同じ会議室に行くと既に迅がそこにいたので、ああ…と何となくこの後言われることを察してはいたが、それでも直接言われてそう気持ちの良いものでもなかった。だいたい昨日の今日であまり迅に会いたいとは思わなかったということもあるのに遭遇してしまった悲しさ。
「そうはいっても出来る事と出来ない事が…」
恐らく、誰かから昨日の飲み会のエピソードを聞いたのだろう。どこまで根付が知ったのか詳しくまでは聞きたくないが。
「でも、二宮くんに思いっきり怪しまれてるよ」
無表情ながらも観察眼に優れる二宮からのリークかと、冷静に判断する。あの混沌とした場で事情を知る木崎以外では唯一二宮がこちらを茶化さなかったありがたい人だと思ったのに、アフターフォローの結果はあまり芳しくないようだ。
「二宮さんとか、風間さんとか…そのあたりには本当の事を伝えてもいいんじゃないかな?」
さすがの迅も思うところがあったようで、意見を言った。そうだ。こちらばかりが悪いわけじゃないと思いたい。どうしても誤魔化せない相手というのは存在する。それが同年代や年下ならばともかく、年上の人間には余計にだ。
「駄目駄目。それやったらきりがないし、そもそもあの年代あたりが大学卒業してブラックだからってボーダーに入ってくれなかったら一番困る」
鬼気迫った顔をして根付は却下の声を入れた。このままボーダーに入るかどうかは知らないが、あの同姓からみても女性人気がありそうな二宮や風間が結婚に困るということはないと思うから、今回の件は関係ないと思うが…それでまさかの結婚しなかったら責任持てないから、そこまではいえない。
「しかし、俺たちも演技するって言っても…本部と支部所属ではそう周りにアピールする機会ありませんし」
迅だって、そうちょくちょく本部へ必要以上に来ると目立つ。それこそ怪しまれるに違いないだろうし、そもそもそんな演技うまく出来る自信がないのだから、やろうと思えば思う程不自然になると感じた。
「そうだな…じゃあ嵐山くんは、今日から玉狛支部に住み込みしようか。もうシスコンブラコンをこれ以上評価上げても仕方ないし」
「えっ?」
また突拍子もない根付の発案が耳に入り、疑う言葉を返す。
「玉狛って、部屋余ってるんでしょ?」
そんな嵐山の反応にもういちいち干渉するつもりもないのか、根付はさっさと迅に対して質問を投げている。
「余ってますけど…派閥とかいいんですか?」
迅が冷静に答えながらも、懸念の声を出す。
「今は風刃も玉狛にないし、今更玉狛と本部長派がくっついても城戸派はどうとでも出来るよ。そもそも二人が結婚したと流布した時点でその危惧はあったわけだけど、今日まで何の問題も起きてないし」
謎な余裕と予想で根付はまくし立てて、さっさと決めた。そうして、了承していない嵐山がうろたえている間に、さくさくと根付は会議室に備え付けられている内線で何やら電話をかけている。
「忍田本部長と林藤支部長に確認したらOKでたよ。じゃあ、二人仲良く頑張って」
「ですが…」
「じゃあ、二人でボーダーの家族寮に住む?」
もっと酷い提案が出てきたので、慌てて嵐山は今の提案を了承するしかなかったのだった。そう…結局は根付に押し切られてしまった。
久しぶりに二人並んで本部から玉狛支部へと続く連絡通路を歩く。以前はよくある光景だったが、少なくともそれは友達としてだった。今の周囲が見る目は結婚している二人というなんというアンバランスさ。迅からすればそういう演技をしているに過ぎないから、本当の嵐山は友達なだけな存在で過剰な演技は別にしていない。でも嵐山にとって今の迅は微妙な相手だ。好きだと自覚して数日が経過したが、何の進展もないというか、周りに振り回されるのでいっぱいいっぱいだ。スタスタと進むが、他愛のない会話がろくでもない気さえしてしまう。
「嵐山、手つなごうか」
「…え?」
そう迅が小さな声で呟くと二人の距離が近づいた。互いの肩がぶつかる直前に、歩みは止めずに進むがびっくりする。
「なんかいつもより見てる人が多いみたいだから」
ちらちらとこちらに向けられる視線を指摘して迅は言った。そういえば二人が結婚したと告示されて以来、きちんと並んで本部にいるのは始めてだ。確かに周囲の関心も高いのだろう。それは仕方ない。
「…ああ、そうだな」
おずおずと手を伸ばそうとした瞬間、すっと迅の手がこちらに伸びて嵐山の親指を軽く握った。それは恋人繋ぎとは縁の遠い…子供が父親の手を握るようなもの程度であったが、今の二人にはこれが精いっぱいだったのかもしれない。それでも嵐山からすれば演技を利用しているようだったが確実に嬉しくもあり、急ぎ足から気持ちほんの少し歩くスピードを落とした。この時間が長く続くように…と。
「ただいまー」
ギャラリーの多いフロアを抜けても嵐山から迅の手を振り払うなんてことが出来る筈もなく、結局二人の手が離れたのは玉狛支部に入る為の認証をする時に迅が手を伸ばした時だった。中に入り嵐山もようやく安堵の息を下ろした。少なくともここなら本部と違って事情を見知ったものばかりだからだ。
「おっ、二人仲良く帰って来たか。嵐山、しばらくここに泊まるんだよな?ま、ヨロシク」
リビングで林藤に遭遇すると、こちらの気も知らないのか無駄に景気の良さそうな声がかかった。
「林藤さん…どうして根付さんを止めてくれなかったんですか?」
ほとほと困った顔をして、嵐山は林藤に詰め寄った。正直、文句の一つ二つ言っても構わない相手だと思いたい。というか、その相手が他にいないのだから。
「いやあ、俺も昨日木崎から飲み会の様子聞いたからなぁ。鋭い奴らが怪しむのは当然だと思ったし。既成事実は必要だろ。まあそう難しく考えるな。玉狛に泊まるの別に珍しいことじゃないだろ?それが少し続くだけさ」
「それは…そうですけど」
何だか最近振り回され続けて、玉狛で平穏無事に迅と遊ぶように泊まっていたことさえ昔の話に思えるようだった。だが確かに玉狛には今回の事情を知っている面々しかいないし、結婚しているという演技をする必要性もないから、気疲れしないというのも正論ではあった。
夜も颯爽と更ければ、泊まり込みしている林藤とその息子である陽太郎と木崎と迅といういつものメンバーに嵐山が加わったという程度の扱いしか受けない。夕食も別段の代わりないし、いつものように風呂を借り終えて、さあこの前も借りた客間に行こうとしていた瞬間だった。後ろから林藤の声がかかる。
「嵐山、迅が呼んでるから部屋に来いってさ」
「…迅がですか?わかりました」
あとは寝るだけの時間帯になっていたから、迅に呼び出しされたのは正直意外だった。というか、昨日からあまり迅の機嫌がよくないのはわかっている。それが嵐山の原因でというか、嵐山がうまく周囲の反応に立ち回っていないせいだろうということは安易に知れた。本当は男として嵐山が迅をリードしなくてはいけないとわかっているが、こう…距離感が無理だった。多分、迅の本当の性別を知る前以上に親密さは無くなっているとそれはわかっている。それは嵐山の心が変化したからで、迅に悪いところは何もない。煮え切らないとはわかっていても、そう簡単には進めないし。何より結婚しているふりってどこまで?という疑問はまだあり続けた。
コンコンコン
「ん…誰?」
一つ深呼吸してからのノックに続いたのは、内側から聞こえる迅の声だった。
「俺だ。入ってもいいか?」
「あ、嵐山か。どうぞ」
了承を得てからゆっくり扉を開いて、室内に入るとベッドサイドに腰かけている迅がいた。
「こんな時間に、なんか用?」
きょとんとした顔でこちらに尋ねてくる。
「ん?俺は…林藤さんに迅が用があるから呼んでいると言われたんだが…」
あれ…何だか話が噛み合っていないなと思いながらも、ここに来た顛末を告げる。それもついさっきの出来事だ。
「ボスが?おれ、別に嵐山を呼んだりしてないけど」
何の事やらという顔をした迅には本当に思い当たる節がないらしく、不思議そうな瞳を返された。
「おかしいな…聞き間違えたかな。林藤さんに確認してくる。邪魔したな、おやすみ」
林藤からは、かなりはっきりと言われたような気がしたのだが、今更ここで押し問答していても仕方ない。原因である林藤を捕まえて聞きなおすのが最善と判断して、退室しようとした。
「あ…」
嵐山がくるりと扉の方を向こうとした瞬間だった、迅の右手が軽くこちら側に伸ばされる。
「なんだ、迅。やっぱり用があったのか?」
何やら引き止められた的な仕草だとはわかったので、再び迅へと向き直って尋ねる。でもさっきの迅の反応は何かの演技とは思えなかったから、同時に疑問も沸いた。
「…えっと、そういえば嵐山は今日どこで寝るのかなって…」
迅にしては珍しく、少し歯切れ悪く質問が投げかけられた。
「この前と同じ客間を借りたから、そこで寝るつもりだが」
「そっか…」
ここではっきりとした迅の落胆の声が響いた。そしてそれ以上は続かない。迅が嵐山に対して何らかの不満があることは感じていた。でもそれを問いただしたり出来るような心理状況ではとてもなかった。きっと迅は嵐山に友達としての以前の振る舞いを求めているのだろうが、それは簡単には適わないものだったから。
「俺は客間に戻るよ…さっきのはきっと林藤さんの勘違いだろうから」
自分の中でも終止符を打つつもりで嵐山は今度こそ退室する旨を伝えて、ドアノブに手をかけて回した。ガチャリとそのまま開閉が叶う筈だった、、、
「ん?」
右手の違和感に思わず嵐山は疑問の声を発した。
「どうしたの?」
「迅、このドアは調子が悪かったりするのか?鍵は開いている筈だよな」
さきほどすんなり入ってきた扉だったが、なにかおかしい。ドアノブは問題なく回るのだが、それより先が無理なのだ。扉が開かない。少し悪いがガ音を立てて何度か回してみるが、ダメだ。嵐山とて、さっきここに入って来たばかりだから突然何事かとは思うのだが。
「鍵は内鍵しかかかんないし、別に壊れてないと思うけど…」
不審に思った迅もベッドサイドからこちらへとやってきて、嵐山の代わりにドアノブを回す。やはり完全に回るが、その先の開くという行為が出来ない。
「何か、向こう側が邪魔してるっぽい?」
ぐぐっと身体を使って押しながらも迅はつぶやく。確かに扉の向こうにわずかに何かが当たる音がする。しかし、向こう側は廊下しかなかった筈だが、どうなっているんだと疑問しか浮かばない。
「よー、おまえら。仲良くしてっか?」
突然降りかかる声があった。多少くぐもっているが、音響的に廊下から響いてくるのは明確なその声の持ち主は。
「えっ…ボス。そっちにいるの?てか、ドア開かないんだけど、なにこれ」
迅はもはやドアノブが壊れるのも厭わないのか、ガチャガチャと派手な音を立てて回していた。
「すまんな。お前らが結婚しているって既成事実にもうちょっと真実味が欲しいんだわさ」
「「は?」」
二人が疑問の声を重ねた瞬間、ピッピッと電子音が室内から鳴った。
「なんだ。今の音は?」
「エアコンのスイッチが入った音だと思うけど………」
そう思い、そんなに高くない天井を見上げると、電源に光が見えて備え付けられたファンコイルエアコンから一気に風を送って来た。
「寒っ!」
瞬時に迅が震える声を出すが、嵐山も全く同感だった。言っておくが、今は真冬である。暖房をONにすることはあれど、冷房をONにすることは決してしない。だが、こちらに向かってやってくる風はどう見ても寒々しい冷房だった。それほど広くない部屋が急激に寒さに包まれる。
「迅、リモコンは?」
どうしてこうなったかよくわからないが、どうにかしなくてはいけない。部屋の外に出れないならと一番の改善策を口に出す。
「え…あっ、って、ない!?あれ…」
ベッドサイドの定位置にそれが見当たらないらしく、迅の声が飛んだ。
「すまないな。リモコンはこっちにあるんだわ。こりゃあ、もう暖を取るには二人はベッドで寝るしかないな。うんうん」
なんともどうしようもない唯一の解決策が、林藤の口から飛び出した。
「林藤さん!正気ですか?」
まさかこんな手段に出られるとは…上層部の本気度を痛感するが、全く嬉しくもない。
「すまんな、嵐山。太刀川から昨日預かったドリンク、必要なら隙間から投げ入れるから」
「いりませんよ!」
これ以上はないと言う音量で嵐山は叫ぶ。今更思い出すのも憚られるような代物をこの状況で受け入れろという方が無理だ。もう次の瞬間には記憶から直ぐに抹消したくなった。
「ちょっと、嵐山。何の話してんの?」
非常事態だというのに二人で勝手に話が進んでいて、怪しんだ迅が詰め寄ってくる。
「あ…いや………な」
この上、迅と不仲になっている場合でもなかったが、うまい切り替えしが思いつかず言葉を濁すことになる。
「じゃあ、ということで、頑張ってくれやー」
そんなこんなしているうちに、林藤の遠ざかる声が聞こえる。
「ちょ!林藤さん!!」
扉をガンガンと殴るが、生半可ではない。扉の向こうに何が置いてあるか知らないが、一向にびくともしない。なんてことだ…まさかここまで強硬手段に出るとは。ここまでやる必要性ないだろうと思うけど、真意全てを聞いている余裕なんてない。
「くしゅんっ」
後ろで、迅の可愛いくしゃみが一つ聞こえた。元々迅は、これから寝ようとしていた程度だから別にそんなに着込んでいない。二の腕を持って震えている。
「迅。ベッドに入るんだ」
このままだと冗談抜きで風邪をひいてしまう。ベッドの位置的に天井から風が直接当たらない場所だし、確かに林藤の言う通り布団に潜り込めば、この程度ならば気にならない寒さだろう。
「嵐山はどうするの?」
「俺は…」
どうしたいんだろう。いや、今の嵐山に出来ることはとても少なかったが、それでもやっぱり迅を傷つけたくはなかった。それが、誰が望んだことだとしてもだ。だから―――
「すまない、迅」
そう言って、嵐山がポケットから取り出したのは自身のトリガーホルダー。私用で使ったことなどこれまでなかったが、今はこの手段しか思いつかなかった。流れるようにトリガーオンをして換装体になると、部屋の窓を開けてそこから外に出ていったのだった。
冬の夜空はとても綺麗だった。空気が澄み渡る寒さが身に染みたが、それでもぽっかりと浮かぶ月夜が降り注いでいた。
そう…嵐山は、河川敷の公園ベンチで途方にくれていた。林藤があそこまで押して来たということは、きっと上層部は黙認しているんだろう。玉狛どころか本部に戻れるわけもない。荷物も置きっぱなしだし、こんな時間じゃ今更自分の家にも帰れない。二人が揃っていなければきっと迅も大丈夫だろう。それにしても何とも自分が情けなく思った。全部曖昧な態度を取って来た結果がこれだ。そもそもの始まりが一番悪いわけだが、それを差し置いたとしても、優柔不断が全部跳ね返ってきている。周りに振り回されているのも結局それが原因だろう。巻き込んだだけじゃなくて、きっと迅をたくさん傷つけた。そうはわかってはいても、今はここでぼんやりとするしかなかった。
「嵐山、風邪ひくよ?」
コツンとこちらに歩み寄る足音があった。そこからもたらされたのは、思いもがけない相手の言葉。
「迅…どうして、ここが?」
ベンチでうな垂れていた嵐山が顔を上げると、そこには迅がいた。いてくれたのだ。
「おれが嵐山の行先、わかんないわけないじゃん。サイドエフェクトがあるんだから」
外だからか少し着込んだ迅が、嵐山が客室に置いた上着を手渡してくる。ありがたく受け取って袖を通すとじんわりと温かさが染み渡る。それは迅がもたらしてくれたものだった。
「そうか。迅は何でもお見通しか…迷惑をかけたな」
自暴自棄になりながらも、言う。嵐山があの場から逃げたのは悪いことだったとは思いたくはないが、最善の道だったか…まだそれは自信の持てることではなかったから。
「未来視でも、全部がわかるわけじゃない…特に人の心は。ボスのやり方は強引過ぎるっていうのはわかってるけどさ。それでも…もう、おれと一緒に寝てくれないの?前みたいに…」
「………すまない。それは出来なくなったんだ」
かなり歯切れ悪く嵐山は答える。以前ならば別に一緒に寝ればいいと問題なく思えただろう。そう…もう何も知らなかった頃とは違う。
「そう…か。そうだよな。嵐山、好きな人いるんだもな。おれなんかじゃ嫌だよな」
今度は迅が視線を落としつぶやく番になったかのように、うな垂れる声を出した。
「いや、迅のこと嫌いになったとか、そうじゃなくてな」
何か変な誤解をされている気がすることを感じて、嵐山は慌てた。
「嘘だ。だって、この間から急に嵐山の態度変わった。一緒に寝てくれないし、ちょっとおれが触っただけで避けるじゃないか。やっぱりおれのこと嫌いになったんだろ?」
悲しそうな顔をしながら迅はこちらに訴えかけた。そんな顔させたくなかったのに、心が痛む。
「違う、違うんだ。俺が迅を嫌いになることなんてない」
その逆だから変に挙動不審になったのが事実だった。大切な相手だからこそ、腫れ物を扱うような対応になってしまったこと、戸惑ってしまったこと、それが全てだった。
「じゃあ、どうして?どこかおれの悪いトコがあったら、言ってよ。治すから」
「迅に悪いところなんて一つもない。悪いのは俺なんだ…」
頭を左右に振りながら否定をするが、言葉が最後まで続かない。そうだった。迅の疑問に嵐山は何一つとして答えていない。答えられなかった。それもこの全て始まりが悪かったせいで。
「一体嵐山の何が悪いって言うの?教えて」
迅も意を決したのか、正面を向き直って嵐山を促した。
「それは…言ったら、きっと迅を酷く傷つける」
思わず言葉が濁る。それを言うということは、最初に迅を意識した自分のふがいない理由を告げるということだったから。
「おれは嵐山に距離を置かれている方がよっぽど辛い。だから、教えて欲しいんだ」
「………わかった。その代わり、全部話したら俺を軽蔑して欲しいんだ。俺は最低な男だから…」
迅の言い分は最もだった。友達関係さえこれで終わりを告げるかもしれないという予感があったが、もう誤魔化せる段階ではないと嵐山も決めた。自分がどんなに駄目だとしても、迅が望むならそれを叶えることが筋だと思ったからだ。
「そんなの…内容によるよ。嵐山はいつでもおれに優しかった。それだけは間違いないし」
確かなものを掴み取るように、迅は胸の真ん中でぎゅっと自身の手を握っているようだった。
「違うんだ。俺は迅にそんなこと言ってもらう資格なんてない。だって…俺は………」
目を見開いて、迅は次の言葉を待っていた。そうだ。言わなくてはいけない。
「すまない。迅…俺は今までずっと迅のことを男だと思っていたんだ」
言った。言ってしまった。今はっきりとその事態が伝わった。迅は、やっぱり少し驚いた顔をしてこちらを見ている。今度は嵐山が迅の言葉を待つ番だった。
「………いつ、気が付いたの?」
怪訝な顔をしながら、迅の言葉が始まる。迅にその気はないかもしれないが、こちらとしては尋問されているような気分だった。
「この前、泊まりに行った時、…脱衣所で………」
半分口ごもりながらも嵐山は答える。見たモノを口には出さないが、自然と顔が赤くなる。
「あ、あの時…か。だから態度変わったんだ」
それまではどこまでも気安い関係だったからこそ、わかったんだろう。その思い当る節に迅も気が付いたようだった。
「本当にすまない!今この場で殴ってもらっても構わないし、二度と近づくなと言うならそうしよう…
でも出来るなら、また友達でいて欲しい。これからは迅のことをもっと大切にするから」
それが今の嵐山の願いだった。ずっとぎくしゃくしていた想いを初めて吐露した。それを伝えて叶うとは別に思わない。自分が酷い男だという自覚は十分にある。それでも必死に今の想いを知って欲しかった。
「別に嵐山が気に病むことはないよ…だってわざとだし」
「え?」
降りかかったのは、予想もしていなかった言葉だった。嵐山がその内容を飲み込む前に、次の迅の言葉がかかる。
「冷静に考えてみなよ。嵐山以外全員おれの事、女だって知ってるだろ?」
「あ…ああ、そうだな」
それに関しては少なくとも齟齬はなかった。だから周囲は嵐山と迅が結婚する演技に何の疑問も持たずに無駄に歓迎して、こうやって色々と大変な思いをしたわけだが。
「つまりおれが嵐山にだけ、おれの性別が男だと思い込ませるように振る舞ってたってこと」
「そ、そうなのか?なんで、俺だけ…」
そう思えば確かに全ての辻褄が合う。いくら嵐山が不注意だったとはいえ、通常ならば迅が女性であるという機会は何度でもあった筈だ。周囲の人間が全員知っているくらいなのだから、その芽を悉く潰されたとすると…確かに迅の未来視があればそれは出来るだろうという納得。
「だってさ。おれは特別美人でもないし、背も無駄に高いし、胸もないし、女としての魅力ないから。嵐山が入隊した時、ボーダーには同い年の男がたまたまいなかっただろ?その時、まだ柿崎とか入隊してなかったし、男友達としてなら嵐山の側にいられる…と思って」
「えーと、迅も俺と友達になりたかったってことか。その為に努力を?」
頭の整理が未だ出来ないが、何となく迅の言いたいことを汲み取ろうと頑張る。
「嵐山が好きだから…振り向いて欲しくてに決まってるんじゃん!でも、はっきりわかった。駄目だったってこと。嵐山はおれを女だと気が付いても友達を望んだ」
やっぱり異性の友達は無理だと落胆する顔がこちらに向けられた。嵐山の気をひくためにわざと男のふりをしていたと伝えられたのだ。
ここまではっきりと告白されて、ようやく嵐山にも迅の気持ちが浸透した。決してそれを考えたことがなかったわけではなかったが、勘違いしていた。迅の方こそ嵐山を友達と望んでいるのだと思っていたのだ。そうか…そうだったのか気持ちは同じだったのに随分と遠回りをしてしまった。
「…迅、一つだけ教えて欲しい。これから先の未来視でも俺たちは友達なのか?」
「だって、嵐山はいつもおれと一緒にいてくれるから、よくわかんなくて」
今もきっと迅は嵐山の未来を視ている。そこには二人が並んでいるならば…疑いようがない。
「じゃあ、きっとそれが答えだ。俺は、迅が女性だと知って…それでも友達としていつまでも一緒にいるほど馬鹿じゃない。
今から、林藤さんと根付さんのところに行く。やっぱり結婚しているなんて演技はもう出来ないって」
「うん…そうだよな。それが当然だ」
どこか肩を落として迅は仕方ないというようにつぶやいた。
「そのかわり、俺の本当に好きな人。結婚したい人として、迅を紹介したい。一緒に行ってくれるか?」
「それって…」
ようやく、ぱあっと顔を上げて迅がこちらを見てくれた。嵐山の好きな、迅がだ。夜の煌めきにも勝る、とても綺麗な顔を見せてくれた。
次の嵐山の言葉が、迅にはきっともう視えているだろう。
それでも迅がそれを望むなら、何度でも伝えようと思った。それは今だけじゃない。きっとこれからもずっと…