attention!
嵐迅で、迅さん女体化。貧乳な迅さんの頭がちょっとゆるいので、ご注意を。









それは、神へと祈りを捧げているのかと思った。
早朝とはいえ肌寒い冬。迅は、ボーダー本部屋上の一番縁に立っていた。いつものようにポケットに両手を突っ込んでいるが、ピンっと背を伸ばし、どこまでもひたすらと空虚を見上げている。土砂降りとまではいかないが、ぽつらぽつらと雨が降っているのも全くいとわない。逆にその雨を、天からの恵みを、一身に受けて全身に浴びているようだった。そんな、なんてことないスタイルなのにまるで、空を世界をそして未来すべてを見通しているかのようだった。
綺麗だと思った。そのまま見とれて、嵐山はその場から動けなくなってしまったのだ。
雲の隙間から差す光が照らし、迅の視線がこちらに移る。『嵐山』と見慣れた唇の動きが向けられた。
ようやく見つけた迅だった。ときどき屋上でこうやっているのは知っていたが、寒空のしかも雨の下で何をやっているのかと言うつもりだったのに、声をかけられてようやくはっと気が付く。迅がゆっくりとこちらへ歩いてくるまで、しばらく身体がいう事を聞かなかった。
「あーあ。嵐山、濡れてるよ」
「…それはこっちのセリフだ。こんな雨の中、何をしていたんだ?」
迅の前髪に落ちた大粒の雨を払おうと、手を伸ばす。嵐山が迅に見とれていたのはほんの数分だったので大したことないが、迅はかなりぐっしょりと髪が濡れている。
「別に。ただ、雨が綺麗だったから。たまには意味のないこともしてみたくなるんだ」
本当に意味のないことだと告げてきた。迅はたまにそうやって身を任せて何かに流されることを好む。
「気持ちはわかるが、風邪をひいたらどうするんだ?」
「それもいいかもしれない。でも、嵐山が迎えに来てくれたから」
まるでこれをやって良かったとでも言いたそうだ。
「とにかく、中に戻ろう」
これ以上身体が冷えたら困ると、嵐山は迅の手を引っ張って、すぐにシャワー室に連れて行こうとしたが。
ん?
ソレに気が付いた瞬間、嵐山は瞬時に迅の開けっ放しだった上着のジャージのチャックを一番上まで素早く閉めた。
「え、何。どうしたの?」
突然そんなことされてやや息苦しいようで、不思議そうな顔をこちらに見せる。
「迅、どうして下着をつけてないんだ!」
誰もいない屋上へと繋がる廊下であるとわかってはいたが、それでも嵐山は声の大きさを抑えることは出来なかった。
「え、パンツ履いてるよ。見る?」
何のことやらと不思議が増えたかのように、理解してない返事が返ってくる。しかもわざわざ腰元に手をやるのが厄介としか思えなかった。
「そっちじゃなくて!」
反射でちらっと下を見てしまったのは申し訳ないが、それでも迅の手を留めてから、明確に言った。
冬の為、やや厚手とは言え、迅の白いTシャツからはその胸元が雨によってはっきりと透けていたのだ。

迅は、紛れもなく妙齢の女性である。
しかし、本人にはその自覚が物凄く少なかった。早くに母親を亡くした迅は、男所帯のボーダーに育てられたようなものだった。同年代の少し下には小南がいたとはいえ、彼女にはきちんと家族はいるし、年齢を重ねると共に段々と女性らしさを身につけていった。だが、迅は昔と変わらず、周りにつられるように一人称もおれになってしまった。高校を卒業してそのままボーダーに入ると余計に女性らしくとうるさく言う外野がいなくなったせいか、気楽になってしまったようだった。せめて大学に入れば女性としての華々しさを、得られたかもしれなかったが本人は嫌がった。それでも化粧っ気はないが、やっぱり迅は綺麗だと思うし、ずっと嵐山の好きな人だった。今まで何度かその気持ちを伝えた事もあったが、おれも嵐山の事好きだよと気軽い笑みを返されて毎回終わっていた。迅からも、好きだと何気ない会話の中で言われる事もあった。だがそれはどう聞いても、それは友達の類だった。男とか女とか、きっと迅はそういうものにはとらえられたくないと思っているに違いない。だから、まだしばらくは一番仲の良い友達というポディションでいようと、嵐山は思っていたのだが、、、



「嵐山、歩くの早い」
なるべく他人とすれ違わなそうな廊下を選んで、嵐山は迅の手首を引いて闊歩する。歩幅のせいか戸惑いの声が混じったが、とりあえず急ぐことに違いはない。本当はシャワー室に連れて行くべきなのだろうが、着替えも何もなくては無理だ。玉狛支部所属の迅は、本部内に自由に使える自室を持っていない。そうなると必然的に向かう先は決まっていた。嵐山はA級隊員の個室が立ち並ぶフロアに入ると、颯爽と自分へと充てがわれている部屋の認証をして扉の中へと入った。
「ほら、タオルだ。きちんとふくんだぞ」
急いで備え付けの戸棚を開いて、真新しい何枚かのタオルを手渡す。嵐山の個室は、迅にとっても勝手知ったると言っても過言ではないので、いつの間にか当たり前のようにベッドの縁に座っていた。
「そんなに何枚も大丈夫だって」
過保護だなとでも言いたそうに受け取る。その中の一枚だけ手に取って残りはサイドテーブルに置くと、タオルを頭にかぶせて、わしゃわしゃと髪をふく。その反動で、いくつかの水滴が床へと飛んだ。
「ダメだ。まだここが濡れてる」
迅は適度に世話をやかないと、自分の事は適当になってしまうことがある。だから一向に髪が元通りにならなさそうなので、嵐山は迅が置いたタオルを取って、顔を拭いている迅の後頭部の髪をぽんぽんとふいてあげた。
「嵐山こそ、濡れてるけど。ほら、屈んで」
そう言われたので少し膝を折って中腰になると、お互いが向き合うのでふき合う形となる。迅は、香水をつけていない筈だが、シャンプーの匂いだろうか。雨に濡れて発酵したように、あたりを漂った。そうして自分にもしたように、嵐山の髪もわしゃわしゃされる。それほどこちらは濡れていないから好き勝手にやらせてあげるが、流れに沿って丹念に迅の髪をふいてあげると時々その柔らかい髪が指の間を抜けるので、ぞくりとした。早く終わらせよう。
「俺はもういいから、自分の服をふいて」
こんなものだろうと一声かけてから身を離して、念を押す。横殴りの雨ではなかったから、頭が一番濡れたと思われるが、上着もかなり濡れたに違いない。迅が座っているベッドがそんなに濡れてはいないようなのでズボンは大丈夫だろうと見当をつける。
迅は自身のファスナーを少し下ろすと、首元にかけていた馴染みのサングラスに手をやる。角度的に少し水が溜まっていたようで、外すとレンズ部分から水滴が落ちて、迅の鎖骨のくぼみに一度溜まってから服の中へと落ちた。そのままサングラスをコトリとベッドサイドに置いくと、慣れた手つきでファスナーを全て下ろしジャージを脱いだ。Tシャツと共に、中の白が露わになる。
「迅、何で脱ぐんだ!」
直視出来ない光景に、瞬間的に顔を反らしながら嵐山は訴える。つい、声が大きくなるのも仕方ないだろう。
「だって、中まで濡れて気持ち悪いから。なんか室内って蒸すし」
普段ファスナーを上まで上げていないせいか、どうも動きにくかったらしく不平不満を漏らす。
「それはわかるけど、ここには俺がいるんだぞ」
「嵐山しかいないし、別にいいだろ。いいから、新しいタオル取って」
確かに一人だったら自由にしていいが、明らかに男として意識されていないその言葉に、嵐山は少し頭が痛くなった。この話をこのまま続けても平行線な気がする。とりあえず視線を外す為にも、また戸棚に戻り、残りのタオルを探す。いつも手前には二、三枚くらいしか置いていないので、奥のストックへと手を伸ばしたのだが、なんだか後ろで衣類の落ちる不穏な音がする。恐る恐るだがチラリと後ろを覗き見ると。
「っ!……迅、隠してくれ。頼む」
そこには、あろう事にか白いTシャツを脱いで上半身裸になっている迅がいた。右手で視界を軽く覆いながらも、直ぐに目を逸らしたつもりだったが、完全に視界に焼き付いてしまった。その女性独特のラインがくっきりとだ。見てしまったのは不可抗力だが。
「だから、どうして下着付けてないんだ」
二人の距離は一メートルも離れていないが、さすがに投げるわけにもいかず迅の方を極力見ないようにしながら、後ろ手で新しいタオルを手渡した。雨に濡れて最初に見た時からの予想通りとはいえ、そんな免疫もあるわけもない。それもそれでも目のやり場に困るが、まだ何か付けている方がマシだ。結局、自分の個室だと言うのに壁に向かい続ける事しか出来ない。
「あ、もしかしてブラの事?なんだ。そんな事、気にしてたんだ」
ようやく少し合致が言ったのか、それでも嵐山の反応のすべてに納得がいっているようには見えなかった。
「あんな窮屈なの必要以上にしないって。玉狛にいると小南とか宇佐美がうるさいから、仕方ないするけど。嵐山もしないだろ?」
「俺は男なんだからするわけないだろ」
なんで自宅とも言える場所で玉狛して、本部に来るとしないんだと言いたかったけど、あまりに突っ込んだことに口を出したくなかったので留まる。とりあえず迅の最後の質問に答えるので精一杯だった。
「おれだって、ほとんど胸ないから、しなくてもいいかなって」
意味ないな的な声がのほほんとしている。どうしてだ。どう考えてもこちらはそんな和やか反応をしていないじゃないかと思うが、察してはくれない。
「駄目だ。しなさい」
この場で迅に対して、命令口調でも悪くないはずだ。だって嵐山は被害者で加害者にも成り得るのだから。
「何で?」
「するんだ」
滅多にこんな物言いはしないが、それでも有無をゆわさない音質で、嵐山は堅く口を結んで伝えた。
「後ろ向かれて言われても、説得力ないけど」
「俺が振り向いても大丈夫なんだな?」
迅の言ったこと確かに正論ではあったが、どこか理不尽だと思うものだった。こちらを向けと言っているはわかっているが、先ほどの惨事は勘弁願いたいからして、念押しをする。きっとそのままの状態なら、部屋を出ていくという選択肢しかもう残されていない。
「隠したから平気」
仕方ないと思いながらも、思い切ってくるりと振り向く。
迅は首からタオルをかけて、ベッドの縁に座っていた。そうして、迅の中の隠したという基準が酷いと思った。確かに胸は隠れているが、ただそれだけだった。さっきよりマシって程度。迅は着痩せするタイプだと思いたかったのに全く逆で、やはり細い。辛うじて男性より丸みを帯びているのわかるが、華奢な肩やあばら骨が浮き出そうな薄い脇腹も小さいおへそも丸見えだった。首から下げたタオルの隠せる範囲なんてそんなものだ。うっと、眩暈がしたのはきっと錯覚ではなかったと思う。
「…迅、嘘をついては駄目だ」
「嘘じゃないって。おれ、ホントに胸ないし」
「だから、そうじゃなくて」
会話が噛みあってないことはわかっていたが、直接的にそれを伝えるのは憚られて困る。
「嵐山。おれの言う事、信じてないだろ」
正直、迅の胸の大きさなんて嵐山にはどうでも良かった。大きいとか小さいとか、そんな事より大切なことがある。嵐山にとって迅は好きな人なのだから、大きさ云々よりまずそこが先行するに決まっていた。大きさなんて関係ない。迅だから、迅だからこそ。それにこの質問…否定しても肯定しても迅を傷つけるんじゃないか?と考えると、簡単に答えられるものでもなかった。
しばらくそのままこちらを見上げられていたが、いつまで経っても何もリアクションをしない嵐山に痺れを切らしたのか、迅は腰を少し浮かしてこちらへと手を伸ばした。そのまま、ぐいっと右手を引っ張られると態勢が前のめりになって足が勝手に迅の方へと動く。そうしてベッドに元のように座った迅だったが。
事もあろうに、嵐山の右手がタオルを押しのけて迅の左胸の上に、ピタっと置かれた。
何が…何が起こったのか直ぐに理解出来るわけもなく、ただそのままの体勢で嵐山はピシリと固まった。それでも眼前の光景は、変わりはしない。確かに素肌の迅の胸に触れている事に違いはなかった。迅の心臓が小さく鼓動しているのはわかる。いや、今のところそれしかわかりたくもない。手に余るというよりは、ぽんっと置かれただけとはいえ、なんだ…これは。
「な。胸ないだろ?」
「っ…じ、、、迅!………離して!!」
確認を求められたのはわかったが、情けないことに、しどろもどろになりながらも何とか願い求める。両手とはいえ、迅に右手を掴まれていて、平時だったら振り払えない力というわけではない。そこは女と男の差だ。だが、今はそれに一番振り回られている。とてもじゃないが、自分からは手を動かすことは出来ない。無理。こうやって声を出しただけでも軽く振動があったかのように思えるのに。
嵐山の慌てようなどまるで理解していない迅は、首をこてりと傾げながら、わかんないのかな?的な顔をしている。しかも軽く力を込めて、ぴたりと付いていた右手をぐいぐいと押し付けられた。
なんだ。迅は何を求めているんだと思い起こせば、そうか。大きさか。いや、それは考えてはいけない。やっぱり駄目だ。好きな女性の胸の感想なんて言えない。嵐山とて十九歳の健全な男だ、無防備にこんなことされて冷静でいられるわけがない。迅の心音速度は変わらないのに、嵐山の心臓だけはどくどくと脈を打つのがわかる。焼けてない白くきめ細かく滑らかな肌に、その胸はまぎれもなく柔らかかった。雨でちょっとひんやりした迅の胸に、自分の指が食い込んでいる。今まで、不埒な感情を思い浮かばなかったわけではないが、あまりに直接的すぎた。
「どう?」
「…わ…かったっ、………わかったから」
嵐山はなんとか頑張って何度かその場でこくこくと頷いた。迅も納得したのか、ようやくその手を離してくれた。だが、嵐山の右手とその指は固まったまましばらくその形だった。そろりとベッドに手を落とすのがやっとで、ようやく本当の意味での息をする事が出来た。耐えた。耐えたぞ、俺…と脳内で噛みしめる。自分を褒めたいと、この時ばかりは確実にそう思った。自分は理性が、ある方だと思いたい。
そんな嵐山の苦悩など察するわけもなく、独りでに迅はしゃべる。
「これしかないと、きちんとブラしたくてもサイズがないんだな。AAカップって言っても、まちまちだしさ」
女性の事情は詳しくはわからないとはいえ、こんな形で知ってしまうだなんて、単純な幸運と思って良いとはとても思えない言葉が、嵐山の耳に飛び込む。そうして深く聞いてはいけない言葉と共に、迅は不満そうな顔をしながら、嵐山の目の前で軽く手ブラをした。これも見てはいけなかった。顔を覆おうとしても右手はまだ動かない。
「おれ、胸を大きくしてみようと思う。やっぱり色々不便だからさ」
しっかりと頷きながら、迅は謎の決心の声を向けてきた。
「え?」
どうやって…?と聞きたくもあったが、あまりにもデリケートすぎるのでそれは聞いてはいけないと思ったので、そこで言葉は押し留まる。迅は十九歳になってもう随分と過ぎている。これが身長ならば、女性でも微かな見込みを感じられたが、胸はどうなんだと単純に思った。もしかして、男の自分が知らないだけで何か良い方法があるんじゃないかと、それくらい迅の言葉には得体のしれない確信が見え隠れしていた。
「だから、嵐山に手伝って欲しい」
再び手を掴まれるが、今度は両の手。突然の出来事にマヒしていた嵐山の右手も迅に持ち上げられて、微かに復活した気がする。しっかりと握りしめられたその手は迅からすれば、きっと固くしたものだったろう。
「俺に出来ることなら」
こう言う以外のどんな選択肢がこの場に存在しているというのだろうか。なぜ自分が手伝えばどうにかなるのか嵐山にはさっぱりわからなかったが、迅に頼まれたのなら可能な限り叶えてあげたいと思うのは、惚れた欲目だったが。
「前に聞いたことがあるんだけど、男性に胸を揉まれると大きくなるって」
「……………迅、それは迷信だ」
物凄く無理な案件が投下された。いくらなんでもそれは不可能なので、却下する。その都市伝説のようなものを嵐山も聞いたことがないわけではなかったが、効果の程まで知る由もない。正確にいえば特定の相手に対しては効果があるらしいが、少なくともそれは嵐山ではないから、この答えは間違いではないだろう。いや、そうであって欲しかった。
「あれ?おれのサイドエフェクトでは大きくなるはずなんだけどな。嵐山は、やった事あんの?」
一体いつも迅は何を視ているんだろう。あれ、視見間違えたか?という顔をしながら、次の質問をされる。
「いや、ないが」
「じゃあ、わかんないだろ。それにやらないよりは試してみた方がいいだろうし」
期待の瞳を見せつけられながら、持っていた手をぎゅっと握りしめられた。やるったら、やるという謎の意気込みを示される。
「駄目だ。それに、そういうのは好きな人とやるものだ」
「おれ、嵐山の事好きだけど?」
きょとんと神妙そうな顔をされる。いつもこうだ。嵐山が好きだと伝えても、迅が好きだと言うときも、それ以上を含めていない言葉で終わってしまう。あくまでも仲の良い友達の延長線上に過ぎない。
「だから…そうじゃなくてな。ともかく駄目だ」
はっきりとした拒絶の言葉を向けるのは心苦しかったが、これも迅の為だと頭の中では念仏を唱えるかのように断言した。だが、もちろんそんな嵐山の杞憂は伝わるわけもなく。
「わかった。じゃあ、他の人に頼む」
迅の期待の顔が一瞬悲しみの顔に変った後に、むすっとしながらそう言われた。
「…他の人………誰?」
「そうだな。ボスとか、レイジさんとか、京介とか、太刀川さんとか、、、、全員に頼めば、一人くらい良いって言うと思うし」
迅の口から他の男の名前が、次々ずらずらとあがるのを嵐山は気が遠くなりながら聞いていた。迅の友好関係は男女問わずに驚くほど広いのはわかっているし、それを咎めるつもりは全くない。しかし、この件に関してはまた別の話だ。
「駄目だ」
「なんで?嵐山は、駄目って言ってばっかりじゃないか」
即答するしかなかった。迅の胸を男が触る?そんな想像したくもなかったから。全員が全員断れば、迅の希望も潰えるが、そうでなかったらと思うと、寒気がする。
「……………わかった。俺がするから。その代わり大きくならなくても、文句は言わないこと。いいな?」
大きく考え抜いた後、一つ溜息をついてから嵐山はその結論を口から出した。
「ありがとな、嵐山。やっぱ頼りになる」
嬉しさを隠しもせずに迅は盛大に喜んだ。しかし、抱きついてくるのはやめて欲しかった。それでも迅は真剣なんだから、照れてもいけない気がして。しかし押しに負けて、本当にやると言ってしまって後悔しないだろうか…ともうすでにこの時に感じていた。

抱きつく迅を一先ずばりっと剥がして、ベッドの上に軽く座り片膝を立てて胡坐をかくと深呼吸一つ。向かいでぺたんとアヒル座りする迅にそろりと右手を伸ばす。さっきだって触っていたのは確かに間違いなかったが、自分からというとそのハードルは格段にあがるもので、こちらの胸の方がドキドキするのは仕方ないだろう。軽くさするだけだとなんとか自分へ暗示をかける。迅の首から落としているタオルをかきわけて、嵐山はその右手をひたりと迅の胸の上に置いた。さっきもしたとはいえ、やはり全然慣れるはずもない。そのままの状態で静止する。ぴくりとも動かない迅に反応は特になく、逆にこちらが不安になった。
「嫌になったら直ぐに言うんだぞ」
いつまでもそうしているわけにもいかない。痺れて右手の感覚がなくなってしまえばいいけど、そんなうまくはいかないからして。それでも無言は耐えられなくて、意を決して断りを入れてから始める覚悟にした。なるべく穏便に事をすませようと努める。
「おれが嵐山の事を嫌になるわけないって」
ふふっと少し笑いながら言葉を返される。
やはりあまり大きいとは言えない迅の胸は、嵐山の片手には完全に余っていた。五本の指先だけで少し立ててなぞる形となる。それでも、微かにふにっとした感触が確かに指の末端から伝わる。そろりとわずかに押すと、それだけで迅の白い肌に指の痕がつきそうだった。それくらい扇情的だった。仄かな胸に山に手を伝わせると、まるで吸いついてくるようにさえ感じた。心なしか、重ねている自分の手が熱い。
「んっ。嵐山の手、あったかい。ほわほわする」
わずかに迅が身動く。対面しているとはいえ、二人とにもベットの上に座って向き合っているのは不安定な格好とも言える。嵐山が出来るだけ軽く力を入れているつもりでも、受ける側はバランスが悪いのだろう。
「痛くないか?」
「ちょっと、くすぐったいような…背筋がぞぞってするかな」
また目を細めて微笑しながら言われた。
「もしかして、寒いんじゃないか?」
冬の部屋の室温は一定に保たれているとはいえ、さすがに上半身裸は想定してないし、迅はまだ先ほどの雨での冷たさが解消されたわけでもない。きっと背中が肌寒いのだろうが、空いた左手で撫でたり、そのままベッド押し倒すわけにもいかない。いったん右手を離した嵐山は、自分のジャージの上着を脱いで後ろから迅の肩にかけた。初めからこうすれば良かった。自分のは雨でそんなに濡れていないから、空調をいじるよりこの方が確実だろう。ただ、嵐山の上着を羽織った迅は、いつもより小さく見えた。
そうすると、どこか安心したのか、そのままの状態で、こつんっと嵐山の左肩に迅の頭が乗っかって来た。
「迅、疲れたのか?」
「別に頭がふわふわするだけ。大丈夫だから」
それは、もうやめようという意味を込めたつもりだったが、伝わらなかった。仕方ない。迅の気がするむまでやらないと、また駄々をこねられるだろうから。迅が上半身を預けてくれているので、先ほどよりは安定感がある。そのうなじを目下にしながら、また右手をゆるゆる伸ばして迅の胸にくっつけた。角度的に今度は視界から与えられる情報がゼロというのは幸いだったかもしれないが、逆に手と指の感触だけですべてを感じ取ることとなった。緩やかに、ほんの少しの緩急をつけて優しく羽を撫でるようにするだけでも、こちらの指に馴染んでひっつくような錯覚さえ受けた。微かに包み込む程度のことしかしていないつもりだったが、人差し指と中指の間に主張する迅の小さな突起にどうしてもわずかには触れてしまう。あまりそこは触れないようにしていたのに。
迫られていると、どうしても角度的に動かしやすいとは言えない。やっぱり触るにしても少し体勢を変えよう思い、軽く持ち上げるように押したつもりだったのだが。やはり視覚情報がないと上手く動かせなかった。必要以上に右手が動き、迅の胸の小さな突起にわずかに指が、引っかかった。
「ひゃんっ!」
それは、かすった程度ではあったが、敏感な場所だ。受けた本人はそう単純には思わなかったのだろう。心なしか鼻から抜けたような高い声が上がる。
「す、す、………すまない!痛かったよな!!」
怖がらせてしまったかと、慌てて寄りかかる迅の両肩の端を持って身を剥がす。嵐山の左肩を迅の柔らかい髪が通り、するりと抜けていく。
「…嵐山の指、気持ちいい」
「え?」
「何だかわかんない。でも、むずむずした。胸が大きくなったような気がした!もっとやって」
なんだって?さすがにそれを声に出さなかったけど。
ここ一番の、きらきらした目を向けられて謎の感動を味わったかのように、そう言われた。なんて不穏な発言だ。その全幅の信頼は非常にありがたいが、こういう場面以外で発揮してもらいたかった。これが羨望の眼差しの類であることはわかったが、安易に受け入れて良いわけがない。
「こ、これ以上は駄目だ!それに、たとえ大きくなったと思ってもそれは多分一時的なものだから。もう終わりにしよう」
違う。結果的にそうなってしまったが、そういう意図を持ってやったわけじゃないという言い訳もある。ただはっきりと拒絶するしかなかった。このときばかりは自分の鋼の心を信じたい気持ちでいっぱいとなる。自尊心を保てと何度も何度も暗示かけた。忍耐を試されるのはわかっている。迅に深い他意はないんだ。無自覚に、ただ純粋に胸を大きくしたいという気持ちはわかっている筈なのに、なのに…自分がそれなりに色々と考えてしまう壮健な男であることを、嵐山は恨んだ。まだ十代だからというのは言い訳だ。
「んーじゃあ、毎日嵐山に触って貰うかな」
「駄目に決まってる」
なんだかどんどん爆弾発言が投下されて仕方ない。煽っているのか。十九歳、十九歳…迅はきちんと嵐山と同い年だったよなと改めて頭の中で確認する。なまじボーダーにいるから俗世間に揉まれなかったとはいえ、他の女の子のお尻を触ったりとスキンシップは毎度している。別に女性陣と仲悪いわけじゃない。ただ、忙しかっただけだ。だから知らない。自分に降りかからなければ同情ですんだ話だが、現実はそうはいかない。
「駄目ばっかりじゃないか。自分で触ってもどうせ何もなんないし。おれは、嵐山じゃなきゃ駄目なのに。もうっ、いい。おれが勝手にするから」
ジト目を向けられて叫ばれた後、身を起こした迅は思い切り体重をかけて嵐山を後ろのベッドに押し倒した。とんっと両肩を強く小突かれる。まさかそんなことされるとは思わず油断していた。アンバランスになった嵐山の背中がそのまま重力に沿ってベッドの上へと倒れる。そうして、とんっと少し勢いをつけて、こちらへと馬乗りになった迅は、そのまま嵐山の膝の上…そして腰の上に乗っかった。その勢いで、首からかけていたタオルと嵐山がかけてあげた上着がパサリとベッドの下へと落ちた。
「じ、っ……迅!」
目に毒すぎる。視界に広がる迅の素肌に驚き、両腕で顔を隠した。先ほど思い切り触っていたから何を今更と思うかもしれないが、直接目で見るのはまた違う問題だ。それに逃げたくとも、腰の上に乗っかられては身体の重心を握られているのも等しく、相当な無理をしなければ身体をよじることさえ出来ない。
「嵐山、じっとしてて」
そう言うとようやく腰を落ち着けたのか、迅は嵐山の黒いTシャツの裾を持ちあげて、そのままぺろりとめくった。ぐいぐい巻きつけるようにどんどん上へと持ち上げられると、嵐山の首元近くまでずり上がったのはわかる。
「な、何をしているんだ?」
腕の隙間から迅が何をやっているのか見えるが、ただそれだけだ。それ以上の意図を知りえるわけでもない。
「もしかしたら、嵐山の方が胸ありそうだなーと思って。でもなんか違うな」
嵐山だってボーダー隊員だからそれなりに鍛えているとはいえ、女性的なそれとは違うに決まっている。だが、迅は興味深いから観察でもしているのだろうか。ペタペタと触られるのは構わないが、脇腹をつうっとなでられると少しくすぐったい。そうか…これが先ほどの迅の気持ちか。じゃなくて…何でもいいから平穏無事に終わってくれれば…という淡い希望も次の瞬間には潰えた。
何を思ったのか、そのまま態勢を倒してぺたりと上半身をくっつけてきたのだ。迅の身体が被さる、抱きつく。これがベッドの上で互いに上半身裸でなかったら、微笑ましかったがもう手遅れだった。何がどうしてこうなってしまったのかわからない。迅からすれば猫がじゃれている程度の扱いだったのかもしれない。それでも、お腹も細い肩もついたそのままの状態ですりすりと意図を持って動かれてしまっては、どうしようもなかった。互いの胸がぴったりと触れ合ったまま、もぞもぞと上下に動いている。先ほど散々煽った迅がだ。押しつぶされた迅の胸が、こすられる。弄る。あたる。時々、少し硬くなってしまった迅の胸の小さな突起がつんっと主張しているのをこの身に受けるのが、わかる。
眼前の光景は混乱するとかしないとかそういうものではない。今まで散々、激しい動悸と中途半端な熱に浮かされてきたが、それもぐるぐると堂々巡りだ。あ、駄目だ。これは視覚的にも感覚的にも限界だ。嵐山の理性がだ。
いっそ迅の為には危機感を覚えさせた方がいいんじゃないかと都合のよい思考が迷走し始めたから、そろりと空いた右手を迅へと伸ばそうとしたその時だった。急に動きを止めた迅は、そのままの状態で上目遣いをしてこちらの顔を見やった後。
「…なんか、………ねむい」
突然力尽きたかのように、そうつぶやいた後、とろんっとした瞳を向けて瞼が落ちた。そうして、こてりとその場でへたり込んだのだった。こてんとしたままそのまま動かない迅は、すう〜っと寝入ってしまった。



安心しきった顔ですうすうと眠る迅の姿を見て、嵐山がこれ以上の手を出せる筈もなかったのだったのは、言うまでもない。





こ の あ と 滅 茶 苦 茶 で き な か っ た